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リスニングルームによせられたコメント
リスニングルームによせられたコメントをまとめたコーナーです。多くの方の熱いコメントを期待しています。(2008年3月10日記)
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- この曲は若いころにはつまらない曲だと思ってました。曲想はわかりやすく美しさや陰影の濃さも十分なのですが、ドキドキしないワクワクしない病、つまり若気の至りでそう思ったようです。この曲は当初聴衆受けしなかったものの、ヨアヒムが蘇らせたとはいえ、私が還暦越えて好きになったように、時を得れば「やはりいいものはいい」と人は感じるのかもしれません。ウクライナ出身・練習中に心臓発作で突如倒れて颯爽と旅立ったエルマンのこの演奏は諸氏のコメント通り、伴奏の立派さと好(?)対照で楽しめます。オケ伴奏が終わって、ヴァイオリンの出る瞬間、存在感がありますね。いろんな弾き方でそれなりに映える受容力の高い曲と言えるでしょうか。個人的に大好きなところは、第2楽章始まって、3分20秒のところ。ヴァイオリンが上昇音を弾き切ってオケがトゥッティに入ります。30秒かそこらの間ですが、幸福感が漲ります。意外な指揮者ですが、ヨゼフ・クリップス。スイスロマンドを振って、若きスターンが弾いてる50年代後半の演奏があります。世間では、バーンスタインの伴奏が出回ってますが、それよりずっといい。当該箇所は白眉といえます。メニューヒンを伴奏する3種のフルトヴェングラー、いや戦時中の44年に当時コンマス(エーリッヒ・レーン、1年後初代北ドイツ放送のコンマス)の伴奏のベルリンフィルに匹敵するんじゃないか(音もいい)、というまったくもって私見であります。エルマンが思いのままに弾くのを聴き手の我々が楽しむように、聴いて好きなことを書き綴る素人音楽愛好家に、ベートーヴェンは慈父の目で微笑んどるようです。
- 2022-11-24:saco
- 今まで聴いたことのあるベートーヴェン演奏の中でも1、2を争うほどの爆演ですね。
ホーレンシュタインはロンドン響とのマーラー9番(1966年)やブルックナー8番(1970年)など、元々海賊盤の冴えない音ながら物凄い内容の濃い(特にマーラー)演奏を愛聴しています。どちらも屈指の人気曲であり、おびただしい数の名盤があり、音響的にはできれば最新の録音で精妙さを味わいたい性質の曲ですが、筆者にとってはどちらの演奏も定期的に聴きたくてたまらなくなる魔力を備えています。
ということで、ベートーヴェンの1番のこのライブも、音の冴えなさは全然気になりません。凄いの聴かせていただいてありがとうございます。
- 2022-11-23:なかさん
- 私がこの曲と出会ったきっかけは、吉田秀和氏の「名曲の楽しみ」でした。
その時の演奏は、スターン、ズッカーマン、ローズの3人で、これが私のスタンダードです。
その後、クレーメル、カシュカシュアン、ヨーヨーマのLP、
続いて、ラルキブッデリのCDと聴いてきました。
モーツアルトの中で最も好きな曲です。
日曜日の午前中、特に冬の陽だまりの中で、ゆったりと味わいたい名曲ですね。
- 2022-11-23:コタロー
- シューリヒトのバッハ「ブランデンブルク協奏曲」がいよいよ完結しましたね。そういえば彼のヘンデル「合奏協奏曲」が数年前にアップされていて、滋味豊かな演奏に感心した覚えがあります。しかし、今回のバッハはそれを上回る出来栄えだと思います。
それにしても、シューリヒトの世代のバロック音楽の演奏といえば、一般にフルトヴェングラーに代表されるようなロマン派寄りの解釈が主流でした。しかし、シューリヒトの演奏は時代様式に囚われない、モダンで味わい深いものです。アップしていただき、ありがとうございました。
- 2022-11-22:コタロー
- ユング様が、チャイコフスキーの「ヴァイオリン協奏曲」について、ヴァルガの演奏を絶賛されていました。
そこで私もさっそく聴いてみました。全体的に遅めのテンポで、雄大さとほのかな艶っぽさを兼ね備えた、大変魅力的かつ立派な演奏で大いに感動しました。
最後に少々マニアックな話で恐縮です。かつて私が所持していたこの曲のスコアの記憶と比較すると、ヴァルガは、第三楽章中心としてほぼノーカットにて演奏している様に聴こえます。録音も良好で、この曲の魅力を高めていると思います。隠れた名盤ですね。
