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リスニングルームによせられたコメント
リスニングルームによせられたコメントをまとめたコーナーです。多くの方の熱いコメントを期待しています。(2008年3月10日記)
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次のページ- 2013-08-06:カンソウ人
- 未だにバイオリン弾きたちはこの演奏を越える事が出来ない。
1929年の録音が、最近の録音以上に良いと思えるのは、演奏が素晴らしいからだと思う。
音楽の定義が異なってしまったのだと考える他ありません。
ティボーのバイオリンは音程が魅力的、平均律と異なっていて、一言で言えば気持ち良く外れている。
次の音程への動き方も多様で、逆に現代のバイオリン弾きは技の数が限定されている。
コルトーは本当に問題人で、楽譜通り弾いていない。
勝手気ままに変更する連中とは異なっていて、色んな技を持っている。
目立つのは、1オクターブ下の音を加えていたり、逆に高い方へ加えたりです。
テンポの揺れは絶妙だけど、恣意的では無い。
はっきり言って、分析不能。
YМO時代の坂本龍一さんだったら、彼らのグルーブをどんな風にパソコンにプログラミングするでしょうか。
真似は可能だろう。
今の演奏様式ならば、本当にグルーブの分析は簡単ですが・・・。
社会や価値の混乱を表したものであり、来るべき国家総力戦である世界大戦の予感。
その芸術が起こる時はそうであっても、成熟と共に事態に巻き込まれることになる。
コルトーの敗戦後の演奏不許可、フルトベングラーもそんな目にあう。
ティボーの飛行機事故での死。
飛行機乗りでもないのに飛行機事故で死ぬなんて時代が来たのだ。
楽譜通りに音を追うなんて事で表現出来る世界では無いだろう。
演奏した当人たちは、そんなことを表現しているとプレイバックを聴いて思いもしなかっただろう。
80年以上も経て、聞く人は勝手に今に持ち込まないで、時代を越えて意味を噛み締める。
ただただ、名演奏はタイムマシンの様に空気を持ち運んで来る。
- 2013-08-05:emanon
- 「春」の第1楽章のミリタリー調には思わず苦笑してしまう。
ヴァイオリンのクロツィンガーはなかなか良い。きちんとしている上に音に深みがある。
彼の演奏が曲全体を引き締めている。
もちろん、これはヴィヴァルディではないという人がいても不思議はない。
でも聴き進んでいくうちに、このような内容主義に徹した演奏も悪くないと思えるようになる。
そういう意味で、全曲中では「冬」が一番しっくり来る。
- 2013-08-05:emanon
- イ・ムジチ合奏団の「四季」といえばアーヨ盤だ。甘い音色で伸びやかに歌う彼のヴァイオリンはとても魅力的だ。
全体では「春」がとりわけ素晴らしい。なんて美しい曲なんだろうと思わせる。
次いでは「冬」が曲の魅力と相まって良い出来栄えである。特に第2楽章のアーヨの「歌」が素晴らしい。
- 2013-08-05:emanon
- ジョージ・セルのシューマンの白眉である。
特に第2楽章と第4楽章の余裕綽々たる表現が素晴らしい。
またクリーヴランド管弦楽団の弦楽器群の美しさは出色である。
- 2013-08-05:カンソウ人
- 最近の女性バイオリニストは「お水系」は言い得て妙です。
本人との面識が無いから言えますが、カラヤンに見いだされたかつての少女なんて筆頭です。
ハイフェッツはオーソドックスもそこまで行けばチャンピオンですが、クレーメルは普通の教師は教えるのを嫌がるでしょう。
少年の頃カセットに入れて聴き込んだのは、ズコフスキーという人がバイオリンを弾き、今やカリスマの高橋悠治がピアノを弾いたものでした。
古典の魂や精神論の脱ぎ捨て方を、分かり易くひも解いてくれました。
それも間違い無く、ブラームスです。
彼らは、ブラームスのバイオリンソナタの今日的価値を演奏で示していました。
だからこそ耳は鍛えられ、クレメールの演奏に違和感を覚える事はありませんでした。
これしか出来ないからこれをするなんて、甘チャンではありません。
音楽をする意味が明確だったと思いますし、バイオリン曲を作曲する意味も再確認出来ます。
21世紀のクラシックは、如何に表現するかに傾きかけています。
彼らの音源は見つかりませんが、70年代の価値の転換を皮膚感覚で知る必要があります。
東西冷戦下を未だに引き摺る日本人は言語化し意識する事を避けていますよ。
今日聴いたヴィートの演奏は、しみじみと心に染みて来ます。
- 2013-08-04:emanon
- この時代にホルストの「惑星」を取り上げたストコフスキーの勇気に敬意を表したい。
