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リスニングルームによせられたコメント
リスニングルームによせられたコメントをまとめたコーナーです。多くの方の熱いコメントを期待しています。(2008年3月10日記)
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次のページ- 2014-08-09:nakamoto
- ユング君さんは、以前アンチカラヤンでしたか・・・。でもユング君さんの様に、文学的素養と造詣の深い人物なら、当然そうなるのでは、と思います。カラヤンの作る音楽には、文学性が殆どありませんから。このサイトの勝れている所は、ユング君さんの感性によって選ばれた、優秀な演奏家の録音が、宝石箱のように存在しているところです。しかしカラヤンともなると、私の様に演奏家に無知な者でも、流石によく知っていて、ユング君さんの優れた解説は、楽しいですが、まあそれだけというところで、私のよく知らない、でもユング君さんの選んだ、スグレモノの録音の方が、私を喜ばせてくれます。我が儘言って申し訳ありません。
- 2014-07-29:田中あらいぐま
- variaって、ラテン語で「さまざまな」と言う意味ですよね。
これは推測ですが、variaとは、「雑」「その他」といった分類ではないでしょうか。
- 2014-07-29:nakamoto
- 西洋音楽千数百年の歴史の中で、ひとつ選べと言われたら、私は、躊躇無くローマ聖歌を選びます。ローマ聖歌は、源流のみならず、西洋音楽の脊椎的音楽です。そして歌い継がれて、今も生きている音楽なのです。私の耳に到達するまでに、どんなにインチキな経路が仮にあったとしても、この単旋律で、深い感動を呼ぶのは、正しく最も勝れた音楽と呼ぶに相応しい物です。パブリックドメインで、ユング君さんが、音楽史を辿ろうとしているのは、凄い事です。陰ながら応援しています。ちなみにこの録音は、アルヒーフらしい、素晴らしいもので、まず、この録音を聴くべきだと思います。ローマ聖歌が、奇妙に聞えている内は、まだまだです。偉そうに言って済みません。
- 2014-07-27:原 響平
- よりよい演奏を求めてCDを買いあさるが、自分が納得する演奏には、なかなか出会えない。これは、幸せを求めて青い鳥を探すようなもの。探しても探しても、自分の納得する演奏に出会えない。ないものねだりの悲しい性が、クラシック音楽愛好家の根底に流れている悪い癖なのか。さて、このワルターの運命を久々に聴いてみた。
音色の構成は、弦楽器の低音をベースに木管、金管、打楽器がリアルに再現され、当時の録音の技術の高さと相まって、これは名演の誉れ高い演奏というのも十分にうなずける。特に第一楽章のコーダ部分は圧倒的な迫力で、聴くものを圧倒する。この演奏以降の録音で注目できるのは、セルとライナーの演奏ぐらいで、1960年台以降に録音された、運命の録音は、どれも感動とはかけ離れたところに位置し、聴くものに気持ちよさは与えるが感動を与えない。とても芸樹とは言い難い演奏ばかりで、まるで、時間が止まったかのようだ。
- 2014-07-27:還暦の愛好家
- イ短調の第3楽章・・・こんなにも切々と心に訴えかけてくる演奏は、初めて聴いたような気がします。世評の高いバリリやブダペストに馴染めない方々(実は私もそうなのですが)にぜひ聴いていただきたい演奏ですね。
今回ハンガリーを通して聴いてみて、第2番やラズモフスキー第3番等多くの曲に大変感銘を受けました。録音も曲によってムラがあると思われますが、弦楽四重奏には最適な音作りではないでしょうか。
