Home|コメント
リスニングルームによせられたコメント
リスニングルームによせられたコメントをまとめたコーナーです。多くの方の熱いコメントを期待しています。(2008年3月10日記)
前のページ/
次のページ- 2015-11-06:nakamoto
- この録音も、素晴らしい物です。私は、リリークラウスが好きなようです。ハイドンは、私のような即物主義者とっては、コレッリ、ヴェーベルン、と並んで、とても大切な作曲家なのです。 何も考えずとても気持ちいい、それでいて、深い音楽です。偽作多いという話は、ガッカリします。しかし、私は、ブレンデルの選集ぐらいしか聴かないので、その中に偽作があったとしても、傑作である事には変わりありません。あまりに作品が多すぎて、手には負えません。ユングさんが、歌曲が苦手という話は、このサイトで、何か所か読みました。私も苦手です。聴いているときは、それなりに愉しんでいますが、聴き終わってしまうと、やはり、オペラとか交響曲がききやすいな??と思ってしまいます。ユングさんが、真面目に、歌曲も網羅したいという気持ちは、分かります。私の意見としては、交響曲に於ける、ベートーヴェン、ブルックナー、ブラームスの様な歌曲に於ける存在は、シューベルト、シューマン、ヴォルフだと思います。これも、このサイトのファンの方たちに、募って、或る程度、アップすれば、十分ではないかと思いますが・・・。歌曲が無くても、このサイトには、宝石的な録音が一杯あるので、歌曲は、程々で良いのではと私なんかは思いますが・・・。日本人のクラシックファンの大方は、歌曲は、苦手だと思いますから。
- 2015-11-03:ジェネシス
- この演奏、ショーソン、サンサーンスの「オルガン付き」と並んで、録音を含めて当時の決定盤とされていた記憶が有ります。もちろん「準推薦」にこだわる先生方も居たけれど。
3曲とも米国のメジャーオケを豪快に鳴らして、コザート.ファイン夫妻が録っても、スペキュタクラーに走ったという批判が少なかったのは、パレーがフランス人の為に批判の拳が下がったんじゃないでしょうか。
その後、調子に乗ったレコード会社はショーソン一曲だけ入った重量レコードという贅沢盤を出し、バイトして買いました。音溝の波が肉眼で見えるやつで、当時のチープなステレオ電蓄のピックアップだと磨り減りそうな感じがして、一回通して掛けただけ、友人にも見せるだけ、未だ棚に有ります。で、この2曲が裏表に入った盤を愛聴していました。
ユングさんもここで突然、デトロイト響を評価をアップさせておられますが、パレーがセルの違うのは、時に様式をハミ出し気味に突進を感じさせる部分じゃないかと思います。
セル.クリーヴランドというのは当時の抜群の規範です。パレーの「幻想」に入っている「ローマの謝肉祭」をセル盤と較べて、デトロイトがクリーヴランドより上に感じたら、パレー病に罹っています。ライナー.シカゴの「コリオラン」をセル盤と較べて、ライナーの方が「冷徹」「冷血」でセルにより人間味を感じたら、セル病に罹っています。
私?両方です。
- 2015-10-16:benetianfish
- この演奏は、私の「何度聞いても笑いが止まらない演奏」第1位です。カラヤンのもなかなかよいですが、あちらは大砲の音がイマイチですし、どこか微妙に遠慮して(上品過ぎに?)演奏している感じがします。その点、ドラティの方は大砲の大爆発音と完璧にマッチしているようで、やはり演奏から始まって、録音やミキシングに至るまでの全体的な完成度が高いのでしょうか。
ところで、悪名高いゴロヴァノフの演奏ですが、一番最後の方で、普通なら「スラブ舞曲」の後半でも聞かれるメロディーが入るのですが、何だかよくわからないファンファーレに差し替えられていますね。スラブ舞曲のメロディーは(元ネタがどこかわかりませんが)、当時のソヴィエト政権にとってマズい事でもあったんでしょうか。
重ねて投稿失礼します。例の、ゴロヴァノフの演奏で差し替えられた部分がロシア国歌だったのですね。なんともお恥ずかしい。(苦笑)
- 2015-10-13:nakamoto
