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リスニングルームによせられたコメント
リスニングルームによせられたコメントをまとめたコーナーです。多くの方の熱いコメントを期待しています。(2008年3月10日記)
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- カイルベルト盤は初めて知りました。
古きよき時代の演奏ですね。
全体的におっとりとした感じで聴いて降りましたが最後ノマニフイカトはとってもいきいきした唱わせ方をしているのに感心しました。
モーツアルティアンとしてカイルベルト盤を聴かせて頂き有難うございました。
- 2014-06-13:Joshua
- メンゲルベルグは、音が悪い、と決め込んでいた私ですので、演奏に言及があったもので「新世界」、チャイコの後期3曲、バッハのアリアぐらいに絞ってたのですが、この2番や1番は、なかなか聞けるなあ、と思った次第です。
そう思って聞くと、局によっては多少のハンディがあるようですが、表現の面白さも手伝って、5番、6番、7番もなかなか聞けてしまいました。
「しり込み」=shy from はいけないですね。ワインガルトナーなんかも相当いいものがあるのでは、と思う筋もあり、開拓していこうという気になってきました。
ちなみに、yung氏自身のメンゲ録音評は、次のとおりです。親切なご案内
ありがとうございます。>>>第3番に関しては、録音時に何らかの事故があった模様で、ノイズが盛大に入り込んでいます。また、4番も冒頭部分の音質が芳しくありません。(3分程度でしょうか)また、5番・6番・8番に関しても、ドア一枚隔てて聞いているようなこもった音質なのも残念です。ちなみに、最後の第9の演奏会がナチス侵攻前の最後の演奏会となっていますから、かなりの緊迫感の中で行われた演奏会であり録音だったことはうかがわれます。>>>エロイカのページより引用させていただきました。
- 2014-06-13:nakamoto
- 私は、ケージが好きです。20世紀前衛音楽作曲家の中で、唯一成功した大作曲家だと思っています。いつの世紀にも前衛は存在し、その殆どは敗れ去っていく運命にあります。しかし無意味ではありません。そういったものを踏み台に、芸術は進化していくものです。ユング君さんのこの文章を読んで、20世紀前衛のご先祖様は、サティであったのだなと、知らされました。ドビュッシーも六人組も、サティの影響なしに考えられない存在です。サティってもしかして、音楽史的にも偉大だったのではと、本日教えられました。因みに、サティのピアノ曲、大好きです。チッコリーニについては正直最近のチッコリーニを聴いていないので、なんとも比較できません。いい感じとしか、私には言えません。
- 2014-06-09:Dr335
- 素人の私ですが私見を述べさせていただきます.ハイフェッツの録音は,近接マイクのせいか,発音の際に左手の指が指板を押さえる音が「タンタン」と乗っかって聴こえてきます.全ての音にパーカッションがユニゾンで同期しているようなもので,これがあの異様な歯切れの良さ,切れ味の秘密ではないか,と思います.そしてそれがあの(音の)「凄み」になるのではないでしょうか.どなたか高名なヴァイオリニストの方が「ハイフェッツは一つ一つの音が凄く重いので,同じ速度でパッセージを弾いても他の人より速く聴こえる」とおっしゃっていましたが,同じことのように思えます.SP録音では,その「タンタン」があまり聴こえてきません.テープ録音になり(1950年前後!!!)それが聴こえるようになってきて,ようやく「全盛期」になったのではないでしょうか.
- 2014-06-08:Guinness
- かつて良く聴いていたフルトヴェングラーの演奏を久しぶり聴かせていただきましたが、やはりフルトヴェングラーというのは楽譜の読みが深いなーっと思わされました。
そういえばほかの曲を含め随分とフルトヴェングラーの演奏を聴いてないのに気づきます。この機会にまとめて聴いてみようかと思います。
- 2014-06-06:Dr335
- 少し前にSACDとハイレゾ音源で聴き直してみて,超個性的な生々しい演奏であることに気づき,びっくりしました.何年も聴いていなく,すっかり忘れていました,昨今ではこんなふうに指揮者の考えがはっきり伝わってくる演奏は聴くことが出来ません.シューリヒトに単刀直入に「ブルックナーとはこういう音楽なのだ」と説教されているような感じの演奏です.誰もかれもが生真面目に,スコアに忠実に,自己主張は控えめに,スケール雄大に演奏するようになったのは,ヴァントと(日本では)朝比奈のせいなのかな,とも思ってしまいます.昔はこんなに尖った演奏があったんだ,という意味で,永遠に存在意義があります.ブルックナーで自己主張してなにが悪い,そんな指揮者に出て来てほしいものです.
