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リスニングルームによせられたコメント
リスニングルームによせられたコメントをまとめたコーナーです。多くの方の熱いコメントを期待しています。(2008年3月10日記)
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- バレエ音楽の命はリズム感。フィストラーリの「白鳥の湖」は溌溂としたテンポと所々に見せる情熱的なカンタービレと、コンセルトヘボウ管弦楽団のアンサンブルの正確な演奏でこの曲の代表盤だ。極度のアゴーギクにならない様に終曲に向かって演奏していく様はチャイコフスキーのバレエ音楽はフィストラーリに限ると断言しても良い。さて、フィストラーリとチャイコフスキーの相性は良い。1970年代にデッカに録音したチャイコフスキー交響曲No4は、どこか泥臭さが有ったが名演だったし、1980年に日本に来日して読売日響を指揮したチャイコフスキーの交響曲No5は、読売日響の技術力も高かったが、第一楽章から物凄い緊張感を伴った演奏で、最終楽章でのエネルギーの爆発は聴衆を魅了した。それにしても、フィストラーリのCDが少ないのが残念だ。
- 2018-09-04:joshua
- 今回、部分的ですが聞き直してみました
ドレスデンとの違いは、造形でなくオケの違いだと感じました
豪快、時に雑、それがテンポと共に、15年前に同じオケを振ったフルトヴェングラーを思い出させてくれました
もっとも、あのような世紀末的悲壮感はここにはありませんがね
- 2018-09-02:原 正美
- ホルン好きにはたまらない演奏で、間違いなくメンデルスゾーン交響曲No3の決定盤。聴く者は全て最終楽章のホルンの吹かせ方に感動する筈。さて1950年代にロンドン響を指揮したペーターマークの演奏は、モーツアルトといい、ロッシーニ、その他の演奏はもどれも素晴らしい演奏だ。しかしその後は残念ながら、暫く商業録音から離れた。1960年代から1980年代までは商業録音を殆どしなかった理由は、禅に没頭したからとの事。欲望や名声を絶つ決断をしたマークに親近感を覚えるのは当方だけでは無い筈。本当にマーク好きには失われた20年だ。
- 2018-09-02:toshi
- いつも素晴らしい音源をアップしていただき感謝です。
マークのスコットランド、やはりクレンペラー盤と双璧を成す最高の演奏ですよね。演奏、録音共に最高です。
同じマークのベルン響やマドリッド響との演奏と比べても、やはりこのロンドン響盤は最高と思います。
逆にマドリッド響との盤にはロンドン響の盤よりはるかに後年の録音だったので期待したのですが、期待を裏切られてガッカリした覚えがあります。
晩年にメジャーオケとの録音・・・実現していたら果たしてどんな演奏になっていたのか・・・
- 2018-08-30:yk
- 個人的には”おそらく”ではなく”たしかな”名盤でした・・・^^;
私がマークの名を初めて知ったのは、日本フィルとのモーツアルトの交響曲39,41番を聴いたLPでした。素晴らしい響きの演奏に”日本の交響楽団もこう言う演奏が出来るのか・・・”という目からうろこの驚愕の演奏で、フルトヴェングラーの”下手なオーケストラというものはない、ただ下手な指揮者がいるだけ”という言葉を実感として納得した演奏でもありました・・・指揮者デビューに当ってフルトヴェングラーの薫陶を受けていたマークならば当然と言う事でしょうか・・・。
この日本のオーケストラ演奏史の一里塚でもあったモーツアルトもパブリックドメイン入りしているのであれば、是非とも当サイトに御登録ください。
- 2018-08-15:ヴィターリ・DE・グッターリ
- その第18変奏、昔NHKラジオ第1放送の希望音楽会という番組のテーマに使われていました。日曜日の昼下がりの和やかな気分にピッタリの音楽でした。(と言いたいけど正確には午前11時過ぎだったと記憶しています)私の中ではそんな穏やかな気持ちを呼び覚ます音楽です。いろんなプレゼントをくださるユングさんに感謝しています。ありがとうございます。
- 2018-08-14:ジェネシス
