Home|コメント
リスニングルームによせられたコメント
リスニングルームによせられたコメントをまとめたコーナーです。多くの方の熱いコメントを期待しています。(2008年3月10日記)
前のページ/
次のページ- 2023-10-27:クライバーファン
- 第2楽章の優美な旋律に惹かれました。はじめて聞いた曲で、ほかの楽章は特に印象に残らなかったのに対して、一聴しただけで感銘を受けたのが第2楽章です。
個人的には弦楽四重奏というジャンル自体が嫌いです。ヴァイオリンが2本で耳に刺激的に聞こえるというのがあります。でもヴァイオリンの音というのは実演で聞くと、安い再生装置で聞くのと大分違う音なので、弦楽四重奏も実演だと大分違う音なのかもしれません。というわけで、弦楽四重奏の実演にも行ってみようと思っています。
それにしてもハイドンという人は、モーツァルトほど、聞いてすぐに覚えられるようなメロディを作らない人ですね。そういうところはベートーヴェンに似ていているのかもしれません。逆に言うと、モーツァルトに比べると、何回聞いてもなかなか飽きないという長所もあります。
- 2023-10-26:クライバーファン
- フラグスタートは、最近EMI時代のCD5枚組を買ったり、フルトヴェングラーのスカラ・リングのLPやトリスタン、ブリュンヒルデの自己犠牲の英EMI初期盤を買ったりして演奏を集めています。
また、メト時代のボダンツキーやラインスドルフとのライブも聞きました。トリスタンは1935,37,38年の三種は聞きました。いずれも見事でした。
そのころの全盛期と比べて、この演奏はどうかというと、ニルソン自伝で「彼女の声は年を経るにつれ暗いトーンになり威厳を帯びてきた。」と書かれている通りだと思います。
声が太くなり、陰影が増し、より神々しくなったと思います。高音が出にくくなるなどの衰えはあると思いますが、素晴らしい声をここでのシューベルトの歌曲でも聞かせていると思います。
フラグスタートは私が聞いた女声のなかで一番きれいな声だと思っていますが、ここでも声から発せられる香りのようなものは健在ですね。全盛期と比べても聞き劣りしません。
- 2023-10-25:クライバーファン
- スケルツォ第1番を10年ぶりに聞きましたが、やはり最高の演奏ですね。私が持っている1961年ごろのCBSへのステレオ盤、1985年のDGへの録音よりも優れていると思います。でもなぜかCDは買っていません。我ながらCD収集に消極的であると思った次第です。
スケルツォ第1番ですが、極めて独特な演奏ですね。弱音の出し方が他の人と全く違います。ジャズの影響ですかね。ぎゃくにこういうチャラチャラした感じの演奏が嫌いな人がいてもおかしくないと思います。
これを聞いた後に1985年の映像を見ると、同じようにやろうとして、年齢によって技巧的にできなくなったこと、それでも残っているかつての技巧の片鱗が見えてとても興味深いです。
スターウォーズの映画に例えると、800歳を超える高齢のヨーダが戦闘シーンだけで突如若返って、超スピードの剣技を披露するのですが、それと同じことが、1985年のホロヴィッツのスケルツォ第1番のコーダにも言えます。
さんざん指がもつれ、テンポもあやしいなか、ようやく到達したコーダで突如、若かりし頃の技巧の冴えが復活するようです。
なお、リヒテルは1985年の映像をみて、一言「dreadful」と酷評していますが、その気持ちもわかります。彼はこの時のホロヴィッツの「No but for the old man.」というセリフも気に入ったらしく、自分のサンサーンスかなんかの協奏曲の録音の印象を記した際に「ホロヴィッツがスケルツォ第1番を下手に弾いた後の言葉」として引用しています。
- 2023-10-24:クライバーファン
- 完全に理解できたわけではないですが、4,5回聞き、良い作品だと思いました。クラウスのピアノも弱音主体の部分が特に美しいです。球を転がすような繊細なタッチですね。
こういう演奏を聞いた後で、グレン・グールドがどうハイドンを弾いたのか興味がわきました。この曲のレコードが残っているか知りませんが、調べてみます。
シャルランの録音の音質には少し疑問があります。私はクラウスのモーツァルトのピアノ・ソナタ第3番のモノラル盤を持っていますが、フォルテで多少、歪が出ます。このハイドンもそうです。この辺のバランスを上手くとってもらいたかったものです。
貴重な音源をアップいただきありがとうございます。
- 2023-10-23:クライバーファン
- 記念すべきハイドンの交響曲1曲目?ということで興味を持って聞きました。
いぜん、ビーチャムのロンドンセットかなんかを聞こうとして退屈して挫折して以来のハイドン挑戦です。
第1楽章はちょっとだけ、魔笛の第2幕の夜の女王のアリアの伴奏と似ているところがあるかなと思いました。ハイドンはあまり、覚えやすいメロディを入れないですね。第1楽章は動機と音階で構成しているようです。
第2楽章は静かな中にやや強めの動機を執拗に挿入に、聴衆が眠らないようにしているようにちょっと思えました。
第3楽章は、後年のV字や驚愕のフィナーレとあんまり変わらないような気もします。
これ以外のハイドンも聞いてみようと思います。アップロードありがとうございます。
- 2023-10-22:クライバーファン
- メンデルスゾーンの室内楽ですが、はじめて聞く曲です。驚いたのが、第3楽章のどこかの部分で、ウラッハのクラリネットの音が、昔よく聞いていた、ウラッハのモーツァルトのクラリネット協奏曲の音とそっくりだった点です。
クラリネットの低音は独特の響きがします。
あとピアノの録音もなかなか良いですね。やや艶消しで、まろやかなピアノ響きがとても美しいです。