「火星」の終結部分、銅鑼の凄まじいクレッシェンド・ロールなど、まるで「春の祭典」の「大地の踊り」を連想させる。ストコフスキーの面目躍如というところか。
でも「木星」の例の有名なメロディは意外と品よく歌わせている。
「天王星」は木琴を加えたりしてやりたい放題といった感じ。
「海王星」のコーラスが入ってからの美しさは出色。
一言でいえば「楽しい」演奏。
- 2013-08-04:emanon
- 高校時代の英語の教科書に、「トスカニーニはブラームスを尊敬し、彼の第1交響曲を愛している。」という文章があった。
実際にその演奏を聴いてみて、その文章が正しかったことを確信した。
- 2013-08-04:emanon
- ジョージ・セルの名言に「私の一番好きなブラームスの交響曲は、ピアノ協奏曲第2番である」
というのがあるそうな。
確かにその名言を裏付ける名演奏である。
もちろん正規録音のゼルキン盤も素晴らしいが、このカーゾンとの演奏はライヴということもあって、スリル満点。恐らく協奏曲の理想形ではあるまいか。
- 2013-08-03:nakamoto
- この曲も私には実は今一つの曲で、こんな名演に出会えて幸せの至りです。メンデルスゾーンの頭の中では、きっとこの様にこの曲が流れていたのでしょう。この曲も私の宝の一つとなりました。あとクレンペラーの凄さも教えていただきました。マーラーが若きクレンペラーを絶賛していたことは知っていましたが、なかなか彼の良さが分からず、悶々とした気分でいましたが、これを機会にクレンペラーという宝も私の中で芽生えたようです。ユング君さん、これからも私のような迷える子羊を導いていってください。
- 2013-07-27:nakamoto
- 私はセルを語れるほど、聴きこんでいる訳ではありませんが、セルとクリーブランドの音が、凄い事ぐらいは分かります。特に弦の厚みと言うか、広がりと言うか、他のオケでは聴けない少し戸惑うようなガッチリした音。セルが好きな方々からすると、とぼけた表現になっていると思いますが。とにかくセルのシューマンは素晴らしい、どこにシューマンのオーケストレーションに問題があるのか素人の私には全く分からなくしてくれました。ブラームスの先輩交響曲作家として、ベートーヴェンの後継者として立派な作品に成っています。セルに心から感謝。
- 2013-07-25:松本聡
- クーセヴィッキーの『展覧会の絵』は確か1943年のボストン響とのライヴ録音が存在するはずです。カットされている曲が多かったと思いますがこの曲の演奏の一つの規範といえる名演だったと記憶しています。
- 2013-07-25:emanon
- これぞ最上のエンターティメントだ!
「ハレルヤ・コーラス」におけるシンバルの炸裂は大爆笑で、癖になりそう!
- 2013-07-24:a.mori
- 暑気払いで久しぶりに聴きました。JVCのヘッドフォン「HA?MX10?B]使用しました。
小生の好きな作品で、いろんな演奏聴きますが、録音の質を最早超越していると思います。ヘッドフォンで聴くとよく解かりますが、この録音は、当時の録音技術の集大成としても高く評価さ
れていると思います。録音スタッフもトスカニーニの期待に応える奮闘ぶりが十分に伺えます。
ライナー/シカゴ盤も素晴らしいですが、演奏の緊張感、迫力、一つ一つの楽器の音の聴こえ具合素晴らしいものです。アナログテープ録音の完成期の頂点の一つだと思います。
トスカニーニ/NBC盤がモノラル録音だと言うことで、最初から、聴く対象から外すのはもったいない気がします。よくもまあ、当時の録音技術でこれほどの名演奏を見事に収録したことだなあと感動します。
- 2013-07-23:ハンミチャン
- ジュリーニの話というと、すぐにテンポ!テンポ!テンポ!の連呼になります。しかし今日のクラシック音楽においてテンポの設定も指揮者の裁量権の範ちゅうに入っている以上、そのこと自体を云々することは無意味だと思います。またユング氏の「加齢による衰えから来るスローテンポ」はいささか強引な説ではないでしょうか。加齢とともにテンポアップしたトスカニーニや若くても超スローな上岡敏之などの存在は上記の公式に当てはまりません。また当のジュリーニ自身、晩年のシューマンのピアノ協奏曲では、それこそ「適切なテンポ?」で演奏しています。つまり晩年でも「やればできる」のであり、あくまでも指揮者の選択の問題ですから、そこに何らかの意味なりを込めていると考えるべきです。その上で感想などをのべていただきたいものです。ユング氏の「ネッチリスローテンポアレルギー」ぷりにビックリしました(セル信奉者ではさもありなんと思いますが)が、それこそがジュリーニの真骨頂であり、ここを否定されるとただの「青白きインテリな演奏」になってしまい、それこそ「腰が砕ける」こととなるでしょう。ジュリーニの演奏に見られるナイーブさを「弱さ」と断じてしまうと、ジュリーニの演奏は「気持ち悪い変態演奏」としか聴くことが出来なくなるかもしれません。