- 2022-11-21:笑枝
- 感激です。
カール・エールベルガーのファゴットにここで出会えるとは。(@_@;)
二楽章、ファゴットの息の長いフレージング、堪能させてもらいました。
貴重な録音ですね。
ありがとうございました。
- 2022-11-20:コタロー
- これはカラヤン以外には真似できないアルバムですね。
いきなり「フィンランディア」で始まり、あとは国籍不明のごった煮状態にあきれてしまいます。しかしながらどの曲をとってもそれなりに聴き手を納得させるカラヤンという男は大したものです。1958年~1960年録音とありますので、カラヤンが50歳前後のレコーディングということになります。このころのカラヤンは後年の演奏とは異なり、素直な音楽づくりをしているのに好感が持てます。
おもしろいアルバムをご紹介いただき、ありがとうございました。
- 2022-11-19:コタロー
- ト長調のメヌエットが有名ですが、アンナ・マグダレーナのために作られたのですね。
バッハは、あの謹厳実直なイメージとは裏腹に、彼女とのあいだに13人もの子どもをなしたのです(特に結婚した当初からは毎年のように生まれています!)。
そんなエピソードから、バッハの新妻への限りない愛情が伝わってきますね。
- 2022-11-18:藤原正樹
- 第1楽章冒頭の押し出しの良さ。それが少しも鈍重さにならない。すぐ火がついて完全燃焼。これはスケールの大きさが鋭敏さと両立しているのですね。大指揮者と言われる人でもそうはいかない人もいますから、違いはどこから来るかについても考えてみたくなりました。強弱の付け方もいい。アメリカンな完全主義がプラスに作用した、といえばいいのかしら。第2楽章の静謐さと管のソロのうまさ。すっと寄り添ってくるような弦楽器。第4楽章、おしまいへんの終わったかと見せてもう一度、というあたりの炸裂する音。
面白みについて。面白いのです。落語でも漫才でも本当の名人は笑わないと言いますが、セルのこの演奏のようなのをいうのでしょう。
- 2022-11-17:たつほこ
- 素晴らしい。昔からバルビローリ、ウィーンフィルのブラームスの交響曲第2番は好きでよく聞いていました。マーラーの9番も。そのためか?、このモーツァルトの節回しも耳に慣れた響きです。ハレ管弦楽団なんて、マンチェスターの田舎楽団じゃねえの?って感じですが、立派なオーケストラに聴こえて不思議な気がします。
- 2022-11-17:コタロー
- ドヴォルザークのセレナードでは、これまで「弦楽セレナード」をもっぱら聴いてきました。「管楽セレナード」の方は土臭くて付き合いきれなかったのです。
そんな折、たまたまこのサイトで「管楽セレナード」の演奏に出会いました。それも指揮者がバルビローリというので、なかば興味本位で聴いてみたのです。それが素朴さ一辺倒ではなく、ある意味の「洗練」を感じたのか、一気に聴きとおしてしまいました。まさに幸福な「出会い」が果たせたと思います。
それにしても、バルビローリは1970年の「大阪万博」で来日する予定だったのですが、その直前に急逝してしまったのは痛恨の極みでしたね。
- 2022-11-16:コタロー
- ユーディナというピアニストは初めて聴きましたが、これは大変な名演奏です。
録音もこの年代にしては、大変優れています。とにかくこれは一聴の価値ありですね。
あくまでも個人的な見解ですが、歴史的名演奏の仲間入りをさせてよいと思います。
- 2022-11-15:コタロー
- モーツァルトの交響曲34番といえば、LP時代にジョージ・セルが珍しくコンセルトヘボウを指揮したLPを所持していました(フィリップス、1500円の準廉価盤)。全体に硬質な音楽づくりでしたが、第2楽章における打って変わった優しさが印象に残っています。
一転して、若き日のディヴィスのジェントルな演奏もいいですね。オーケストラの細やかな美しさが花を添えています。
- 2022-11-15:joshua
- 何の故障もなく老いゆくまで演奏し続ける、理想でしょうね。バリリやウェラーはそこをどのように折り合いをつけたのか。これだけの人たちなら、生活に必要な経費だけの音楽からは程遠かったはずです。故障や病気で、以前のように演奏できなくなっても命は続いていくわけですから、天衣無縫の自在さとは程遠い人間的苦痛を伴って音楽とかかわるのは如何ばかりのことでしょう?
