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リスニングルームによせられたコメント
リスニングルームによせられたコメントをまとめたコーナーです。多くの方の熱いコメントを期待しています。(2008年3月10日記)
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次のページ- 2015-05-12:ヴィターリDEグッターリ
- 半世紀以上前に父が情操教育に必要だといって当時出始めていたステレオを買ってくれました。付属のデモレコード48回転から紡ぎだされたのがこの華々しい冒頭部分でした。演奏者は分かりませんが、以来クラッシック街道ひた走りです。いつも素敵な音楽をありがとうございます。
- 2015-05-09:Dr335
- 晩年の崩れた?演奏ばかり聴いていた私にとっては,「丁寧なバーンスタイン」は,かえって新鮮な気もします.想像するに,この時期のバーンスタインは,同じCBS系列のエピックのセル&クリーヴランドの演奏を結構意識していたのではないでしょうか.50年代前半のNYPの演奏は,暖色系の弦に少しポルタメントがかかったりして,古き良き時代を感じさせるのですが,セル&クリーヴランドの精緻さに驚いたレニーは,NYPの近代化を目指したのかと思います.セルの音楽は,精緻さの中に,テンポも表現もぎりぎりこれしかない,というような強烈な自己主張が見えるのが特徴と思いますが,それができるのはセルだけで,形だけ真似しても面白い音楽にはなりません.きちんとしているが雰囲気に乏しい,ちょっと昔の小澤征爾の演奏に通じる感じがします.いや,こちらが先で,それを小澤が継承したわけですね.
- 2015-05-06:D.Saigo
- これはまた、ゆっくりとした演奏ですね。90分超ですか…。
バルヒャの演奏は70分ぐらいだったか…?
グールドとの関連は抜きにして、これはこれで、しっかりした演奏ですよね。
「がんばって」最後まできいてみました。(眠らずに!)
ただ、私の駄耳のせいか、最初のアリアの部分に限らず、いたるところでテンポが揺れているように聞こえます。最近、耳が遠くなったような気もしますし、
リズム感も鈍くなったか…?!
それにしても、ユング様のおかげで、さまざまな演奏に接することができます。
おそらく、このサイトがなければ、私にとっての「ゴルドベルグ」は
バルヒャ1枚、グールド2枚で終わっていたでしょう。
ありがたいことです。
- 2015-04-29:題名のない子守唄
- サンフランシスコ響盤は、特に最後の2楽章はアッチェレランドの追い込み方が半端じゃないんですよね。第4楽章の終わり方も印象的。地方オケとの録音なので好き放題やりました感が前面に出てます。ウィーンフィル盤は、これと比べるとおとなしくなっちゃって物足りないです。
- 2015-04-26:Joshua
- 文章による批評は怖いもので、宇野氏の講談社+α文庫(廃刊)本では、この演奏が、3種類ある中で「録音も含めて最も悪い」とされていました。(同じ1951年でもこちらはカイロでの演奏。ローマでの5月1日盤は49年につぐ評価を得ています。)
虚心坦懐に聴けば、実にいい演奏です!
宇野氏が、いつどこから発売された演奏を聴いたのか当然不明ですが、1998年の発刊から15年経った今、「このサイトのこの演奏」のように相当美しく克明に聴き取れる演奏だと気づかされるわけです。一体に、YUNG氏のサイトでは、わたしが聴いてきた同曲同録音は、音が改善されています。録音状態が鑑賞評価を左右するのは明らかで、このことはありがたく思っています。この4月23日盤は、感動的です!
ここからは、蛇足になりますが、49年盤が今度は気になりだしましたところ、レコ芸1月号で、ワーナークラシックからSACD復刻が出ました。國土氏の批評は、「LPとは別物の如く」ですが、これを信じ過ぎると多少ガッカリですが、CDしか聴けない私には、SACDの出す音が「かくや!」と想像はされる出来栄えです。音のよくなった分、そしてこれ以上の音改善は想像しがたいですが、より大きな感動が得られたのは事実です。それに、気づくと、音がいいし細部が聴き取れるので、反復して聴いています。それも感動要素を作ってるんじゃないかと。49年会場にいた人たちは、65年後のこうした聴かれ方なぞ、つゆ想像できなかったでしょうに。(エンジニアは除いて)
昔聴き入った演奏が、自然な復刻でよりよい音で聴ける。
理科嫌いのわたしでも、このことに関しては、科学技術に感謝したい思いです。ひょっとして、音作りの魔法に騙されているのかも。
そういう思いが聴いていて時折しないでもありませんが、どうなんでしょうねえ?