- 演奏家に詳しくない私は、結局美人もブスもみんな美人に見えてしまう病のようです。いいのか悪いのか???この録音も、素晴らしいとしか感じ取れません。あの問題な人物ベートーヴェンの曲なんて、信じられません。何とも幸福な音でしょう・・こうして、ボスコフスキーとリリークラウスの録音を聴いていると、20年以上前に、買わなかった、モーツァルトヴァイオリンソナタ全集への未練が、また湧き上がってきてしまいます。無理してでも買っておけばよかったという未練です。この曲なんかも、以前傑作では無いとコメントしましたが、こうして幸せに聴いていると、何が傑作で、何が傑作では無いのか、分からなくなって来ます。普段あまり聴かない曲ですが、ユングさんがアップしてくれると、改めて聴く機会に恵まれ、楽しくなってきます。プロの音楽家の友人はいても、音楽面で話が通づる人間たちではありません、ユングさんが唯一、楽しく話をしてくれる知人です。
- 2015-10-13:風琴屋
- ガラスの円盤のかわりにコップ(グラス)を調律して並べたグラスハープと名付けられた楽器があり、これを用いた K617 の録音が DG アルヒーフにありました。
ブルーノ・ホフマン(グラスハーモニカ)
グスタフ・シェック(フルート)
ヘルムート・ヴィンシャーマン(オーボエ)
エミール・ザイラー(ヴィオラ)
アウグスト・ヴェンツィンガー(チェロ)
当時の「錚々たる」顔ぶれですね。
こちらの方が,チェレスタよりもオリジナルのグラスハーモニカの音に近いかも知れませんね。
この曲とアヴェ ヴェルム コルプスに共通して私が感じるのは,何とも言えない「透明感」、ちょっと触ったら壊れてしまいそうな「危うさ」といったものです。
- 2015-10-09:Kouno
- モノーラル、音のレンジが狭いなど関係ありません。
机の上の、ニヤフィールドスピーカーから、すごい迫力の演奏が聞こえました。
- 2015-10-07:ヨシ様
- クーベリック、ロイヤルフィルの録音はベートーヴェンの田園もありました。
セラフィムの廉価盤で良く聴いたものです。懐かしいですね。
当時の記憶では意外に名演だったと思います。録音もそれなりに良かったと記憶しています。
- 2015-10-05:nakamoto
- セルが、家庭交響曲を録音していてくれたなんて、有り難い事です。幸せの至りです。ちょっとマイナーなこの曲が、満点の音楽として、私の中で鳴り響いています。細かい標題は、理解していませんが、きっと家庭の充実した安らぎや幸福感などが、表現されているのだと思います。セルは、家庭人としてどうだったのでしょうか??意外と良き夫、良き父だったかもしれません、この録音から想像するに・・・。正直本当の事は知りませんけれど・・・。
- 2015-09-29:ジェネシス
- 「...しかし、オーマンディやサージェントの英雄よりも本格の味を持っているのは、さすがにドイツ人...」。当時、N響を睥睨していたウィルヘルム.シュヒターの「英雄」評にこんなのが有ったのを思い出します。
レコードジャケット、いや雑誌だったかな。ストライヴのダブルの背広にポマードタップリのオールバックの髪(できれば柳屋じゃなくて)、胸ポケットには薔薇一輪。同じ英国の俳優デヴィッド.ニーヴンか、同じくオールバックポマードのF1レーサー、グラハム.ヒル(デーモンの父君)を想起させる堂々たる伊達男振りでした。そのせいか、英国音楽ハマリの三浦淳史氏もデリアス、エルガー、ウォルトン、ヴォーン.ウィリアムス等をビーチャムやバルビローリには追し付けても、サージェントには余り向けてなかったと思います。質朴のイメージが薄いのかな?生地も整髪料も高価そうだもの。
イギリス人のドイツ音楽って、このタイプでしょう。決してハミ出すことなく起承転結しているから、却って何か欲しくなる。これに少し鈍重さをスパイスすると、ベームやヨッフム風に聴こえるんじゃないかな。(済みません、私どうしても2人を評価出来ない)
で、W.シュヒターの「英雄」?。聴いてません。多分、北西ドイツ.フィル、N響じゃないでしょう。
- 2015-09-29:Sammy
- ピアノの澄んだ響き、しなやかで軽やかで、そしてその中での丁寧なニュアンスの作り方が、作品の持つ愛らしくも孤高の自由さの雰囲気とよく合って、とても美しいと思います。ベルリンフィルはやや豪華かなとも思いますがきめ細かな上質の響きで、ライトナーの指揮のもとこれまた丁寧にしっとり気品をもってケンプの至純のソロを包み込んで見事です。
- 2015-09-25:nakamoto
