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名録音を聴く~今週の一枚(最新の20件)

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ヤナーチェク:シンフォニエッタ

ジョージ・セル指揮 クリーブランド管弦楽団 1965年10月15日録音

この録音は「Columbia」がプロモーション用のLPという形でバルトークの「管弦楽のための協奏曲」とカップリングして販売店に配布されました。
おそらくは、録音のステレオ化に後れをとった「Columbia」が、自らのステレオ録音の優秀さをアピールするのが目的だったのでしょう。
一般的にセル&クルーブランド感の録音は今ひとつパッとしないと言われるのですが、なかなかどうして、これは実に見事な録音クオリティを誇っています。そして、このコンビの録音が硬くて冷たいと言われた原因の多くが粗悪な国内盤に起因していた事に思い至らせてくれる録音でもあります。


グリーグ:ピアノ協奏曲 イ短調 作品16

(P)アルトゥール・ルービンシュタイン:アルフレッド・ウォーレンステイン指揮 RCAビクター交響楽団 1956年2月11日録音

この演奏を聴いていて感じたのは、やはりルービンシュタインというのは現場型の人だという思いです。
例えば、アラウのように叙情を精緻に積み重ねて情念に至るとすれば、ルービンシュタインはそんな悠長なことはしていません。いや、そんな悠長なことをしてれば聴衆は厭きてしまうかもしれません。
ですから、彼は直裁にピアノの響きに情念を込めます。おそらく、それがこの時代のアメリカなのでしょう。
演奏そのものには色々意見はあるかもしれませんが、そういうにピアノの響きに情念を込めたルービンシュタインの素晴らしい響きは見事に収録されています。この時代の録音としては極上の部類にはいるでしょう。


ブルッフ:ヴァイオリン協奏曲第1番 ト短調 作品26

Vn.ハイフェッツ サー・マルコム・サージェント指揮 ロンドン新交響楽団 1961年5月14日&16日録音

厳密に聞けば、このブルッフの協奏曲に関しては50年代の録音の方がハイフェッツらしいのでしょうが、それでも10年後のこの録音もまたハイフェッツ以外の何物でもありません。そうなると、ステレオ録音のメリットの方が大きいと言うことで、さらにそれが極めて優秀な録音だと言うこともあって、これがハイフェッツの代表盤と言わざるを得ないでしょう。ちなみに、同じ顔ぶれで録音したスコットランド幻想曲も素晴らしい演奏と録音です。


ブラームス:ピアノ協奏曲第1番 ニ短調 作品15

(P)カーゾン セル指揮 ロンドン交響楽団 1962年5月30日~6月1日録音

カルーショーはどこかで、「カーゾンの繊細な音の素晴らしさを録音でとらえるのは空を飛ぶ鳥をつかまえるより難しい」と語っていたそうです。伝え聞くところによると、この録音の時のセルとカーゾンの関係は最悪だったそうで、プロデューサーのカルーショーもかなり気をもんだとのことです。
しかしながら、出来上がった演奏と録音は最高のできばえというのですから、本当に音楽というものは、そして、とりわけコンチェルトというカテゴリは不思議なものです。


グリーグ:ピアノ協奏曲 イ短調 作品16

(P)アルトゥール・ルービンシュタイン:アルフレッド・ウォーレンステイン指揮 RCAビクター交響楽団 1961年3月10日録音

音楽的に言えば、あまりにも逞しいルービンシュタインのピアノは、北欧のリリシズムが欲しいリーグの音楽とはどこかそぐわない感じはあるのですが、録音としては見事な形に仕上がっています。
ピアノとオケがそれぞれに十全に鳴りきりながら、尚かつ両者が絶妙なバランスを実現しています。
60年代初頭のRCA録音ですから、基本的には最小限のマイクセッティングで録音されているはずです。ですから、ここで聞くことのできるバランスは、まさにスタジオにおいて鳴り響いていた物を見事なまでにすくい上げた物なのです。


コダーイ:「ハーリ・ヤーノシュ」組曲

アンタル・ドラティ指揮 ミネアポリス交響楽団 (ツィンバロン)トーニ・コーヴェス 1956年11月録音

コザートたちの録音に「低域がどこまで延びているか」とか、「ダイナミックレンジがどうだ」のと言うことは不要とは思うのですが、それでも最も多彩なオーケストレーションが施された第6曲の「皇帝と廷臣たちの入場」の迫力には素晴らしいものがありますし、最後の最後のとどめのように振り下ろされるバスドラムの一撃も見事なものです。
その辺りも、己の再生システムの立ち位置をはかる上では意味のある部分だといえるかもしれません。


