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リスニングルームによせられたコメント
リスニングルームによせられたコメントをまとめたコーナーです。多くの方の熱いコメントを期待しています。(2008年3月10日記)
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- ユングさんがこの録音をアップされたので、以前からずっと思っていたことを書きます。
ベルリンフィルはたしかこの後ルドルフケンペそしてカラヤンとこの曲の録音をしていたかと思います。フルトヴェングラーとのこの録音を聞き返してみてちょっと思ったのですが、もし録音がとても良ければその音の響きはカラヤンの60年代の録音の音色に近いものではなかったかと思われました。
私は楽譜が読めない人間なのでこう思いますが、細かい解釈の違いを見つける事が出来る方々にとっては勿論異論があろうかと思っております。 ただ私のような素人にはこの演奏、ケンペそしてカラヤンに大きな違いは無くベルリンフィルの音の厚みを楽しむ演奏の様に思います。多くの指揮者と共に作り上げられたベルリンフィルの音色のすばらしさを楽しむ事が出来る演奏であればどれでも良いように思うのです。一定の水準?の演奏であればこの曲は自ら語ってくれている様に思います。 そんな意味でステレオ録音技術完成後のカラヤンの録音の音色は魅力的でした。
異論は覚悟で申し上げました。
以下余談です。亡くなった大叔母がフルトヴェングラーの実演を聴いた際の、その音色の独特の魅力(他界の音)を話してくれうらやましく思ったものです。そういった神秘的な響きが捉えられている録音はトリスタンや大戦中のいくつかの録音から聞えるようにも思えます。楽曲の解釈以外の何かのプラスアルファが漂っている録音を聴くことができるのがフルトヴェングラーを聴く喜びでしょうかね。
51年のグレートは今にも生成しつつある音楽のすばらしさを伝えておりそれはそれで素晴らしいと思いますが、そのやり方は他界の音とは違うニュアンスかもしれません。
- 2017-01-07:HIRO
- セルはこの終楽章のカット(正確には418小節から425小節を2回繰り返し、その後418小節を4回繰り返して最後にrit.をかけて556小節へ)について、チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲の終楽章にカットを施したアウアーのように「作曲者の同意を得ている」と周囲に言っていたかも知れませんが、アウアー版のように、その後に取り上げる演奏家が現れない様子を見れば、これが(暴挙?)支持されなかったという事実は否めません。
折角盛り上がってコーダへ向かっているのに、そこでまたテンションを落とされるのが嫌な気持ちは分かりますが、カットした上に同じ所を何度も繰り返すというのは如何せん能がありません。
これだけの名演、セルファンとしては完全版を聞いてみたかった…というのが本当のところです。
- 2016-12-29:Joshua
- 万人に聴いてもらいたい作品、演奏です。
ナクソスで聴いたときはメロドラマのテーマ或いは映画音楽みたいやなあ、という感想でした。でもコンドラシンは芸術!と思わせてくれる。コンドラシンは巨人を振ったその晩心臓発作で亡くなった指揮者としては早世の人でした。老少不定、人の命の長短はわからんものです。ラフマニノフやこのカリンニコフのご紹介で、よりこの指揮者が面白くなってきました。コンドラシンといえば、昔は写真からして強面の大男という先入観があり、この曲の冒頭のように金管フォルテが聴こえると、当時の自分の短絡的な聴き方を思い出します。アルゲリッチの伴奏でのチャイコフスキー、シェヘラザード、ライブでブラームスの1番以上のオケはコンセルトヘボウ、めずらしいところで、チャイコの弦セレ、これはソビエト国立がオケだったと思います。オイストラフの伴奏でここでのモスクワフィルを振ってましたし、モスクワ放送を振ったショスタコヴィッチ、マーラーの9番を来日時振ってましたね。マーラーは万人向きではないにしても、ご本人としては持ち味の出た誠実で熱意に満ちた演奏かと思っています。そこがムラヴィンと違うんでしょうかね。カリンニコフは共感のかたまり、堂々たるカンタービレ。鉄のカーテンがあった冷戦時代と今を比べると、のちに亡命するコンドラシンの(本人は苦しくても)西への思いが芸術ににじみ出てるように思います。
言葉では残されなかった思いは想像あるのみですが、音楽やその他芸術はそんなものを伝えてくれると思い、味わって聞いています。