- マーラーの交響曲は、何か長編ストーリーを見ているような、ワクワクさせてくれて、たっぷりと愉しませてくれる音楽ですよね!! 私は、このバースタインの1回目の全集で、マーラーと出会いました。熱っぽい壮大なバーンスタインの指揮に本当に感銘したものでした。なんと、当時は廃盤で、銀座の山野楽器でアメリカから取り寄せてもらったのですが、1年経っても物は来ず、向こうでも廃盤との事でした。仕方なく、上野の文化会館にレコードを聴かせてくれるところがありまして、通って聴いて、「なんで廃盤なんだよ!!」と心から叫んで愚痴っていました。ジャケットには、バーンスタインの同じユダヤ系人として、孫弟子として、マーラーを擁護する文章が書かれていました。 「マーラーの交響曲には、多くの欠点や矛盾が存在していますが、それを補って余りある魅力があります。」といった内容でした。今となっては、何が矛盾なんだか欠点なんだか疑問ですが、当時マーラーは、市民権を得ていなかった事が伺えます。ユングさんの言う通り、ハイドンから始まる交響曲は、マーラーをもって完結したと思います。料理に例えるなら、フルコースが交響曲な訳で、聴いた後、十分に満足でき幸せに成れるものとしての交響曲は、マーラーをもって終わりを告げたようです。
- 2015-09-23:題名のない子守唄
- 自分の中では、フルニエ/セル盤と、デュ・プレ/チェリビダッケ盤が双璧です。
特にフルニエ/セル盤はヘリオドールの廉価LPで聴いて感動した思い出があります。
- 2015-09-23:原 響平
- ついに登場したバーンスタインのマーラー復活。この演奏はマーラー演奏に定評のあるバーンスタインの演奏の中でも特に優れたもの。当時のニューヨークフィルとの蜜月状態を表すように、緻密さに中に生命の息吹を十分に感じさせ非常に熱気を帯びたオーケストラの音色はライブ演奏に近いものがある。後年に再録音したロンドン交響楽団との演奏、そして更には最晩年のニューヨークフィルとの再録音を遥かに凌ぐ出来栄え。1960年代のバーンスタインの演奏は当時のCBSの録音技術者ジョン・マックルーアーとのコンビで数々の名演奏・名録音を残した。今、この演奏を聴きなおしてもゴリゴリとした低音弦楽器、ティンパニーの音色、金管楽器の輝いた音色と残響音、当時の録音技術の素晴らしさを再認識させられた。
- 2015-09-20:Joshua
- 「爆裂」の対極にある「理知」的な指揮者
おっしゃる通りです。シェルヘンは、わたしも晩年ルガーノ放送によるベートーヴェンから入りました。2,4,5,7,9と聴きました。3番、8番を聴きたいと思っていたら、その思いはこのサイトの、ウィーン国立歌劇場で満たされました。8番の終楽章はまさに最速。はてさて、大好きなモーツァルトの29番を聴くと(ウィーン響)、無表情なまでに落ち着いていて遅い。ウィーン響とロイヤルフィルは録音も含めて感銘度が薄いです。国立歌劇場のオケはやはり上手いです。音に厚みがあります。この7番も実に克明な演奏。録音もとてもいい。53年といえば、フルヴェン、ワルター、トスカニーニがやっと聴きやすい音になったころ。シェルヘンは録音にも関わっていたに違いありません。前者3人は録音は技師任せだったんでは、と思います。
冒頭のワグナーチューバ(?)、これ1本で通常吹くと思うんですが、2本(ひょっとして3本)で吹かせてますね。それはそれで違和感ありません。終楽章の遅いこと。クレンペラーの晩年が超スローで話題になりますが、シェルヘンと変わらないですよ。この演奏を知らないと、クレンペラーの唯我独尊と映るわけです。所詮、二人とも前衛音楽を得意とした気鋭の指揮者ですから、似たところがあってもおかしくない。無いものねだりを2つ。1つは、ウィーンフィルのステレオ録音をシェルヘンが残さなかったこと。9番についてはウィーン響でしか録音しなかったこと。後者をいうのは、第1楽章最後にあるホルンソロが癇癪を起したみたいに乱暴な吹き方をしていることです。指揮者の要求だったとしても、もう少し吹き様がある。要するに下手なんです。
マーラーの「夜の歌」、モノラルの名録音で名演奏だったわけですが、今日日曜朝10時に聴いてるパウルファンケンペンもチャイ5を筆頭に名録音でしたね。しかもコンセルトヘボウが、今どきのオケと別次元に上手い!!
