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ショパン:バラード集(全4曲)

(P)アルフレッド・コルトー:1933年7月6日~7日録音



Chopin:Ballade No.1 in G minor, Op.23

Chopin:Ballade No.2 in F major, Op.38

Chopin:Ballade No.3 in A-flat major, Op.47

Chopin:Ballade No.4 in F minor, Op.52


ピアノによる物語

バラードというのは物語のことですから、これは基本的にピアノという「言語」を使った物語だと思います。
しかし、どういうわけか、音楽に物語性を持ち込むことは一段レベルが低くなると思う風潮がこの国にはあるようで、どの解説書を読んでも創作の動機となった物語の内容とこの作品の結びつきをできる限り過小に評価しようという記述が目立ちます。
とは言え、ショパンの研究家の間ではポーランドの詩人アダム・ミツキェヴィッチのどの作品と結びつきがあるのかという研究は熱心されてきましたので、今日ではおおよそ以下のような対応関係が確定されているようです。

  1. バラード第1番ト短調 作品23→「コンラード・ヴァーレンロッド」

  2. バラード第2番ヘ長調 作品38→「魔の湖」

  3. バラード第3番変イ長調 作品47→「水の精」

  4. バラード第4番ヘ短調 作品42→どうもこれだけがミツキェヴィッチの詩とは関係ないらしい


もちろん、それぞれの作品がそっくりそのままミツキェヴィッチの詩と対応しているという事はありません。そういう意味では、リヒャルト・シュトラウスの交響詩などのような「標題音楽」とは異なります。
しかし、優れたピアニストによる演奏でこの作品を聞くと、明らかに一つの物語を聞かされたような「納得感」みたいなものを感じ取ることができます。昨今の、指だけがよく回る若手ピアニストによる演奏を聴かされて何がつまらないからと言うと、この「物語性」みたいなものが希薄なことです。
ピアノだけは派手に鳴り響くのですが、聞き終わった後に何とも言えない取り留めの無さしか残らないのは実に虚しいのです。

あまり専門的なことは分からないのですが、「スケルツォ」や「バラード」のような作品は、明らかに始まりの時点から終わりが意識されています。それは、「ノクターン」などにおいて、いろいろなフレーズが取り留めもなく流れくるような雰囲気とは大きく異なります。
たとえば、バラードの1番で冒頭のユニゾンを鳴り響かせたときに、それはコーダの「Presto con fuoco」に向けた明確な一本の線で結びついていなければいけません。
ある方は、こんな風に書かれていました。

各動機、各音は前後のしがらみに囚われており、逸脱を許されない。沈鬱な主題が次々と現われ、それらは鬱積して怒濤をなし、ついには破滅的な終末を迎える。

なんと上手いこと表現するのでしょう。
明らかに、この作品を生み出す原動力となったのはミツキェヴィッチの詩によって喚起されたショパンの内なるイメージです。しかし、作品というものはそれが生み出され発表されてしまえば、それは作曲家の手を離れて一人歩きします。
即物主義は、一人歩きを始めた作品の恣意的解釈を戒めて、作曲家の内なるイメージに迫ることを要求しました。しかし、このような作品ならば、演奏家はスコアから喚起された己のイメージに忠実に演奏することも許されるでしょう。少なくとも、お約束ごとの上に胡座をかいて、ひたすらスコアを正確に音に変換する作業を聞かされるよりは百倍は幸福なはずです。

バラード第1番ト短調 作品23
自分でピアノを演奏する人のなかでは非常に人気のある作品です。
そこそこ難しくて、そしてその苦労に見合うだけの華やかな演奏効果が期待できます。

シューマンはこの作品に対して「彼の作品のなかでは最も優れた作品とは言えないが、そこには彼の天才性が現れているように思われます。」などと、ほめているのか貶しているのか分からないような言葉を残しています。

バラード第2番ヘ長調 作品38
最初は牧歌的で伸びやかな音楽が奏され、それがやがて静かに幕が閉じられます。「なんだこれは?とてもショパンの作品とは思えないような退屈で陳腐な作品じゃないか!!」と思ったとたんに「Presto con fuoco」でピアノが爆発します。後は聞いてのお楽しみ・・・です。