- 2016-12-26:Sammy
- ライナー/シカゴ響との旧盤をお聞きして感想を書かせていただいてしばらくして、こちらを聴かせていただき、ピアノの素晴らしさ、録音の明瞭さに加えて、yungさんご指摘のオーケストラの素晴らしさにうならさせられました。ライナー盤も十分よいと思ったのですが、こちらはさらなる合奏の伸びやかでありつつも驚くほど高い集中力、そして暗めの音色の美しさがとても魅力的に感じられました。そのせいか、ピアノもより自然かつ一層冴えて聞こえるように思えました。
- 2016-12-16:fum
- この時代の巨匠が演奏する「悲愴」は本当にバラエティーに富んでいる。
メンゲルベルク盤とともに「名演」と並び称されるフルトヴェングラー、アーティキュレーションの激しさでは本盤を上回るであろうアーベントロート、抱腹絶倒と言っては失礼だが、いささかやり過ぎ感のあるゴロヴァノフ、どれを取っても現代では考えられない強烈な個性を持った演奏である。
これらの中にあって、メンゲルベルク盤の美しさは突出している。前時代的とか、時代遅れとか、絶対やってはいけない演奏とか、悪評もいろいろ聞こえてくるが、誰が何と言おうと美しいのだから仕方がない。確かにもう二度とこのような演奏をする指揮者は現れないだろう。世界遺産とも言うべき歴史的名演である。
- 2016-12-16:benetianfish
- 私の最初のチャイコフスキー全集は、70年代後半のカラヤン盤でした。後期交響曲集はそれなりに楽しく聞けましたが、前期の方はいまいちパッとせず、ずっと「つまらん曲だなぁ」と思っていました。そう、このドラティ盤を聞くまでは...第1番や2番の美しく抒情的な旋律や第3番の躍動感に満ちたリズムが見事に描き出されていて、初めて聴いた時はあまりの素晴らしさにのけぞったものです(笑)。何度聞いても飽きないので、私には「チャイコフスキーといえばドラティ」となってしまいましたが、この「飽きない」というのは、それだけ曲の細部までしっかり描きだし、かつ全体のバランスをしっかりとって曲としてまとめてあるわけで、決して上辺だけ化粧して済ましたような演奏ではない、という事なのでしょうね。また録音の質も素晴らしく、この演奏の細部まで完全に掬い取っているように聴こえます。後期交響曲集ほどでは無いにしても、当時としては(現在も?)やはり驚異的な部類だったのではないでしょうか(私の貧弱な再生装置では、前期・後期の録音差はほとんど気にならないレベルです)。
マゼール盤も聴かせていただきましたが、こちらの方はまず録音クオリティーがドラティ盤よりも明らかに下のようで、特に前期交響曲では所々音が籠っているように聴こえます(リマスタリングが悪いのでしょうか?)尤も、これは「ドラティ盤と比べて」、ということになりますが(マーキュリー/フィリップスはコザート以降も、しばらくはトップレベルの質を維持していたのでしょうかね)。また、マゼール盤は本人の意思か録音の問題かは判断しかねますが、時々金管楽器がびっくりするほど飛び出してくるので、曲の流れが多少スポイルされてしまっているように感じます。よって、この演奏になじむにはもう少し時間がかかりそうです...とは言え、今まで聞こえなかったような細部の旋律までしっかりしているので、非常に「感心」できる演奏ではあります(5,6番はそれ以上ですが、それはまたの機会に書かせていただきます)。
しかし前期交響曲集に限っては、曲のオイシイ所をしっかり料理し、とても楽しく感動的に提供したドラティの演奏、特に「ワクワク感」に満ち溢れた第3番は、私の聴いた限りではベスト盤だと思います。
最後に余談ですが、Yung君のおかげで Mercury Living Presence のボックスセットは全て購入することになってしまいそうで、うれしい悩みの種です(笑)。
- 2016-12-13:アニやん
- 素晴らしい演奏をリストに加えていただきありがとうございます。実にテキパキしていて、小さな美しい王国が出来上がりました。予定調和が韻律として流れる完成形、ピリオッド…‥重ねてすばらしい
- 2016-12-13:べっく
- 他の演奏と違って、この演奏は、あまり大袈裟な表現に走っていないのがいいと思いました。曲の良さがそのまま伝わるいい演奏だと思いました。
- 2016-12-13:Sammy
- からっとした軽快で鮮やかな演奏に惹かれます。そしてこれらの簡潔ながらダイナミック、多彩で魅力的な音楽を聴きつつ、モーツァルトやベートーヴェンにつながっていく音楽は、バッハよりもこちらの方かもしれない、とも思いました。