先日、スタニスラフ・ブーニンの復帰公演の様子が2回にわたって放映されていて、多くの方々が様々な思いでご覧になったと思います。ご覧になった方はもうご存じのように、ブーニンの左足は、膝から下数センチ壊死を防ぐため切断後、上下を繋ぎ合わせて、短くなった分底の厚い靴を履いて高さを補っています。ペダルを踏む際は足首の関節が利かないので、膝から体重をかけるようです。ブーニンは番組で色々語っていますが、「足を失いたくない(義足にしなかった)のは音楽を続けたかったから」「わたしはもう、以前と同じようなコンサートピアニストではありません」・・・言葉を選びながら語っていたのが思い出されます。
ブーニンとは反対側の右手が利かなくなったレオン・フライシャー、館野泉も同様のドキュメンタリーが放送されたのは記憶に遠くありません。
演奏家、って一生をどう音楽と付き合っていくかが問われるんですね。ルービンシュタインや100歳超え現役だったホルショフスキーにしても、昔の自分を知りつつも老いていく自分の指で弾き続けたわけですから。いつぞや、ラジオで、北山修が語ってましたが、いくら好きな曲でも始終繰り返し歌い続けないといけないプロシンガーの世界は耐え切れない(からやめた)、と。クラシックの世界も同様に不調であろうと好きでない曲目であろうと一期一会の演奏で評価される厳しさがある、と堀米ゆず子談。
聴衆の我々は、そんな試練の中から紡ぎだされる1音1音を、いい加減な気持ちで聴いてはいけないし、とてもじゃない、批評なぞ安易にするべきではないでしょうね。
夭逝した、デニス・ブレイン、ジネット・ヌブー、遠くはモーツァルトにしても、存命していたらなんて邪推はせず、残してくれたものだけでも拝聴して幸せなわれわれです。ちょっと、大げさですかな・・・。
- 2022-11-12:yk
- 先ごろハイフェッツ/トスカニーニによるこの協奏曲の録音がアップされ、懐かしさの余りコメント欄に駄文を投稿してしまいました。そのついで・・・と言っては何ですが、この曲でコレと対ともなるメニューイン/フルトヴェングラー盤の項を拝見すると、ここにはコメントが一つも無いうえに星評価が5にも満たないのに意外の感があり、なるほどクラシック音楽の世界にも”時代”と言うものがある・・・と改めて実感いたしました。
私はここん十年一貫してフルトヴェングラー命の旧人類なので”今さら・・・”の感もありますが、一言場外からこのメニューイン/フルトヴェングラーにもエールをば・・・・。
この組み合わせの録音にはルツェルン盤、フィルハーモニア盤ともう一つ1947年10月24日のベルリン・フィル盤があり、いずれも聴くべきものがあると思いますが、私個人的にはベルリン盤に一番胸熱くなるものがあります(機会が有れば是時ここでもアップしてください)。音楽を聴くのに演奏のバックグラウンドにある”文学”を持ち出すのは確かにフェアとは言えないものがありますが、それでもこの時期のメニューイン・フルトヴェングラーの組み合わせによるベートーベンの協奏曲から”第二次世界大戦後”・・・という時代を排して聴くことは、音楽の持つ意味・機能の重要な要素を見落とすことになると私は考えています。
五千万人ともそれ以上とも言われる戦争犠牲者の記憶も生々しかったこの時期に、ホロコーストの重い罪を背負ったドイツーフルトヴェングラーの指揮のもとユダヤ人のメニューインが(未だ廃墟の跡も生々しいベルリンで)ベートヴェンを演奏する・・・と言う場面・記録の意味はやはり(演奏に対する好悪は別にしても)格別のものがあり、実際注意して聞けばオーケストラ、独奏ヴァイオリンの一瞬一瞬、一音一音に演奏家たちが意味を込めようとする憧れにも似た平和への渇望が聞こえて、それはロシアによるウクライナ侵攻の現代にあっても通じるところが有るのではないかと思います。