- 当時のインタビュー記事を2つ思い出しました。
カルショーの「偶数番を録音するには円熟が...」全曲を録音しない屁理屈ですね。
ショルティは「I USED MY CHANCE...」というのがありました、ケツ捲りに思えます。
いずれにしても、名門レーベルで名門オケで高音質録音を残したのだから幸運を掴んでステップアップして行ったんでしょう、でも今となってはウ~ム。シカゴを世界一にしたのは彼なんだけれどセルやカラヤンやチェリビダッケのようなスーパーオケビルダーとしての評価が忘れられているような気がします。ライナーだという人が今だに大勢居ますもの。
- 2018-08-07:セル好き
- 繊細でキラキラしたモントゥー盤や、響きか濃厚で汗ばむ感じのメータ盤などを愛聴してきましたが、この演奏は肌合いレベルの細かいニュアンスまで感じられ、繰り返し聴いても随所に発見がありそうで、オケとの緊密な関係性が感じられます。
- 2018-07-18:藤原正樹
- 実存に迫る名演。というか、最初期に聴いたのがこの演奏。中学にあった鑑賞用レコードのプロハスカ=ウィーン国立歌劇場管弦楽団も悪くなかったが、やはりリヒターのキレのよさが私を魅了した。いろんな意味で「斬新」なのである。このサイトで取り上げられている他の演奏と比べてみればそれははっきりしていて、第1楽章を極力インテンポで進めていくのは、カザルスと対照的だろう。戦前のメンゲルベルク(野村あらゑびすの推奨盤。ネットに転がっている)や戦後でもシューリヒトがそうであったように、序曲は遅めにしたくなるもので、カザルスでも遅い。全体の鳴らし方も小ぶりのオケでニコレの鋭く清潔なフルートがうまく浮き出てくる。おなじDG系列でもカラヤンが名手ピヒト=アクセンフェルトを得ながら、うるさく響かせて、大オーケストラで押してくるのとは正反対。
- 2018-07-14:north fox
- フェラスらしい美音で伸びやかな演奏ですね。ただ、バルビゼのピアノはフェラスに主役を譲って”伴奏”に徹していますが、"sonata for violin and piano"らしく、ピアノが出るべきところはもっと出てもよいのではないかと。
ユング氏の仰る「まがう事なき「若者」の音楽」という言葉で、まだ20代のベートーヴェンの作品であり、同じくまだ20代だったフェラスの演奏であったことを改めて認識しました。「春」にふさわしい佳い作品であり演奏だと思います。オイストラフはじめ多くの録音がありますが、この盤が私の中では one of bests になりました。
- 2018-07-12:藤原正樹
- 暑いですねえ。で、ブランデンブルクの2番です。どんな時代物かと思いきや、モダン・バロックの覇気ある演奏。前へ前へと音楽は進みます。通奏低音もピアノではなくチェンバロ。つまり、合奏協奏曲の古い形式のものはチェンバロで、近代的な独創協奏曲に近い(と判断した)ものはピアノでというのがカザルスの二回目の録音での方針らしい。それはさておき、朝からぱちーーっと目があいている人がいますね。大体高血圧気味。朝方だという。それですよ。しゃっきりしていて、寝坊助にとってみれば「やだよ。朝っぱらからうるさいねえ」となるンですが、もうこのころの年齢を考えれば、奇跡的じゃないですか。年取って遅くなる人が多いのですから。
- 2018-07-06:せいの
- この曲の定番ともいえる音源のアップロードありがとうございます。
モーツアルトの作品の中でも典雅なことこの上ないこの作品を朗々と歌い上げるランパルの何と素晴らしいことでしょう。二楽章など、ランパルの「唄」によってなんとふくよかに響くことでしょうか。難しいことは横に置いて、この典雅な美しさを楽しみましょう、といったところですね。
K番号200番台以前の作品には300番台以降のような陰影が感じられないので、なんとなく底が浅いと感じていたのですが、ここまで朗々と楽しげに歌い上げられるとそんなものはどうでもよくなってしまいます。
- 2018-07-05:ヴィターリ・DE・グッターリ
