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リスニングルームによせられたコメント
リスニングルームによせられたコメントをまとめたコーナーです。多くの方の熱いコメントを期待しています。(2008年3月10日記)
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次のページ- 2011-03-13:hilo
- このWEBサイトは私も普段から利用させていただいており、毎日新しい更新がないかとチェックするのが習慣になっています。
私の地域は震災の被害は受けませんでしたが、このサイトの音楽配信のサービスが、そして、遠い異国の地で演奏された過去のクラシック音楽の名演たちが、被災地のかたがたの心の支えにもなっていると思うと、サイトの利用者としても、クラシック音楽のファンとしても、なんだか暖かい思いがしました。
さらに、震災時に関わらず、つらいとき、寂しいとき、うまくいかないとき、このWEBサイトの音楽によって励まされた人がたくさんいるのではないかと思いました。私自身、このサイトで、何かに悩んだときに聞く人生の愛聴盤のような音楽にも出会っています。
つたなく一貫性が無いメッセージかもしれませんが、今回の更新記事の率直な感想と、日ごろの運営者様への感謝をこめてメッセージを送らせていただきました。
- 2011-03-10:セル好き
- 最後のリタルダンドで緊張がゆるんで泣けてしまう。
ブラームスの俗物感も諦観もクライバーブラ4のほうに、より感じますがこういう仕掛けはありません。
- 2011-03-09:まりこ
- 大変一曲の中にある舞曲の違いを理解した表現で、かつ立体的な演奏で、それによってドラマチックになった名演奏だと思います。録音が古いのにかかわらず、これだけの臨場感があるので、おそらくその場にいて聴いたなら鳥肌ものでしょう。
メロディの終わりのフレーズ、抑揚の自然さ、とても丁寧で自然です。特に有名な2番ですが、ちょっとしたフルートの音色など裏でなっている管楽器の扱いのうまさに驚きました。
- 2011-03-09:ブラームス好き
- ワルターには歌があるがクレンペラーは形だけですね。感動がありません。
- 2011-03-06:まりこ
- ゆったりとした情感にあふれていて、人に想像させる余裕を与えるとってもいい演奏だと思います。特にピアノでは、テンポが速くてメロディの美しさのみを追いかける結果に終わる演奏が多い中、こういった風格のある演奏と気品は今となっては「時代遅れ」ということになってしまうのでしょうか。
アメリカのあの時代とスラブの土の匂いがしました。
- 2011-03-06:radames
- このような気持ちや大きな概念が宿った演奏が行われていたという事実に、音楽体験背景のあまりにも大きな隔たりを感じてしまいます。憧れとは言えない壊滅的なもので、レコードをこすった音を聞いて、やれ「無機的」だの「冷たい」などと言い合いしていることにむなしさを感じます。 大層もったいぶった休憩を伴う、どうしようもない第一楽章も含めこの曲の存在価値を問うまでも無いといいたくなりますが、「原光」以降の楽章は宗教感とも異なった「理念」や「祈り」、「決意」を感じます。 クレンペラーのものと思われる「唸り」にそれを強く感じました。 この演奏を始めて聴いたのは「ワルター協会」という「海賊盤」で「ワウ」の「音ゆれ」が特に声楽が入ってからひどくかったのですが、それがフェリアーの「節廻し」を演歌調にして味わいがあり、DECAから「正規盤」がでてからも「海賊盤」のその箇所を愛聴しました。 私の思い入れある演奏です。
- 2011-03-06:nako
- ハスキルさんの盛大なアップ、ありがとうございます。
クレンペラー以外は持っていなかった演奏なので、さっそく全部ダウンロードさせていただきました。
決して神格化するつもりはないのですが、ハスキルさんのモーツァルトは、わたしにとっては別格です。
最近のモーツァルト弾きと言われる方の演奏も幾つか聴きましたが、この方のほど胸に染み入る演奏にはなかなか出逢えません。
つらい時も楽しい時も、何も言わずにそばにいてくれる、人生を共に歩んでくれるような演奏です。
