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リスニングルームによせられたコメント
リスニングルームによせられたコメントをまとめたコーナーです。多くの方の熱いコメントを期待しています。(2008年3月10日記)
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次のページ- 2023-07-02:藤原正樹
- うまく星がつけられないけど、7点入れておきます。これはこれで面白い。原作の持っている清楚な美しさが編曲のおかげで華麗になり、独奏はグールド、さらに指揮者が「そうきますか、じゃ、どうだ」式に面白がってるんですから。もちろん、18世紀ドイツなんて思いも浮かばない。まるでブロードウェーのミュージカルみたいになっていると言えなくもないけど、
- 2023-07-01:大串富史
- ただただ、管理人様への感謝と共に。
えっと、レスピーギへの感謝はとくだんありません(まて
ってシチリアーノじゃなくて、ジャイルス・ファーナビーのオールド・スパニョレッタですよね?皆知っているフィッツウィリアム・ヴァージナル・ブックの?えっそうじゃないんですか???とレスピーギを小一時間問い詰めたく(まてまて
#もっとも未音亭日乗様が仰っておられるように、これは「グリーンスリーブスなどと同様、スペイン-南伊あたりの民謡(舞曲)として受け継がれていた旋律が、16世紀中葉になって様々な音楽家の目に止まり、編曲された形で世に出た」と聞かされると、まあ怒りも収まろうというものです。いずれにせよ、これを弾いて友人から「あら!シチリアーノですよね!」みたいな言われ方をされてしまい苦笑いで終わってしまうあたり、やっぱりレスピーギの勝ち!といのはどうやら確定のようですね…
音楽演奏という行為から退いて既に数十年が過ぎ(先日拙宅にまだ残っていた娘の音楽教育用のカシオの電子キーボードを親戚の若い子に持っていかれてしまったため、これを機にキーボードはもう二度と買うまいと心に決めたばかりです)、バックグラウンドミュージック漁りを口実に音楽鑑賞という行為に舞い戻って改めて思うに、売れる(ウケの良い)音楽作りというこのベクトルはやはりただごとではないなー、まあ音楽というのはクラシック音楽も含めてそうなんだろうから、巷に溢れる音楽はどれもこれも、それ以上でもそれ以下でもないんだなー、と妙に納得しているところです。
レスピーギの聴き巡りは、ローマ三部作をしっかり猫またぎして終了させていただきたく(いや中学校の時はローマの松のアッピア街道の松が大好きだったんですよ本当です)。と同時に、レッスンの準備の合間にこのような稀有なクラシック音楽鑑賞の場を設けてくださった管理人様への感謝は残ります。いつもながら、ただただ、ありがとうございます。
- 2023-06-28:大串富史
- スキマ時間を見つけては続行中だったバルトーク聴き巡りを終えて、この人は相応に素直な人だったのでは?なかろうか?などとつらつら思ったりしています。いずれにせよ、今となってはこのバルトークとフランクの二人が、自分の中ではクラシック音楽の双璧のように感じます。
#もっともこの曲はかなり素直かもしれないものの、自分的にはオケ協(オケコンでもいいです!ああややこしい)やヴァイオリン協奏曲(第2番)の方がよほど好きなのですが。
バルトークとフランクの二人は、わたしの中では言ってみれば大戦後と大戦前みたいな感じです。そんなへんてこりんな分け方をするなと怒られそうですが、ワグネリアンらが大戦前のクラシック音楽の代表というのは、個人的に面白くありません… 新ウィーン楽派が大戦後の代表というのも、なんだかはぐらかされている(話をそらされている)ようでしっくりきません… 実を言えば自分的には大戦前と大戦後を通じての最高峰はタコ(ショスタコーヴィチ)だったのですが(第5番なんかは中学校の時分に毎日聴いて楽曲の各小節を暗記してしまうぐらいの勢いでした…)、60前にしてようやくこのタコの魔の手から逃れられたようにも思います(まてまて
#どなたかが別所で似たようなことを仰っておられましたが、ワーグナーの音楽が激ウケしていたあの時代の聴衆にバルトークの音楽を聴かせたならブーイングの嵐なのと同じなのでしょう、先日レッスン終了後のクラシック・アワー(!)でワーグナーを流したところ、生徒さんが一人また一人と席を外して結局誰もいなくなってしまったので、こちらとしても最後の生き残りだったマイスタージンガーをパソコンから消去せざるを得ませんでした… タコにしても、社会主義リアリズム?の終局を我々は皆知っているわけで、賛同も批判も今となってはどうなのかと思わざるを得ません…