メニューイン/フルトヴェングラーの演奏はハイフェッツ/トスカニーニとは全く異なる文脈の上での演奏とも言えますが、これほど異なる文脈の上にあって尚且つ全く矛盾なく両者を聴くことが出来る・・・という事実自身がベートーヴェンが音楽に求めた意味・普遍性だったのではないかと思えば、これらの将に”歴史的録音”が残されたことに深く感謝する次第。
- 2022-11-12:コタロー
- 今日アップされた作品が「ハイドン:フルート四重奏曲」だったので、ついでにモーツァルトのフルート四重奏曲を聴こうととしたらこの演奏に出会いました。
ハイドンの作品は音楽の構築の点では優れていますが、音楽そのものの魅力は、モーツァルトの作品が断然優れていると思いました。
そういえば、この演奏は、録音年代のわりに録音がとても良いですね。
- 2022-11-10:yk
- 此処でこの録音が未だアップされていなかった・・・と言うのがむしろ驚きです。
昔、クラシック音楽を聴き始めたころヴァイオリン協奏曲に凝っていた時期があった。その当時、”一番エライ”と言う形容詞で何でも単純化して見ていた私にとって、もちろん”一番エライ”作曲家はベートーヴェンだったし、”一番エライ”ヴァイオリニストはハイフェッツだったので、ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲を買うのならレコードは当然ハイフェッツのものと決めていた。で、レコード屋に行って探してみると、指揮者がミュンシュのものとトスカニーニのものが置いてあって少し迷ったのだけれど、トスカニーニが”一番エライ”指揮者だと覚えていたのでこのLPを意気揚々と買った。
一番エライヴァイオリニストと一番エライ指揮者による一番エライ作曲家の協奏曲の演奏なのだから、もとより悪いはずがない。録音はもちろんSP期の録音だが、どちらかと言えばデッドな音響のNBCスタジオ8Hでの録音は結構明快(・・・過ぎ?)な音で聴くことが出来る。ハイフェッツとトスカニーニと言う組み合わせだけでも大体想像がつくようなものだけれど、それにしても緊張感の異様に高い演奏だと思う・・・・・それも、ライブ演奏の緊張などと言うのとはちょっと違う、どちらかと言えば機械的な雰囲気のある閉鎖的・密室的なスタジオのなかで皆が息を殺しているような緊張感が漲っていて、ハイフェッツもトスカニーニも素人耳にでさえテンポが上擦っているように聞こえるようなところもある。
このレコード以来、色々ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲も聴いたけれど、この演奏ほど引き締まった気迫辺りを払うような印象を与える演奏は未だにないと思う。黒澤映画の「椿三十郎」でノホホンとした家老の奥方が主人公を評して「あなたはギラギラしてまるで抜き身の刀みたいだけれど、本当にいい刀は鞘に収まってるものですよ」と言う場面があったが、この演奏でのハイフェッツもトスカニーニも、将に抜き身の刀みたいにギラギラ光っている。”鞘に収まる”余裕がないと言ってしまえばそうかもしれない、冷たい刀身よりも生身の温もりが音楽には必要かもしれない・・・・・が、日本刀の切っ先が発する異様な輝きには其れ独特の魅力があって、この演奏も(今の私の”好み”とは必ずしも一致している訳ではないけれど)やはり歴史的録音の名に恥じない偉大な演奏だったと思う。
- 2022-11-09:大野和彦
- 素敵な音楽をアップしていただき、ありがとうございます。
音のまろやかさと深さ、品のある演奏も、とても気に入りました。
毎日バッハを中心にバロック音楽ばかり聴いている私は、朝から幸せな気分に満たされ、お気に入りの演奏が一つ増えました。
- 2022-11-09:笑枝
- 素晴らしいです。
モーリス・アンドレ、千両役者ですね。
大見得きってるような、痛快至極なトランペット!