ベートーベン:ヴァイオリンソナタ 第9番 イ長調「クロイツェル」 Op.47

(Vn)ジノ・フランチェスカッティ (P)ロベール・カサドシュ 1958年5月12日~14日録音

フランチェスカッティの美音がたっぷり楽しめる録音なのですが、カサドシュのピアノも芯まで鳴りきっています。
しかし、何よりも素晴らしいのは、そのその二人のやり取りがまるで目の前で演じられていたかのごとき音場空間が実現されていることです。これが1958年の録音なのですから驚いてしまいます。
オーディオをやるものにとっては、この程度の編成の音楽ならば実演とニアイコールの世界を生み出したいと願うものですが、その願いを叶えるために挑戦する甲斐の録音だといえます。


ブラームス:チェロソナタ第2番 ヘ長調 作品99

(Vc)ヤーノシュ・シュタルケル (P)ジェルジ・シェベック 1964年6月録音(?)

この録音の美質は、チェロとピアノの二重奏曲という作品の特徴が見事に実現していることです。
その背景には、共演者のシェベックがただの伴奏になっていないと言うことが何よりも大切であって、まさにピアノ独奏曲として聴いても不満を感じないレベルでピアノが鳴りきっています。
これをもってピアノを伴った二重奏曲の「The Best」とは言いませんが、二重奏曲の録音の良否を判断するときの基準点となることは間違いないでしょう。


ベートーベン:ピアノ協奏曲第4番 ト長調  作品58

バーンスタイン指揮 (P)グレン・グールド ニューヨークフィル 1961年3月20日録音

グールドによる第1番から第4番までの録音は全て同じプロデューサー(ハワード・H・スコット)によって行われているのに、「TAS Super LP List」の優秀録音としてはこの第4番だけが「優秀録音」に選ばれています。しかし、聞き比べてみれば、この4番だけが見事なまでに3次元的な空間の広がりを感じとることが出来ます。そして、それは昨今の音場感優先の腰の砕けた薄い響きではなくて、中身がミッシリと詰まった質感豊かな響きが3次元的に広がっているのです。なるほど、これならば「優秀録音」に指定されても恥ずかしくないほどのクオリティです。


ドヴォルザーク:交響曲第8番 ト長調 作品88

ブルーノ・ワルター指揮 コロンビア交響楽団 1961年2月8&12日録音

同じドヴォルザークの8番という事で、ケルテス&ロンドン響による「Decca録音」と、このワルター&コロンビア響による「Columbia録音」の響きを聞き比べてみると、そこからは明らかにレーベルの指向する響きの違いのようなものが見えてくるのです。
誤解を恐れずに言い切ってしまえば、「Decca」は「実演」ではあり得ないような「鮮明」さを追求するのに対して、「Columbia」は出来る限り「実演」の「ニアイコール」の世界を求めると言うことでしょうか。


モーツァルト:弦楽四重奏曲第7番 変ホ長調 K.160(159a)

バリリ弦楽四重奏団 1955年2月録音

ヴァイオリンという楽器を生で聞けばすぐに分かることなのですが、そこには妖艶な美しさだけでなく、その妖艶さの中にドキッとするような鋭さや、時にはある種の汚さのようなものも含んでいます。そして、それら全てが合わさってこそヴァイオリンの魅力が立ちあらわれるのですが、モノラル録音というのはそう言うヴァイオリンの響きを一切の曖昧さを許さない形で突きつけてくるのです。


ベルリオーズ:幻想交響曲

ミュンシュ指揮 ボストン交響楽団 1954年11月14・15日録音

二人の若手録音チームは、そう言う録音会場の特性もよく踏まえた上で、実にがっちりとしたボディ感のあるオケの響きを捉えています。
おそらくは、この黎明期のステレオ録音はマイク三本という極めてシンプルなセッティングであったっと思われます。そして、そのマイクセッティングによって響きすぎるホールの特性と折り合いのつくポイントを探り当てることが出来たのでしょう。
それはもしかしたら、あまり多くのことは出来ないという制約がある中で、逆にその制約故に難しいことは考えずに割り切れた結果だったのかもしれません。