YUNGさんや諸氏方々に教えを乞いたいです。
<管理人のコメント>
>一体に、YUNG氏のサイトでは、わたしが聴いてきた同曲同録音は、音が改善されています。
そう言うお褒めにいただけるならば、それは「音作りの魔法」ではなくて、丁寧に音源となるファイルを作成していることに尽きるかと思います。
昔のオーディオは出口のクオリティが全てでしたから、スピーカーが王様でした。
今のオーディオは入り口が全てです。
PCオーディオならばファイルのクオリティと、その純度をいかに落とさないでDAコンバータまで届けるかが勝負です。ここでクオリティが落ちれば、後はどれほど高価なアンプやスピーカーをあてがっても意味を持ちません。SACDがCDに対してアドバンテージを持つのはそのためですが、CDクオリティであっても十分に配慮を持っでデータを取り出せばSACDと遜色ないレベルで再生できるはずです。
- 2015-04-26:原 響平
- モントウー指揮の幻想交響曲のなかで、この演奏がベスト。ウイーンフィルとの演奏をLP時代から聴いてきたが、このサンフランシスコ交響楽団との録音を聴いてからは、メインで聴くのはこの演奏ばかり。とにかく、第4楽章と、第5楽章の迫力のある演奏は、聴いていて気持ちが良い。モントウーの絶頂期は、ひょっとしたら1950年頃だった?。さて、晩年の北ドイツ放送響の演奏は、録音が悪く、さらに枯れた演奏で、オススメ出来ない。丁度、アンセルメが、晩年にニューフィルハーモニア管と再録音した、ストラビンスキーの火の鳥と似ている。巨匠の晩年は、この音を聴けぐらいの威勢の良さは、全く影を潜め,刺が無くなる事が多い。
- 2015-04-25:Sammy
- 1951年とはにわかに信じがたい鮮明な録音から、気迫で弾けそうな勢いのある音楽が飛び出してきます。オーケストラのちょっと味のある音色を生かしたニュアンス豊かな部分も見事ですが、特に終盤の総突撃するような迷いのない一気呵成の音楽は清々しいとしか言いようがありません。
- 2015-04-21:momochanpapa
- ベーム博士の演奏は、レクイエムだけでなく、今更ですが聴けば聞くほど入り込んでしまいます。 流行りスタリというのはおこがましく、そういう輩は現在の右向け右的な大衆化だと思います。(指揮もオケも標準化?)現在の演奏にはない、望めない、出来る人がいない、演奏だと思ってます。いいものは変わることなくいい。
- 2015-04-21:Shigeru Kan-no
- 一見凄いようで後で思いだしても印象が薄い指揮者っています。サイモン・ラットルがそうですね。部分部分は素晴らしいのですがバーンスタインのような壮大な全体が見えてこない演奏。
- 2015-04-15:菊ぱぱ
- ブラームス、市販されてるディスクはほとんど入手して若年の頃から聴いてきました。4番の刷り込みはこのワルター盤です。親父の安物の蓄音器でLPを鳴らして…。
私はこのワルター盤の(殊にコロムビア響盤の)第1楽章第2主題に入る直前の経過句でのリズム(特に八分音符)の扱いを気に入ってます。格別です。オシャレです。
ユングさんのご指摘通り、録音も十分な響きを確保してますしネ!