- 2016-12-10:gkrsnama
- チェリやフルトヴェングラーが合奏の結果の結果として出た音から考えたのに対して、マルケヴィッチは音楽を一つ一つの音の対話から考えたように思います。音が連なってフレーズになり、別のフレーズを呼び起こす。別のパートがそれをささえる。そういう音達のドラマというか、構造というか、力学というか。そういう音の流れの意味をくっきり描き出す。それが彼の基本なんでしょうね。音価を切り詰めるという普通の方法だけじゃありません。アクセントをつけたり、小節の中の位置を少しづつづらしたり。もういろいろやっている。結果「舞踏のリズム」が実現されたりもします。実際にフランスで人気が高い様で、仏版ウィキペディアの記述量はクレンペラーくらいあります。
巷間、彼はトスカニーニ派とされているようで(ラズウェルさんのマンガがそうです)、戦争中はロジンスキーとともにNBCSOで副指揮者をやっていたとまことしやかに言う人までいます。(本当は、戦前は時代のホープの作曲家だったし、戦争中はイタリア国内で対独パルチザンをやってました。)ところが、実際はマルケヴィッチはフルトヴェングラーと関係が深く、一緒に指揮教育法の検討をしたりしている。ベルリンフィルもしばしば指揮したそうですし、本人も常々フルトヴェングラーへの尊敬を語っている。DGGもたびたびベルリンフィルで起用し、重要な録音を任せていたフシがある。(この録音はエロイカとともにDGGの米進出第一号です。一から始めたチェリと違って、作曲界ではすでに大物。一目置かれていたのかもしれません。)そうおもってフルトヴェングラーを聞きなおすと、リズムの作り方なんか確かに似ている。
この辺興味がありまして、そのうち自伝や評伝を読んでみようと入手しました。彼についての文献はいまでも結構出版されていますが、大変こまったことに仏独伊語ばかり。自動翻訳で英語に直してから、なんて考えてますけど。
- 2016-12-10:ヨシ様
- まず何より、ミュンシュがラフマニノフを録音していたことに驚きです。
この録音の存在は知りませんでした。
そして、ジャニスはラフマニノフのピアノ協奏曲第1番をライナー、シカゴと録音しているので、この第3番もライナー指揮ならば分かりますが、ミュンシュなのは何とも不思議ですね。
更に不可解なことに、ジャニスはラフマニノフのピアノ協奏曲第2番を録音していないようです。
<管理人の追記>
録音しています。何かの勘違いではないでしょうか?
(P)バイロン・ジャニスドラティ指揮ミネアポリス交響楽団1960年4月録音
- 2016-12-08:さとちゃん
- フランソワ自身が、こうした演奏録音を残してくれたことに感謝しています。
バラード第四番のデモーニッシュな雰囲気と凄み、これぞ、フランソワ。
フランス派のショパンでは、ルイ・サダやグリモーとかいますが、このフランソワを超えるフランス派としてのピアニストは彼以外にいないのではと思います。
- 2016-12-08:Sammy
- ジャニスの確かにホロヴィッツを彷彿とさせる強烈で攻撃的な直線的な音楽と、これまた実にシャープで強力なライナー/シカゴ交響楽団の管弦楽(ルビンシュタインとの「2番」のアルバムでも素晴らしい演奏を聴かせています)が、華麗であるほどに物悲しい空漠さが漂うようなラフマニノフの作品と風情と合って、実に聴きごたえのある演奏になっていると思います。抒情的、繊細な部分もさらっとしていながら絶妙にニュアンスの表現がさりげなく冴えていてとても良いと思います。特に第2楽章の澄んだ響きからは清冽な美しさが感じられてとても印象的でした。こうして聴くと、確かに例えば2番、3番ほどでないとしても、この作品にも固有の美しさがある、と改めて思わさせられます。
- 2016-12-08:Sammy
- 私はむしろ、リヒターからバッハを聴きはじめたものの、古楽器演奏に魅了され、もう今さらリヒターでもあるまい、という思いが自分の中で強まっている中で、この演奏をあえて聴いてみました。
確かに出だしこそ重さを感じたものの、聴きすすむうちに、この演奏が目指したのはそういう方向ではなかった、ということを思い起こしました。基本的にこの演奏は端正で、作品の構造と展開を生き生きと明らかにすることを目指しています。録音もスタイルも古くなってしまったとはいえ、その基本的な姿勢はこの演奏からもはっきり聞こえてきます。それはこれが演奏された当時、とても新鮮なものであっただろうということを、聴きながら生々しく感じさせられました。
それが故にやはりこの演奏は、作品の魅力をまっすぐにそして風格をもって明らかにしようとした古典的な名演として残っていく価値が十二分にあると、改めて感嘆したのでした。