- 2015-09-20:Joshua
- バイエルン放送、といえば
同時期に同曲を録音したシューリヒトがいます。
この顔合わせでは、ワグナーの序曲・前奏曲を採り上げていただいています。
バイエルンが創立されたのが1949年で、19世紀末にその前身のあったミュンヘンフィルを考えると同地方でありながら、急成長の歴史があり、初代ヨッフムに依るところが大きいんでしょう。クーベリックが1970年代に引き連れてDvorakイギリスを聴かせてくれたのが、この楽団と私の馴れ初めです。今回聞き返し、やはりブラームスに相応しいこの楽団の音です。冒頭に戻り、ウィーンでブラ2、フランクフルトで1,2番を振っていたシューリヒトの4番がバイエルン。クレンペラーやシューリヒトを指揮者に向かえて音楽のできる幸せな楽団だったのです。
*PS ロンドンにもいいブラームスが響いていました。ドラティの全曲聴かせていただきました。バレー指揮者面目躍如。(Pierre Monteuxに通ずるところ)。鬱陶しさのないそれでいて全声部が克明に語り掛けてくる「朝のブラームス」、と感じ、一気に4曲聞いてしまいました。
- 2015-09-16:Sammy
- この作品は初めて聞きましたが、演奏の充実もあってでしょうか、名の知れたほかのチェロソナタと比肩する優れた美しい作品ではないかと思いました。
- 2015-09-16:Sammy
- 作品を丁寧に表現した美しい演奏で、この作品が充実した傑作であることを初めて認識させられました。それはyungさんの仰るように、見事極まりないシュタルケルのチェロと堂々と渡り合って凛と響くシェベックのピアノの練達故ではないでしょうか。
- 2015-09-08:Sammy
- 丁寧かつ精力的に構築された、隅々まで堂々として美しい、素晴らしい演奏と思いました。バイエルン放送交響楽団の明るめの重厚な響きが力強く広がって心地よいです。さすがはこの作品を得意として来たと言われるヨッフムならではの万全の名演奏と言ってよいのではないでしょうか。
- 2015-09-06:nakamoto
- 私は以前、メンデルスゾーンの作曲家としての価値についてコメントを出しましたが、ここでもう一度発言させて頂きたく、ここに書く次第です。
メンデルスゾーンは、神童でした。神童と言う物は、幼くして、成熟しているので、早くに作曲スタイルを完成させます。モーツァルト然り、サンサーンス然りです。という事は、随分歳上の作曲家たちと同じような作風を持ってしまうという事で、現代人から見ると、生年の割に保守的という評価に成ってしまい勝ちです。それは、誤りであって、メンデルスゾーンは、一年違いのシューマンやショパンと比べられて、時代遅れの作曲家と評されてしまっていますがしかし、私としては、メンデルスゾーンの作風は、シューベルトと同い年と見ています。早世したシューベルトの存命中に、メンデルスゾーンが作曲した作品の多さに注目しましょう。シューベルトと同い歳とすると、随分新らしさを持った、活力に満ちた作品が多い事に、気付かされるはずです。ロマン派中の古典派などと評しているのは、どうかと私などは思います。ロマン派最初期の作曲家として、彼を評価するべきです。ウェーバーやパガニーニやロッシーニなどのようにです。とても新しく充実した完成度の高い作品を、メンデルスゾーンが産んでいた事実を確認できるはずです。それが、彼の正しい音楽史の中の立ち位置であると云えると思います。
- 2015-08-28:Joshua
- クレンペラーが同じブラームスのピアノ協奏曲、
特に1番を振って残していてくれたら、とこの演奏も思わせてくれました。
基本的には1年前のフィルハーモニア盤と同じ腰の据わった重量級の演奏。
こちらは、ドイツの当時地方オケだったバイエルンが必死に弾いている、吹いている、ように聴こえます。3番トロンボーンの凄まじいこと。終楽章のコーダは巨大なものが襲いかかってくるような印象を受け、身震いしました。
88まで数奇な人生を生き抜いたこの男の音楽はスケールが一回りも二回りも違う。
ほんの5年前ですが、ベルリン放送やウィーン響を振った2番や3番、フランスのオケとは思えない重厚な1番もアップされてますね。
クレンペラー恐るべし。フルヴェンやワルターやトスカニーニを忘れさせてくれることがある数少ない指揮者です。
- 2015-08-25:菅野茂