例えばある男の子が好きな女の子に告白したいがなかなか出来ない「勇気を出して告白しろ」と背中を押しても「あのね、でもね、あのね、でもね・・・・・・・」ともじもじするばかりでいっこうに告白出来ない。当人は非常な不安と苦しみの中にいるのだが、第三者から見れば「どうしたいの?」となってしまう。つまりここで男の子のナイーブな気持ちに寄り添っているのがジュリーニのスタイルなのであり、この男の子の矛盾した行動を分析し適切なアドヴァイスをしてしまうような人はもはやジュリーニの描く世界を「気持ち悪いもの」としか捉えられないのかもしれないと思いました。
ユング氏に「変態」とまで断じられたジュリーニですから、今後登場の機会は残念ながら少ないと思いますが、それでも1961年にフィルハーモニア管弦楽団とのコンビでのドヴォルザークの交響曲第9番「新世界より」は一聴の価値があるものと思います。
- 2013-07-22:nakamoto
- ベーム好きの私としては、この時期のベームはこんなものです。素晴らしすぎます。言葉が出ません。吉田秀和が <シューマンやショパンと同じく歴史上の偉人として呼び捨てにさせていただいております>どこかで、ベームのRシュトラウスオペラを聴いている時、音楽から受ける最上のものを今受けていると感じた、と書いていましたが、まさしくオーストリア音楽総監督の地位が当然の状況です。吉田秀和がベーム好きを自認している事は、実は最近知り、私にとってそれはとても嬉しい事でした。人気の凋落もそれはそれで時代の流れで仕方ない事です、だからといってベームが歴史の闇に消え去るはずはありません。 ベームは音の造形をなにより重んじた人です。センチメンタリズムや興奮などレコードに入れる必要の無いものであったに違いありません。晩年の録音の評判の悪さは、日本における人気絶頂の時から実はあったもので、最近の傾向ではないと感じております。おいぼれ老人のおかしな録音ととるか、造形を重んじた素晴らしい録音ととるかは聴き手の音楽性にかかわっていると思います。ベームのすべてが素晴らしい。私はそれを確信しています。どんな人間であったかは別ですが。
- 2013-07-22:nakamoto
- 私は著作権の50年規定には反対の立場をとるものですが、この演奏を聴いていると素晴らしすぎて、ひとりでも多くの人々に聴いてほしいと、切に願っている自分がいて、自分が分裂していくような感じにとらわれます。ブラームスが18世紀の大家たちと19世紀の作曲家を比べて、神々とただの人間に譬えた話があって、私は永らくその言葉を鵜呑みにしていましたが、この頃はワーグナーとブラームスがけっして18世紀の大家たちに負けない偉大な存在に思えてきています。この演奏などはその代表です。
- 2013-07-21:ブラームスがお好き♪
- そんなに遅いですかねぇ・・・・第3楽章の冒頭は確かにに遅いと感じましたが、
ベーム・Voの名演と差して違わない印象を持ちました。
というよりジュリーにもこういう覇気のある演奏があったのだなぁ、と再認識される演奏でした。
- 2013-07-21:かなパパ
- アップロードありがとうございます。
いかにもカラヤンらしい演奏ですね。
クラシック音楽を聴き始めた頃はあまり意識していなかったので、カラヤンのCDも結構持っていますが、だんだんとカラヤンの演奏があまり好きではなくなってきました。
カラヤンの演奏って初心者うけしやすい演奏なんでが、クラシック音楽が好きで数多くの演奏を聴いているとただ華麗なだけで、あまり好きにはなれません。(人それぞれだとは思いますが...)
と言うことで評価は5にしました。
ネット上で聴ける演奏ではYouTubeにアップロードされている徳岡直樹さんが指揮している演奏が私がこの曲にイメージしているのとピッタリなので良く聴いています。
- 2013-07-19:Hide
- 確かにチェリスト百花繚乱でした。ロストロポーヴィッチ、シュタルケル、ジャンドロンは演奏会でも聴けて良かったです。しかし、ヨーヨーマがいる現在もフォイアマンとカザルスがいた昔も良かったですね。この三人は存在感が桁違いです。一騎当千というか...(ロストロポーヴィッチも桁違いですが...)。
フルニエは確かに音が美しく朗々と歌わせています。実に美しく味わいのある音楽なのですが、ゆったり歌わせすぎて舞曲のリズミカルな性格づけが弱くなってしまっているのが残念です。余り、そのようなことを考えすに聴けば、楽しめる演奏に思えます。