ですので、管理人様への感謝は尽きません。フランクはうわさで聞いていただけでしたし、バルトークも聴き巡りは今回初めてですし、感無量です。ただただ、ありがとうございます。
- 2023-06-22:藤原正樹
- 平均律のクラヴィコード版が良かったので聞いてみたらやはり「あたり」。第2変奏、第3変奏のゆっくり目で耽美的な表情で期待を持ったが、いい意味で予想を裏切ってくれる快演。第7変奏、必要以上に鄙びたふうにしないのは筋を通していてよろしい。第13変奏、第19変奏、第25変奏のリュートストップは特に面白い。21-22、27-28の続け方はほとんどアタッカだがそれも説得力がある。他の変装でも指がよくまわるので、単なる学者の仕事を超えて聞き応えあり。モダンチェンバロでよくここまでと思います。
- 2023-06-21:クライバーファン
- メニューインのヴァイオリンがやはり音が細くて鳴りが悪い部分があるようです。技巧の衰えは明らかです。調子が良い箇所では十分な美音を聞かせてはいます。
これを聞いた後、メニューインが65歳の1981年にマズアと録音した同じベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲を聞きましたが、奇跡的に技巧がまずまずの状態で、極上の美音を堪能できました。フィナーレが少し危なっかしい箇所があるぐらいで、十分聞くにたえる演奏です。
65歳のメニューインが37歳のときより技術的にましになっているというのは理由がわからないですが、やはり脊髄の手術などを経て身体的なコンディションが悪化したのが不調の原因なんでしょうね。
この1953年でも、音自体は、技巧が完璧なハイフェッツよりははるかに綺麗です。
- 2023-06-20:クライバーファン
- 2番の方は1番と違って、それほどヴァイオリンの調子は悪くないようです。時に音が揺れますが。
メニューインは音がだんだん安定しなくなっていったようですね。上手くいったときの音時代はとても美音だとは思います。
- 2023-06-18:クライバーファン
- あまり面白い演奏に感じませんでしたが、弱音で美しい響きは十分にありました。ただペダルを踏みすぎなのか浮遊感が全くないのと、スタジオ録音のせいか、音楽に勢いが全くないですね。
ちょっと前に、ヨーゼフ・ホフマンがバルビローリと1938年に録音した同じ曲の放送録音を聞きましたが、雲泥の差です。いつか、ルービンシュタインが同じくバルビローリと録音した1937年の録音も聴いてみますが、おそらくホフマンのような極めて軽い音の妙味なんかはルービンシュタインには期待できそうにありません。
- 2023-06-17:ジェネシス
- 帝王カラヤンという指揮者って数々の伝説につつまれているけれど、彼自身が口を開いたモノは殆んど無いと思います。
その多くは同時代を生きた巨匠やジャーナリスト達のジェラシーを込めた毒のある言葉ばかり。
*「私は楽譜を読めるからな」ハンス.クナッパーツブッシュ(カラヤンが眼を瞑るから)。
*「悪くない、悪くないよ、カラヤン!皆が言うほど悪くない」オットー.クレンペラー(演奏中に客席から)。
*「僕のナチの友人第一号」レナード.バーンスタイン。
これにフルトヴェングラーやチェリビダッケとのエピソードを加えると一冊の本になりそう、(実際に出ています)。
ただ私自身はカラヤンサイドから出たエピソードが好きです。
*「アルプス1迅いダンナ」、男盛りのカラヤンがプライベートジェットの操縦もスキーの滑降もこなして、且つ愛車がアウディ.クワトロとスバル.レオーネだった事。あのアルプスのワインディングロードを当時の先端の4WD車を運転していたんだろうなあ。
- 2023-06-17:大串富史
- ご理解いただけるものと信じてあえて書くのですが、この曲は非常にわたし好みではあるものの、中国人の学生たちにバックグラウンドミュージックとして流す音楽の中では一番聴きにくいであろう音楽の一つとなることでしょう。いや、それでも聴かせるんですが(まて
#流すバックグラウンドミュージックは3種類で、開始前20分前後からスタート・中間の小休止5分間・終了後の3分以上(録画ファイルをアップロードする時間)となっています。つまりこの曲は恐らく開始前の誰も逃げられない時に流すという(もちろん気心の知れた学生たちの場合ですお間違いなきよう)…
