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モーツァルト:ヴァイオリン協奏曲第4番 ニ長調 K.218

(Vn)ヨハンナ・マルツィ オイゲン・ヨッフム指揮 バイエルン放送室内管弦楽団 1955年9月4日録音を再生する



Mozart:Violin Concerto No.4 in D major, K.218 [1.Allegro]

Mozart:Violin Concerto No.4 in D major, K.218 [2.Andante cantabile]

Mozart:Violin Concerto No.4 in D major, K.218 [3.Rondeau: Andante grazioso]


断絶と飛躍

モーツァルトにとってヴァイオリンはピアノ以上に親しい楽器だったかもしれません。何といっても、父のレオポルドはすぐれたヴァイオリン奏者であり、「ヴァイオリン教程」という教則本を著したすぐれた教師でもありました。
ヴァイオリンという楽器はモーツァルトにとってはピアノと同じように肉体の延長とも言える存在であったはずです。そう考えると、ヴァイオリンによるコンチェルトがわずか5曲しか残されていないことはあまりにも少ない数だと言わざるを得ません。

さらにその5曲も、1775年に集中して創作されており、生涯のそれぞれの時期にわたって創作されて、様式的にもそれに見あった進歩を遂げていったピアノコンチェルトと比べると、その面においても対称的です。

創作時期を整理しておくと以下のようになります。


  1. 第1番 変ロ長調 K207・・・4月14日

  2. 第2番 ニ長調 K211・・・6月14日

  3. 第3番 ト長調 K216・・・9月12日

  4. 第4番 ニ長調 K218・・・10月(日の記述はなし)

  5. 第5番 イ長調 K219・・・12月20日



この5つの作品を通して聞いたことがある人なら誰もが感じることでしょうが、2番と3番の間には大きな断絶があります。

1番と2番はどこか習作の域を出ていないかのように感じられるのに、3番になると私たちがモーツァルトの作品に期待するすべての物が内包されていることに気づかされます。
並の作曲家ならば、このような成熟は長い年月をかけてなしとげられるのですが、モーツァルトの場合はわずか3ヶ月です!!

アインシュタインは「第2曲と第3曲の成立のあいだに横たわる3ヶ月の間に何が起こったのだろうか?」と疑問を投げかけて、「モーツァルトの創造に奇跡があるとしたら、このコンチェルトこそそれである」と述べています。
そして、「さらに大きな奇跡は、つづく二つのコンチェルトが・・・同じ高みを保持していることである」と続けています。

これら5つの作品には「名人芸」というものはほとんど必要としません。

時には、ディヴェルティメントの中でヴァイオリンが独奏楽器の役割をはたすときの方が「難しい」くらいです。
ですから、この変化はその様な華やかな効果が盛り込まれたというような性質のものではありません。

そうではなくて、上機嫌ではつらつとしたモーツァルトがいかんなく顔を出す第1楽章や、天井からふりそそぐかのような第2楽章のアダージョや、さらには精神の戯れに満ちたロンド楽章などが、私たちがモーツァルトに対して期待するすべてのものを満たしてくれるレベルに達したという意味における飛躍なのです。
アインシュタインの言葉を借りれば、「コンチェルトの終わりがピアニシモで吐息のように消えていくとき、その目指すところが効果ではなくて精神の感激である」ような意味においての飛躍なのです。

さて、ここからは私の独断による私見です。

このような素晴らしいコンチェルトを書き、さらには自らもすぐれたヴァイオリン奏者であったにも関わらず、なぜにモーツァルトはこの後において新しい作品を残さなかったのでしょう。

おそらくその秘密は2番と3番の間に横たわるこの飛躍にあるように思われます。

最初の二曲は明らかに伝統的な枠にとどまった保守的な作品です。言葉をかえれば、ヴァイオリン弾きが自らの演奏用のために書いた作品のように聞こえます。
もっとも、これらの作品が自らの演奏用にかかれたものなのか、誰かからの依頼でかかれたものなのかは不明ですが・・・。

しかし、3番以降の作品は、明らかに音楽的により高みを目指そうとする「作曲家」による作品のように聞こえます。
父レオポルドはモーツァルトに「作曲家」ではなくて「ヴァイオリン弾き」になることを求めていました。彼はそのことを手紙で何度も息子に諭しています。

「お前がどんなに上手にヴァイオリンが弾けるのか、自分では分かっていない」

しかし、モーツァルトはよく知られているように、貴族の召使いとして一生を終えることを良しとせず、独立した芸術家として生きていくことを目指した人でした。
それが、やがては父との間における深刻な葛藤となり、ついにはザルツブルグの領主との間における葛藤へと発展してウィーンへ旅立っていくことになります。その様な決裂の種子がモーツァルトの胸に芽生えたのが、この75年の夏だったのではないでしょうか?