- 2016-12-05:松見敬三
- 思春期にSP版をとっかえひっかえして聴いたものです。
13枚ですから掛けたり裏にしたり26回ということ。
歌詞のドイツ語を知りたくて大学はドイツ語科へ。
人生をある程度決めた演奏です。
50年ぶりに聴きました。
アップしてくれてありがとう。
- 2016-12-05:Joshua
- 深みとか求めてもしょうがないですね。
ホロヴィッツの快速30年録音、もう聴かなくてもいい、と思わせてくれます。
この演奏は初めてで、2番の時はさほど思わなかったのですが、この3番は乗りに乗っている。
ミュンシュがまた煽る煽る。
ミュンシュ、この人こそ、ゲヴァンドハウスで、フルヴェンの下、コンサートマスターだったんですね。
3楽章のコーダなんて、圧巻。オーマンディがこれまたホロヴィッツさんと組んだライブを超えてますよ。
- 2016-11-28:阿部 稔
- 55年前の高校音楽の授業で、このホッターの冬の旅全曲を鑑賞しました。ユング君のおっしゃるように確かにフィッシャーディースカウの一品料理の味わいとは異なるコース料理のように全体を通しての味わいはホッターにはありますね。適切な表現に感服しました。
- 2016-11-27:Sammy
- 生き生きと自在なルービンシュタインのピアノもさることながら、これを包み込むような、透明さと明瞭さと共に柔らかさとニュアンスに溢れたクリップスの指揮による万全のオーケストラの豊かさに魅了されます。力まずして透明感と力強さが丹念な音づくりの中からみずみずしく立ち上ってくる様はとても美しく、オーケストラの力量と共に指揮者の熟練をたっぷりと味わわせてくれます。
- 2016-11-20:トリス
- 私は学生時代吹奏楽部に所属していたのでこのマーキュリーレーベルに録音を盛んに
行っていたF.フェネルとイーストマンウィンドアンサンブルのLPをよく聞いていました。当時このLPは輸入盤しかなく心斎橋のヤマハ(もう今はないですね)や三木楽器に何度も足を運び探しまっわていたことが懐かしい思い出です。
ところでウィルマ・コザートはたしか女性だとおもうんですが?
- 2016-11-20:Joshua
- stereo録音と聴き比べました。
どちらでもいいと思いました。
再生環境に拠ることは前提で、目の前で弾いてる感は、stereoに軍配ありですが、monauralだと分離の良さは後退して、全体としての和声の美しさを感じさせてくれます。
両方持っていたい、とはこのことです。
それにしても、録音というのは、目に見えない聴衆に残される不思議な贈り物です。
聴き方は聴き手の自由に任され、一回きりでも、反復しても元の演奏者には知ったことではないんです。
音の一人歩き、です。
何か、気味が悪くなります。
漫画家砂川さんが、たまに現実の演奏会に行ったほうがいいという趣旨を語ってたオントモブックスを思い出しています。
音楽はそれができる。
本、例えば、セネカやデカルトは残っていても再現は、つまり読むことは読者が直接するのであり、読み方なんぞは大学やカルチャーセンターでしか教えてくれない。
- 2016-11-15:Joshua
- この第1楽章、大好きです。幼児的手前ぎりぎりのところで留まった屈託ないあどけなさ、といいいましょうか。この演奏、録音が少し古いせいか、リズムの重さが多少気になりますが、カザルスは上機嫌で指揮している様子で、実にアニマートです。
気に入られた方は、カラヤンBPOが1965 1980の2回にわたって録ってますので、聴き比べると発見がありますよ。要するに一長一短で、両方置いておきたくなる2者です。余談ですが、子供が小学生低学年だったころ、この11番をかけたところ、すぐに気に入って口ずさんでました。15年以上前の懐かしい思い出がよみがえります。
- 2016-11-09:Joshua
- 弦楽四重奏の似合う季節になってきましたね。
と一人合点してますが、皆様にはいかがでしょうか?
4声を精密に聴く、という作業は、暑さから開放され適度に心地よい今が最高か、と思っています。
さて、この演奏、なんと豪華なメンバー、トランプラーのヴィオラは、ブダペストのMozart Quintetで有名。
ファーストは言わずと知れたモリーニ。
セカンドがNBC交響楽団のコンサートマスターだった、ガリミール。
チェロは知らないのですが、ヴァルガ、と聞けば、かのヴァイオリンの名手を思い浮かべるわけで、兄弟なのかな、と想像しています。
このメンバーでどれだけの録音が残ってるんでしょう?