それにしてもハンガリーSQのベートーベンは完全に忘れ去られていますね。何か演奏技術上あるいは様式上の問題があるのでしょうか。
- 2014-07-25:nakamoto
- 私は、ムラヴィンスキーのチャイコフスキーの良さが理解できていません。ムラヴィンスキーのショスタコビッチは、私は礼拝するほど好きなのにです。 一言で言えば、凄過ぎる演奏なのです、私にとって。 とても魅力的な異性に、最高のスタイリストを付けて、最高の衣服と高級ブランドの小物を着せたようなもので、カジュアルな装いで、充分魅力的なのに・・・。なにか凄すぎてしまっていると感じてしまい、持て余してしまいます。なにもかも理解できれば、苦労は無いのですが、人間そうは行きません。何かで、ムラヴィンスキーのとても録音状態の良いものを聴いた事があって、その時は、なんて近代的で輝かしい音色なのだろうと、驚かされたことがありました。ついでに私の大嫌いな評論家U氏大絶賛のムラヴィンシキーに、素直な気持ちで聴けていない事も、私のムラヴィンスキー観に悪影響を及ぼしています。私の取り留めのない感情を、取り留めのない文章にて、失礼致しました。でも私の正直な気持ちです。
- 2014-07-22:Yutaka Inada
- これはホントにすばらしいです。11月の霧の洞爺湖で私が聴きたくなったのがこの演奏でした。
- 2014-07-20:菊地保夫
- 交響曲全体について。
昭和36年4月、小生が中学3年になったころです。このコンビが来日し「運命」や「皇帝」の第1楽章冒頭のカデンツァの後の主題を朗々と奏でる演奏をテレビで聴いて大感激しました。ステレオ装置はもちろん、レコードも高価な時代でしたが、fontanaレーベルのmonoのベトの交響曲を1枚、また1枚と親に買ってもらいました。全集がcd化された時には即座に買いましたが、今でもキズだらけになった当時のレコードを聴くことが多いです。手練手管をつくし人生をいかにすれば上手に渡り歩けるかというようなことには縁遠い、恰好よさとか要領のよさとは距離をおいた、何事にもひたむきな青年のような演奏・・・。いや、ユング君の解説の方が適格です。
ワルターもフルベンもトスカニーニも横に置いてとまでは申しませんが、小生にとり忘れることのできない愛聴盤です。是非聴いてみてください。
先日中学の同窓会があり、ついコメントしたくなりました。悪しからず。
- 2014-07-20:Joshua
- この四重奏団は上手いですね。軽々と弾いてのけて、なかなか味もある、という感じです。
- 2014-07-20:ヨシ様
- セルのベートーベンは本当に素晴らしいですね。
基本であり基準でもあります。
最近の演奏はオーケストラの技術は格段に進歩しましたが
指揮が弱い。個性がないような気がします。
最もセルのような偉大な指揮者と比べること自体無意味ですが…
- 2014-07-20:nakamoto
- ベートーヴェンの弦楽四重奏は、私にとって、文句無く最高の音楽なんですけれど、10番と11番は正直甘く見ていました。ユング君さんの説明を読んでから、聴く音楽は、何度も聞き返して出した結論のように、私の耳に馴染んできます。正直、こんなにこの作品が素晴らしいなんて、今迄感じることが出来ませんでした。自分の未熟さを知りつつも、前後の傑作群とは少し距離を置いていました。本日、私にとって、10番と11番は前後の傑作群と肩を並べる存在となりました。唯、感謝です。
- 2014-07-13:ハイフェッツ様が好き
- 何ともうっとりするような切ない気持になる曲です。Youtubuで他の演奏者の同じ曲を聴いてもそんな気持ちにならなかったのになぜでしょう?ハイフェッツ様のなせる技なのか、、、
- 2014-07-13:フランツ