最初にハンガリーの不思議な作曲家なるバルトークのこの作品をこちらで初めて聴いて、感銘を受けました。変な言い方かもしれませんが、お金を払ってコンサートチケットを買ってわざわざ出向いて直に聴きたいなというレベルでしょうか。現代人にとってのクラシック音楽の終着点のように感じます。
#前にコダーイのハーリ・ヤーノシュの終曲への感想を寄せさせていただいたのですが、ロック好きのある知人にあれを聴かせたところ、絶句して(というか憤慨して)一体何を言いたいのか分からないと言ってました。まあ理解できます。100人かそれ以上のタキシードとドレスに身を包んだオケの面々がこれから極?曲?芸を披露しますというところに厳かに指揮者が現れ、タクトが振られた瞬間から最後のドン!まで一糸乱れずあれを聴かせるわけですから… クラシック音楽全体の物語の前後関係を知らないと、あれはタコ踊りの末の尻もち?だと思うに違いなく(というか、近現代以前の作曲家の面々があれを聴いたらどんな顔をするのか、ぜひ見てみたいような、いや見たくないような)、わたしとてコンサートに行ってまで聴くかどうかは疑問です… 一方で件の彼にもしこの曲を聴かせれば、この一曲で一気に前後の脈絡が繋がってよさげな気が(でクラシック音楽はやっぱり考慮に値しないと。ってロックだって死んだんですよね?同じです)。
バーンスタインとアイザック・スターンまたニューヨークフィルへの感謝ですが、管理人様曰く、これがこの作品のベスト録音ではというのに賛成です。わたし的にはニューヨークフィルならズービン・メータという刷り込みが強い中、よくぞここまでという迫力を感じました。
最後に管理人様への感謝なのですが、今はバルトークの聴き巡り中です。お恥ずかしながら、数十年前に彼の弦楽四重奏曲を聴いていささかショックを受けたものの、いつかこれを全曲聴いてみたい…という願いも同時にかないそうです。まずはこの曲のアップに対する深い敬意を感謝と共に。
- 2023-06-17:クライバーファン
- 冒頭のヴァイオリンのあまりの下手さ加減に呆れましたが、徐々に調子が良くなっていくようです。一発撮りで不調時のヴァイオリンの響きを修正させてもらえなかったんでしょうか。
メニューヒンですが、戦後急激に技巧が衰えてしまったのは残念です。
- 2023-06-16:ナルサス
- >若い人たちはリパッティというピアニストをどの様に受け止めているのか
数年前に行ったブレハッチのコンサートではモーツァルトのピアノソナタ第8番が最初の方に弾かれました。そしてアンコールで弾かれたのは「主よ、人の望みの喜びよ」でした。
単なる選曲にとどまらず、ブレハッチの中でリパッティが一つの理想形なのだろうなと強く感じました。
論点からは逸れますが、1955年のショパンコンクールに審査員としてワルシャワへ赴いたミケランジェリが現地でコンサートを開いた際、あまりの名演に感動して終演後に彼を取り囲んだ学生たちに向かってミケランジェリは「あなたたちはリパッティを聞いたことがないでしょう!」と返答したそうです。
少なくとも同業者の中では昔も今もリパッティは特別な存在なのではないでしょうか。
- 2023-06-16:koinu
- 私には、すこし、演奏効果を狙った結果、すこし、うるさく聞こえました。
- 2023-06-14:koinu
- ありがとうございます。
この3月に弟が急死して、なかなか余裕がなくて、サイトもアクセスはしても、音楽は聴けませんでした。気持ちが厳しいと、きれいな音楽が厳しく聞こえてしまうのではないかという、そんな恐れがありました。
しかし、すこし落ち着いてみるとそんなことはありません。
ふっと、久しぶりに音楽も聴いてみようと思いました。
このビゼーの音楽を聴いても、美しさに心が癒やされました。
セルの音楽は精緻です。精緻な音楽を聴くには緊張が要ると思っていましたが、身をゆだねても、良さが伝わってきます。
ありがとうございます。
- 2023-06-13:笑枝
- クラシック聞き始めて半世紀以上になります。
アンチ・カラヤンではないですが、カラヤン、好きになれないので演奏、まだ聴いてませんけど、Yung さんの文章に感銘受け、コメントさせていただきます。
50年代のカラヤンは、颯爽としていたのに、60年代、70年代と、年を追って、レガート、レガート。
それも、編成の大きなオケで。カラヤンのこの変容には、従来の演奏ではクラシックは滅びてしまう、という危機感があった、と思います。