- 2015-04-14:Dr335
- 熱い(暑苦しい?)演奏がもう一つあります.ケーゲルの演奏です.それにしても日本のオーケストラ,もう少しこの時代の音楽をやって欲しいものです.日本の指揮者たちはどうしてこの時代の音楽をやらないのでしょうか.録音も殆ど無く,私の知る範囲では,湯浅卓夫さんがNAXOSに録音したくらいです.若杉さんが健在だったころは,結構取り上げていたと思いますが,今の若手指揮者は,この時代(個人的には後期ロマン派の残照と思います)の音楽を素通りしている気がします.取り上げられるのは「浄夜」ばかりで,もう飽き飽きしました.私にとっては,「アイネ・クライネ...」と大差有りません.
- 2015-04-07:prescidiot
- 文化会館の小ホール、超デッドな音響だけど、それが悪いとは思えません。
音楽のディテールがよく聴けます。
いいピアノ置いてるし、ホールにあった音楽を作るのはミージシャンの仕事かと。
とはいえ、フィッシャーのステージを見たわけではないので、あの素晴らしい建築のファンとしてのひと言ですが。
いつも、楽しいファイルアップありがとうございます!
- 2015-04-07:HIRO
- 私の拙文を取り上げて頂いて恐縮です。
私がそこで言いたかったのは、「作品」か「演奏」か、などという大それたことではなく、ワルターの「新世界から」の欄にも投稿させていただきましたが、クラシック音楽、特に器楽曲では、楽譜を音にすることができれば、その曲の内容には無知でも、一応格好がついてしまうので、やれ巨匠だマエストロだと祭りあげられている人達の演奏の中にも「おバカな演奏」があるということです。
ユングさんに習ってポピュラー音楽で例えるなら、洋楽を歌詞の意味も分からずに「カタカナ英語」で歌っているようなもので、いくら音符を追っていても、その「コイ」というのは、男女の「恋」の話をしているのであって、池の「鯉」の話ではないですよ、ということです。
最近も、また驚きの光景に出くわしました。
NHKBSでロストロポーヴィッチがサイトウキネンフェスティバルでシュトラウスの「ドン・キホーテ」を演奏するドキュメントを放送していましたが、そこでロストロポーヴィッチが曲の内容を小沢やオーケストラに説明しながらリハーサルを進めていくのですが、その説明を聞いていた、小沢がドルシネアのテーマを吹いていたオーボエに向かって「宮本さん、アンタ女なんだよ、やっぱり…」という仰天発言をしたのです。
私は思わず「オイオイ、そんなことも知らないで、人前で指揮してたのか!!」と叫んでしまいました。
言われた宮本も「へーそうですか」ってな感じなのですが、オーケストラメンバーは言われたことを音にするのが仕事ですから、たとえ無知であったとしても責められませんが、指揮者が曲の内容を把握していないのは問題でしょう。
「ドン・キホーテ」は交響詩で、物語を忠実に音で表現していて、内容も具体的で簡単なものです。
この番組をご覧になった方はお分かりでしょうが、小沢は、音符については勉強していたようですが、その音符が表している内容についてはよく知らなかったようです。
こういうタイプは結構いて、彼らにとってスコアを勉強するというのは、音符を覚えることで、その音符が表している内容までは知る由もないのでしょう。
さて、「作品」か「演奏」かで、面白いのが、このメンゲルベルクのマーラー第4番です。
当時、マーラーが自分の交響曲の演奏について、「メンゲルベルクが私が思っていた通りの演奏をしてくれた」と言ったそうですが、それが何番についてのものなのか、私は知らないのですが、しかし、実際のメンゲルベルクの録音を聴いてみると、ビックリします。
マーラーの交響曲の楽譜には多くの「版」があるのは周知のことですが、その改訂はブルックナーとは違って、曲の構成をいじるということは、ほとんどありませんでした。
おそらく、マーラーは自分の頭の中に、その交響曲が理想の姿で鳴っていて、それを現実のオーケストラで再現しようと、楽器を増やしたり、減らしたり、演奏の補助としての表情記号を書いたり消したりと「改訂」を繰り返していたのです。
そして、自分の交響曲を演奏する度に楽譜をいじるので、演奏の数だけ、改訂譜があると言っても過言ではありません。ですから最後の演奏の形(スコア)が、マーラーが到達したその曲の最終形ということになります。(色々細かい問題はあるそうですが…)
