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バッハ:ブランデンブルク協奏曲第3番 ト長調 BWV1048

カール・ミュンヒンガー指揮 シュトゥットガルト室内管弦楽団 1950年録音



J.S.Bach:Brandenburg Concerto No.3 in G major, BWV 1048 [1.(Allegro) - cadenza]

J.S.Bach:Brandenburg Concerto No.3 in G major, BWV 1048 [2.Allegro]


就職活動?

順調に見えたケーテン宮廷でのバッハでしたが、次第に暗雲が立ちこめてきます。楽団の規模縮小とそれに伴う楽団員のリストラです。

バッハは友人に宛てた書簡の中で、主君であるレオポルド候の新しい妻となったフリーデリカ候妃が「音楽嫌い」のためだと述べていますが、果たしてどうでしょうか?
当時のケーテン宮廷の楽団は小国にしては分不相応な規模であったことは間違いありませんし、小国ゆえに軍備の拡張も迫られていた事を考えると、さすがのレオポルドも自分の趣味に現を抜かしている場合ではなかったと考える方が妥当でしょう。

バッハという人はこういう風の流れを読むには聡い人物ですから、あれこれと次の就職活動に奔走することになります。

今回取り上げたブランデンブルグ協奏曲は、表向きはブランデンブルグ辺境伯からの注文を受けて作曲されたようになっていますが、その様な文脈においてみると、これは明らかに次のステップへの就職活動と捉えられます。
まず何よりも、注文があったのは2年も前のことであり、「何を今さら?」という感じですし、おまけに献呈された6曲は全てケーテン宮廷のために作曲した過去の作品を寄せ集めた事も明らかだからです。
これは、規模の小さな楽団しか持たないブランデンブルグの宮廷では演奏不可能なものばかりであり、逆にケーテン宮廷の事情にあわせたとしか思えないような変則的な楽器編成を持つ作品(第6番)も含まれているからです。

ただし、そういう事情であるからこそ、選りすぐりの作品を6曲選んでワンセットで献呈したということも事実です。


  1. 第1番:大規模な楽器編成で堂々たる楽想と論理的な構成が魅力的です。

  2. 第2番:惑星探査機ボイジャーに人類を代表する音楽としてこの第1楽章が選ばれました。1番とは対照的に独奏楽器が合奏楽器をバックにノビノビと華やかに演奏します。

  3. 第3番:ヴァイオリンとヴィオラ、チェロという弦楽器だけで演奏されますが、それぞれが楽器群を構成してお互いの掛け合いによって音楽が展開させていくという実にユニークな作品。

  4. 第4番:独奏楽器はヴァイオリンとリコーダーで、主役はもちろんヴァイオリン。ですから、ヴァイオリン協奏曲のよう雰囲気を持っている、明るくて華やかな作品です。

  5. 第5番:チェンバロが独奏楽器として活躍するという、当時としては驚天動地の作品。明るく華やかな第1楽章、どこか物悲しい第2楽章、そして美しいメロディが心に残る3楽章と、魅力満載の作品です。

  6. 第6番:ヴァイオリンを欠いた弦楽合奏という実に変則な楽器編成ですが、低音楽器だけで演奏される渋くて、どこかふくよかさがただよう作品です。




どうです。
どれ一つとして同じ音楽はありません。
ヴィヴァルディは山ほど協奏曲を書き、バッハにも多大な影響を及ぼしましたが、彼にはこのような多様性はありません。
まさに、己の持てる技術の粋を結集した曲集であり、就職活動にはこれほど相応しい物はありません。

しかし、現実は厳しく残念ながら辺境伯からはバッハが期待したような反応はかえってきませんでした。バッハにとってはガッカリだったでしょうが、おかげで私たちはこのような素晴らしい作品が散逸することなく享受できるわけです。

その後もバッハは就職活動に力を注ぎ、1723年にはライプツィヒの音楽監督してケーテンを去ることになります。そして、バッハはそのライプツィヒにおいて膨大な教会カンタータや受難曲を生み出して、創作活動の頂点を迎えることになるのです。


「夢」だけは抱えきれないほど持つことが出来た時代の「幸せ」の一断面

この録音をめぐっては幾つか情報が混乱しています。
それは、このモノラルによるブランデンブルグ協奏曲の録音年に関して1950年とするものと、1955年とするものが入り交じっているのです。ただし、両者ともに「Decca」録音であることは間違いないのですが、それぞれオリジナルのレコードも示しているので5年を隔てた再録音があったのかという気もするのです。