- そのドボルザークの9番が家にありました。ベートーベン交響曲第7番オッテルロー指揮ウイーン祝祭管弦楽団だったかはステレオ感は良かったのですが曲が始まる前に残響が鳴ってる様な音入りで子供なりに気にしながら聴きました。手の届きやすい価格でまずは色々揃えたい父の苦渋の選択?だったのかも。コンサートホールソサイエティやチューリッヒトーンハレ、懐かしい響きです。いつもありがとうございます。
- 2018-07-03:藤原正樹
- 今、猛烈な暑さです。こういうときにはバッハのこの手の作品がひんやりしていい。マルケヴィッチはたしか管弦楽法の教科書を書いていたはずで、だからこの編曲もフルート以外の管楽器が入ってくると俄然、生命力を帯びてきますね(ゲテモノなんて言うなかれ、です)。トリオ・ソナタの部分は、一転して「モダン・バロック」ふう。最後の2曲の位置についてはリヒターでこの曲を知った人間としては疑問なしとしませんが・・・。
- 2018-07-01:原 響平
- バルビローリの指揮スタイルが晩年のワルターのそれと似ていると確信した演奏。常に重低音の豊かな響きの上に高音部を重ね、ゆっくりとしたテンポで曲を進める。トスカニーニやカラヤンがハイスピードで威圧的で男性的な演奏スタイルと表現するなら、バルビローリやワルターの演奏スタイルは徹底的に女性的だ。女性の中でもどんな事でも赦してくれる母親の様だ。北欧音楽のシベリウスを美しい音色で表現した演奏の最右翼。欲を言えば最終楽章は燃え上がる様な演奏スタイルを望みたいが、コーダを抑制を効かせた演奏は巨匠の成せる技。ロイヤルフィルとの録音の終楽章のコーダは金管の強奏で聴く者を感動させるが、どちらを選ぶかは難しい。
- 2018-06-27:Guinness
- 何度聴いても飽きない素晴らしい演奏だと思います。個人的にはロイヤルフィルを振った1961年盤の方も捨てがたいです。
- 2018-06-27:猫田憶良
- 人を鼓舞する演奏だと思います。
- 2018-06-19:Sammy
- ヴォーン・ウィリアムズ初の叙事的な題のない交響曲にふさわしく、動機をしっかり対位法的に組み合わせた堂々たる純音楽的な作品であり、かつ時代の不安や作曲家の積極的な表現意欲を感じさせるアピールの強い曲になっていて、とても聴きごたえがあると思います。3番までの「素敵な曲」からいきなり程遠いものではありますが、その点もまたかえって、作曲家が過去の成果に甘んじず、ここで新しい勝負に挑んで、見事に成果を上げた様子が伝わってきます。ここでの演奏もやや粗さを感じさせつつも、堂々と展開していてよいと思いました。
- 2018-06-19:Sammy
- ヴォーン・ウィリアムズ「らしい」イギリス的な風情もありつつ、あえて言えばR・シュトラウスの「アルプス交響曲」を何というかいわばショスタコーヴィッチ風にしたような「冷涼な劇性」というようなものを感じさせます。主題が比較的明確なこともあり、20世紀的な響きに慣れていれば、とても聴きやすい魅力的な作品だと思います。
映画音楽に基づきつつ、それを「劇音楽集」ではなく、あえて「交響曲」にする、という文脈の中で、なお朗読が各楽章につけられている、ということも興味深いです。音楽と文学には様々の相関関係があったわけですが、ヴォーン・ウィリアムズの文学とのかかわりは幾分独特のものを感じさせ、興味深いです。とはいえ、その辺りは、彼の合唱作品をはじめとしたほかの作品や、伝記的事象と合わせてさらに考えるべきことなのでしょう。
全集の中でもこの曲の録音はかなり鮮明で、モノラルながらかなり聴きやすいです。映画音楽に基づく劇的で鮮やかなこの曲の演奏の録音に望まれる水準に、十分達しているといえると思います。この音質で、この優れた堂々たる名演奏を聴けるのは、とてもありがたいです。
- 2018-06-08:Sammy
- オラトリオ的な「海の交響曲」、印象派的な交響詩ともいうべき「ロンドン交響曲」「田園交響曲」に続く3曲(4-6番)は、明暗の違いはありながらも、いずれも動機の巧みな積み上げと明瞭な構成によって、言ってみれば20世紀においてなお交響曲にこだわったこの作曲家の9曲の中でも、特に純粋に交響曲らしい世界の追求であった、ということができると思います(マーラーの5-7番に例える人もいるようです)。