- 2014-06-06:Sammy
- 私はかつてこの演奏に感動し、この作品に強く魅かれるようになりました。今改めて聞き直して、明瞭な力強さと弾力性、ウィーンフィルの音色の思いつめたような艶めかしさがニュアンス豊かな表情づけによって醸し出す恍惚感、クライマックスにおける高い集中力による構築感と抉りは比類ないものと感じました。作品の持つ尋常ならざる深淵をいわく言い難い哀感を湛えつつ堂々と、時に戦慄するほどの激烈さで表出した類稀な古典的名演奏と、改めて感嘆した次第です。それらをくっきりととらえた録音も今なお色褪せぬものがあります。今なお深い感動をもたらす希代の名演奏と言えるのではないでしょうか。
- 2014-06-05:オオウミガラス
- シューベルトのこんな曲を残すなんてトスカニーニは案外シューベルト好きだったのかな?
- 2014-06-05:オオウミガラス
- 田園なんかより2番のほうがフルトヴェングラーとっては演奏しやすそうですけどね。3楽章のトリオで合奏の乱れるところがライブっぽくていいですね。
- 2014-06-05:オオウミガラス
- このフーベルマンの演奏には他のバイオリニストが束になってかかってもかないません。ハイフェッツも勝負になりません。セルVPOも満点。たとえばサラチャンは明らかにこのフーベルマンに心酔していてそっくりの演奏のCDを残しています。
- 2014-06-05:オオウミガラス
- ワルターの1949年のこの第九では確かフィナーレが不出来であったためフィナーレのみ1953年に再録音されたはずです。この演奏で聴くかぎりはフィナーレに特に難はありません。これはフィナーレだけ1953年の再録音なのでしょうか。それとも1949年のオリジナルなのでしょうか。どなたかお分かりの方がいらっしゃったらぜひお教えください。
- 2014-06-05:オオウミガラス
- アメリカのNYPをよくここまで手なずけたものですね。アメリカのオケからこのような響きがするとは驚きです。ワルターのこの曲ではVPOのライブが評判ですが私はこのNYPの方が上出来だとおもっています。
- 2014-06-04:オオウミガラス
- この曲では変化球のような味わいです。フランス調のモーツアルトもいいなあ。
- 2014-06-04:オオウミガラス
- シューベルトの演奏にしては堅苦しいですがそれでも聴けてしまうのはVPOの魅力です。この時代のVPOにはまだ往年の香りがのこっていましたね。
- 2014-06-04:Sherlock
- 今は大のブルックナー・ファンですが,聴き始めた頃は長いばかりで無表情な音楽というイメージしか持てませんでしたが,その魅力に気づかせてくれたのがこの演奏でした。これは名盤ですね。何せ音が生きてますもん。Yungさんがおっしゃる「怖い」というのはそういうところじゃないですかね。上手い下手ではなく,音が心に訴える力が強いんですよ。聴くたびに吸い込まれそうになります。少し粗い部分も含めて,当時のウィーン・フィルが持っている特性が十分生かされた演奏だと思いますね。楽団側も相当共感しているのが感じられます。本当にすごい。ブルックナーという作曲家の作品をもっと聴きたいと思わせるに十分でした。