- 2013-07-19:トスカン
- 演奏としてはこれ以上の名演はほかにあるだろうと思います。けれども、指揮者がほしい音と演奏者が出したい音がこれほど一致している演奏はめったに聴くことができないと思います。
- 2013-07-17:弥彦山
- 「英雄」は9曲の交響曲で一番好きです。演奏も星の数ほどあり、私はそのほんの一部を聴きましたが、セルは5本の指に入る名演だと思います。やや硬いかなあと感じるときもありますが、適度な情緒もあり、何より前向きな姿勢というか情熱が内にあり、すばらしいと思いました。
- 2013-07-15:emanon
- 曲の縦糸と横糸がよく紡がれていて、質感の良い肌ざわりを楽しめる。各変奏の性格がじっくり描かれていて好感が持てる。
- 2013-07-15:nakamoto
- 登録完了後の第一弾として、この演奏を選び、その素晴らしさに驚いております。私は演奏や解釈といったものに関心が薄く、どちらかというと、優れた作曲家や作品自体に興味を持ち、発掘することのほうに日々の音楽生活を費やすものですが、この交響曲のような超有名曲に感動できない自分に不甲斐無さをかんじてしまう人間で、今回も新たなるチャレンジとして、この演奏に手が伸びたというわけです。とにかく感謝の一言です。上手く表現する術を知らない私なので、舌足らずになってしまいますが。ウィーンの香りを持ち、20世紀的知的な解釈で、内部を鮮明に浮かび上がらせ、どこまでも楽しい音の連続で、私の理想に完全にマッチした演奏です。これで私もやっとマーラーの第7を語る資格を持てたと感じさせて頂いております。
- 2013-07-14:emanon
- ハイフェッツの冴えた技巧が存分に楽しめる演奏。ただ欲を言えばブラームスだけにもう少し含蓄があれば申し分ないのだが。
ライナーの伴奏指揮は素晴らしい出来栄え。
全体としては第3楽章が一番成功している。
- 2013-07-12:副島芳行
- いつもよく聴かせていただいています。ブランデンブルグ協奏曲の旋律も何とも云えない深いものがありますが、この曲もまた85歳の小生には物悲しい響が心に沁み戦中の亡き友の面影が偲ばれてきます。なにしろ自由に聴けない時代でしたから・・・・
- 2013-07-11:emanon
- 異形のマーラー演奏。オーケストラも一流とは言い難い。しかし妙に説得力がある。マーラーの分裂症的な部分が良く出ている。特に第3楽章以降は聴きもの。打楽器の効果が目覚ましい。
- 2013-07-11:emanon
- まったりとした癒し系のブラームス。それだけで希少価値が有る。若い頃から気負いのまったくない演奏をするジュリーニという男はただものではない。
- 2013-07-11:セル好き
- この曲は割と旋律の掛け合い的な演奏が多いようですが、ここで聴かれるのはブラームスが20年かかって丹念に積み上げた和声的な響きであり、ジュリーニはそれに敬意を表してか、管弦楽によるコラールのような仕上がりを求めて、丁寧に縦の線を最後まで破綻無く演奏した結果遅めになったのかも。
こういう演奏も、ミュンシュ/パリ管の熱い演奏もブラームスの本質に迫っているのかも。
- 2013-07-09:Hide
- 1970年代の始めFM放送で「名演奏聴き比べ」という番組があり、カザルス、フォイアマン(凄まじい1928年盤)とピアティゴルスキーの三者の録音を流して比較していたのがなつかしく、聴いてみましたが、おそらく最もゆるい部類の演奏ではないでしょうか?テンポが遅く三楽章とも緩徐楽章という印象を受けてしまいます。第一楽章のチェロの入りをカザルス流の「英雄の登場」とはかけ離れた穏やかな表現で弾いているところや、第二楽章のゆったりしたビブラートで歌うところ(クレンゲル流?)、オーケストラの調和は高く評価したいところです。しかし、この後でフォイアマンの1941年版ライブ(ランゲ指揮シカゴ響)を聴くと、そのスケールの大きさ、音楽的推進力、演奏密度が濃さから別の曲のように思えてしまいます。同門でありながら正反対のチェリストです。体は巨人で心は繊細なピアティゴルスキーのような演奏家も音楽を安らぎとして聴く方々には合っているように思います。最近よくある癒し系の演奏とでも言うべきでしょうか...
- 2013-07-08:emanon
- 「くるみ割り人形組曲」には、クナッパーツブッシュ=ウィーン・フィルという、録音を含めて「超」の字がつく名演があるので、さすがのカラヤンと言えども分が悪い。
カラヤンの演奏は、そつなくまとめているが、それ以上の感動が与えられない。
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[2026-03-08]