ハインツ・ホリガーのオーボエが霞んぢゃってる。
その分、第2楽章で、オーボエ、フルート、ヴァイオリンがしみじみ、たっぷり演奏を楽しんでるって伝わって来ますね。
シューリヒト、最後の録音だそうですが、軽快なビートで、名手たちの華やかな饗宴を支えてる。
バッハに対する読みの深さを感じました。
- 2022-11-03:joshua
- メンゲス指揮ロンドン交響楽団の伴奏でステレオ録音が残っています。60年代シゲティ70歳頃のステレオ録音です。その少し後の頃です。前橋さん三十路に入る年、シゲティはなくなっていますから、20代の頃。前橋さんが「ヴァイオリニストの第5楽章」で、こう回想しています。二人がハイフェッツの無伴奏を一緒に聴き終わった後、シゲティが「僕の方がいいと思わないかい?」求道者、修験者のようなイメージを持ってました私には、意外でした。これ以外にも、「テイコ、僕の手紙は捨てない方がいい。後で高く売れるからね。」(94ページ) なども、味がありますねえ。ひたむきな弾き振りからはちょっと思いつかないユーモア(もちろん深い教養もあったらいい)です。音は聴き手にどうともとれるものですが、シゲティさんはそんなユーモアも音の抽象世界に込めているのかもしれない。そう思い、ますます、シゲティに回帰して聴き続けています。伴奏者メンゲスは殆ど此れ唯一耳にする指揮者ですが、Sibeliusで優実なアンソニー・コリンズに似た映画音楽系の人であったようです。クラシック専門じゃないのか、と思いつつ聞いてみたら、なかなか、聴きがいのあるいい伴奏やってますよ。そのせいか、54年ミュンシュ伴奏では不調だったためか聴きづらい演奏を連想させる、60年代の最後(?)のブラームスは「これもありかな」と最後まで聴き通しました。もちろん、45年のオーマンディ伴奏はずっと音・演奏共に聴きやすいですがね。10年後には皆が話題にするバッハの無伴奏が来るわけですから、技術は十分冴えているわけです。
- 2022-10-30:コシファントゥッテ
- 令和時代の今の視点からするとこのオペラに共感できる要素がないんだよな。アニメ化しても多分つまらないと思うし。
- 2022-10-29:yk
- 子供のお絵描きのようなLPジャケット、懐かしいですね。1960-70年代、NonesuchとTurnaboutが盛んに出していました。両盤とも輸入盤としては廉価で内容は将に玉石混交。当時”真面目な!!!”クラシック・ファンだった私などには「なんじゃ?コリャ?」・・・と言う印象と、”しかめっ面だけがクラシックじゃないよ”・・・と言う妙に砕けた啓蒙臭もちょいと鼻についたものでしたが(それでも内容的に面白い物もあって時折買っていました)、今となってみると懐かしさだけが残っています。
・・・で、ヴァナウセク、1906年生、1934-1971ウィーン交響楽団、主席フルーティストとあるのでウィーンでは十分に名の通った演奏家の様で、確かに演奏も派手ではありませんが肩の力の抜けた演奏が気持ちいいものでした(ジャケットに相応しい?)。
- 2022-10-29:万物流転
- カミロ・ワナウゼックさんは、ウィーン交響楽団の首席フルート奏者だった人で、1957年11月のベルリン・フィル初来日時、当時の首席奏者オーレル・ニコレが来日できず(確か病気が原因)その代役としてカラヤンの希望でベルリン・フィルの一員として来日したこともあります。また、1951年7月のフルトヴェングラー/バイロイト祝祭管弦楽団のベートーヴェン「第九」のCD解説書(Grand SlamだったかOTAKENだったか)に掲載されていた、その年のバイロイト祝祭管のメンバー表に、フルート奏者として名前が載っているのを見たことがあります。
記憶に頼って書いているので細部の間違いがあるかも知れませんがご寛恕下さい。
- 2022-10-29:コタロー
- 「カラヤンという人は権力の座にいないときの方がいい音楽をする」
けだし名言です。
- 2022-10-28:joshua
- 芸術至上主義なんて言葉が要らないくらい、いい演奏は元気をくれます。夢中になるフルトヴェングラー、いいじゃないですかあ。今一瞬に入魂。アウトコースに外れても、その意気込みは伝わってくる。その時その一瞬は、演奏論なんぞ、とうに越えた生きることの証。だから、80年過ぎても元気がもらえるんです。
- 2022-10-28:いいメロディ好きな人
- この曲で最高の演奏です。まっすぐで、正統派です。
仕事中もよく聞いています。癖もなく。音程もくるってない。
- 2022-10-28:コタロー
- 私はドヴォルザークの序曲三部作のなかではこの「自然の王国で」がもっとも好きです。
アンチェルの的確な指揮が曲の魅力を最大限に引き出していると思います。
- 2022-10-25:joshua