この方は、モーツァルトを通して、人生そのものを弾いているのではないかと思ったりします。
ハスキルさんというピアニストを知っただけでも、クラシックを聴き始めて、ユングさんのサイトを知って、本当によかったなと思います。
- 2011-03-05:やもり
- 「眠れる森の美女」を初めて通して聴きました。楽しいメロディーの連続で、2時間15分、全く飽きませんでした。驚きです。
このサイトで、いくつもの歴史的録音を聴かせていただいて、勉強?中という感じです。例えばその中の長い曲である「マタイ受難曲」や「ニーベルングの指輪(ラインの黄金)」等と比較して、「眠れる森の美女」の芸術性が高いという人はあまりいないと思います。でも私のように、歌詞の意味など全く分からないために音の集合体としか音楽を捉えられないクラシック初心者にとって、上記のような長い曲の中で、「眠れる森の美女」に最も感動したのは事実です。童話という軽いテーマのためにバレエ音楽には深みがないと見なされて、そこに傑作を残したチャイコフスキーが低めに評価されているのでは? そんな愚考をしてしまいました。
なお、「白鳥の湖」も良かったです。勝手ながら、「くるみ割り人形」がアップされる日を楽しみにしております
- 2011-03-05:Joshua
- 10日ほど前に、タイトルナンバーより副題なしの曲がいいなどと投稿した私ですが、ビーチャムの驚愕は、文句なくいいもんです。金持ちの道楽演奏家と思ってたのですが、
「さすが」と思わせてくれる名人だったんですね。2楽章の立派な響きは堂々としていて古い大きな建物の中にいるような気分にさせてくれました。
ところで、ハイドンにはモーツァルトの原型がたくさん見られます。
しかも、若い番号の交響曲も立派で聴き栄えがします。13番は41番ジュピター風。
18番はアイネクライネのメヌエットそっくり、と只今小生発見中です。
104(もしくは105)曲の交響曲だけでも恐るべきメモリーなのに、ついで多数作曲した弦楽四重奏も考え合わせると、天才の創造力に畏敬を感じます。
そう、古典派において、すでに神は「人が美しいと感じる音楽」を与えきっていたのでは、と思えるほどです。すると、百花繚乱の創造美の現場に居合わせなかった我々は、
ひたすら再生芸術という形で、その余韻にこれから先も浸っていくだけなのか??
王侯貴族しかハイドンを味わえなかった昔に比べれば、無論それだけでも充分幸せですが。
- 2011-03-05:radames
- 「録音芸術」と言う「世界」があったことを強く感じさせる録音です。
それぞれの奏者の高みとその音が違う。 レコード盤をいつくしみながら聞きたくなる逸品です。
- 2011-03-03:nako
- 終楽章、しゃれてますね!足音が入っているのも大変によいですね^^ギシギシどすんなんて音まで聞こえたりして。シロウトなこともあり、普通にCDで聴いていても撤収の様子がよくわからず、もどかしい思いをしていたのですが、すっきりしました。
怖いもの見たさで、バレンボイムのニューイヤーの映像、見てしまいました。
ニューイヤーの「お遊び」は、親しみがもてて好きなのですが、あれはちょっとやりすぎじゃないかいな、というのが個人的感想です。もっとオトナのユーモア的なものの方が好ましく思われます。
- 2011-03-02:Onod
- 20代の頃だったか、このレコード(輸入盤で、たしか、Monitorとかいう訳のわからないレーベルでした)を聴いたときは、本当に感動しました。今聴いても、その時の事が思い出され、深く心に響いてきます。この暗さが、、、すばらしい。
- 2011-03-01:U-dan
- この演奏を聞くまでは、ベートーヴェンの2番って何だか、綺麗だけどつまんないなって感じだったんですが、これを聴いてその考えが一変しました。こんなに迫力があって、楽しい曲だったとは! ただ、トスカニーニにしては若干爽やかさが足りなくも無い気はしますが、それ以上にこの曲の魅力を伝える名演だと思います。
- 2011-03-01:カンソウ人
- 物凄いエネルギーが噴出する。
自分としては、ミスタッチがこのピアニストの演奏に関しては多いからと言って問題では無いように思う。