そして、その理想を実現してくれたのが、このメンゲルベルクだというのです。
しかし、その演奏は、最新の校訂譜を使用している、今日のどの指揮者のものとも違い、自由奔放に聞こえます。
このマーラーの第4番のスコアは、音楽之友社から「決定版」と称して販売されていて、いかにも最終形の様な印象を与えますが、その後も国際マーラー協会から校訂版が出ています。
その新校訂で面白いのが、冒頭のフルートに「ohne rit.」の指示が付いたことです。
クラリネットには「poco rit.」、第一ヴァイオリンには「etwas zuruckhaltend(un poco rit.)」、鈴には「指定なし」、となっています。
つまり、第一ヴァイオリンが入ってくるまで、はっきりとリタルダンドをするのはクラリネットだけで、少なくとも鈴とフルートは「リタルダンドすること無く」進まなければならないのです。
この曲の冒頭については、金子建志氏の著書に詳しいので、そちらを参照していただきたいのですが、その中で氏は、「最近の若い指揮者の演奏の中に、フルートと鈴がリタルダンをしないものがある…」というようなことを書かれていたと思いますが、その根拠が楽譜になって出版された訳です。
この校訂譜が、マーラーの最後の見解だとすると、メンゲルベルクのあの見事なリタルダンドは何だったのか…という疑問が浮かびます。
マーラーの楽譜が正しいのか、メンゲルベルクの演奏が正しいのか?
結論は両方正しいのです。これは決して「おバカな演奏」ではないのです。
メンゲルベルクが演奏した楽譜はコンセルトヘボウに残っていて、そこに、マーラーがどう演奏したかのメモ書きもあるそうですが、その時、マーラーはすべてにリタルダンドをかけたようです。そして、そう指示されている楽譜も出版されています。(kalmus版)
これは、先程のポピュラー音楽で例えるなら、「恋」の表現の違いであって、どちらかが池の「鯉」の話というわけではありません。
クラシック音楽は、ユングさんもおっしゃっるように、演奏者、聴衆ともにかなりの「知識」と「辛抱」が求められます。だからこそ、あの「高み」にまで、表現が至ったのではないでしょうか。
だからと言って、皆がクラシック音楽を聞く必要もないし、嫌なら、気軽な音楽でも構わないのですが、それに満足できないなら、辛抱して、勉強して、クラシック音楽の奥深さを探っていくしかありません。
その楽しさは、また格別です。
- 2015-04-07:AZUSA
- 没後、彼女の意に沿わないリリースでもってようやく完成されたアスタリスクつきの「全集」ではありますが、もし自分がベートーヴェンのピアノソナタ全集を1つだけ選ぶとすれば、人に勧めるとすれば、このアニー・フィッシャーの全集を選びます。
2年ほど前に偶然、op.111を聞いてから自分のなかで最も大切な曲が一つ増えました。
その足で全集を買ってからベートーヴェンのピアノソナタの数々がより魅力的に映るようになりました。
ユング君の解説にもあるように、演奏者自身が試行錯誤を繰り返しながらの録音リリースだったようですが、その結果は迷いのない自然な、そして力強い見事な演奏となったと思います。
我々はベートーヴェンに「厳めしい」「苛烈」「不屈」「男っぽい」といったイメージを先行して抱きがちですが、彼は本来、「ロマンチスト」であり、多くの女性に好かれた「明るい魅力的な」人物でもあったはずです(若いころを描いた絵は意外とイケメン)。
私はフィッシャーのベートーヴェンからは、そういう“等身大”のベートーヴェンが見えてきます。
- 2015-04-03:セル好き
- 正にクリスタルな演奏で、特に音楽一般にいう「ストリングス」の美点や切れが存分に録音されています。
しかしながら、いたたまれなくなるのはなぜでしょう。
ヌブーの演奏で聴き直したい衝動に駆られています。
- 2015-03-31:nakamoto