ただ,いろいろな演奏を聴いた後に改めて聴いてみると,多くの方が指摘されているように,演奏解釈としてはどうなんでしょうかね。第3楽章なんかいくらなんでも速すぎますもんね。きっと本来曲が求めている速度じゃないですよね。他にも疑問に思うところはありますね。ですから,ブルックナーの9番を聴きたいというよりも,この演奏を聴きたいという時に聴くものかもしれませんね。好き嫌いが出るのはわかります。
名演とは何かを定義付けたときに,「楽譜を忠実に再現した演奏」というのであれば,ちょっと違うのかもしれません。しかし「心に何かを訴える演奏」というのであれば,これは間違いなく名演です。この演奏を愛する人は,某評論家に煽られてそうなったわけではないと思いますよ。実際に生きた力を感じているのです。そしてそういう力を持った演奏は少ないのです。偏見なしに聴かないともったいない,非常な価値を持った演奏だと思いますね。
ブルックナーの第9の標準的な演奏ではないかもしれませんが,演奏史に残る名盤として聴き継がれてほしいものです。
- 2014-06-03:オオウミガラス
- この曲ではこの演奏がベストです。みんなわからないのかな。ワルターではBBCのもこれに次いでいいです。NYPはワルターの時代が最もかがやいていたとおもいませんか。
- 2014-06-03:オオウミガラス
- ワインガルトナーは第九が有名ですが聴いてみるとVPOの録音は全ていい。この1番のような名演が忘れられてはもったいない。
- 2014-06-03:オオウミガラス
- ホッターはなかなかいいがちょっと張り切りすぎ。クレンペラーは大管弦楽をまとめるのがうまいですね。
- 2014-06-03:ムラファン
- フルトヴェングラーのブラームス1番といえば、私はベルリン・フィルとの1952年2月10日の演奏が真っ先に頭に浮かびます。激烈な感情で圧倒的な感動を聴き手に与えるその演奏はさすがフルヴェンという感じです。
対して、この北西ドイツ放送響との演奏は、録音のドライな感じ(盤の問題?)とも相俟って、少し不完全燃焼という感じがしないでもないです。何かフルトヴェングラーにしては堅いような…。
特に第4楽章は、先のベルリン・フィルとの演奏や大戦末期1945年の極限状態でのベルリン・フィルとの演奏(第4楽章しか残っていない!)を聴くと、贅沢ではありますが、物足りなさを覚えてしまいます。
彼の戦時中のブラームス1番の全曲録音が残っていたらというのは、やっぱり無い物ねだりですよね(^^;)
- 2014-06-01:ダボハゼ
- この曲の定番としてすぐに挙げられる演奏ですが、私はこの演奏の解釈には違和感を覚える向きです。なぜこの演奏が神格化されるのか?
それはある評論家の狂信的な推しが何十年にも渡って罷り通ってる風潮にあると思ってます。なんなんでしょうね、この宗教じみた気持ち悪い同調は・・・
某クラシック雑誌企画の『名盤うんたらかんたら』で必ず挙げられるわけですが、失笑しか出てきません。
演奏はあまりにもスッカスカな内容で重厚さには欠けるブルックナーらしからぬ解釈、シューリヒトはブルックナー指揮者としては二流と言わざるをえない人だと思います。
この指揮者はブラームスには滋味溢れる演奏を繰り広げますがブルックナーに関してはあまり体質には合ってないんじゃないでしょうか?