そしてその3作の最後を飾る6番。時にマーラーヤショスタコヴィチ、オネゲルなどを思わせる暗く燃え上がるような力強さと自在な展開、そして最終楽章で、巧みな対位法によってクライマックスを築こうとしつつ、結局高揚できないまま消えていく印象的な音楽。私は、この作品は作曲者がこだわりの分野である交響曲において、その充実した時代に精力を注ぎ尽した力作であり、ヴォーン・ウィリアムズの交響曲への取り組みにおけるある意味でクライマックスをなしている、という印象を受けました。癒し系というべき5番とは全く対照的な暗く尖ったこの作品が、初演時に高評価であったというのも、作品にみなぎる意欲的な表現の横溢の故かとも思うのです。
この作品は、1ー3,5,7,8番のようには聴きやすくないとは思います。でも、繰り返し聴くほどに、ひとりの音楽家の充実、しかも難しい時代においてなお輝く才能の力強い充実を実感します。この演奏は交響曲全集の中でも音揺れやかすれも少なく、作品のダイナミクスと対位法的な巧みさが生々しく伝わってきます。
- 2018-06-06:Joshua
- 晩年にバルシャイが読響でモーツァルトを振ったCDをご存知の方も多いと思います。
こんなに、シャープじゃないですよね。
読響が下手だとは思いませんし、山岡重信が振った読響の同曲もなかなかのできだと大昔、思ったもの。
70年代です。バルシャイは晩年には好々爺になったとしか思えない。
あるいは、モスクワのビルトゥオーゾたちに焚き付けられたんでしょう
- 2018-06-02:joshua
- コーガンは佐藤陽子の師匠、オーケストラがやって来た、で山本直純が紹介していたのは、遥か昔のこと。エフエムでは、バッハのホ長調協奏曲で出会いました。
切れ味の良いのは、ハイフェッツと似ているようで違います。クレーメルほど血の気は失せていない。5番以外にも録音してるんでしょうか?
- 2018-05-31:Sammy
- 民謡を生かした抒情的、牧歌的な作品を書き連ねてきたヴォーン・ウィリアムズはやがて、4番交響曲にあらわれているように、和声的にもリズム的にも、より意欲的に暗く厳しい世界を追求していくようになっていくのですが、5番はそうした中で、驚くほど堂々たる抒情的で高貴な交響曲となっています。
どこか音楽芸術の根本となるようなものを今一度しっかり確認するような作品を提示することで、初めて彼は、6番以降の作品にみられるような世界へと遠慮なく踏み込んでいけたのかもしれない―私を魅了してやまないこの作品を繰り返し聴きながら、また彼の交響曲全体を通して聴きながら、そういう印象がだんだんと強くなってきました。ニールセンの「不滅」ではありませんが、どうしても滅ぼしてはならないもの、それを決してゆるがせにしない、そうであって初めて前衛なりなんなりに向かっていける(というほどヴォーン・ウィリアムズはラディカルにはなりませんでしたが)、と思ったのではないか。
この作品が第二次大戦のさなかに書かれた、というタイミングを私が知ってしまっているが故の妄想かもしれませんが、この演奏を聴きながら、改めて、この作品は、この時に、新たに進めつつあったプロジェクトを脇においてでも、どうしても書いておかなければならなかったものなのではないか、と思ってしまうのです。そういう意味でも、人間の芸術性を支える根幹となるものを全力で肯定しようとするような、この戦争の時代の人々の中に渦巻いていたであろう切実な思いを、ある意味でこの上なく美しく代弁する傑作なのだ、と思わずにおれません。
第3楽章の切々たる祈り、そして第4楽章の輝かしい高揚を聴きながら、そもそも人間にとってかけがえのないものとは何だろう、と問われているように感じるのです。人気がいま一つな彼の作品ではあっても、せめてこの曲だけは、本当に多くの人に聴いてほしい、と願ってしまいます。そしてこの録音の音質は古い感じで少し残念なのですが、作品の美しい姿をまっすぐに集中力高くとらえた素晴らしい演奏だと思います。生前にこのような素晴らしい解釈者に恵まれたヴォーン・ウィリアムズは、その点ではとても幸いな作曲家だったのだろう、とも改めて思います。
- 2018-05-30:Sammy