- グールドはある時期からステージでの演奏をしなくなったそうですが、次は彼の実演を目にした人の言葉です。「グールドは常に会場の聞き手に顔を向けながら、楽しそうにやさしく音楽を表情で伝えながら演奏していた。」私はスタジオにこもりレコーディングした彼のイメージがあり、とても意外にこのことを聞きました。そして驚きました。でもとてもよい話を聞いたと思います。
- 2014-07-10:JBLman
- Webから失礼。忘れられた名曲探しを仕事の合間に熱中してますが、ラフマニノフのピアノ協奏曲といえば2番そして3番と素晴らしい名曲ですが、さればと1番と4番もとCD購入、まー天才にも乗りきれない不調なときもあるんでしょう、まー残念ながら凡作ですかね
まとまりがなくメリハリもなく.....あのチャイコフスキーも1番の素晴らしさにしたら、2.3番の退屈なこと、絶不調だったんでしょう。ダレの演奏であれ1.4番はお暇ならどーぞでしょうか。
- 2014-07-10:宮脇浩一郎
- 今朝は何となく4時ごろから目覚めてしまい、たまたまNETをいじっているとこのサイトに当たり、とにかく、全て聞きたくなりましたが、まず小生の葬送行進曲と予てより決めている「田園」を選びましたら、突然、第2楽章から聞こえ出したのでまたびっくり。遥か半世紀以上前は最終楽章が最も好きでしたが、今は第2楽章です。
因みに、最近はクレンペラーを愛聴して、彼の無骨なエネルギーの発散を楽しんでいます。
今は、宝の山へ突然ぶち当たったような気持ちです。順次試聴させていただきたいが、よろしいでしょうか。
- 2014-07-08:原 響平
- この演奏を初めて聴いたのは、私が中学生の頃で、当時のお小遣いの全てを出してレコードを購入した記憶がある。当時、SBS放送のニユースのオープニングにこの曲の第4楽章が使われており、地方TV局のプロデューサーの教養の深さを知ることとなった。それに使用されたのがセルの演奏かどうかは、当時知るすべもなかったが、音楽に対して、常に真摯に向かうセルの指揮と、SBSの報道に対自する真摯な姿勢は、どこか似たものを感じた事を覚えている。さて、久しぶりに、この演奏を聴いてみたが、当時の残響無垢な響きの印象が、今回は、程よいホールの響きが加味されて、聴きやすい音に変化しているのに驚いた。これは、当方の再生装置にも起因するのかもしれないが、改めて、クラシック音楽は、響き・音色・そして音の残響・余韻を楽しむ芸術だとの思いを強くした。この演奏は、間違いなくセルの指揮芸術の頂点に君臨する出来栄えだ。
- 2014-07-07:nakamoto
- セルのドヴォルジャークは、素晴らしすぎます。カ??!っと来てしまいます。本場物的な演奏では、ムラヴィンスキーのチャイコフスキーも、凄いですけれど、ムラファンの方々には失礼ですけど、重すぎてしまって、私には耐えられません。でもセルのドヴォルジャークは、そんなことありません。管弦楽がピカピカに光っています。人気が無いのは、セルの演奏を聴いてないからでしょう! セルへの不満は、なんでオペラの全曲盤が少ないのですか?? アメリカに行ったからでしょうか?? スメタナやドヴォルジャークのオペラを、たくさん録音してくれていたら、私の人生変わっていたでしょう。でも贅沢な我儘です、この録音だけでも、十二分に幸せです。
- 2014-07-07:たかりょう
- シューマンの交響曲は私の大好きな曲で、コンビチュニーやクーベリク、セルを聴くのですが、ユングさんのコメントをみてこの演奏を聴いてみました。なんというスピード感でしょう。
ここにアップされていなければ、自分で購入して聴く機会はきっとなかったと思いますが、この爽快感はなんでしょう!