ユングさんがこの演奏を取り上げたのはまぁ”名盤”という括りで縛られたこの演奏を紹介せざるをえない環境もあったのかと思います。
でもこの演奏を支持する多数派もいるわけですから、あまりやいのやいの主張するのも下品かと思いますのでここでお終いにしようと思います。
ただ、この演奏を盲目的に支持するクラシック・ファンは現在そこまでいない事も現実として受け止めて頂きたくあえて悪者になってみました。
悪筆で申し訳ありません。
- 2014-06-01:原 響平
- カラヤンのシベリウスの4盤は、1953年の当録音と、1965年と1976年の3回録音をしているが、代表盤は、間違いなく1965年録音のベルリン・フィルとの演奏になる。物凄い緊張感と、熱気溢れた金管の響き、そして瑞瑞しくて透明感のある弦楽器の音色は、当時のベルリンフィルの技術力の高さを世に知らしめた演奏で、この演奏を凌ぐ録音は、多分、今後出てこない。1960年台後半のカラヤンの演奏スタイルは、フィルハーモニア管時代の演奏スタイル・解釈をより進化させた演奏が多く、この演奏もまさしくそれに当てはまる。カラヤンの演奏が好き、嫌いは別にしても、万人が認める名演とは、このような演奏を言う。私は、どうしても、緊張感の有る演奏スタイルを好み、それをオーケストラに常に求める最右翼の指揮者のセルやライナーを好んで聴くが、緊張感とは無縁の、聴くもの全てに気持ちのよい音色を与えることに徹していた当時のカラヤンが、それを結実させたとは少々驚きで、この演奏はカラヤンの名を永遠に残す録音となった。
- 2014-05-24:ポッキー
- いつも楽しく拝見させていただいております。今回も素敵な演奏をご紹介いただき、さっそく一聴し、しみじみと伝わってくるものを温めています。
指揮のテクニックや音の組立てに終わることなく、指揮者の曲への真摯な思いや楽団員との共感といったアナログな要素が微妙にそして人間臭さが洗い流されて伝わってきます。普段はカラヤンやマゼールなどを愛聴し、音の構造を主に楽しんでいますが、ケンペは違った脳の部分で聴くといいのだと、いま独り合点しています。指揮者として一流、二流といった評価など気に止めない限られた人びとにとって、ケンペという指揮者は掛け替えのないスペシャルな存在なのかもしれませんね。
あと、ケンペとベルリンフィルで56年モノラルのほかに60年録音もあったのですね。
- 2014-05-24:htam
- 1楽章から常ならない緊張感にあふれ、3楽章では聞くものを震え上がらせる。それでいて終楽章はあっさりと、しかし心に残る表現で。素晴らしい演奏だと思います。
ところで4,5番は既にパブリックドメインなのでしょうか?
是非そちらも聞いてみたいです。
- 2014-05-20:Dr335
- よくぞおっしゃって下さいました.もやもやがすっきりしました.ケンペやカイルベルト,ライトナーなど,際立った個性を感じさせないけれど,専門筋にはそれなりに評価されている,いわゆる正統派の指揮者たち...きっと,自分は日本というクラシックの「辺境」の素人リスナーだから,味付けの濃い演奏にしか反応できないのだろうな,と思っていました.そしてクラシックの需要の多い本場では,三ツ星レストランばかりではなくて,こういうふだん普通に美味しい,街の定食屋のような演奏も必要なんだろう,と勝手に思っていました.そして,それはそれなりに存在意義があると.しかし,ドイツでも他のヨーロッパ諸国でも,クラシック自体が「主食」ではなく「珍味」になってしまった今では,いったいどうなのでしょうか.
- 2014-05-20:Joshua
- まさに、SP盤とヴァイオリンの相性の良さです。SP初期から70年代に至るまでの長期間、ハイフェッツほど小品を録り続けたヴァイオリニストも珍しいんじゃないでしょうか。エルマンやミルシュタインやフランチェスカッティもよく聴きましたが、このユモレスクやBMGの小品集CDを聴いていると、録音史をたどりながら、1ヴァイオリニストの「ライフ」が感じられます。ウィルへルミ編曲のSchubertアヴェマリアなど、少年期のものと壮年期・熟年期のものがほぼ変わらない。感銘度も変わらない。けっしてその場しのぎの虚仮威しではない、完成品のあじわいがあります。現役では、パールマンや千住真理子がこんな感じに近いと思ってるんですが、セールスとは別枠で、小品録音が残っていってほしいものです。
- 2014-05-04:原 響平