もっと聴いてみたいと思っています。
- 2016-10-31:HIRO
- クルシェネク版は初めて聞きましたが、この演奏で「プルガトリオ」最後の、あの印象的なハープのグリッサンドがよく聞こえないのは、クルシェネク版がダメなのか、セルが悪いのか?
クルシェネク版の楽譜を見たことが無いのでよく分からないですが、マーラーがあれほどはっきりと書き残している音型(しかもフォルティッシモ!!)を活かせないのは、補筆版としてはダメでしょう。
- 2016-10-30:Sammy
- 第1楽章と第3楽章のクルシェネク版(1924年)による演奏とのことですが、後のクック版とあまり印象は変わりませんでした。むしろ徹底的に磨き抜かれ、直線的で透明な音づくりによって澄み切った響きが印象的で、とても現代的な作品の特徴が示されているようにも思います。劇性や抒情は控えめですが、丁寧な表情付の中から浮かび上がる気品ある表情はとても美しいと思いました。特にこの澄み切った美しさの故に、クック版の優れた演奏がいくつも出てきている今でもなお聴き継がれるに値する演奏なのではないかと感じた次第です。
- 2016-10-29:aida
- これほどまでに荒々しいブラ1は過去にないですね。
このような凄みのある演奏をなさる人が、今一つ顧みられることがないのが、残念でなりません。
一般受けする演奏ではないでしょうが私的には10点満点です。
- 2016-10-29:Sammy
- yungさんのシュタルケルの協奏曲演奏に関する「つまらない」という評価は、正しいのかもしれませんが、私個人の印象としては少々辛く感じられます。
確かに「チェロの魅力」であるはずのあふれるような歌、剛毅さといったアピールには乏しいのかもしれません。それでも、高い集中力で終始丹念に紡がれた音楽は、地味ながら作品の繊細で少々風変わりな変転と美しさを着実に形にしていると私は聞きました。なかなか切れ目のない延々と続くソロでこれだけ緊張感を切らさずに着実に音楽をとらえ続ける持続性はとてもすごいと思います。このやや捉えどころのない感じの作品に、緩急をつけ魅了しつつも、ついあちこちでやや弛緩してしまうような演奏を聞いたこともあっただけに、この一貫性にはなおさら非凡さを感じます。
ジュリーニ/フィルハーモニア管も程よく歌いつつきりっとした着実な音楽づくりでこれを支えているように思えます。録音も明瞭で好ましいです。この知名度はそこまでは高いとは言えない作品を紹介する演奏としては「標準的」なものを感じさせる点では理想的ではないかと思います。「繰り返し聞く」録音の性格を考えても、癖は少ないが飽きが来ないタイプではないかと感じます。
- 2016-10-24:Sammy
- 明瞭さと力強さ、余韻豊かな叙情表現を併せ持ったこの優れた演奏は、この作品の持つ華やかさと甘美さ、その陰に隠しようもない空漠とした悲しみを表現して余すところがないと感じます。モノラルですが録音も明瞭で聞きやすく、作品と演奏の素晴らしさを十分味わうことができるのでは、と思います。
- 2016-10-24:山形 隆
- いつもTinyCoreメモリー再生で、お世話になっております。
昨日、夜半のピアニッシモというサイトでこのレコードを紹介されている記事を読み、
無性に聞きたくなり、ユングさんのデータを聞かせてもらいました。
私は昔からブラ2が好きで、特にベームの演奏をよく聞きます。しかしユングさんの言われるように、サンフランシスコ響が、じっくり鍛えられたのか、ブラームスの情熱がもろにつたわる素晴らしいものでした。恐るべしモノラル録音!