パワフルなロックが、1回で数万人の聴衆を集めるのが、ふつうになった時代ですから。
130人を越す巨大なオーケストラの威力を使って、ビート感のない、ビューティフルサウンドを奏でる。
豪華そのものです。
- 2023-06-11:oboemasa
- 本当に勉強になります!クラシックの深さってこういう聞き方も出来るところにあるのかなぁと思いました。これからもこのサイト続けてくださいマセ。
- 2023-06-11:joshua
- ヨッフムは、わたしが本番指揮を聴けた数少ない指揮者のひとりです。しかも、レコ芸でしたか、インタビューを受けた半年後、84年の人生を閉じました。見るからに好々爺、人格者然とした風貌、長身痩躯。朝比奈隆(ヨッフムの6つ下カラヤンと同い年)、アーベントロート(ヨッフムの9つ上)を思わせます。
芸風は、ユング氏がご説明のように、玉虫色とまでは行かずとも、一筋縄でいかないところがあります。
そのヨッフムが最後の来日で、取り上げたMozartが、この33番だったと思います。1940年代のアラフォーの頃にもベルリンフィルを振って入れています。十八番だったんでしょうね。第2楽章が落ち着いたテンポで、1音1音大事に響かせる、なんとも綺麗な演奏です。プラハが意外と少なく、コンセルトヘボウとだけだったように思います。そのプラハは、シューリヒトのような劇的緊張感がなく、普通にきっちりとした演奏です。
一方、壮年期にコンセルトヘボウ、晩年ボストンやバンベルクと「ジュピター」を入れてましたね。バイエルンや最後の来日では無かったですが、これも第2楽章が、33番のように独特の美しさ。他の指揮ではあまり思わなかったことです。26才で聴いたヨッフムから、45年余り経ち、この7月にはレコ芸が廃刊になります。
自分はといえば、あいも変わらず貧乏暇なしの日々。落穂拾いのように、このサイトで思い出を1つ1つ確認していこうと思っています。
- 2023-06-08:たかりょう
- ユングさんのサイトを毎日訪れるのが日課になってます。実際に聞くタイミングがなかなかとれずにほとんどユングさんの文章を読んで楽しませていただいているだけの日日なのですが、この曲は10分程度と短い(笑)ので聴かせていただきました。
『北欧のイメージ』という言葉が全く浮かぶことのない充実した響きのスケールの大きい演奏、私にはそんな風に聴こえました。今までこの曲の他の演奏では聴いたことのない、ものすごく新鮮で魅力的な体験でした。フィンランディア賛歌や曲の背景からは自由なベイヌムの演奏。忘れられない演奏がひとつ増えました。
ありがとうございます。
- 2023-06-07:たかりょう
- 今年の1月~3月に放送していたドラマのメインテーマ曲がチャイコフスキーの第5交響曲でした。
聴いてみたくなり、久しぶりにセル/クリーブランドオーケストラに耳を傾けてみました。
なんと言う充実した完璧なオーケストラ。熱いセルの情熱のほとばしり。なんとも幸福なひとときでした。YouTubeでセルのチャイコフスキーの第6交響曲のライブも聴いてみましたがこれまた熱い演奏でした。これもまた実に幸福なひとときでした。
(実は第6番の交響曲はぼんくらの私にはいつもそれぞれの楽章がバラバラに統一性なく聴こえてしまうのですが、ようやくまとまった曲として楽しめました)
- 2023-06-06:大串富史
- プロコフィエフは… うーん… 相応に期待してこの曲を聴かせていただいたのですが、もう本当にいいかなあと(まて
#実はショスタコの5番や7番のような分かりやすさを期待していたのですが… これでは当時のあちら側の人たちも、それほど満足ではなかったような気がしてなりません… もっともわたし個人はショスタコの5番でさえ、第4楽章のあの終わり方がレーニン像の引き倒しと重なってしまいます… どんな英雄も理想も哲学も、結局のところ人民によって引き下ろされてしまうという。
指揮者や演奏者の紹介や背景もとても勉強になります。思うにこの曲をバーンスタインあたりに振らせると、ちょっと本当に聴けないのではなどと思ったりもします(まてまて
それでやはり、管理人様への感謝が残ります。このサイトがなければこの曲を聴くことも(まず)なく、この曲を聴かなければプロコフィエフ聴き巡りをお休みすることもなく、というかそもそも聴き巡りという行為そのものがないわけです。管理人様ご自身があまりお好きでないにもかかわらず(失礼!)クラシック音楽のサイトであるがためのアップ、ただただ頭が下がり、ただただ感謝です…