- 「ロンドン交響曲」は、牧歌的、民族的、抒情的な、「ヴォーン・ウィリアムズ」と言った時のイメージを全く裏切らない、名刺代わりともいうべき傑作のひとつと思います。息の長いしみじみとしたメロディと、少々俗っぽくとも生き生きした舞曲が、巧みな構成の中で生き生きと交錯し、とても聴きやすい作品に仕上がっていると思います。
演奏の方は、録音の古さゆえか、時々音揺れやかすれが強くなったり、クライマックスで音が膨らみ切らないのが残念ですが、それでも「公理系」と呼ばれるにふさわしい集中力高く堂々たるこの演奏の特徴は、十分聞き取れたように感じました。
- 2018-05-29:Sammy
- yungさんが書かれている通り、そのシンプルで印象派風の音楽は田園交響曲を思わせるところもあります。
とはいえ、4番交響曲以降の実験と遍歴の後に「戻ってきた」この場所には、やはり以前とは異なる陰影と多彩さ、そして鮮やかな軽妙さを巧みに織り交ぜながら。行き過ぎてしまうことのない、どこかこなれたバランス感覚と進行に、円熟を感じます。そしてその円熟の中から、じわっと安らぎと悲しみがにじみだしてくる。
個人的には「8番と似ている」と言われても、ずっと素直でまっすぐ抒情的な田園交響曲の方に惹かれ、感動する自分を発見します。前に進んでいく「現役」感の強い7番までの交響曲と比べて、8番はどこか悠々自適の手すさびの作品といった風情を感じます。でも、それもまたどこかしみじみと味があっていいのです。そして「現役全開」の時にはありえない飄々とした世界もまた、それはそれ固有の良さがある、と思うのです。
- 2018-05-27:yk
- バルシャイ/モスクワ室内管弦楽団…懐かしいですね。当時も、古典をこれほどシャープで切れ味よく演奏する…というスタイルはとても新鮮でした。・・・にも拘らず、私も当時以降長く聞いてこなかった演奏です。吉田氏があからさまに否定的であったことは知りませんでしたが、今回久しぶりにここで聴かせていただいて、今さらながら色々考えさせられますね。
少なくとも、今も古さを感じさせない新鮮さがあることを改めて感じるのと同時に、今後私のモーツアルトの40番のスタンダード演奏に入れよう、とは今も思わないところがあります(今後二度と聴きたくない、と言う意味ではありませんが・・・)。
音楽演奏の評価も”演奏史”の文脈の中で考える必要がある・・・・と言う事には同意しますが、その意味でいうと、バルシャイの演奏はこの時代に突然変異的に現れたというよりも、1920-30年代のソヴィエト・アバン・ギャルド運動などを水脈とする(ある意味での)伝統の上に現れた演奏と言う気がします。
演奏史の文脈で考えると、そう言った古典と(ほぼ百年前の)アバン・ギャルド(前衛)という伝統の組み合わせが、返ってこの演奏の一意的な評価を難しくしてしまうところがあるようにも思います。
- 2018-05-23:やんま
- ベームの実務者の件、興味深く拝読させていただきました。
昔いづれかの記事でウィーンフィルのメンバーが、衰えたベームに関し「ウチかベルリン・フィルで無いと全くダメだ。」といっていたと読んだことが思い出されます。
ベームが指示しきれない細部を「忖度」でカバーできるオーケストラの力量たるや、後年のウィーンとのモーツァルトなどの録音を聞くと驚嘆ですね。
ケルン放送響あたりはダメな領域でしょうか・・・。
- 2018-05-20:ほんのむし
- グールド、ゴルシュマンという組み合わせといえば、ベートーヴェンの協奏曲1番でも、すごくおもしろかったという印象があります。ゴルシュマンはやや平板な感じもしましたが、ベートーベンの若さと率直さを表現するには、逆によくて、そこにグールドのピアニズムが映えて、実は同曲の演奏でも、いつまでも忘れられない演奏でした。グールドは、ローズとやったヴィオラダガンバ・ソナタでも奇想天外の感じがありました。ちょっと想像できないおもしろさですね。
- 2018-05-17:たつほこ
- 色合いの美しいオーケストラで、テヌート多用の歌い方は曲調にあっている。昔、シカゴ響とのドボルザークの9番のレコードを聴いた時の色合いを思い出した。
- 2018-05-11:bb8
- 歴史的名演ですね
これを聴いてヴァイオリンを始めたくなりました