一気に聴いてしまいました。
忘れえぬ演奏です。
ありがとうございます。
- 2014-07-02:Sammy
- この、短調ということもあっていわばいくらでも思い入れを込められそうな作品に、これほど力みのない澄んだ抜け切ったような音楽表現をもって、まっすぐに歌い抜いたこのピアニストは、やはり伝説として語り継がれるに値する希代のピアニストなのでしょう。改めて感嘆しました。
- 2014-06-23:十返舎一六九
- 緊張感漲る演奏!それでいて呼吸は自然で無理が無い。これを聞いて24番の協奏曲が立体的でスケール感のある巨大な曲に感じられた。この曲はもやもやした鈍い演奏では良さが伝わらないと思う。同じコンビの50年代の演奏も一般受けはしないだろうが嵐のような激しさがあり衝撃的。カサドシュのカデンツァはまるでショパンかリストを思わせる。
- 2014-06-22:稲葉 尚子
- 最高! 2楽章をこれだけ情感豊かに、そして自然に歌える演奏家は現代にはいないのでは?チェンバロでは不可能な歌を現代のピアノで、その原点を全く損なうことなく歌える見事さ、素晴らしいです。全楽章を通して貫いている人間の鼓動ともつながる躍動感もみごとです。
- 2014-06-22:Sammy
- 私はこの演奏を聴いて、実に立派と感じました。特に両端楽章のスケールの大きい立派さはなかなかです。骨太にくっきり堂々とずっしり踏みしめるように演奏されていて新鮮ですし聞き応えがあります。確かにユングさんの仰るように一方で作品の「弱さ」のようなものが暴かれるような面もありますが、同時にそこにはクレンペラーの鋼のような音楽づくりと、フィルハーモニア管のそこに徹する真摯さのようなものが力強く迫ってきます。第2楽章のようなしみじみ美しい部分も潔く凛として胸を打ちます。また遅いインテンポでやりきってしまっている第3楽章の停滞しつつも緻密にとぼけたような、「ワルツだからって絶対にわくわくなんてさせない」と言いたいかのような真っ直ぐひねくれた音楽のいわく言い難い魔力は、簡単に出来そうで実はなかなか実現できないものではないかと思います。演奏芸術というもののもつ魅力(クレンペラー・フィルハーモニア管が演奏しているというだけで場がそもそもかなり成り立ってしまうというような力)を改めて思った次第です。
- 2014-06-22:フランツ
- ワルターの演奏はモーツァルトに限らず確かに「名演奏」なのでしょうが、私は聴いていて正直とても疲れるのです。面白く聴かせようとしている、もしかしたらモーツァルトらしく演奏しようとしているのでしょうが、もっとストレートでいいと思うのです。これはベームやカラヤンのモーツァルトにも言えるのですが、人の手が入り過ぎているように聴こえるのです。でもこういうのを一般にはワルターの「往年の名演奏」と呼ぶのでしょうね。
- 2014-06-15:Joshua
- 虚心坦懐に聴きました。面白かったです。録音の加減もあるんでしょうが、いろいろ聞いたことのない部分が聴こえてきます。テンポも「クレンペラー=遅い」ではありません。この人がほかのオケでこの曲をやったのも聞いてみたい。もちろんフィルハーモニア、上手いですけどね。バイエルン放送とか北ドイツ放送とかコンセルトヘボウとかを振ると、別の効果が出てくるはず。この曲に「真実味」とか「哲学」を聴くのをしなければ、楽しみは広がります。
近い演奏?ケンペン指揮コンセルトヘボウ、セル指揮クリーブランド、意外に近いんじゃないでしょうか?いずれもアップしていただいてますね。60年代前後のカラヤンベルリンもドイツ風という点で似てるのでは?と思って聴いてるうちに最後まで聴けました。
指揮の最中、「社会の窓」が開いているのを指摘されたクレンペラーが言いました。「それが音楽とどう関係があるというのかね?」
この人の一途なとこが、気に入ってます。
- 2014-06-13:ariaga
- カイルベルト盤は初めて知りました。
古きよき時代の演奏ですね。
全体的におっとりとした感じで聴いて降りましたが最後ノマニフイカトはとってもいきいきした唱わせ方をしているのに感心しました。
モーツアルティアンとしてカイルベルト盤を聴かせて頂き有難うございました。