しかし、シュナーベルにしては、ミスタッチが少なくて一般的に聴き易くて評価し易い部類に入るだろうと思う。
フルトベングラーのベートーベン交響曲演奏に対しては、ミスや合奏の縦の線が揃わない事に対して寛容なのに、クナの演奏に関しても。
シュナーベルやコルトーの演奏は、ピアノ演奏におけるフルベンやクナだと思わなければならない。
好き嫌いの問題では無くて、表現主義的演奏様式なのである。
- 2011-02-27:nako
- 顔は怖いし、いかにもとっつき辛そうだったんですが、何気に聴いてみたら一気に引き込まれました。ユングさんおっしゃる通り、1番・2番は「刺身のつま」だったんですが、これ聴いて印象が変わりました。質実剛健、ザ・ベートーヴェンて感じ。クレンペラー氏のファンになりそうです。
- 2011-02-27:カンソウ人
- 指揮者の大町陽一郎さんも、そのような事を書いておられました。
モーツアルトのコンチェルトで、リハーサルではアシュケナージがガサツな音で弾くので、それに合わせてその前のオケの部分をその音色に合わせて少しガサツ目に演奏した。本番では、オケのガサツな音の後で、アシュケナージはメロウな音で弾いた。
「違うやないか」と思った時はもう遅い。客は、彼の柔らかな美音に聴き惚れている。下手なオケ。「やられた」
大町さんはそんなことを書かれていました。
芸人 ハイフェッツならば、シベリウスとしてはまずい演奏でも、自分が目立てば満足なのでしょうね。オケに細かく指示を出す、ブレンデルなどとは、違いますね。N響との皇帝で、ヤノフスキにアクセントの強さやフレーズに切り方に、ピアノパートとの整合性を求めて、細かく注文していました。70を回った巨匠ブレンデルでないと、オケも黙っていませんよ。
ブレンデルが中庸なんて、僕は思いません。目先の聴く男で、余力を残して引退しました。流行を追ってレパートリーを少しずつ変えていきます。
- 2011-02-26:Joshua
- http://sun.cside.com/haySym/sympho.html
上記のサイト、ユングさんご覧になったことありますか。
ハイドンの全交響曲に5段階評価を示したサイトです。
そこでは、3つ星なのが残念ですが、私には44番は5つ星です。
フリッチャイの演奏がいいせいも多分にあります。特に第3楽章
RIAS放送響の弦がきれい!
この曲をアップしてくださったことに感謝!
なお、この曲のアダージョをハイドンは自分の葬送に使ってほしいと
言ったとか言わなかったとか・・・
- 2011-02-25:Joshua
- 1958年のこの録音、
第4楽章が、団員の Aufwiedersehen「さようなら」
が次々にオンマイクで聞こえてきます。
国立歌劇場のオケと録音したCDでも同じことをしていますね。
そこでふと思ったのは、この当時二十歳の団員でも今は、72歳。
4、50台だった団員は、鬼籍に入っているんだろうなあ、
ということです。すると妙に「さようなら」の声が実感を持って
響いてきて不思議でした。もっともシェルヘンが狙った効果ではないでしょうが。
演奏は、ほかにアップロードしていただいている、ビーチャム・フリッチャイ・セル
と並んで味わい深いものです。もちろんワルターのもいいですが。
- 2011-02-25:クライバーファン
- 第4楽章のみ聴いてみましたが、そんなに悪い演奏とは思えません。
テンポがややゆったりしており(もちろん遅すぎないAllegroではあるが)、
オーケストラの音は整然と響いています。
たしかに全く興奮はさせられませんが、この指揮者はもともとそのような
ものには全く興味がないのでは?
個人的には金管が程よく(強くなく弱すぎず)鳴るところが気に入りました。
吉田秀和さんが、クリュイタンスの第7を批判するさいに、あのセルでさえ
加速して...と書いてあったと記憶しています。いま聴いたところ、はじめは
インテンポのままで、どこで加速するんだろうと思っていましたが、最後には
加速が確かにかかっていますね。でもこの程度だと、ちょっと速くなった程度で
やはり興奮はしません。あと、コーダの低弦が抑制気味だが、十分鳴っていて
さすがだと思いました。9点!