- 古い録音ですが楽しんでいます。聞き手を考えていないのかというと、いかに良い音楽を作るかという追及の先に12音音楽があるのだと思います。こう言う音楽も子供の時から聞き慣れていれば決して聞きずらい音楽では無いはずです。なぜ難しいか?それは普通の聴き手が必ずメロディーやリズムを追い求めるからだと思います。要するに無いものを追及してもありませんからうんざりしてくるのでしょう。
- 2015-08-25:クラヲタ
- アゴーギクの少ないインテンポ気味の演奏ではありますが、
全指のバランスを保った上でフレーズをきちんと浮かび上がらせているのを聴く限り、
決して大雑把ではないと思います。
- 2015-08-23:Joshua
- 彼女の看板曲、この演奏でバッカウアーは頭に残っています。
Wikiで見ると、知的な美人ですね。
Violinのエリカ・モリーニと似た面立ちです。
長命ではなく、60台で亡くなっています。
この演奏は、年代の割に録音がよく、そのことが両刃の剣となってるんでしょう。
バッカウアーの録り直しなしによる音の濁り、それに対し、精緻で迫力もあるMr.Sの伴奏。
されど、全体に対する不満はありません。
両端楽章がわたしは好きです。
一種の凄惨さを感じさせる第1楽章半ば、何とも言えない哀感を誘う終楽章の第2主題。
(ここはクナーもいいが、スクロヴァチェフスキーが素晴らしい!)
ブラームスは楽に聞けない。
そのことはベートーヴェンと似てますが、シニカルな嘆きがあちこちに聞こえてきて、それだけでは音楽にならないのに、それこそが聞いた後に残る、と思っています。
Dvorakも似たところがありますね。民族の血を感じさせる躍動、だけではなく、友人ブラームスに倣った、奇妙な不機嫌さ(ドボ8の第2楽章半ば、など)が
度重なる愛児の死に対した数奇な実生活と重なります。
ブラームスなら、独身を通したためでしょうか?
「孤独だが、自由だ」は彼の言葉。
どんな顔と声色で言ったかで、意味は千変万化、さながらかれの楽想の如く。
- 2015-08-21:Joshua
- これは貴重なものをありがとうございます。
Mercuryレーベルから出ていた、
録音抜群のレコード復活です。
この名前、バッカウア Bachauer
つづりにするとかの鍵盤の獅子王Backhausを彷彿とさせます。
バックハウス、どうしてかたかなにするとこうも変わってしまうのでしょうか?
この演奏のしっかりした弾き方、
思わず「女バックハウス」といいたくなります。
この4番もいいですね。次に聞く「皇帝」が楽しみです。
わたしはBrahmsの2番協奏曲から入りました。
克明な録音はこれと同様で、ドラティが(意外に、と言っては失礼かもしれませんが)いい伴奏しています。このサイトでベートーヴェン全集やドボ8なんかを聞かせていただきましたね。もっともシェリングのviolinを好サポートしていたのも多くはドラティでしたから当然なのかもしれません。
- 2015-08-19:ジェネシス
- ユングさんのスタインバーグ評を伺っていると、セルから入ってしまった(私も少しそのケが有りますが)感性?から、彼を有る程度は認めつつも100%は受け入れ難いものを感じるのは思い過ごしでしょうか。
ロンドンフィル、ボストン響という著名なオケから招かれながら、兼任は無理と言ってピッツバーグへ戻って行ったのですから、おっしゃる様に「鉄の町」を愛した「善い人」だったんでしょうが、それ以前にこのピッツバーグ響が一級(少なくともロンドン、ボストン並みには)だったと思います。セル、クリーヴランド ライナー、シカゴ パレー、デトロイトといったコンビが跋扈していた当時の米国で、この響きを造り上げて保持していたのですから、所謂フェイバリット.サウンドでアンド.ヒズ.オケだったんでしょう。
この演奏、好きでLP初出からよく聴いていました。珍しく当時のレコ芸が推薦盤にしていたのも覚えています。57年のセルの「エロイカ」、弾丸ライナーの「運命」にはハマった私が何故かこの第7は2人とも、も一つピンとこないんです、何故か。
- 2015-08-19:ジェネシス
- この演奏を聴いて、シューリヒトがパリ.オペラ座管とウィーンフィルを野放しで録れた盤を思い出してしまいました。あれをちゃんと揃えて演ると、こんな感じになるかなと。いえ、もちろん一人善がりで賛意少なく反論多いのは解っています。このコンビというと直ぐドイツ的、ヒドイのになると田舎っぽいなどと言われてきました。でも同時期のベルリン.フィルを振ったベームの全集の方が余程ゴツゴツしてなかったでしょうか。