- 2014-06-13:Joshua
- メンゲルベルグは、音が悪い、と決め込んでいた私ですので、演奏に言及があったもので「新世界」、チャイコの後期3曲、バッハのアリアぐらいに絞ってたのですが、この2番や1番は、なかなか聞けるなあ、と思った次第です。
そう思って聞くと、局によっては多少のハンディがあるようですが、表現の面白さも手伝って、5番、6番、7番もなかなか聞けてしまいました。
「しり込み」=shy from はいけないですね。ワインガルトナーなんかも相当いいものがあるのでは、と思う筋もあり、開拓していこうという気になってきました。
ちなみに、yung氏自身のメンゲ録音評は、次のとおりです。親切なご案内
ありがとうございます。>>>第3番に関しては、録音時に何らかの事故があった模様で、ノイズが盛大に入り込んでいます。また、4番も冒頭部分の音質が芳しくありません。(3分程度でしょうか)また、5番・6番・8番に関しても、ドア一枚隔てて聞いているようなこもった音質なのも残念です。ちなみに、最後の第9の演奏会がナチス侵攻前の最後の演奏会となっていますから、かなりの緊迫感の中で行われた演奏会であり録音だったことはうかがわれます。>>>エロイカのページより引用させていただきました。
- 2014-06-13:nakamoto
- 私は、ケージが好きです。20世紀前衛音楽作曲家の中で、唯一成功した大作曲家だと思っています。いつの世紀にも前衛は存在し、その殆どは敗れ去っていく運命にあります。しかし無意味ではありません。そういったものを踏み台に、芸術は進化していくものです。ユング君さんのこの文章を読んで、20世紀前衛のご先祖様は、サティであったのだなと、知らされました。ドビュッシーも六人組も、サティの影響なしに考えられない存在です。サティってもしかして、音楽史的にも偉大だったのではと、本日教えられました。因みに、サティのピアノ曲、大好きです。チッコリーニについては正直最近のチッコリーニを聴いていないので、なんとも比較できません。いい感じとしか、私には言えません。
- 2014-06-09:Dr335
- 素人の私ですが私見を述べさせていただきます.ハイフェッツの録音は,近接マイクのせいか,発音の際に左手の指が指板を押さえる音が「タンタン」と乗っかって聴こえてきます.全ての音にパーカッションがユニゾンで同期しているようなもので,これがあの異様な歯切れの良さ,切れ味の秘密ではないか,と思います.そしてそれがあの(音の)「凄み」になるのではないでしょうか.どなたか高名なヴァイオリニストの方が「ハイフェッツは一つ一つの音が凄く重いので,同じ速度でパッセージを弾いても他の人より速く聴こえる」とおっしゃっていましたが,同じことのように思えます.SP録音では,その「タンタン」があまり聴こえてきません.テープ録音になり(1950年前後!!!)それが聴こえるようになってきて,ようやく「全盛期」になったのではないでしょうか.
- 2014-06-08:Guinness
- かつて良く聴いていたフルトヴェングラーの演奏を久しぶり聴かせていただきましたが、やはりフルトヴェングラーというのは楽譜の読みが深いなーっと思わされました。
そういえばほかの曲を含め随分とフルトヴェングラーの演奏を聴いてないのに気づきます。この機会にまとめて聴いてみようかと思います。
- 2014-06-06:Dr335
- 少し前にSACDとハイレゾ音源で聴き直してみて,超個性的な生々しい演奏であることに気づき,びっくりしました.何年も聴いていなく,すっかり忘れていました,昨今ではこんなふうに指揮者の考えがはっきり伝わってくる演奏は聴くことが出来ません.シューリヒトに単刀直入に「ブルックナーとはこういう音楽なのだ」と説教されているような感じの演奏です.誰もかれもが生真面目に,スコアに忠実に,自己主張は控えめに,スケール雄大に演奏するようになったのは,ヴァントと(日本では)朝比奈のせいなのかな,とも思ってしまいます.昔はこんなに尖った演奏があったんだ,という意味で,永遠に存在意義があります.ブルックナーで自己主張してなにが悪い,そんな指揮者に出て来てほしいものです.