シューマンは手紙の中で「その熱狂的なエピソードはあとから挿入されたものらしい。ショパンがこのバラードをここで演奏してくれたとき、曲がヘ長調で終わっていたのを思い出す。ところが今度はイ短調に変わっている。彼はそのとき、このバラードを書くためにミツキェヴィチのある詩(「魔の湖」)から感銘を受けたと言っていた。しかし他面彼の音楽は詩人をしてそれに歌詞をつけさすような感銘を与えるだろう。」と書いています。

バラード第3番変イ長調 作品47

最も優雅な情緒に満ちていて、まさにパリの社交界の雰囲気を彷彿とさせる作品です。
シューマン曰く「フランスの首都の貴族的環境に順応した、洗練された知的なポーランド人が、そのなかに明らかに発見されるであろう。」
まさにおっしゃるとおりです。

バラード第4番ヘ短調 作品52

おそらく、ショパンの最高傑作の一つと言い切っていいでしょう。演奏する人にとってはさりげなく難しい箇所が多く、かといって華やかな演奏効果にも縁遠い作品なので、実に怖い作品でもあるようです。
ただし、気楽に聞くだけの人にとっては、これ一曲でその人が持っている表現力が分かってしまうので、実に面白い作品です。


テンポ・ルパートの何たるかを知っている演奏

SP番録音の真髄を伝えるほどの音質で、脂ののりきった時代のコルトーの演奏が大量に残されたことは幸運なことでした。
今もってその価値を失わない演奏と録音であり、その価値はさらに長きにわたって失われることはないでしょう。
本当な「永遠に失われることはない」と書きたいのですが、あまり軽々に「永遠」などと言う言葉は使わない方がいいでしょうから、控えめに「さらに長きにわたって失われることはない」にとどめました。

SP盤の時代でも驚くほど音質の素晴らしいものに時々出会うのですが、この30年代の前半に行われたコルトーの録音はその中でも極上の部類に分類されます。
おそらく、ブラインドで聞かされればモノラル録音時代のLP盤だと思うはずです。

そう言えば、金属原盤が戦災などをまぬがれて残されている場合があって、そう言う原盤から復刻したものはかなり音質がいいという話を聞いたことがあります。このコルトーの復刻盤もそう言う金属原盤からの復刻かと思ったのですが、あれこれ聞いていると少し違うのかなと思う部分があります。

それは、全体としてはほとんどノイズがのっていないのですが、人気があってよく聞かれる部分が来るとパチパチノイズがのるのです。
例えば、ショパンのピアノソナタだと葬送行進曲の部分にだけノイズがのります。ピアノ協奏曲の第2番だと第2楽章「Larghetto」にだけ、同じようにノイズがのるのです。さらには、「即興曲」の中でも一番の人気曲である「幻想即興曲」だけがパチパチノイズの量が多いのです。
おそらくは、そう言う人気曲ともなれば「未通針」に近いSP盤というのはあり得ないのでしょう。

コルトーの演奏と言えば、真っ先に思い浮かぶのは内田光子の言葉です。
彼女はコルトーの演奏に対して「テンポ・ルパートの何たるかを彼ほどに知っている人はいない」と述べていました。
そして、彼の演奏を聞くたびに「この助平親父」と思うのですが、それでもその魅力には抗しきれないみたいなことを話していた記憶があります。

音楽というのはやはり歌わなければ魅力は半減します。
いや、「歌ってこそなんぼ」の世界なのです。
しかし、どのように歌わせるかというのは、その人の中にどれだけの音楽力(おかしな言葉ですが)があるかにかかってきます。残念ながら、未だ持ってこれだけ見事にショパンを歌ったピアニストは、極めて控えめに言ってもこの30年代のコルトーを含めて数えるほどしかいないでしょう。

最近は一つのミスタッチも無しにあっさりと(無表情に)仕上げるのが美徳のように思っているピアニストが多いようです。
しかしながら、こういうコルトーの最盛期の演奏を聞いていると、嫌みな言い方になりますが、「あなたショパンとはそんなにも素っ気ない音楽を書いた人だと信じているのですか?」聞いてみたくなったりします。

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