バルトーク:弦楽四重奏曲第6番 Sz.114

ジュリアード弦楽四重奏団 1963年5月10日&14日録音

この録音の最大の魅力は、まさに4人のプレーヤーが目の前で演奏しているかのようなリアリティのある音場空間が実現していることです。そして、その空間は実際の弦楽四重奏団の演奏を実際に聞いたことがある人ならば「なるほどこれは実演と同じだ」と思わせる様な自然さに溢れているのです。
そこにはオーディオ的に人を驚かすような派手さはないのですが、まさにこのような自然な形で音場が表現されることこそが難しいのです。


バルトーク:ピアノ協奏曲 第3番 Sz.119

(P)ジュリアス・カッチェン イシュトヴァン・ケルテス指揮 ロンドン交響楽団 1965年11月9日~10日録音

最初の一音が出た時点で、演奏がどうのこうのという前にその録音のクオリティの高さに圧倒されるのです。そして、この録音の最大の魅力は、録音という行為が演奏の美質を聞き手に伝えるために最大限の奉仕をしていることにも気づかれるのです。
そのクオリティの高さというのは、オーディオ的にどうだ凄いだろう!と言うようなあざとさは無縁であり、何よりも精緻さの中に素晴らしい透明感を導き入れた点にこの演奏と録音の主張があるからです。
それは結果として、オケとピアノが織りなすピュアな世界を聞かせてくれる事につながり、この世の中にこんなにもこんなにも無垢で美しい世界があったんだと驚かされるのです。


バルトーク:弦楽器、打楽器とチェレスタのための音楽, Sz.106

ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 1960年11月9日~11日録音

この録音には見落とすことの出来ない歴史的な意味合いがあります。それは、戦後一貫してカラヤンの録音を担当してきたウォルター・レッグとの関係が、この録音をもって終わりを告げたという事です。
ところが、左右だけでなく前後上下に音場がひろがり、その三次元空間の中にキッチリと楽器群が定位する生々しさは、「いったいどうしたんだ!」と言いたくなるほどの見事さなのです。
とりわけ、その空間上にかっちりと定位する打楽器の生々しさも特筆ものす。
おそらく、レッグはこの録音には深く関わらなかったのかもしれません。その結果がこれだとすると、まさに「部長留守仕事はかどりみな元気」だったのでしょう。


ベートーベン:チェロソナタ第5番 ニ長調 Op.102-2

(Cello)ロストロポーヴィッチ (P)リヒテル 1963年3月録音

所詮は楽器2台で展開される音楽ですし、さらに言えばその音楽はひたすら内へ内へと沈潜していくのですから、広大なサウンド・ステージも要求されなければダイナミック・レンジの広さも要求されません。
さらに言えば、楽器の分離と言うこともチェロとピアノの2台なのですから殆ど問題になることはないはずです。

つまりは、オーディオ的に美味しい部分などはほぼ皆無の音源なのです。
そうなると、聞き手としては何を求めたいのかと言えば、まさに眼前でリヒテルとロストロポーヴィッチが演奏しているかのような疑似体験を実現することです。
編成の大きな管弦楽や合唱を伴った音楽と、編成の小さな器楽曲や歌曲、室内楽曲ではオーディオ的に要求するポイントが異なるのです。
そう考えれば、こういうオーディオ的に要求される要素の少ない音源というものは、どこまで実演さながらのレベルで再生できるのかにチャレンジしてみるにはピッタリの音源なのかも知れません。


ブラームス:ラプソディ「冬のハルツの旅」(アルト・ラプソディ)作品53

ブルーノ・ワルター指揮 (Ms)ミルドレッド・ミラー コロンビア交響楽団 オクシデンタル・カレッジ・コンサート合唱団 1961年1月11日録音

「アルト・ラプソディ」の管弦楽伴奏は小編成ですから、それを再生するためには規模の大きな大型システムは必ずしも必要ではありません。
そして、その管弦楽伴奏を従えてメゾ・ソプラノが歌い出してくるのですが、その声がどのように再生されるのかも大きなチェックポイントでしょう。
そして、最後に男声合唱が加わってきます。
オーケストラとメゾ・ソプラノの独唱、そこへ男声合唱が加わってきても一切の混濁なしにサウンド・ステージが広がっていく様は見事としか言いようがありません。