ですから、モーツァルトにとってこの形式の作品に手を染めると言うことは、彼が決別したレオポルド的な生き方への回帰のように感じられて、それを意図的に避け続けたのではないでしょうか。
注文さえあれば意に染まない楽器編成でも躊躇なく作曲したモーツァルトです。その彼が、肉体の延長とも言うべきこの楽器による作曲を全くしなかったというのは、何か強い意志でもなければ考えがたいことです。

しかし、このように書いたところで、「では、どうして1775年、19歳の夏にモーツァルトの胸にそのような種子が芽生えたのか?」と問われれば、それに答えるべき何のすべも持っていないのですから、結局は何も語っていないのと同じことだといわれても仕方がありません。
つまり、その様な断絶と飛躍があったという事実を確認するだけです。


クラシック音楽というジャンルにおけるモノラル録音の一つの到達点

ヨハンナ・マルツィと言えば、真っ先にバッハの無伴奏を思い出します。
その名前がほとんどの人から忘れ去られていた時期でも、そのレコードは中古市場では驚くべき高値で取引されていて「知る人ぞ知る」存在でした。しかし、隣接権が消失したことで復刻盤のCDがリリースされる事で、その存在が多くの人に知られるようになりました。

厳格でいかめしいバッハに飽き飽きしてきた時代の中で、ふと気づくと、こんなにも流麗で美しいバッハ演奏が存在したことに気づいた人々が、ほとんど忘却の彼方にあった彼女の演奏を表舞台に引き上げたわけです。
しかしながら、そのバッハ演奏の驚きと較べると、それ以外の録音は「悪くはないけれども、それほど強く印象に残るものではない」というのが私の率直な感想でした。

例えば、ブラームスやメン、デルスゾーンのコンチェルトなども残っているのですが、バッハの無伴奏を聞いたときのような「興奮」は覚えませんでした。
悪くはない演奏であっても、これに変わりうる演奏は数多く存在していると判断したからです。
スターンの蜂蜜を垂らしたような甘い響き、オイストラフの水も滴るような美音、さらにはムターのようなコッテリとした情緒などなど、私たちはあまりにも贅沢なりすぎているのす。

しかしながら、そう言う私の評価を根底から覆してくれたのがこのモーツァルトのコンチェルトでした。
この録音を今の今まで聞かずに放置していた己の愚かさに腹立たしく思うほどです。

一言で言えば、「他に変わりうるものがいくらでもある」と感じたブラームスやメンデルスゾーンの録音では、マルツィのヴァイオリンが紡ぎ出す響きが全くすくい取れていなかったことに気付かされたのです。
確かに、この第2楽章の「Andante cantabile」では、バッハの無伴奏を思い出せるようなふくよかで流麗な響きを披露しています。

しかし、マルツィというヴァイオリニストはその様な単色のパレットしか持たない人ではないことを、その両端楽章においてものの見事に証明してみせているのです。
あまりにも手垢のついた表現なのですが、まさにカミソリのごとき切れ味です。
とりわけ、カデンツァの部分では、驚くべき録音のクオリティの高さのおかげもあって、まさに名刀の切れ味です。

そして、これこそがマルツィのヴァイオリンの本当の響きだとすれば、あのブラームスやメンデルスゾーンの録音は「ぼけまくり」の録音だったと言わざるを得ません。

逆に言えば、そこまでぼけまくった録音でもそれなりに聞かせてしまうマルツィの凄さを認識すべきだったのです。
それにしても、これは何という驚くべき録音でしょうか。
あまりにもあちこちで同じ事を繰り返していて「しつこい!!」と言われることは承知しているのですが、それでもこういう録音に出会ってしまうと、モノラル録音と言うだけで視野の外に置いてしまうことは罪だと言わざるを得ません。

そして、これほどまでに素晴らしい演奏と録音であるにもかかわらず、ネット上でもほとんど言及されていないことに不思議さを感じるのです。・・・って、「お前もだろう!!」・・・と言う声が聞こえてきそうです。(^^;

ところが、もう少し調べてみると、「ほとんど言及されていない」というのは全くの勘違いであることに気付かされてもう一度驚かされるのです。

「TAS Super LP List」というものがあります。

これも、実はマルツィの録音についてあれこれ調べているうちにたどり着いたのですが、その「TAS Super LP List」なるものの中にこのマルツィのモーツァルトがリストアップされているのです。
おそらく、オーディオ関係に詳しい方ならばこの「TAS Super LP List」なるものはご存知かと思うのですが、恥ずかしながら私は今回初めてこのリストに会いました。

興味のある方は最新の「TAS Super LP List 2017」をご覧ください。

このリストは何かというと、アメリカの代表的なオーディオ雑誌である「The Absolute Sound」の創業者でありオーディオ評論家でもあった「ハリー・ピアソン(Harry Pearson)」がピックアップした「優秀録音」のリストなのです。
日本で言えば、長岡鉄男の「外盤A級セレクション」みたいなものなのですが、世界的な影響力という点では「TAS Super LP List」には到底及ばないようです。

あまり好きな言葉ではないのですが、「TAS Super LP List」こそがオーディオの「世界標準」になっているようです。

そして、このリストは原則としてモノラル録音はノミネートしないことを原則としているようなのですが、このマルツィのモーツァルトはその「原則」を破ってまでもハリー・ピアソンは選び出している事に再度驚かされるのです。
と言うことは、ハリー・ピアソンはこの録音こそはクラシック音楽というジャンルにおけるモノラル録音の一つの到達点だと主張しているようなものです。
当然の事ながら、その主張に私は100%同意します。

つまりは、色々な面で知らなかったのは私だけであって、この素晴らしい演奏と録音には既に然るべき冠は与えられていたのです。
そして、パブリック・ドメインの海を泳いでいて一番嬉しいのは、こういうお宝に出会ってそれを多くの人に紹介できるときです。

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