- このところの、ユング君さんの投稿、とても、楽しく愉しく読ませて頂いております。自分で言うのもなんですが、音楽を理解する者同士、とても共感し、そして、ユング君さんの文章は、至る所に、私の未経験、未知識なものが存在していて、教えられることが多くて、まるで自分が経験したかのように、私の中に入り込んできています。私は、以前にもコメントしましたが、この録音で、ベートーヴェンのソナタを聴き始めた、刷り込みの音楽です。確かに、テクニックの老化は、否めませんが、私にとっては、とても大切な、感動的な物です。 クラシック音楽とは、基本的に芸術性の高い音楽全般を指します。だから、クラシック音楽は、「 能 」化しやすく、大衆から乖離しやすい物です。この100年というもの、芸術音楽が商業的にも何とか成り立ってきたことが、私は、奇跡であると思います。それは、フルトヴェングラーやカラヤンといった、スーパースター達が、しのぎを削っていたからに他ならないと思います。このサイトも、日本国内に限定されてはいますが、こういったスーパースター達が達成した、芸術音楽の大衆化に、多大な貢献をしていると、私は思います。クラシック音楽の素晴らしさは、永遠に消えません。人類が存在し続けている以上。
- 2015-03-27:Joshua
- 線は細めだけど、いいですね。
わかきムターを伴奏した時も、soloはこんな感じでしたが、オケがもっと優しくて、協奏というより共創曲でした。
すくなくとも私には。その点、ここでのカラヤンは容赦なく、フェラスも全霊で戦っています。
フェラスのような音楽家にはもっと長生きして、レコード芸術なんかより、舞台で円熟した音を聞かせ続けてほしかった。
- 2015-03-27:石川英智
- ワルキゥーレの騎行ストコフスーキ指揮のこの演奏は古今あるこの演奏の中でトップの位置にある演奏と思います50数年SP・LP・CDと色々な指揮者の演奏を聞いた中で私の意見ですが。また評論家諸氏がこの演奏の評価が低いことも首をかしげる思いです。
- 2015-03-23:セル好き
- ゴージャスだが...(丸山翁は誰かの指揮もこう表現していましたっけ)Symphony Orchestraで演奏している必然性を感じない。
学求的オンピリオド楽器のアンサンブルとは対局にあるかも。
昔のアンサンブルステレオのDEMO盤的な、鳴らしやすいHiFiサウンド。
グールドとの「皇帝」は、こんな風じゃないのにね。
- 2015-03-22:nakamoto
- 私は、作品にある程度手を加えることは、正しいと考えています。勿論、腕を持っていないと、どうしようもない物になりますが・・・。手を加えることも、優れたアレンジャーにかかれば、作品も本望なのではないでしょうか??? 私は、セルや、ストコフスキーにテコ入れが好きですし、特に、ストコフスキーのバッハは、とても聞きやすく出来ていて、オルガン曲などは、素晴らしい物を聴いたことがない所為でしょうけれど、苦手なので、ストコフスキーの管弦楽で聴くバッハのオルガン曲は、とても楽しく、何故もっと沢山編曲してくれなかったのかと、残念な気持ちです。基本原典主義は、大切なことなのですが、アレンジも、優れていれば、芸術だと私は思っています。ルルの補筆完成版やブルックナー第9番のフィナーレ、バルトークのヴィオラ協奏曲などは、私には、かけがいのない物です。テコ入れも、程度問題で、是非が決まるものです。日本人が苦手な、歌曲やオルガン曲など、編曲してくれると、折角、優れた作品が存在しているのに、聴かなくて勿体ないという事が、解消されると思います。実は、クラシック音楽というものこそ、何でもありの世界であると、私は、常々考えております。
- 2015-03-22:Udan
- 今放送が終了した「四月は君の嘘」というフジテレビのアニメの最終回に、主人公の演奏でバラード第1番が登場しました。
私は普段オーケストラ曲ばっかりでショパンと言えばエチュードやポロネーズやその他いくつか程度しか聴いておらず、この曲はなんとなく聴かず嫌いしていました。
しかしこのアニメでの登場により全曲通して初めて聴くことで、なんと壮大でかつ物憂げで心に残るんだろうと…。
名曲と言われるのも納得です。
放送終了後にいつも利用させていただいているこのサイトに来て、ルービンシュタインの演奏で聴き直しました。
最近「二十世紀の10大ピアニスト」という本を読んだ影響もありますが…。
アニメでの演奏は儚さと悲哀を前面に押し出していましたが、やはりルービンシュタインは期待に違わず強靭で力強い演奏を聴かせてくれて安心しますね。どちらの演奏もまた良いです。