#余談ですが、正直言ってこのサイトがなければ、じゃあここでひとつ、シェーンベルク・ベルク・ウェーベルンを腰を据えて聴いてみるか、ということもなかったでしょう。
え?聴いた感想?バックグラウンドミュージックで流すかって?それはまた今度(まてまてまて
- 2023-06-04:クライバーファン
- 私はルービンシュタインとホロヴィッツなら断然ホロヴィッツ派で、ルービンシュタインの音はただただつまらないのですが、かみさんは逆にルービンシュタインの方が上手いといいます。聞いているポイントが違うんでしょうね。Op.64 No.2のルービンシュタインですが、ホロヴィッツのような音色の多彩さが全くなく平板の極地です。なんでこんなに音の引き出しが狭いんですかね、ルービンシュタイン。ルービンシュタインを聞くたびに、そのあとホロヴィッツを聞いて、ホロヴィッツの偉大さを確認する作業を繰り返しています。
- 2023-06-02:大串富史
- 中国人学習者のためのよさげなバックグラウンドミュージックを探してこちらに足を運ばせていただき、それだけでも感謝なのですが、まさかここで「怒りの日」なるグレゴリオ聖歌?のメロディーについて知ることになろうとは… ただただ、感謝です…
#これは全くの余談ですが、「宗教改革者は、大淫婦バビロンはローマ・カトリックであり、教皇は反キリストであるとした」というのは、やはり故あってのことだったと改めて思いました。もっとも彼らも決して人のことを言えるような立場にはいないわけですが。
ところで肝心の、ヴォーン・ウィリアムズなり5つのチューダー朝の肖像なりはどうなのか、と問われると、うーん…
#このサイトで初めて彼の交響曲を聴いて、分かりやすい(第6番?)なあと思いつつ、グリーンスリーヴス以外はちょっと流せないかなー、なんですごめんなさい… わたし的には、やっぱり左証、なんでしょうか。クラシック音楽を生み出したあの世界は本当に終わったんだなーという意味では興味津々なんですが、そんなにくどくど言わなくても分かった、分かりました、いやどうか勘弁してください、みたいな。
本当は日本語レッスンの合間にしていた曲探しが、今では海のように広範な管理人様のクラシック音楽のストックの確認のためのサイト巡りのようになってしまっています… これからもご自愛しつつ、サイト運営をどうぞ宜しくお願いいたします。
- 2023-05-30:笑枝
- 何度聴いてもいいですね。
素晴らしい演奏です。
サウンドもとても聴きやすいです。
アップありがとうございました。
- 2023-05-29:大串富史
- わたしも中学生の時分、この作品が大好きでした。
「でした。」などと過去形で書くと今はどうなんだと言われそうですが、実をいうと、今はちょっと…なのです… なかでも、この第5楽章「ワルプルギスの夜の夢」が本当に、ちょっと…なのです…
#なんだお前、コメント欄を通して我らが管理人様とクラシック音楽愛好家の大先輩らにケンカを売ろうってのか!などとは、どうか思われませんように。まずは、本当にちょっと…と湾曲に拒否してしまう理由をご説明させてください。
トロンボーンによって奏される「”固定観念”の旋律が聞こえてくるが、もはやそれは気品とつつしみを失い、グロテスクな悪魔の旋律に歪められている」とベルリオーズ自身によって評されたこのテーマは、ムソルグスキーのはげ山の一夜のテーマとも、最近では(いや最近じゃないか失礼)宇宙戦艦?ヤマト?の白色彗星のテーマ?とも相通じるものなので、本当にちょっと…なのです… 我々は皆限られた時間(つまり寿命)内で物事を行わなくてはならず、こんなものを何度も何度も聴いてわぁびっくり!わぁびっくり!というのは、わたしとしては本当にちょっと…ですごめんなさい…
#ついでながらブクステフーデの霧ことBuxWV149(と二番煎じのバッハのトッカータとフーガト短調)が一番好きで一番嫌いなのも、この同じ理由のためです… 一番好きなのは一番分かりやすいからですが、一番嫌いなのはあまりにちぐはぐなのと(いちおう教会って銘打ってるんだから客寄せとはいえここまでやるなよという)、これをバックグラウンドミュージックではちょっと流せない(わぁびっくり!わぁびっくり!で日本語レッスンそのものから注意がそらされてしまう)からでした…
とはいえこの曲が好き、特に第5楽章のあのテーマが大好きという大先輩たちのために幾らかシェアなのですが、あのテーマはベルリオーズの時代のフランスのオケの伝説的なトロンボーン奏者と関係があるという写真付きの記事を前に読んだことがあります。