- Prihoda、還暦を待たず亡くなってしまったんですね。
アルファベットについた記号を外すと、プリホダ、としか読めないのもユニークですが、東欧圏の文字はそのままでは読めないので仕方ないですかね。
さてこの57年のMozart、仕事をしながらかけてたせいか、店主のコメントから想像したほどには、「技術の衰え」は感ぜず、寧ろ面白く聞き終えることができました。つまりは、本人だけとれば昔が上手すぎた、ということでしょうか。
57歳で肉体的衰えとまで行かないでしょうから(小生62)。といいますのも、ミルシテインが70を超えて2回目のBach無伴奏を録り、壮年に劣らず立派であったことや、現在95でしたかギトリスが、三陸沖大地震で慰問に来てくれた時は、80をとうに過ぎてたなんて例があるからです。そして、昨日、シゲティの弟子で傘寿を目前の前橋汀子のBeethovenを聞いたばかりの今日です。前橋さん自身を辿れば、衰えなど感じられません。
もともと、技術で聞かせるタイプでないのは、師匠のシゲティに通ずるのかもしれませんが、そんな先入観なしに、曲を聴きとおせる演奏なのです。プシホダのMozart4番、イタリアオケの伴奏も生き生きとしていて、聴いてよかったなあ、って思いました。
- 2022-10-25:りんごちゃん
- カラヤンの62年の演奏を聞きまして、その後何気なくオーマンディの演奏も聞いてみたのですが、これは驚きでした
驚きというのも変な言い方でして、ある意味予想通りではあるのですが
カラヤンの演奏では、すべてが計算しつくされた演出の再現として演奏され、そこには感情移入の余地はこれっぽっちも感じられない、といったようなことを申しました
オーマンディの演奏も、そういったところがそっくりであるかのように感じられるところに驚いたのです
オーマンディは心地よい音の流れに浸ってもらうことを念頭に置いて演奏しているかのように感じられるのですが、彼の演奏はその目的に最適化するかのような音作りを周到に行っているのです
響きの刺々しいところは慎重に抜かれ、中庸で心地よい音が聞き手を包み続けるのでして、その最大の盛り上がりにおいても、彼は感情移入などといったものの感じられない冷静とも言って良いような計算された響きを聞き手に届けるのです
その音楽はすべて彼の手のひらの上で踊っているのですが、そういったところがカラヤンの演奏と同じなのです
その一方で、その音楽から感じられるものはまるっきり異なると言ってよいでしょう
カラヤンの視線は、52年の録音ではフルトヴェングラーやトスカニーニ、62年の録音ではクリュイタンスの方を向いているのでして、カラヤンは彼らにはない音楽をすべて計算ずくで作り上げ、それを見てもらうことを狙いとしているのでしょう
オーマンディの視線はもっぱらわたしのような聞き手の方だけを向いているのでして、彼の世界にはフルトヴェングラーやトスカニーニなどといったものは初めから存在していなかったかのようです
オーマンディの演奏を聞きますと、目の前に浮かぶのはテーブルいっぱいに並べられた美味しそうなごちそうなのでして、彼の演奏はこの音楽を楽しくいただく場を演出することにすべてが捧げられているのです
こういった方向性のこの曲の演奏などといったものは他にはまず想像できないのですが、それをこれだけ高水準で成し遂げているこのひとはある意味カラヤンより貴重な存在でしょう
その一方で、人間性の勝利などといったものの欠片も感じられないベートーヴェンになど用はないと感じる方は多いのではないかと思うのですが、そういった方々からはこういった演奏は見向きもされないのが当然でしょう
行っていることはほとんど同じなのに、その向いている視線が異なるだけで同じ音楽がこれほど異なったものとなるということに改めて驚かされます
音楽というものは不思議なものですね
吉田秀和さんの発言についてなのですが、わたしはそれを直接読んだわけではないのでそれ自体についてのコメントはもちろんできませんし、その当否などももちろんわかりません
ただ、このような発言をしてしまったらどのようにとられるかということくらいは、吉田さんほどの人なら考えるまでもなくわかりそうなものですよね
全ては無限に進歩していくなどといった、啓蒙主義の勝利を無邪気に信仰しているような時代では、このような発言は、その真意がどこにあるにせよ全面的なダメ出しのようにとられてしまっても仕方ないでしょう
吉田さんは、もしかしたら自分の影響力の大きさというものを自分ではよく理解していなかったのかもしれませんね
人間はどのようなものに対しても先入観に依存せずにそれを理解するということはありえないのでして、人間は何かへの理解を深めるとき、まず何かを信仰することからそれをはじめざるをえないのです
やはり音楽について語るなどということは、気心の知れたお友達とそれを楽しむ場で行うのが一番良いのでしょうね