- 2011-02-24:ちゃこふ
- 私的にはこのくらいの軽い演奏のほうがいいですねb
バレエとセットなわけですから。あとバレエって衣装も大事ですよね。この曲だったらふわっとした感じの衣装がいいですね。(女子は)男子は兵隊的な衣装とかいいですね。個人的な趣味…っていうかこの曲に対するイメージーなんですけどね。かってに語ってすみません。(笑)
- 2011-02-22:Atsumu Yokoishi
- 何度聴いても感動する。血が通った演奏とはまさにこのバイロイトの第九のことだ。本当に涙が出てくる。
- 2011-02-20:北林達也
- これは紛れもなく、ブルックナーの音楽です。3楽章は、宇宙空間を徐々に天国に向かって上っていくような浮遊感があります。おそらく、おそらくこの作曲家の最後のアダージョの最高の演奏のひとつとなっています。フルトベングラーのブルックナーは、4番以降をすべて聴いていますが、どれも素晴らしい演奏です。この時代にこれほどの演奏が出来た指揮者は、おそらく、オイゲン・ヨッフムとカール・シューリヒトくらいだったと思われます。
- 2011-02-20:nako
- パパ・クライバーの人気が、ドイツにおいて低いのは、フルトヴェングラーやカラヤンが(ほぼ)最期までナチス政権のドイツに残っていたのに対し、早々と亡命したからだ、という説を読みました。そう言われても、ということではありますが、ドイツ人の心情を考えると一理あるなという気もします。まあ、亡命しなければ、奥様はもとより、ご本人、それにカルロス君もどうなっていたか判らないわけで、後世のわれわれにとっては正しい決断だったと言えるわけですが…
それにしても、なんで選択肢が南米だったのか???カルロス君の分厚い伝記を読みましたが、今一つよく判りません。実力一流、世渡り三流の指揮者、なんて評価もあるようですが、正に、という感じですね。それでも録音が残っているのはありがたい限りです。この3番にしても、カルロス君がとうとう手をつけなかったのが判るような、爽快かつ気迫あふれる名演だと思います(田園のアップも待ちわびております^^)
- 2011-02-19:カンソウ人
- 『一期一会の素晴らしい演奏』であると思います。私もそういう気持ちになります。
ここに、アップされるにふさわしい演奏です。
スターンが晩年に、室内楽の世界中の優秀な若者を集めて指導していました。
スターンだけでなく、スターンの横にはイストミンやシュナイダーやローズや、日本人の堤さんも、おられたような記憶がありました。
日を置いて現れた若い女性三人が、ちっとも上手にならないことをスターンは怒っていました。
曲は、ブラームスのピアノトリオでした。
スターンは言うのです。
「僕が若いころ、カザルスと他のみんなとも一緒に練習したんだ。その時カザルスは、教えてくれたんだ。
『自分が若いころに、晩年のクララシューマンがいて、ヨアヒムがいて・・・。
部屋のこんな距離で、ブラームスも聴いていたんだ。その時、ブラームスは身体を揺らして説明してくれたんだ。』と彼はブラームスの身体の揺らし方を真似ながら、若い僕たちに教えてくれたんだ。
君たちも、音楽史の授業で勉強したことがあるだろう。写真か絵で見たことがあるだろう?
そんなことを僕らに分かるように演奏してくれないか。音楽が出来る人の特権であるとともに、伝える事は義務なんだよ。
・・・。
別に、それが古臭いと思うならそれでもよい。自分達の思う所の、ブラームスを聞かせて欲しい。」
演奏は、それから全く変った。と言っても、レッスンレヴェルであるが。
カザルスの入ったこの演奏は、とっても熱く何かを語られていて素晴らしいと思います。
スターンは、自分のスタイルの押し付けで無くて、自分達の思う所のブラームスを聴かせて欲しい(といった意味の事を)言った。説得力のある新しい様式を作ることは、それはそれで大変な事。作曲家と自分の関係は大切で、無関係にまで離れようとする事すら可能である。(グールドの命を掛けての実験的な態度は、誰もが知っている)誰だって、年をとれば時代様式から離れていくんだから・・・。時代様式の断層に自分がいる事を感じる能力のある人は、押し付けはしないでしょう。
同じブラームスですが、ちっとも熱くもなく、偉大でもなく、冷めるのもええ加減しろと言う位に冷めていても良い演奏は可能であると、私は思います。古澤巌と高橋悠治のバイオリンソナタは、ブラームスの肉体(揺れ方?)から離れて、どんな楽譜を書いたのかを見つめています。
本当は、ズコフスキーとやった方が良いけれど、カセットも壊れてしまいました。
- 2011-02-19:カンソウ人
- お恥ずかしいことに、オーケストラの響かせ方しか聞いていなかったようです。
ダウンロードした物を聴くと、プラハ以外に三大交響曲の39番が鳴っていました。
訂正されていますが。