#この情報も、いまだに探し当らない紙情報の一つです… 一体いつになったら、過去の紙情報のすべてがネット上で見れるようになるのか、いやそういう日が来ることはないのか…
それで最後に管理人様に深い感謝なのですが、ベルリオーズが?かの女優と?最終的に結婚した?というのは、不勉強ながらこちらで初めて知りました。同時に昔読んだ拳銃を買って云々という話はその後の失恋と関係があったことを別サイトで知り、あらためて「人格破綻者の群れとも言うべきクラシック音楽の作曲家」論が自分のうちで再燃中です(ちょっとまて
#今日はたまたまあることがあって時間があり(ひたすらパソコンに向かって真面目に「何か」をしているフリをしなければなりません…)、ジャストタイミングというか、ようやく吐き出すことができ、すっきりさせていただきました。なので感謝に堪えません… これからも音源と解説のアップを、この稀有なサイトでどうぞ宜しくお願いいたします。
- 2023-05-26:大串富史
正直、別にヴォーン・ウィリアムズが好きなわけではないのですが(まて)、かのブラスアンサンブルを通してこの曲を既に知っていて、まあバックグラウンドミュージックとしてよさげではある(ほぼ5分)であるというのが今回の選曲の理由であったりします… あーこれ、聴いたことある!(日本語の学習で「が」を省略できる:聴いたことがある→聴いたことある)にちょうど使えますし。
オーマンディやオケの皆様にも感謝です。他の録音と聞き比べた結果、万人受けするのはこれだろうと判断しました。平々凡々なメロディーをちゃんと聴かせてくれています(まて
管理人様への感謝ですが、日本語レッスンの??(中国語で予習のこと)をしながら、現代から一人ずつ遡って聴かせていただいていました。こんな機会はこのサイトならではの醍醐味です。ただただ、感謝に堪えません…
#これはつまり、これ以後はちょっと…(日本語の婉曲表現の万能語の一つ、ってわたしたちはもうあまりにも使い慣れていますが)ということで、ただただ申し訳ないです… というか、数十年前に銀座のヤマハで聴いた、パイプオルガンとトランペットの、ダー、ダー、ダー、ダー、ピャラピャピャピャピャ…というあれは誰の何という作品なのか、ずっと探しているのですがいまだ探し当りません… そんな現代クラシック音楽にも、引き続き光を当ててくださるようお願いしつつ。
- 2023-05-19:大串富史
- ドビュッシーまたフェルベールに、そして管理人様への感謝と共に。
ドビュッシーは既に海をバックグラウンドミュージックとして使わせていただいていたものの、こちらもとてもよさげですね(というか、結局海と差し替えになってしまいましたごめんなさい…)。
#海は嫌いではないのでバックグラウンドミュージックだったのですが、時間の長さ的にも曲想的にもうーん… ってこの機会にシェヘラザードも結局やめました申し訳ない…
ドビュッシーは版画を聴いてつくづく思うのですが、一体どこで雅楽を聴いて耳コピしたんだろう?と不思議でなりません… ラモーのLes Sauvagesつまり野蛮人(って言うと野蛮人だと思われてしまうので、未開人でもバルバロイでもなんでもいいのですが)を聴いてつくづく、いや極東の我々の耳にだってそんな風には聴こえませんよ!ってツッコミを入れたくなってしまうところを、ドビュッシーは12音や和声の縛りのさなかにあってよくぞここまでと唸ってしまいます… いっそインドの音楽でも聴かせて12音や和声そのものを拡張してもらいたかったぐらいですが、まあ私事でもお忙しかったようなので、よさげな音楽以外に彼に求めることは何もなかったりします(まて
フェルベールにも感謝です。もっとも注文を付けると、版画やベルガマスクも粒よりのタッチでさらっと弾いてくれればすぐにでもバックグラウンドミュージックで流すのになー、とただただ独り言です…
それで管理人様に感謝なのですが、お嫌いな(ごめんなさいハッキリ言ってしまいました!)ドビュッシーのこの曲までアップしていただいて、ただただ感謝です… わたし自身も思わせぶりなというか酔いしれてるなーみたいなドビュッシーは嫌いなので、お嫌いでないところで引き続きアップをしていただければと願ってやみません。管理人様の耳にかなう演奏は、ここに集う相応のクラシック音楽通の皆様の耳にもかなう演奏に違いないです。
- 2023-05-14:クライバーファン