まず、1950年の録音ですが、以下の3枚のレコードが1950年に録音されています。


  1. Decca LXT 2501(2番・4番)

  2. Decca LXT 2540(1番・5番)

  3. Decca LX 3029(2番・3番)



それに対して、1956年に以下の2枚のレコードがリリースされていて、それを根拠として録音年を1955年とする復刻盤CDが存在するのです。


  1. Decca LXT 5198(1番・3番・6番)

  2. Decca LXT.5199(2番・4番・5番)



ただし、この復刻盤CDの音を聞く限りは1955年録音の「Decca」のものとは考えにくい「古さ」を感じますから、おそらくは復刻盤CDのクレジットが間違っていると判断すべきなのでしょうが、残念ながらそれを確定する「証拠」がなかなか見つかりません。
しかし、しつこく調べていれば何とかなるもので、この1956年にリリースされた5000番台のレコードにはソリストとしてViolinのReinhold Barchet(ラインホルト・バルヒェット)がクレジットされていることを発見しました。

「ラインホルト・バルヒェット」はシュトゥットガルト室内管弦楽団のコンサートマスターを1952年まで務め、その後は「バルヒェット四重奏団」を結成してモーツァルトやベートーヴェン、シューベルトらの弦楽四重奏曲の録音活動を行うようになります。ですから、55年録音という別テイクがあれば、そこに「バルヒェット」の名前が登場することはないのです。
つまりは、5000番台のレコードに彼の名前がクレジットされていると言うことは、それは50年に録音された2000番台のレコードと同一音源であることを示していると考えて間違いないのです。

<追記>
もっともそう言うややこしいことは考えなくてもDecca録音のクオリティを考えれば、この音の古さは間違いなく1950年録音でしょうね。
さらに言えば、Deccaは1954年から商業用としてのステレオ録音を始めています。それを考えれば、同一団体で同一作品をもう一度「モノラル」で録音する意味は全くありません。ましてや、すでにオケから身を引いているバルヒェットを呼び寄せてまで、「モノラル」で再録音する意味はさらに希薄です。
そう言うことを総合的に考えれば、1950年録音とするのが妥当だと思われます。
<追記終わり>

それにしても、このシュトゥットガルト室内管弦楽団というのは凄いメンバーだったようです。コンサート・マスターは上でふれたように「バルヒェット」ですし、弦楽器のトップには彼と一緒にカルテットを組むことになるヘルマン・ヒルシュフェルダー(Viola)やヘルムート・ライマン(Cello)がいたわけです。
また、フルートの独奏を担当しているアンドレ・ペパンも地味ではあってもそれなりのソリストとして活躍した人物でした。

ミュンヒンガーは(55年録音というもの存在しなければ)、50年代の終わりと70年代の初めにも全6曲を録音しています。
面白いのは、その3回が全く雰囲気の異なるバッハになっていることです。そして、私がミュンヒンガーと言えば思い出すキリリと引き締まったバッハはこの50年代終わりのステレオ録音に刻み込まれていて、この50年のモノラル録音はそれとは全く異なるバッハになっているのです。

それは、月並みな言い方になってしまうのですが、戦争が終わって、その廃墟の中から新しい音楽をやろうという「夢」だけを抱えて集まった若者たちの手になる音楽なのです。
ですから、ミュンヒンガーは全体をまとめてはいるのですが決して「統率者」ではなく、彼もまたメンバーの一人という立場を崩すことはなく、メンバー全員がお互いの音を聞きあいながら自発性に満ちたアンサンブルを作りあげているのです。
ですから、それぞれの奏者がソリスティックな場面を任されたときに、彼が歌いたいと思えば十分に歌うのであって、それをミュンヒンガーは妨げようとはしないのです。
そして、他のメンバーもその歌をよく聴いてしなやかに反応しているのです。

この50年録音と較べれば、50年代終わりのステレオ録音では、ミュンヒンガーは楽団の統率者であり、彼の意志こそが全体に貫徹しています。
もしかしたら、1952年にバルヒェットが脱けた事でメンバーの入れ替えがあったのかも知れません。そして、それが新しい音楽を目指す仲間たちの集まりから、ミュンヒンガーが率いる楽団へと性格が変化し、その変化が如実に表れたのが50年代後半からの音楽だったのかも知れません。
そう思えば、この自発性に満ちた50年の録音では、ミュンヒンガーとしては遠慮している面が多々あったのかも知れませんが、それは結果として瑞々しい魅力を持つようになっているのです。それは、廃墟の中で何もなかったけれども、「夢」だけは抱えきれないほど持つことが出来た時代の「幸せ」の一断面だったのかも知れません。

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2019-03-02:ジャンボ





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