マリナーは最初、ダートと組んでオケを作ったり、テイトは自身が通奏低音奏者だったり、古楽派ではありませんが、音楽学に詳しい人です。
ラインスドルフは、それまでの大オーケストラで響かせることしかなかった時代に、そぎ取ってあんな音色を引き出した人です。
不運もありますが、相当な仕事です。
- 2011-02-15:nako
- 7番もそうですが、命をかけた演奏というのは、やはり重みがちがいますね。指揮者も演奏者たちも、「音楽の力」を、それがもたらす生きる喜びや夢や希望を、必死になって人々に?この場合は戦時下のドイツ国民ですが?に伝えようとしている、というかそれに徹した演奏だからこそ、60年以上たってもこれだけ人の心を打つのでしょう。
戦時中の演奏を聴くたびに、そういった演奏をした楽団員の何人が、ベルリンの大空襲を生き延びて、無事に終戦を迎えられたのだろうかと考えると、胸がいっぱいになります。ベルリン陥落の二週間前まで、彼らは演奏を続けていたと聞きました。フルトヴェングラーは無事スイスに脱出出来たわけですが・・・
- 2011-02-14:Joshua
- ユングさん、こんばんは
今日の大阪は北の方が雪の午後となりましたが
そちらのほうも山沿いとの事、結構な雪ではないでしょうか。
ブログで投稿しましたら、ご返事いただきまして有難うございます。
失踪する悲しみ、とは小林秀雄(かつて入試現代文を騒がせたあの人)
とあり、彼の講演集が新潮社からCDで出ている中で、40番ト短調を
フルトヴェングラーでかけてコメントしていたのが、うなづけます。
小林はそうでしょうが、古臭いんでしょう私は。ワルターの演奏には
浮世離れした雰囲気が感じられ、遅めのテンポ(ロマンツェ楽章)には
特にあの世への憧憬を垣間見せてくれる、気が私にはするんです。
そんな演奏を好む人は無くなりはしないでしょう。だからこそ過去の演奏は
いつまでも大切にしたいですね。
蛇足ですが、mp3のプラハ、おっしゃるとおり楽章の修正、大丈夫でした。
15歳のワンコさん、今日14日も雪の上を飛び回っていたんでしょうね。
長寿の飼い犬はユングさんの宝であり、音楽と共に、浮世の苦労の清涼剤として効いてるんでしょう。
わが家の亡き愛犬レオもそうでしたし、決して心から風化していくことはありません。
ワルターのモーツァルトが永遠にそうであるように。
- 2011-02-13:カンソウ人
- ネヴィル・マリナーやジェフリー・テイトなどの室内オケでよく聞きました。
モーツアルトの三大交響曲に至る道が見えるのでしょうね。
べームのは、初期のものなんて、立派すぎて鶏潰すのに斧を持ってくるみたいな場違いを感じるのは私も同じです。三大交響曲ならば、許されるのかなあ?
マリナーやテイトがやったことは、中途半端とは思いません。
柔軟な所は充分に、オケの響きも作為的の手前で止まっていて、今聴いても心地よい気がします。
パイヤールがイギリスのオケとやったものもありました。
古楽器の直前に、彼らの事に触れる必要があると思います。
現代オケを大編成で鳴らしても、指揮者がモーツアルトに選ばれていたら大丈夫です。
クーべリックがバイエルン放送オケをすっきりと鳴らしたものは、工夫が前面に出ることが無い最後の世代だったと思います。
ウィーンフィルやベルリンフィルと同等の実力があり、練習時間が採れる放送オケの良さが前面に出ていました。
私は、不思議にもこのセットが違和感なく聴けます。
モーツアルトをオーケストラを聴くなら、こんな風に鳴らして欲しい。
カラヤンやバーンスタインの物は、素晴らし過ぎて、モーツアルトには選ばれてはいない気がします。
ワルターのコロンビア交響楽団と聴くと、聴いてみたくなります。
中学生の時の印象と言うか、聴けなかった恨み?かな。
ユングさんが言われるように、ラインスドルフを聴かねばなりませんね。
大スターではありませんが、本物の音楽家です。
こういう人がいないと、オペラハウスのレパートリーは広がらないのでしょうね。
- 2011-02-12:河村太郎
- 昨日、吉祥寺のバロックというクラシック喫茶でこの音楽を初めて聴きました。私の心に染みたため、今日このサイトを開いて聞いております。私には技術的な評価はまだ出来ませんが、作曲家が各楽章の頭に標題を記していることに一言。私はその様な標題を付けることは出来るだけ避けるべきと考えるのですが!→曲は受け止める人の感性と生き様、歴史から夫々違った受け止め方をしてそれでも皆の心に染みるから名曲だろうと思います。聴衆者を誘導する様な標題を付けることは最小限にとどめてこその音楽(音での表現)であって欲しいと思うからです。クラシックを愛する初心者より。
- 2011-02-12:シー