ベルワルド:交響曲第4番 変ホ長調 「素朴な交響曲」(Berwald:Symphony No.4 in E-flat major "Naive" )
イーゴリ・マルケヴィチ指揮:ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 1955年12月録音(Igor Markevitch:Berlin Philharmonic Orchestra Recorded on December, 1955)
[2026-03-05]

ヨーゼフ・マルクス:ヴァイオリンソナタ「春のソナタ」(Joseph Marx:Sonata for Violin and Piano in A major "Spring")
(Vn)ヴァーシャ・プシホダ:(P)オットー・アルフォンス・グレーフ 1954年録音(Vasa Prihoda:(P)Otto Alphonse Greif Recorded on 1954)
[2026-03-03]

ハイドン:弦楽四重奏曲 ニ長調, Hob.III:63(Op.64-5) 「雲雀」(Haydn:String Quartet in D major, Hob.III:63(Op.64-5) "Lark")
ウィーン・コンツェルトハウス四重奏団:1954年5月録音(Vienna Concert House Quartet:Recorded on May, 1954)
[2026-02-28]

グラズノフ:ヴァイオリン協奏曲イ短調 作品82(Glazunov:Violin Concerto in A minor, Op.82)
(Vn)マイケル・レビン:ロヴロ・フォン・マタチッチ指揮 フィルハーモニア管弦楽団 1954年12月17日録音(Michael Rabin:(Con)Lovro von Matacic The Philharmonia Orchestra Recorded on December 17. 1954)
[2026-02-25]

ハイドン:弦楽四重奏曲第60番 イ長調 Op.55, No.1, Hob.3:60(Haydn:String Quartet No.60 in A Major, Op.55, No.1, Hob.3:60)
プロ・アルテ弦楽四重奏団:1936年11月19日録音(Pro Arte String Quartet]Recorded on November 19, 1936)
[2026-02-22]

ベートーヴェン:弦楽三重奏曲 第1番 変ホ長調, Op.3(Beethoven:String Trio in E-flat major, Op.3)
パスキエ・トリオ:1950年代録音(Pasquier Trio:Recorded on 1950s)
[2026-02-18]

ベートーヴェン:弦楽四重奏曲第16番へ長調, Op.135(Beethoven:String Quartet No.16 in F major Op.135)
ハリウッド弦楽四重奏団:1957年4月22日,5月11日&6月1日,3日,12日,20日録音(The Hollywood String Quartet:Recorded on April 22, May 11 & June 1, 3, 12, 1957)
[2026-02-16]

スメタナ:わが故郷より(Smetana:from my hometown)
(Vn)ヴァーシャ・プシホダ:(P)リディア・ベフトルト 1949年録音(Vasa Prihoda:(P)Lydia Beftot Recorded on 1949)
[2026-02-12]

シベリウス:ヴァイオリン協奏曲 ニ短調, Op.47(Sibelius:Violin Concerto in D minor Op.47)
(Vn)ダヴィド・オイストラフ:シクステン・エールリンク指揮 ストックホルム・フェスティヴァル管弦楽団 1954年録音(David Oistrakh:(Con)Sixten Ehrling Royal Stockholm Philharmonic Orchestra Recorded on 1954)
[2026-02-10]

フォーレ:夜想曲第12番 ホ短調 作品107(Faure:Nocturne No.12 in E minor, Op.107)
(P)エリック・ハイドシェック:1960年10月21~22日録音(Eric Heidsieck:Recorded 0n October 21-22, 1960)