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Home|カッチェン(Julius Katchen)|バルトーク:ピアノ協奏曲 第3番 Sz.119

バルトーク:ピアノ協奏曲 第3番 Sz.119

(P)ジュリアス・カッチェン イシュトヴァン・ケルテス指揮 ロンドン交響楽団 1965年11月9日~10日録音



Bartok:Piano Concerto No.3 in E major, Sz.119 [1.Allegretto]

Bartok:Piano Concerto No.3 in E major, Sz.119 [2.Adagio religioso]

Bartok:Piano Concerto No.3 in E major, Sz.119 [3.Allegro vivace]


たった3曲でバルトークの創作の軌跡をおえるコンチェルト

バルトークについては、彼の弦楽四重奏曲をアップするときに自分なりのオマージュを捧げました。そして、その中で「バルトークの音楽は20世紀の音楽を聞き込んでいくための試金石となった作品でした。とりわけ、この6曲からなる弦楽四重奏曲は試金石の中の試金石でした。」と書いています。
その事は、この一連のピアノ協奏曲にも言えることであって、とりわけ1番と2番のコンチェルトは古典派やロマン派のコンチェルトになじんできた耳にはかなり抵抗感を感じる音楽となっています。

その抵抗感のよって来たるところは、まず何よりも旋律が気持ちよく横につながっていかないところでしょう。ピアノやオケによって呈示されるメロディはどこまで行っても「断片」的なものであり、「甘さ」というものが入り込む余地が全くありません。さらに、独奏ピアノは華麗な響きや繊細でメランコリックな表情を見せることは全くなく、ひたすら凶暴に強打される場面が頻出します。こういう音楽は、聞き手が「弱っている」時は最後まで聞き通すのがかなり困難な代物なのです。

弦楽四重奏曲については、「すごく疲れていて、何も難しいことなどは何も考えずに、ただ流れてくる音楽に身を浸している時にふとその音楽が素直に心の中に入ってくる瞬間がある」みたいなことを書きましたが、このコンチェルトに関しては、そう言う状態で向きあうと間違いなくノックアウトされてしまいます。
そうではなくて、このコンチェルトに関しては、気力、体力ともに充実し、やる気に満ちているようなときに向きあうべき音楽なのです。そうすると、この凶暴なまでに猛々しい姿を見せる音楽が、ある時不意に「快感」に変わるときがあります。
そして、バルトークの音楽の不思議は、単独で聞けばかなり耳につらい不協和な音があちこちで顔を出すのに、音楽全体は不思議なまでの透明感を保持していることにも気づいてきます。

さて、ここから書くことは全くの私個人の感慨です。
バルトークの創作の軌跡を追っていて、イメージがダブったのは画家のルオーです。
彼は「美しい」絵を拒否した画家でした。若い頃のルオーが描く題材は「売春婦や娼婦」が中心であり、そう言う「醜い存在」を徹底的に「醜く」描いた画家でした。
専門家は彼のことを「醜さの専門家」と言って攻撃しましたが、その攻撃に対して彼は「私は美ではなく、表現力の強さを追求しているのです」と主張しました。

そんなルオーなのですが、その晩年において、天国的とも言えるような「美しい」絵を描きました。
茨木のり子が「わたしが一番きれいだったとき」という詩の中で

だから決めた できれば長生きすることに
年取ってから凄く美しい絵を描いた
フランスのルオー爺さんのように

と書いたように、本当に美しい絵を描きました。

バルトークもまた、若い頃は、どうしてそこまで不協和音を強打するんだと思うほどに、猛々しい音楽を書きました。
それは、第1番のコンチェルトに顕著であり、第2番は多少は聞きやすくなっているとは言え、依然として手強いことは否定できません。それは、作曲者自身が「聴衆にとってもっと快い作品としてこの第2番を作曲した。」と語ってくれたとしても、古典派やロマン派の音楽に親しんだ耳には到底聞きやすい音楽とは言えません。

しかし、そんな彼も晩年になると、音楽の姿が大きく変化します。
第6番の弦楽四重奏曲やオケコンのエレジーなどは、古典派やロマン派の音楽とは佇まいがかなり異なりますが、それでも素直に「美しい」と思える姿をしています。
それは、彼の白鳥の歌となった第3番の協奏曲ではさらに顕著となります。
そして、その「美しさ」は、晩年のルオーとも共通する「天国的」なものにあふれています。
いわゆる「専門家」と言われる人の中には、このようなバルトークの変化を「衰え」とか「退嬰」だと主張する人がいますが、私は全くそうは思いません。
彼もまた、ルオーと同じように、その晩年にいたって「凄く美しい絵」をかいてくれたのだと思います。