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[2025-07-04]

メンデルスゾーン:ヴァイオリン協奏曲 ホ短調, Op.64(Mendelssohn:Violin Concerto in E minor Op.64)
(Vn)ヨーゼフ・シゲティ:トーマス・ビーチャム指揮 ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団 1933年録音(Joseph Szigeti:(Con)Sir Thomas Beecham London Philharmonic Orchestra Recoreded on 1933)
[2025-07-01]

ベートーベン:交響曲第5番 ハ短調 「運命」 作品67(Beethoven:Symphony No.5 in C minor, Op.67)
ヨーゼフ・カイルベルト指揮 ハンブルク・フィルハーモニー管弦楽楽団 1958年録音(Joseph Keilberth:Hamburg Philharmonic Orchestra Recorded on 1958)
[2025-06-29]

ヘンデル:組曲第12番(第2巻) ト短調 HWV 439(Handel:Keyboard Suite No.12 (Set II) in G Minor, HWV 439)
(P)エリック・ハイドシェック:1964年9月18日~21日&30日録音(Eric Heidsieck:Recorded 0n September 18-21&30, 1964)
[2025-06-27]

ブラームス:ホルン三重奏 変ホ長調, Op.40(Brahms:Horn Trio in E-flat major, Op.40)
(Hr)フランツ・コッホ :(Vn)ワルター・バリリ (P)フランツ・ホレチェック 1952年録音(Franz Koch:(Vn)Walter Barylli (P)Franz Holeschek Recorded on 1952)
[2025-06-25]

バッハ:幻想曲とフーガ ト短調 BWV.542(J.S.Bach:Fantaisie Et Fugue En Sol Mineur, BWV 542)
(organ)マリー=クレール・アラン:1959年11月2日~4日録音(Marie-Claire Alain:Recorded November 2-4, 1959)
[2025-06-22]

ラヴェル:ダフニスとクロエ第2組曲(Ravel:Daphnis And Chole, Suite No.2)
ユージン・オーマンディ指揮 フィラデルフィア管弦楽団 1959年4月19日録音(Eugene Ormandy:Philadelphis Orchestra Recorded on April 19, 1959)
[2025-06-19]

ヘンデル:組曲第16番(第2巻) ト短調 HWV 452(Handel:Keyboard Suite (Set II) in G Minor, HWV 452)
(P)エリック・ハイドシェック:1957年9月30日&10月1日~2日録音
[2025-06-15]

エルガー:ため息 (ソスピーリ), Op.70(Elgar:Sospiri, Op.70)
サー・ジョン・バルビローリ指揮 ニュー・フィルハーモニア管弦楽団 1966年7月14日~16日録音(Sir John Barbirolli:New Philharmonia Orchestra Recorded on July 14-16, 1966)
[2025-06-11]

ベートーベン:交響曲第4番 変ロ長調 作品60(Beethoven:Symphony No.4 in Bflat major ,Op.60)
ヨーゼフ・カイルベルト指揮 ハンブルク・フィルハーモニー管弦楽楽団 1959年録音(Joseph Keilberth:Hamburg Philharmonic Orchestra Recorded on 1959)
[2025-06-08]

ラロ:スペイン交響曲 ニ短調, Op21(Lalo:Symphonie espagnole, for violin and orchestra in D minor, Op. 21)
(Vn)アルフレード・カンポーリ:エドゥアルド・ヴァン・ベイヌム指揮 ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団 1953年3月3日~4日録音(Alfredo Campoli:(Con)Eduard van Beinum The London Philharmonic Orchestra Recorded on March 3-4, 1953)