一昔前であればクラシック住民に「のだめカンタービレ」の話をすると大変怒られたものですが(笑)、管理人様が話題に挙げられていたので、別の作品に登場したものについて感想を書かさせていただきました。
「四月は君の嘘」では、私を含めて普段からクラシックを聴いている人間にとっては曲を改変したりして多少苦笑いすることもありましたが、小ネタも満載で面白く見ていました。
色々な媒体を通して新たな発見をするのもありだと私は思っています(私が普段からアニメを見ているからなのかもしれませんが…)。
- 2015-03-22:セル好き
- 出だしの高音弦の響きから、凍てつく北ドイツの寒さを感じました。
そういった表現性を感じるところは、他のブラームスよりはまっているのかも。
吉田秀和氏は、セル/クリーブランド管の演奏を白磁にたとえましたが、表面的には、こちらの方がそういう感じでしょうか。
ハイファイブームの頃ですから、少し盛った感じのドンシャリ仕上げ(デジタル録音初期もありました)になっていますね。
低音がしっかり鳴るので、小型のシステムでもうまく鳴ったでしょう。
- 2015-03-21:吉村恭二
- 81年盤を持っていましたが、55年盤を初めて聴いて躍動感のある瑞々しい音楽に感動しました。レコード買ってコンポでじっくり聴いてみたいと思います。
- 2015-03-21:金李朴
- 2番が素晴らしかったので期待しました。しかし、裏切られました。これはまったく個人的な嗜好ですが、1番を流麗に演奏してはいけません。もっと力んで、野生的にに突き進んで頂きたい。同じカラヤンのブラ1でも、1959年のウィーンフィルとの録音には力があり、気に入っています。その第4楽章では、カラヤンの唸り声さえ聞こえてきます。一方、今回UPしてくださったベルリンフィルとの録音は、お上品過ぎて非力に感じられます。
- 2015-03-21:れい
- 録音状態が良いとはいえないところで・・・この曲の悲劇性を節度を持って
破綻しないところにまとめた演奏は素敵ですね。
2楽章は少し硬い感じもしますが、好みの問題かもしれません。
- 2015-03-18:ヨシ様
- カラヤンのブラームス。それ程悪い演奏とは思いませんが、とにかく美しい。ブラームスの深刻さ、重厚さよりもロマン性を重視した演奏と言えるかも知れません。それでも、ベルリンフィルのうまさは相変わらずですね。
- 2015-03-18:吉村恭二
- 素晴らしい。この音源LPには入っていなかったので、とても有難いです(涙)素晴らしいサイトですね。これこそ文化遺産ですね。リパッティは私の愛おしいピアニストです。今後も利用させて戴きます。
- 2015-03-18:金李朴
- 私は音楽の理論のようなものは全く解さず、「カラヤンレガート」なる揶揄の言葉に惑わされることもありません。そんな素朴な耳で聴いてみると、このカラヤンの演奏は大変に素晴らしく響きました。ブラームスの第2交響曲というと、他の3曲に比べて、何となく輪郭がぼんやりしており、ブルックナーほどではないけれど、やや捉えどころが無い印象を持っています。しかし、この演奏には、「こう聴かせてやりたい」というカラヤンの意志が感じられます。結果として、とても見通しの良い音楽になっています。旋律の鳴らし方はさすがに美しく、ユングさんが書かれているように、「うっとり」してしまいます。ここぞというところでは、颯爽とした推進力が十分に発揮され、指揮者の気迫がありありと伝わってきます。
今まで聴いた第2番の中では、最高かも知れません。私は好きですね。
- 2015-03-17:セル好き
- 「均等にみっちりと音がつまった」音符の長さ分音を延ばすと結果的に、後に続く音がつんのめって鳴っているように聞こえる。
軽い動悸と息苦しさを感じてしまう。
楽器の音質は、軽音楽グランドオケの高純度を目指しているような感じさえする。
民謡や土着的なものも愛したドヴォルザークには似つかわしくないかも。
- 2015-03-17:ヨシ様
- カラヤンはこの悲愴交響曲を何度も録音していますね。もっともこの曲に限らず何度も同じ曲を録音していますが。レコード会社もEMI、デッカ、グラモフォンと複数契約していたのは凄いことですね。チャイコフスキーの悲愴交響曲としては、やはり最晩年のウィーンフィルの録音が素晴らしいと思います。