- の演奏は好きです。テンポが後年の54年演奏より速くてよいです。フィッシャー作?のカデンツァも良いですね。フィッシャーは、ハイドンのピアノ協奏曲や、シューマンの幻想曲、ブラームスのピアノ・ソナタ3番、ベートーヴェンの作品111のソナタも録音してるので、いろいろ聞いています。
- 2023-05-13:ToshI
- トスカニーニの「嫌ナチ」(こんな表現が正しいのか不確かですが)が徹底していたならば、ワーグナーの音楽などは真先にレパートリーから排除されそうなものですが、皆様ご存知の様に、トスカニーニの晩年に至るまでワーグナーはメインのレパートリーで在り続けましたから、件の発言はフルトヴェングラーへの当て擦りと思って良いでしょうね。シュトラウスの音楽は世の中をシニカルな視点で眺める姿勢が演奏する際に求められると自分は考えているのですが、その点においてトスカニーニの演奏は、フルトヴェングラーやカラヤンよりも好ましく思います。ただし、一番好きな演奏は、yung様に紹介して頂いたクレメンス・クラウスですね。いつか、サロメの全曲をupして頂ければと願っています。
- 2023-05-09:yk
- ルービンシュタインほど”評価”という行為が難しい・・・と言うか空しい・・・と言うか無意味なピアニストはいないように思います。それは、彼が活動した時期が極めて長かったからとも言えますが、その間に何か新しい風潮・傾向・スタイルを打ち立てた・・・と言う訳でも無く、芸術と言うよりも商業化されたクラシック・ピアノの時代に乗った(・・・とも流された?)だけとも見える(聴こえる)ものでした。
私にとって、そういった評価の難しいルービンシュタインの数多くの演奏の中でも、このワルツのステレオ録音ほどピアニストとしてのルービンシュタインの”評価”の通奏低音として何時も立ち戻り聞き入る演奏(録音)はありません。
この初出のLPジャケットからしてルービンシュタインと言うピアニストを象徴しています。いかにも19世紀の少々安っぽくさえあるプチブル・サロン風の背景に葉巻をもって、にやけた様な曖昧な微笑みを浮かべるルービンシュタイン・・・何やらヨーロッパを舞台とする60年代ハリウッド映画の一場面の様な独特の時代錯誤感を恥ずかしげも無く晒して平然と微笑むルービンシュタイン。
このLPは確か"DYNAGROOVE"と呼ばれた米国起源のRCAの新録音・LP技術の最初期の適用例でもあった点でも印象的でした・・・ショパン、サロン、大家・巨匠、ブルジョワ、大衆芸術、時代錯誤、余裕、etc. etc.・・・ソレに”アメリカの新技術”。年代的に言えば、ルービンシュタインのヴィルトォーゾ的な技術に衰えが見え始めた時期でもあり、本来なら、虚栄・虚飾、退廃、空虚、錯覚、衰退・・・と言ったものの混乱の闇鍋・・・となっても可笑しくない代物ですが、その底の底に沈潜して動じない何か得体の良く判らない確固とした”存在感”がルービンシュタインにはあって、ソウ言ったこのピアニスト独特の存在感を私はこのワルツ集に何時も感じ続けてきました・・・私にとって将にルービンシュタインだけがなし得た時代を超えた演奏です。
- 2023-05-09:大串富史
- ダーイ、またフリッチャイとオケの皆様への、そして管理人様への感謝と共に。
やっと見つけて、感無量です… 何をやっと見つけたのかというと、「エントランス(Entrance of the Emperor & His Court)」がこの「ハーリ・ヤーノシュ」の終曲(A csaszari udvar bevonulasa)であることをやっと突き止めました…ああ疲れた…
コダーイへの感謝というのは、わたしにとってこの曲はショスタコーヴィチの交響曲第15番のような響きを持っているからです。ずいぶんと無理な比較をするなーと思われるかもしれませんが。いわゆる左証、でしょうか。
フリッチャイとオケの皆様にも感謝です。この曲の曲想はこれでいいのではと思ったりしています。決して悪い意味ではない、悲喜劇、とも言うべきなのか。
#この曲によるファーストインパクトは、実のところ某海外サイトのMIDI音源から受けました。あまりの冗談に(MIDIだとそれがもっとありありと聴き取れます)、クラシック音楽、ついにここまで来たか―、と膝を打ったものです。
管理人様への感謝は本当に尽きないのですが、引き続きご自愛していただきつつ、こうしたクラシック音楽という物語の真実というか全貌というか、皆さらけ出していただければと願ってやみません。この物語全体は決して、モーツァルトやベートヴェンやワーグナーやドビュッシーやシェーンベルクだけでは語りきれないです…