- この演奏はカペルを聴くのではなく、ライナーのラフマニノフを聴く事になる。ライナーは、作曲者の心、感情を余すことなく表現し、しかも,細やかなオーケストラコントロールによりこの曲を演奏している。特に顕著なのがバイオリンの処理で、ラフマニノフ特有の甘美なバイオリンの音色を、過度にならない程度に制御して、この演奏を仕上げている。踏み込んで欲しい音色、そして音の強弱も、まさに神業に近いものがこの演奏にはある。聴く者の心のヒダを動かす演奏に出会うことが昨今非常に少ないが、これは本当に感動的な演奏である。尚、この演奏の後にライナーは、ルービンシュタインとの演奏を再録音しているが、こちらはステレオ録音、そして巨匠ルービンシュタインとの共演ということも有り、更に優れた演奏となっている。
- 2014-05-03:カンソウ人
- ユング様の感覚とカンソウ人は異なるのですが…
マウツジンスキ(マルクジンスキーと呼ばれていた頃もあったけれど)さんは、ショパンコンクールのかなりの上位入賞者だったのでは。
アカデミックな世界では成功者であっても、ポーランドでのショパンに飽き足らずフランスで学ぶのですね。
スラブ系だったけれど、フランス人の如く思われる、ペルルミュテールのように。
東欧の原色系の音色よりも、より西欧系に変身して、西側に染まり聴いて分かり易いピアニストになり音楽で勝負するタイプになる。
軽いと言うのは、ホロヴィッツやカペルと比べての話であって、同様にギレリスやベルマンやリヒテルなどの超絶技巧持ち主とは違う。
この5人は人の世に出るのに、そもそも消耗するコンクールなんかを必要としない。
ショパンコンクールの上位者でも、ヨッフェやシェバノワは柔軟で西側にも人生の早い段階で出れたのでモデルチェンジも出来ている。
アシュケナージもそう。
変わり身が早い。
ジメルマンは哲学者の様な男なので異なるし、ポゴレリチはこの世の人ではない魔界の出身なので、2人とも西も東も無い。
東側の俊英で、西側で学び鍛え直した人 マウツジンスキ。
その音楽に安心感を感じるのは理解できます。
しかし、軽い音楽でサロン的と言えるほど、20歳代半ばでの音楽的モデルチェンジは簡単な事と思えません。
21世紀になって、聴く価値を感じる音楽には、こうだからこうと言う一つの公式は無い様に自分は感じます。
「バラード4番の終結部分の2分間」特に、両手の激しいアルペジオが終わった後の余りに静かなコラール風の部分。
個人的と言うよりも、民族としての悲しみを表現されてしまっている。
敢えて言えば、民族の殲滅の様な恐ろしい概念が、刻印されている。
ユダヤ人に限りません。
私たち日本人も、画策されたし差別されたけれど・・・。
現代の作曲家ペンデレツキーの弦楽合奏のためのトーンクラスターを使用されたあの楽曲を思い出して下さい。
個人的な死よりも、おそらくは深く苦しいだろう、そんな意味。
ナショナリズムやイデオロギーの世界が終りかけていて、別の価値観を求めている私たちに何かを与えてくれる時間芸術。
意図されずに、意味を持ってしまった音楽の録音。
そういう音楽が聴きたいという欲求があります。
バッハの音楽には、どのようなスタイルで演奏されようとも、持つ可能性を高く持っているように感じます。
- 2014-05-03:Guinness
- たぶん聴かせていただいたのは2回目だと思いますが、今回も実に良い演奏だと思いました。
正統的?と言われる低音ゴリゴリの演奏に比べ華美過ぎる印象も受けますが、これはこれとして素晴らしい演奏芸術だと思います。
若しベートーヴェンがこの演奏聴いたらどうか?新たな響きに喜ぶしまた創作意欲も湧いたのではないかな?と勝手に想像いたしました。
- 2014-04-29:Hide
- 40年程前にLPを購入して、一緒に入っていた第12番とともに第16番の歴史的名演と思っていたのですが、ディジタル化することによって魂が抜かれたように感じられます。この演奏が圧巻だったのは第二楽章中間部で低弦が同一モティーフを執拗に繰り返し続ける上に、ブッシュが明るさを通り越して狂気さえ感じさせるヴァイオリンを聴かせた後に、第三楽章に入って清らかさ極まりない音楽が溢れるように流れるところにありました。一般に低く評価されていますが他の曲で聴いたことのない作曲法です。CDに変わりアルバンベルクやズスケ等々の演奏を聴いても、エレガントすぎて、あの狂気は表現できないのかと思っていたのですが、今聴いてみると優れた演奏ではあるものの往年の感銘が得られないのは残念です。
- 2014-04-29:すーさん
- ショパンに対する偏見から解放されたような、そんな演奏が聴けてよかったです。
線の細いショパンの曲をロマンティックに演奏するものばかり聴いて、あまりショパンに対するイメージは良くなかったんですが、この演奏からは男らしいショパンの素顔を見ることが出来た様な気がしました。ありがとうございました。
これからは、少しずつショパンの曲にもチャレンジしていけそうです。