おっしゃる様な管楽器の軽やかさはベルリンの役者たちには聴かれないし(すでに居た筈です、コッホとかザイフェルトとか)もっともゴツゴツがベームの持ち味かも知れません、カイルベルトよりも。
この時期のバンベルク響ってコンマスの浦川宣也とか読響に居たオットー.ヴィンターとか在籍していたかも。いずれにしても悪くないどころか一級品(今も)です。
- 2015-08-16:ヨシ様
- セルのモヨシ様ーツァルト。正に絶品です。
アンサンブルは完璧ですが、決して冷たくはない。
モーツァルトらしい優しさやユーモアが感じられる。
絶妙なバランス感覚です。
モーツァルトの音楽の楽しさを実感出来る最高の演奏、録音です。
ジョージ・セルは本当に素晴らしい指揮者です。
もちろんクリーブランド管弦楽団も素晴らしい。
- 2015-08-16:nakamoto
- ユングさんの言う通り、セルのモーツァルトには、魂が入ってます。私的には、モーツァルトだけではなく、セルの作る音楽すべてに言えると思います。過去のコメントでも、触れている筈です。吉田秀和の 宋代の白磁 という表現について、私なりの意見を言わせて貰うと。若いころは、毎年のように、近隣諸国に旅行に出かけていました。そんな中、台湾に言った時、台北の故宮博物院で、私は、見ました、宋代の磁器をいくつも。私は、吉田秀和がセルを白磁に譬えた文章を読んだことがありません。だから当時も、吉田秀和の白磁の譬えは全く知らなかった訳です。しかし、私は宋代の磁器の数々に、本当に感銘しました。私は文学もダメなら、美術も文学程では無いにしろ、ダメな人間なのですが、宋代の白磁の素晴らしさは、衝撃と言っても大袈裟で無い程に、理解できたのでした。当時の中国は、貧しさと混乱で、疲弊しきっていましたから、こんな豊かな時代が在ったのだと、とてもとても心に刺さった出来事だったのです。吉田秀和の白磁という譬えは、最大の賛辞であったと、私は思います。
- 2015-08-15:Joshua
- 今年のはじめごろ、レコ芸で紹介されていたカイルベルトのMozart。ここまで聴かせていただいて、このハフナーがジュピターと並んで好きになりました。どこかギュンターヴァントの演奏を思い浮かべてしまいますが、演奏した年頃は相当両者において異なるので、単純に比較出来ません。実直だが色気はなし。それが晩年のヴァントなら慈愛につながったようです。バンベルクの結成エピソードは勉強になりました。歴史は実に複雑なものです。ズデーテン地方はチェコ人が逆に追放されたらしいですが、Nicholas Wintonが英国のシンドラーと呼ばれたものです。阿部さんがああやって謝罪し、黙して語らない日本人高齢者もいる。70年は戦争で兵隊だった人たちが、鬼籍に入る手前の時間であり、同じ時代に生きる者は老若問わず、傾聴すべき人たちですね。
- 2015-08-14:ほんのむし
- レイホヴィッツという人については、活字でしか見たことがありませんでした。いわく、十二音音階による音楽の進歩を信じ、その立場から晩年のバルトークを退歩として厳しく批判したといったこと、ベートーヴェンの交響曲集で即物主義の立場から斬新な演奏をしたが、それは指揮者の仕事というより楽譜のみを信じる作曲家の立場からであったといったことです。ベートーヴェンの交響曲集は何回か探してみましたが、入手できませんでした。今回それを聞き、そのある種純粋なアプローチを確かめることができました。今日の「ピリオド」演奏になじんだ耳からすると、近い方向でもあり、時代的にも先行する演奏として、面白くきくことができます。
それにしても、このサイトでは、今までうわさでしか知らなかったもの、実際には聞けなかったものを聞くことができます。昔、田舎に住んでいて学生の身分で小遣いもの乏しかったのですが、LPやCDを選ぼうとすると、批評家たちの意見によりその正否もよくわからず、無理やり選んでいた時代とは大違い。批評家たちの意見も相対化されて、音楽そのものを確かめることができます。私は20年近くCDを買わなかったし、ほとんどクラシックも聞いていませんでしたが、このサイトでいろいろと触れることができて、刺激になり、CDのボックスセットを買ったり、さらに演奏会にも行くようになりました。TPPでの著作権の問題もありますが、権利ばかり主張して、普及に努力するという義務が考えられていないように見えてしまいます。これからもがんばってください。楽しみにしています。
前のページ/
次のページ
[2025-07-01]