monoのほうが、熱さが伝わるように感じます。
最近わたしは、TinyCoreをもってしても、LPの音にかなわないと感じ、大阪の中古レコード屋を巡って、ブルックナーをひと通りそろえましたが、どんどん昔の録音へとハマっていきそうです。夜半のピアニッシモさんもおっしゃってましたが、
音の良しあしは、演奏の良さがわかるかどうか、だと改めて思いました。
いい録音を聞かせて頂きありがとうございました。
- 2016-10-23:Joshua
- ロベルト・ワーグナー(指揮)インスブルック交響楽団の伴奏では聴いたことがある、オークレールですが、こんな演奏もあったんですねえ。1950年LPモノラル開始の年です。モリーニ=ロジンスキー伴奏も好きな演奏ですが、ここまで熱く弾いていません。デ・ビートとよく似てますかね。もちろん優等生的な弾き方もおできになるんでしょうけど、スタジオであろうと本気になるとここまで弾いてしまう。
細く長く、弾きとおしたモリーニとはそこが違うんでしょう。
「こんな風に弾き続けたらとてもじゃないけど身が持たない」けど、記録に残すなら一歩も引かないわよ、というのが、この演奏からも聴き取れます。
君子、居留を吝かにせず。
- 2016-10-21:HIRO
- アウアーは、自分がこの曲に施したカットについて、「この終楽章のカットは作曲者の同意を得ている」と、嘘か本当なのか楽譜に書いています。
このオークレールの演奏は、そんなアウアーもビックリの、「ロンドの意味を知ってるのか!!」と言いたくなるような、今日からみれば笑っちゃう程の大胆なカットがされていて、オケとのズレ具合といい、良くも悪くも時代を感じさせる演奏です。
しかし、音色といい、技術といい、女性ということを忘れさせる、今日の女流にはお目にかかれない迫力があります。
クラシックの黄金時代を感じさせる演奏です。
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[2025-04-02]

モーツァルト:セレナーデ第13番ト長調, K.575 「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」(Mozart:Serenade in G Major, K.525 "Eine kleine Nachtmusik")
ヨーゼフ・カイルベルト指揮 バンベルク交響楽団 1959年録音(Joseph Keilberth:Bamberg Symphony Recorded on 1959)
[2025-03-28]

ラヴェル:スペイン狂詩曲(Ravel:Rhapsodie espagnole)
シャルル・ミュンシュ指揮:ボストン交響楽団 1950年12月26日録音(Charles Munch:The Boston Symphony Orchestra Recorded on December 26, 1950)
[2025-03-24]

モーツァルト:セレナード第6番 ニ長調, K.239「セレナータ・ノットゥルナ」(Mozart:Serenade in D major, K.239)
ヨーゼフ・カイルベルト指揮 バンベルク交響楽団 1959年録音(Joseph Keilberth:Bamberg Symphony Recorded on 1959)
[2025-03-21]

シューベルト:交響曲第2番 変ロ長調 D.125(Schubert:Symphony No.2 in B-flat major, D.125)
シャルル・ミュンシュ指揮 ボストン交響楽団 1949年12月20日録音(Charles Munch:The Boston Symphony Orchestra Recorded on December 20, 1949)
[2025-03-17]

リムスキー=コルサコフ:スペイン奇想曲, Op.34(Rimsky-Korsakov:Capriccio Espagnol, Op.34)
ジャン・マルティノン指揮 ロンドン交響楽団 1958年3月録音(Jean Martinon:London Symphony Orchestra Recorded on March, 1958)
[2025-03-15]

リヒャルト・シュトラウス:ヴァイオリンソナタ 変ホ長調 ,Op.18(Richard Strauss:Violin Sonata in E flat major, Op.18)
(Vn)ジネット・ヌヴー (P)グスタフ・ベッカー 1939年録音(Ginette Neveu:(P)Gustav Becker Recorded on 1939)
[2025-03-12]

モーツァルト:弦楽四重奏曲第22番 変ロ長調 K.589(プロシャ王第2番)(Mozart:String Quartet No.22 in B-flat major, K.589 "Prussian No.2")
パスカル弦楽四重奏団:1952年録音(Pascal String Quartet:Recorded on 1952)
[2025-03-09]

ショパン:ノクターン Op.27&Op.37(Chopin:Nocturnes for piano, Op.27&Op.32)
(P)ギオマール・ノヴァエス:1956年発行(Guiomar Novaes:Published in 1956)
[2025-03-07]

モーツァルト:交響曲第36番 ハ長調「リンツ」 K.425(Mozart:Symphony No.36 in C major, K.425)
ヨーゼフ・カイルベルト指揮 バンベルク交響楽団 1960年録音(Joseph Keilberth:Bamberg Symphony Recorded on 1960)
[2025-03-03]

ブラームス:交響曲 第1番 ハ短調, Op.68(Brahms:Symphony No.1 in C Minor, Op.68)
アルトゥール・ロジンスキ指揮:ニューヨーク・フィルハーモニック 1945年1月8日録音(Artur Rodzinski:New York Philharmonic Recorded on January 8, 1945)