ボロディン:交響曲第2番 ロ短調

アンセルメ指揮 スイス・ロマンド管弦楽団 1954年10月録音

「Decca」最初の商業用ステレオ録音はリムスキー・コルサコフの交響曲第2番「アンタール」で、演奏はエルネスト・アンセルメ指揮、スイス・ロマンド管弦楽団でした。そこでは明瞭に分離した楽器が「ステージ上のここに定位していますよ」といういささかあざとい感じがする録音でした。しかし、その数ヶ月後に録音されたこのボロディンの交響曲ではそう言う音場空間の表現はきわめて自然ですし、個々の楽器の響きも混濁はしない透明感を保持しながら自然なボディ感を失ってはいません。つまりは、最初の録音では「ステレオ」という新しい技術で可能なことをあれこれ試してみて、その中で大切にすべきこと見事につかみ取ってそれを実現したのがこの録音なのです。


マーラー:交響曲第9番

サー・ジョン・バルビローリ指揮 ベルリンフィルハーモニー管弦楽団 1964年1月10,11,14&18日録音

どこを探しても「どうだ!凄い録音だろう!」と聞き手にアピールするようなところがほとんど見あたりません。あるのはひたすら自然な「音場表現」であり、その「音場」の中で然るべき実在感を持ってそれぞれの楽器が立ちあらわれてくるだけなのです。
そして、その極上の自然さがそのままバルビローリの演奏の素晴らしさを再現するために貢献しています。
しかし、考えてみれば、音楽ソフトというものは音楽の素晴らしさを伝える事が目的なのですから、これこそがもっとも理想的な「録音」の姿かも知れないのです。


シャルル=マリー・ヴィドール:オルガン交響曲より第6番「Allegro」&第2番「Salve Regina」

(Org)マルセル・デュプレ 1957年10月録音

最弱音から最強音までのダイナミックレンジの広さ、地を這うような低音の響き、そして教会全体に広がる広大な音響空間などが見事にとらえられていて、Mercury録音の傑作の一つです。
オーケストラでもそうですが、オルガンの低音もまた風のような軽さを持っています。
決して、ドスン・バスンというような、分かりやすい「迫力満点」の低音などとは一線を画する低音です。あのドスン・バスンという音はここで述べている低音と較べればもっと上の領域、中低音とも言うべき帯域の話です。そして、オーディオにとって再現するのが途轍もなく困難なのが、この真の「低音」なのです。





[2020-01-26]

リムスキー=コルサコフ:「ロシアの復活祭」序曲 Op.36
イーゴリ・マルケヴィチ指揮:ラムルー管弦楽団 1957年11月12日録音

[2020-01-25]

ベルリオーズ:幻想交響曲 作品14
ウィレム・ヴァン・オッテルロー指揮 ハーグ・レジデンティ管弦楽団 1959年7月10日~12日録音

[2020-01-24]

ロッシーニ:「ウィリアム・テル」序曲
カルロ・マリア・ジュリーニ指揮 フィルハーモニア管弦楽団1962年12月13日~14日録音

[2020-01-23]

リヒャルト・シュトラウス:死と変容 Op.24
ブルーノ・ワルター指揮:ニューヨーク・フィルハーモニック 1952年12月29日録音

[2020-01-22]

バッハ:無伴奏チェロ組曲第3番 ハ長調 BWV1009
(Cello)ムスティスラフ・ロストロポーヴィチ:1955年5月26日~27日録音

[2020-01-21]

シューベルト:アルペジオーネ・ソナタ イ短調 D.821
Cello)ピエール・フルニエ:(P)ジャン・ユボー 1937年5月4日&9月27日録音

[2020-01-20]

シューベルト:アルペジオーネ・ソナタ イ短調 D.821
(Cello)エマヌエル・フォイアマン (P)ジェラルド・ムーア 1937年6月29日~30日録音

[2020-01-19]

ピアノ協奏曲第12番 イ長調 k.414(387a)
(P)リリー・クラウス:スティーヴン・サイモン指揮 ウィーン音楽祭管弦楽団 1965年5月5日~6日録音

[2020-01-18]

ハイドン:交響曲第24番 ニ長調 Hob.I:24
マックス・ゴバーマン指揮 ウィーン国立歌劇場管弦楽団 1960年~1962年録音

[2020-01-17]

オッフェンバック:序曲「天国と地獄」
ルネ・レイボヴィッツ指揮 パリ・コンセール・サンフォニーク協会管弦楽団 1960年録音