カラヤンの62年の録音の方に書き込みました感想もよろしければご覧くださいませ
- 2022-10-24:Sammy
- バーンスタイン/NYPOの颯爽と輝かしく力強いオーケストラに圧倒されました。まさに全盛期のためらうことのない快演、と言ったところでしょうか。ヴァイオリンも美しい音で力強く鳴っており、明るい魅力に満ち溢れた伸びやかな名演と思います。
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[2026-01-07]

ハイドン:弦楽四重奏曲第57番 ハ長調, Op.54, No.2, Hob.3:57(Haydn:String Quartet No.57 in C major, Op.54, No.2, Hob.3:57)
プロ・アルテ弦楽四重奏団:1932年12月6日録音(Pro Arte String Quartet]Recorded on December 6, 1932)
[2026-01-05]

ベートーベン:ピアノ・ソナタ第24番「テレーゼ」 嬰ヘ長調 Op.78(Beethoven:Piano Sonata No.24 in F-sharp major, Op.78 "A Therese")
(P)ハンス・リヒター=ハーザー 1958年5月録音(Hans Richter-Haaser:Recorded on May, 1958)
[2026-01-03]

フォーレ:夜想曲第10番 ホ短調 作品99(Faure:Nocturne No.10 in E minor, Op.99)
(P)エリック・ハイドシェック:1960年10月21~22日録音(Eric Heidsieck:Recorded 0n October 21-22, 1960)
[2025-12-31]

ベートーヴェン:弦楽四重奏曲第14番嬰ハ短調, Op.131(Beethoven:String Quartet No.14 in C Sharp minor Op.131)
ハリウッド弦楽四重奏団1957年6月15日,22日&29日録音(The Hollywood String Quartet:Recorded on June 15, 22 & 29, 1957)
[2025-12-29]

ドビュッシー:ピアノのために(Debussy:Pour le Piano)
(P)ジーナ・バッカウアー:1964年6月録音(Gina Bachauer:Recorded on June, 1964)
[2025-12-26]

ハイドン:弦楽四重奏曲第58番 ト長調, Op.54, No.1, Hob.3:58(Haydn:String Quartet No.58 in G major, Op.54, No.1, Hob.3:58)
プロ・アルテ弦楽四重奏団:1932年12月6日録音(Pro Arte String Quartet]Recorded on December 6, 1932)
[2025-12-24]

フォーレ:夜想曲第8番 変ニ長調 作品84-8(Faure:Nocturne No.8 in D-flat major, Op.84 No.8)
(P)エリック・ハイドシェック:1960年10月21~22日録音(Eric Heidsieck:Recorded 0n October 21-22, 1960)
[2025-12-24]

フォーレ:夜想曲第9番 ロ短調 作品97(Faure:Nocturne No.9 in B minor, Op.97)
(P)エリック・ハイドシェック:1960年10月21~22日録音(Eric Heidsieck:Recorded 0n October 21-22, 1960)
[2025-12-21]

ベルリオーズ:幻想交響曲 作品14(Berlioz:Symphonie fantastique in C minor, Op.14)
コンスタンティン・シルヴェストリ指揮 パリ音楽院管弦楽団 1961年2月6日~8日&11日録音(Constantin Silvestri:Orchestre De La Societe Des Concerts Du Conservatoire Recorded on June 6-8&11, 1961)
[2025-12-18]

J.S.バッハ:トッカータとフーガ ニ短調「ドリア調」 BWV.538(J.S.Bach:Toccata and Fugue in D minor, BWV 538)
(Organ)マリー=クレール・アラン:1961年12月10日~12日録音(Marie-Claire Alain:Recorded December 5-8, 1961)