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[2025-03-28]

ラヴェル:スペイン狂詩曲(Ravel:Rhapsodie espagnole)
シャルル・ミュンシュ指揮:ボストン交響楽団 1950年12月26日録音(Charles Munch:The Boston Symphony Orchestra Recorded on December 26, 1950)
[2025-03-24]

モーツァルト:セレナード第6番 ニ長調, K.239「セレナータ・ノットゥルナ」(Mozart:Serenade in D major, K.239)
ヨーゼフ・カイルベルト指揮 バンベルク交響楽団 1959年録音(Joseph Keilberth:Bamberg Symphony Recorded on 1959)
[2025-03-21]

シューベルト:交響曲第2番 変ロ長調 D.125(Schubert:Symphony No.2 in B-flat major, D.125)
シャルル・ミュンシュ指揮 ボストン交響楽団 1949年12月20日録音(Charles Munch:The Boston Symphony Orchestra Recorded on December 20, 1949)
[2025-03-17]

リムスキー=コルサコフ:スペイン奇想曲, Op.34(Rimsky-Korsakov:Capriccio Espagnol, Op.34)
ジャン・マルティノン指揮 ロンドン交響楽団 1958年3月録音(Jean Martinon:London Symphony Orchestra Recorded on March, 1958)
[2025-03-15]

リヒャルト・シュトラウス:ヴァイオリンソナタ 変ホ長調 ,Op.18(Richard Strauss:Violin Sonata in E flat major, Op.18)
(Vn)ジネット・ヌヴー (P)グスタフ・ベッカー 1939年録音(Ginette Neveu:(P)Gustav Becker Recorded on 1939)
[2025-03-12]

モーツァルト:弦楽四重奏曲第22番 変ロ長調 K.589(プロシャ王第2番)(Mozart:String Quartet No.22 in B-flat major, K.589 "Prussian No.2")
パスカル弦楽四重奏団:1952年録音(Pascal String Quartet:Recorded on 1952)
[2025-03-09]

ショパン:ノクターン Op.27&Op.37(Chopin:Nocturnes for piano, Op.27&Op.32)
(P)ギオマール・ノヴァエス:1956年発行(Guiomar Novaes:Published in 1956)
[2025-03-07]

モーツァルト:交響曲第36番 ハ長調「リンツ」 K.425(Mozart:Symphony No.36 in C major, K.425)
ヨーゼフ・カイルベルト指揮 バンベルク交響楽団 1960年録音(Joseph Keilberth:Bamberg Symphony Recorded on 1960)
[2025-03-03]

ブラームス:交響曲 第1番 ハ短調, Op.68(Brahms:Symphony No.1 in C Minor, Op.68)
アルトゥール・ロジンスキ指揮:ニューヨーク・フィルハーモニック 1945年1月8日録音(Artur Rodzinski:New York Philharmonic Recorded on January 8, 1945)
[2025-02-27]

ドビュッシー:ヴァイオリン・ソナタ ト短調(Debussy:Sonata for Violin and Piano in G minor)
(Vn)ジネット・ヌヴー (P)ジャン・ヌヴー 1948年録音(Ginette Neveu:(P)Jean Neveu Recorded on 1948)