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[2025-04-02]

モーツァルト:セレナーデ第13番ト長調, K.575 「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」(Mozart:Serenade in G Major, K.525 "Eine kleine Nachtmusik")
ヨーゼフ・カイルベルト指揮 バンベルク交響楽団 1959年録音(Joseph Keilberth:Bamberg Symphony Recorded on 1959)
[2025-03-28]

ラヴェル:スペイン狂詩曲(Ravel:Rhapsodie espagnole)
シャルル・ミュンシュ指揮:ボストン交響楽団 1950年12月26日録音(Charles Munch:The Boston Symphony Orchestra Recorded on December 26, 1950)
[2025-03-24]

モーツァルト:セレナード第6番 ニ長調, K.239「セレナータ・ノットゥルナ」(Mozart:Serenade in D major, K.239)
ヨーゼフ・カイルベルト指揮 バンベルク交響楽団 1959年録音(Joseph Keilberth:Bamberg Symphony Recorded on 1959)
[2025-03-21]

シューベルト:交響曲第2番 変ロ長調 D.125(Schubert:Symphony No.2 in B-flat major, D.125)
シャルル・ミュンシュ指揮 ボストン交響楽団 1949年12月20日録音(Charles Munch:The Boston Symphony Orchestra Recorded on December 20, 1949)
[2025-03-17]

リムスキー=コルサコフ:スペイン奇想曲, Op.34(Rimsky-Korsakov:Capriccio Espagnol, Op.34)
ジャン・マルティノン指揮 ロンドン交響楽団 1958年3月録音(Jean Martinon:London Symphony Orchestra Recorded on March, 1958)
[2025-03-15]

リヒャルト・シュトラウス:ヴァイオリンソナタ 変ホ長調 ,Op.18(Richard Strauss:Violin Sonata in E flat major, Op.18)
(Vn)ジネット・ヌヴー (P)グスタフ・ベッカー 1939年録音(Ginette Neveu:(P)Gustav Becker Recorded on 1939)
[2025-03-12]

モーツァルト:弦楽四重奏曲第22番 変ロ長調 K.589(プロシャ王第2番)(Mozart:String Quartet No.22 in B-flat major, K.589 "Prussian No.2")
パスカル弦楽四重奏団:1952年録音(Pascal String Quartet:Recorded on 1952)
[2025-03-09]

ショパン:ノクターン Op.27&Op.37(Chopin:Nocturnes for piano, Op.27&Op.32)
(P)ギオマール・ノヴァエス:1956年発行(Guiomar Novaes:Published in 1956)
[2025-03-07]

モーツァルト:交響曲第36番 ハ長調「リンツ」 K.425(Mozart:Symphony No.36 in C major, K.425)
ヨーゼフ・カイルベルト指揮 バンベルク交響楽団 1960年録音(Joseph Keilberth:Bamberg Symphony Recorded on 1960)
[2025-03-03]

ブラームス:交響曲 第1番 ハ短調, Op.68(Brahms:Symphony No.1 in C Minor, Op.68)
アルトゥール・ロジンスキ指揮:ニューヨーク・フィルハーモニック 1945年1月8日録音(Artur Rodzinski:New York Philharmonic Recorded on January 8, 1945)