- チャイコンは大好きです。 先日クラシックリスニングルームを知ったので 早速利用させていただいてます。 実は昨日N響神尾由美子のコンサートのお知らせが届いたので 今聴いています。 ハイフェッツの演奏は素晴らしいと思います。 大昔中学生の時に聴いたチゴイネルワイゼンでショックを受けて以来 崇拝しています。(笑) パソコンとアンプをケーブルで繋ぎスピーカーから流れる色を堪能しています。 音色にうるさい方は是非お試しください。
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[2025-11-10]

J.S.バッハ:前奏曲とフーガ ト長調 BWV.541(J.S.Bach:Prelude and Fugue in G major, BWV 541)
(Organ)マリー=クレール・アラン:1961年12月10日~12日録音(Marie-Claire Alain:Recorded December 5-8, 1961)
[2025-11-08]

ベートーベン:ピアノ・ソナタ第14番「月光」 嬰ハ短調 Op.27-2(Beethoven:Piano Sonata No.14 in C-sharp minor, Op.27-2 "Moonlight")
(P)ハンス・リヒター=ハーザー 1955年11月録音(Hans Richter-Haaser:Recorded on November, 1955)
[2025-11-06]

ヴェルディ:弦楽四重奏曲(Verdi:String Quartet in E Minor)
イタリア四重奏団 1950年11月24日~29日録音(Quartetto Italiano:Recorded on November 24-29, 1950)
[2025-11-04]

フォーレ:夜想曲第5番 変ロ長調 作品37(Faure:Nocturne No.5 in B-flat major, Op.37)
(P)エリック・ハイドシェック:1960年10月21~22日録音(Eric Heidsieck:Recorded 0n October 21-22, 1960)
[2025-11-02]

バックス:交響詩「ファンドの園」(Bax:The Garden of Fand)
サー・ジョン・バルビローリ指揮 ハレ管弦楽団 1956年6月20日録音(Sir John Barbirolli:Halle Orchestra Recorded on June 20, 1956)
[2025-10-31]

ベートーベン:ピアノ三重奏曲第7番 変ロ長調 「大公」 Op.97(Beethoven:Piano Trio No.7, Op.97 in B-flat major "Archduke")
(P)エミール・ギレリス (Vn)レオニード・コーガン (Cello)ムスティスラフ・ロストロポーヴィチ 1956年録音(Emil Gilels:(Cello)Mstislav Rostropovich (Violine)Leonid Kogan Recorded on 1956)
[2025-10-29]

J.S.バッハ:前奏曲とフーガ イ長調 BWV.536(J.S.Bach:Prelude and Fugue in A major, BWV 536)
(Organ)マリー=クレール・アラン:1961年12月10日~12日録音(Marie-Claire Alain:Recorded December 5-8, 1961)
[2025-10-27]

ベートーベン:交響曲第6番 ヘ長調 作品68 「田園」(Beethoven:Symphony No.6 in F major, Op.68 "Pastoral")
ジョルジュ・ジョルジェスク指揮 ブカレスト・ジョルジェ・エネスク・フィルハーモニー管弦楽団 1961年10月録音(George Georgescu:Bucharest George Enescu Philharmonic Orchestra Recorded on October, 1961)
[2025-10-25]

アーサー・サリヴァン:喜歌劇「軍艦ピナフォア」序曲(Sullivan:Overture from H.M.S Pinafore)
ルネ・レイボヴィッツ指揮 ロンドン新交響楽団 1961年録音(Rene Leibowitz:New Symphony Orchestra Of London Recorded 1961)
[2025-10-22]

バターワース:管弦楽のための狂詩曲「シュロップシャーの若者」(Butterworth:A Shropshire Lad)
サー・ジョン・バルビローリ指揮 ハレ管弦楽団 1956年6月20日録音(Sir John Barbirolli:Halle Orchestra Recorded on June 20, 1956)