ベートーベン:交響曲第5番 ハ短調 「運命」 作品67(Beethoven:Symphony No.5 in C minor, Op.67)
ヨーゼフ・カイルベルト指揮 ハンブルク・フィルハーモニー管弦楽楽団 1958年録音(Joseph Keilberth:Hamburg Philharmonic Orchestra Recorded on 1958)
[2025-06-29]

ヘンデル:組曲第12番(第2巻) ト短調 HWV 439(Handel:Keyboard Suite No.12 (Set II) in G Minor, HWV 439)
(P)エリック・ハイドシェック:1964年9月18日~21日&30日録音(Eric Heidsieck:Recorded 0n September 18-21&30, 1964)
[2025-06-27]

ブラームス:ホルン三重奏 変ホ長調, Op.40(Brahms:Horn Trio in E-flat major, Op.40)
(Hr)フランツ・コッホ :(Vn)ワルター・バリリ (P)フランツ・ホレチェック 1952年録音(Franz Koch:(Vn)Walter Barylli (P)Franz Holeschek Recorded on 1952)
[2025-06-25]

バッハ:幻想曲とフーガ ト短調 BWV.542(J.S.Bach:Fantaisie Et Fugue En Sol Mineur, BWV 542)
(organ)マリー=クレール・アラン:1959年11月2日~4日録音(Marie-Claire Alain:Recorded November 2-4, 1959)
[2025-06-22]

ラヴェル:ダフニスとクロエ第2組曲(Ravel:Daphnis And Chole, Suite No.2)
ユージン・オーマンディ指揮 フィラデルフィア管弦楽団 1959年4月19日録音(Eugene Ormandy:Philadelphis Orchestra Recorded on April 19, 1959)
[2025-06-19]

ヘンデル:組曲第16番(第2巻) ト短調 HWV 452(Handel:Keyboard Suite (Set II) in G Minor, HWV 452)
(P)エリック・ハイドシェック:1957年9月30日&10月1日~2日録音
[2025-06-15]

エルガー:ため息 (ソスピーリ), Op.70(Elgar:Sospiri, Op.70)
サー・ジョン・バルビローリ指揮 ニュー・フィルハーモニア管弦楽団 1966年7月14日~16日録音(Sir John Barbirolli:New Philharmonia Orchestra Recorded on July 14-16, 1966)
[2025-06-11]

ベートーベン:交響曲第4番 変ロ長調 作品60(Beethoven:Symphony No.4 in Bflat major ,Op.60)
ヨーゼフ・カイルベルト指揮 ハンブルク・フィルハーモニー管弦楽楽団 1959年録音(Joseph Keilberth:Hamburg Philharmonic Orchestra Recorded on 1959)
[2025-06-08]

ラロ:スペイン交響曲 ニ短調, Op21(Lalo:Symphonie espagnole, for violin and orchestra in D minor, Op. 21)
(Vn)アルフレード・カンポーリ:エドゥアルド・ヴァン・ベイヌム指揮 ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団 1953年3月3日~4日録音(Alfredo Campoli:(Con)Eduard van Beinum The London Philharmonic Orchestra Recorded on March 3-4, 1953)
[2025-06-04]

エルガー:交響曲第2番変ホ長調Op.63(Elgar:Symphony No.2 in E-flat major, Op.63)
サー・ジョン・バルビローリ指揮 ハレ管弦楽団 1954年6月日~9日録音(Sir John Barbirolli:Philharmonic Hall Recorded on June 8-9, 1954)