バルトークの生涯はルオーの生涯に包含されます(ルオー爺さんはホントに長生きしました)から、この二人は同時代人と言っていいでしょう。もちろん、こんな関連づけは「こじつけ」の誹りは免れがたいとは思いますが、それでもジャンルは違え、同じ芸術家としてその創造の根底において共通する何かがあったような気がしてなりません。

かなりの困難を伴うかもしれませんが、できることならばこの3曲のコンチェルトを聞き通すことで、そんなバルトークの軌跡をたどっていただければ、いろいろと感じることも多いのではないでしょうか。


録音と演奏が透明な空気感を共有することで、無垢でピュアな世界が立ちあらわれています。

最初の一音が出た時点で、演奏がどうのこうのという前にその録音のクオリティの高さに圧倒されます。
レコーディング・エンジニアはケネス・ウィルキンソン、録音会場はキングスウェイ・ホールですから、Decca録音の黄金の組み合わせと言っていいでしょう。

カッチェンとケルテスは1965年11月の9日から13日にかけてラヴェルの両手のための協奏曲(ト長調)と、バルトークの協奏曲第3番を録音しています。
そして、この二つの作品を両面に収録したレコードがその翌年にリリースされていますから、この録音はクオリティが高いだけでなく、一枚のレコードに一緒に収録されることを前提とした音づくりが為されています。

では、その共通した音とは何かと言えば、それは「透明感」です。
言うまでもないことですが、バルトークの最後の作品となった第3番の協奏曲に必要なのはこの透明感です。

カッチェンは1953年にアンセルメと組んでモノラルでこの作品を録音しています。そして、それはこの作品に対して一般的にイメージされるような「天国的」な響きではなくて、おそらくはバルトークという作曲家の中に息づいている土臭いマジャールの魂が炸裂するような音楽でした。
それと比べれば、このステレオ録音の方は、録音クオリティの高さにも助けられて、見事なでの透明感に満ちた「美しい音楽」に仕上がっています。

それは、裏返してみれば、モノラル録音とステレオ録音を隔てる10年あまりの時の経過の中で、バルトークの「白鳥の歌」とも言うべきこの協奏曲に対するイメージが確定したことを意味しています。
もちろん、申し分なく素晴らしい演奏だとは思うのですが、それでもモノラル録音で感じたような知的興奮はもたらさないことも事実です。

それと比べれば、このバルトークに対したのと同じような雰囲気で取り組んだであろうラヴェルの協奏曲の方が意表を突かれます。
このラヴェルの協奏曲はアメリカでの演奏旅行で披露することを前提として作曲されましたから、至るところにジャズやブルースの要素を盛り込んだエンターテイメント性にあふれた音楽になっています。

ですから、ピアニストによってはそう言う要素に寄りかかって、ある意味では弾き崩してしまうことがあります。
しかし、そう言う要素はスイスの時計職人とも呼ばれたラヴェルの凄腕によって精緻に作品の中に織り込まれていることも事実です。ですから、その様なジャズ的要素もラヴェルがスコアに書き込んだことを精緻に再現することに意を尽くすピアニストもいます。

おそらく、どちらが良いとか悪いとか言うような話ではないのでしょうが、前者の代表がフランソワであり、後者の代表がミケランジェリであることに異を唱える人はいないでしょう。

そして、カッチェンは言うまでもなくミケランジェリよりなのですが、精緻さの中に素晴らしい透明感を導き入れた点にこの演奏と録音の主張があります。そして、その功績の半分は、素晴らしい透明感でオケを鳴らしたケルテスとロンドン響にも与えられるべきです。
特に、ラヴェルが書いたもっとも美しい音楽の一つである第2楽章の美しさは出色です。

フランソワのように崩してもいないのは当然ですが、ミケランジェリのように怜悧でもありません。オケとピアノが織りなすピュアな世界は、ラヴェルってこんなにも無垢で美しい世界を書いたことがあるんだと驚かされます。

そう言えばムラヴィンスキーは音楽に取り組むときには、生活全てをその作品が持つ「アトモスフィア(atmosphere)」に染め上げなければいけないと述べていました。
「アトモスフィア」とは日本語には翻訳しにくい言葉なのですが、敢えて訳すとすれば「空気感」となるのでしょうか。
ですから、ムラヴィンスキーにしてみれば、全く異なった「アトモスフィア」を持った作品を一つのコンサートで同時に取り上げるなどと言うことはあり得ない話だったのです。

そして、この二つの演奏を聞くと、カッチェンとケルテスもそれと同じような配慮を持って録音にのぞんだことがよく分かります。彼らは録音に取り組んだこの数日間を同じような透明感の中に身を浸し、そして、これらの作品を透明な空気感の中でとらえ直し、その空気感の中で演奏しています。
おそらくは録音陣もそれと同じような透明な空気感の中で仕事に取り組んだのでしょう。

そして、それらが全て見事に解け合うことで、無垢でピュアな世界が立ちあらわれているのです。

この演奏を評価してください。

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