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[2026-04-09]

J.S.バッハ:8つの小前奏曲とフーガ BWV.559-560(J.S.Bach:Prelude and Fugue BWV559-560)
(Organ)マリー=クレール・アラン:1962年12月10日~12日録音(Marie-Claire Alain:Recorded December 10-12, 1962)
[2026-04-08]

J.S.バッハ:8つの小前奏曲とフーガ BWV.557-558(J.S.Bach:Prelude and Fugue BWV557-558)
(Organ)マリー=クレール・アラン:1962年12月10日~12日録音(Marie-Claire Alain:Recorded December 10-12, 1962)
[2026-04-07]

J.S.バッハ:8つの小前奏曲とフーガ BWV.555-556(J.S.Bach:Prelude and Fugue BWV555-556)
(Organ)マリー=クレール・アラン:1962年12月10日~12日録音(Marie-Claire Alain:Recorded December 10-12, 1962)
[2026-04-06]

J.S.バッハ:8つの小前奏曲とフーガ BWV.553-554(J.S.Bach:Prelude and Fugue BWV553-554)
(Organ)マリー=クレール・アラン:1962年12月10日~12日録音(Marie-Claire Alain:Recorded December 10-12, 1962)
[2026-04-04]

ベートーヴェン:ヴァイオリン協奏曲 ニ長調, Op.61(Beethoven:Violin Concerto in D major, Op.61)
(Vn)ダヴィド・オイストラフ:シクステン・エールリンク指揮 ストックホルム・フェスティヴァル管弦楽団 1954年録音(David Oistrakh:(Con)Sixten Ehrling Royal Stockholm Philharmonic Orchestra Recorded on 1954)
[2026-04-02]

ベートーベン:「ルール・ブリタニア」による5つの変奏曲 WoO 79(Beethoven:5 Variations on Rule Britannia, WoO 79)
(P)アルフレッド・ブレンデル 1958年&1960年録音(Alfred Brendel:Recorded on 1958 & 1960)
[2026-03-31]

アントン・ルビンシテイン:ピアノ協奏曲 第4番 ニ短調 作品70(Anton Rubinstein:Piano Concerto No.4 in D Minor, Op.70)
(P)オスカー・レヴァント:ディミトリ・ミトロプーロス指揮ニューヨーク・フィルハーモニック1952年3月31日録音(Oscar Levant:(Con)Dimitri Mitropoulos Philharmonic-Symphony Orchestra Of New York Recorded on March 31, 1952)
[2026-03-29]

ケルビーニ:レクィエム ニ短調(Cherubini:Requiem in C minor)
イーゴリ・マルケヴィチ指揮:チェコ・フィルハーモニー合唱団 チェコ・フィルハーモニー管弦楽団 1962年12月録音(Igor Markevitch:Czech Philharmonic Chorus Czech Philharmonic Orchestra Recorded on December, 1962)
[2026-03-26]

ベートーヴェン:八重奏曲, Op.103(Beethoven:Octet in E-Flat Major, Op.103)
ウィーン・フィルハーモニー木管グループ:1954年録音(Vienna Philharmonic Wind Group:Recorded on 1954)
[2026-03-24]

ルーセル:弦楽三重奏曲 イ短調 Op.58(Roussel:String Trio in A minor, Op.58)
パスキエ・トリオ:1954年発行(Pasquier Trio:Published in 1954)