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[2026-09-22]

J.S.バッハ:管弦楽組曲第3番 ニ長調 BWV1068(J.S.Bach:Orchestral Suite No.3 in D major, BWV 1068)
クルト・レーデル指揮:(Fl)クルト・レーデル ミュンヘン・プロ・アルテ室内管弦楽団 1962年2月録音(Kurt Redel:(Fl)Kurt Redel The Pro Arte Chamber Orchstra of Munich Recorded on February, 1962)
[2026-09-20]

ベートーヴェン:交響曲第7番 イ長調, Op.92(Beethoven:Symphony No.7 in A major, Op.92)
エーリッヒ・クライバー指揮 ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団 1950年5月録音(Erich Kleiber:Royal Concertgebouw Orchestrar Recorded on May, 1950)
[2026-09-18]

ベートーベン:交響曲第3番変ホ長調 作品55 「英雄」(Beethoven:Symphony No.3 in E flat major , Op.55 "Eroica")
エーリッヒ・クライバー指揮 ウィーン・フィルハーモニ管弦楽団 1955年4月録音(Erich Kleiber:Vienna Philharmonic Orchestra Recorded on April, 1955)
[2026-09-16]

ヴィヴァルディ:ヴァイオリン協奏曲 変ホ長調 「海の嵐」Op. 8, No. 5, RV 253(Vivald:Violin Concerto in E-Flat Major, Op. 8, No. 5, RV 253, "La tempesta di mare")
(Vn)フェリックス・アーヨ:イ・ムジチ合奏団 1961年9月20日~28日録音(Felix Ayo:Musici, I Recorded on September 20-28, 1961)
[2026-09-13]

アルビノーニ:ソナタ イ長調(Albinoni:Sonata In A Major, Op. 2, No. 3)
レナート・ファッサーノ指揮:ローマ合奏団 1958年発行(Renato Fasano:Virtuosi Di Roma Published in 1958)
[2026-09-11]

J.S.バッハ:管弦楽組曲第2番 ロ短調 BWV1067(J.S.Bach:Orchestral Suite No.2 in B minor, BWV 1067)
クルト・レーデル指揮:(Fl)クルト・レーデル ミュンヘン・プロ・アルテ室内管弦楽団 1962年2月録音(Kurt Redel:(Fl)Kurt Redel The Pro Arte Chamber Orchstra of Munich Recorded on February, 1962)
[2026-09-08]

サンティーノ・ガルシ:リュート曲集(Santino Garsi:Pieces For Lute)
(Lute)ヴァルター・ゲルヴィッヒ:1953年4月7日~8日録音(Walter Gerwig:Recorded on April 7-8, 1953)
[2026-09-06]

オーランド・ギボンズ:幻想曲(Gibbons:Fantasies)
スコラ・カントゥルム・バジリエンシス・ヴィオール属合奏団:1954年4月29日~5月3日録音(Gambenconsortder Schola Cantorum Basiliensis:Recorded on April 29-May 3,1954)
[2026-09-04]

シューマン:アダージョとアレグロ 変イ長調 Op.70(Schumann:Adagio and Allegro, Op.70)
(Hr)デニス・ブレイン:(P)ジェラルド・ムーア 1952年録音(Dennis Brain:(P)Gerald Moore Recorded on 1952)
[2026-09-02]

C.P.E. バッハ:フルート・ソナタ ト短調, H.542.5(C.P.E.Bach:Flute Sonata in G minor, H.542.5)
(Fl)オーレル・ニコレ (Harpsichord)カール・リヒター 1963年6月12日~15日録音(Aurele Nicolet(Harpsichord)Karl Richter Recorded on June 12-15,1963)