モノラルのピアノにはなかなか馴染めないですが、このように十分満足できる音のものがあります。
何回か聞いてみます。アップロードありがとうございます。
- 2023-10-22:山本一郎
- 説明通りティンパニーは異彩を放っています。迫力があります。一番好きな新世界です。また各パートのはっきりした主張はこれぞ新世界の感があります。
- 2023-10-21:安達 順一
- カークパトリックのクラヴィコードの演奏による平均律はまえに紹介いただいてよく聞いていました。今回はチェンバロということでしたが、最初のC major, BWV 870 で響きが似ているので、大変混乱しました。
何曲か聴き比べているうちに耳がなれてきてクラビコードの方は確かにアタック部分が叩いている感じではあるなと聞き取れるようになってきました。クラビコードの演奏はあまり聞くことはないのですが、カークパトリックのクラヴィコードはチェンバロに近いなと思っています。
さて、この聴き比べのなかで、D major, BWV 874 が曲が違うことにびっくり。クラビコードの方は冒頭からフーガのようです。楽譜を引っ張り出して見ると(弾けないのになぜか持っている)、チェンバロの方は前奏曲とフーガですが、クラビコードはフーガが繰り返されています。演奏中のリピートではないように思います。いままで何度か聞いているのに気が付きませんでした。
- 2023-10-21:クライバーファン
- あまり良さが分かりませんでした。
グリュミオー、ハスキルともに、特に音が美しいと思わなかったです。
ですが、これは名盤として知られたものなので、私の感性の問題によるところが大きいのかもしれません。
第2楽章の中間部のシチリアーノ風のメランコリーを高橋英郎は「ハイドンやほかの人たちには書けない、感性の深さがある。」と書いていて、そこの部分はたしかに良いとは思いました。でもハイドンが本当に書けないのでしょうか?この手の記述を見ると、ますます懐疑的になります。ハイドンのヴァイオリン・ソナタがあるか知りませんが聞きたくなりました!
- 2023-10-20:クライバーファン
- クラウス、ボスコフスキー、ヒューブナーのモーツァルトのトリオを聞くのは2曲目ですが、慣れてきたのか、十分楽しめました。
とくにクラウスですが、ステレオ時代の荒々しいタッチのピアノ・ソナタに比べると、ずいぶん控えめに音が鳴っており好感が持てました。
わたしは初めて聞く曲をすぐに楽しめるほど音楽の理解力があるわけではないのですが、繰り返し聞くことにより曲の良さを発見していこうと思います。
このような貴重な曲の録音をアップしていただき、ありがとうございます。
- 2023-10-19:クライバーファン
- 高橋英郎「モーツァルト366日」という本を古本で買ってこの曲に巡り合いました。この本は、モーツァルト礼賛一色で、ベートーヴェン批判が書かれていて読んでいてとても腹立たしい本です。
そしてこの曲を聞いてみましたが、なるほど、第2楽章などの静かな部分なんかは深い味わいがると思ったものです。
ただ、私の曲を理解する能力の欠如によるのだと思いますが、一回聞いて大いに楽しむというわけにはいきませんでした。ベートーヴェンのピアノ・トリオ第1番の方が、そういう意味では分かりやすい曲です。
ところで、ユング君のボザール・トリオの解説で「それに、ピアノ・トリオというジャンルはただでさえクラシック音楽の「裏街道」である室内楽の世界においても、さらに「裏街道」の世界です。」と書かれていて衝撃を受けました。ピアノ・トリオって裏街道中の裏街道なんですか! でも半分ぐらいは同意したい気になります、特にこういう曲を聞くと。
- 2023-10-18:クライバーファン
- やばいです。マケラが来日するということでひょんなことからチケット(D席、1万円)を買ってしまったのですが、プログラムにシベリウスの2番と5番があります。
2番はこれまで何回か(ドゥダーメル、ウィーン・フィルの実演を含め)聞いたことがあり親しみやすい曲なのでなんとかなりますが、5番はほとんどノータッチです。そして聞いても意味が良く分かりません。どなたか第4楽章をアップせよととんでもメールを送られたそうですが、たしかに第3楽章で唐突に終わりますね。
いまのところ、5番をマケラ、カヤヌス、ベルグルント、そしてこのマゼールで何回か聞きましたがちっともこの曲の良さがわかりません。
明後日コンサートです。このまま曲を理解しないままコンサートに行くのだけは避けたいです。というわけでマゼールは2回ほど聞きましたが、もう2回は聞きます!!!
- 2023-10-17:クライバーファン
- 長年フルトヴェングラーを主に聞いてきましたが、それ以外でも好きになる指揮者を探しており、マゼールを聞いてみようと思い立ちました。
ローマ三部作の松ですが、慶応大学の許さんがトスカニーニ盤を音色が汚く種類が少ないため弱音部がぜんぜんだめと批判され、甘美で陶酔的な響きが楽しめ、野蛮なまでの壮大さがないとローマ三部作はダメとおっしゃっていました。ああなるほどと思ったものです。
このマゼール盤はステレオ初期ですが、録音はまずまずと思いました。演奏も良いと思います。シューベルト、シベリウス、ベートーヴェンも聞いて、マゼールのファンになるか決めたいと思います。アップロードありがとうございます。
- 2023-10-16:Und
- 美しいものに憧れている素直な気持ちが伝わってくる。音楽だけでなくすべての芸術の原点でしょう。それがあるから一生続けていけるだと思います。
- 2023-10-16:クライバーファン
- このピアノトリオ「幽霊」ですが長いこと良さが分からず、昨日、Trio $(D*1l$(D+1giaqueの演奏で聞いて初めて良い曲だと思いました。
そこでボザールトリオだとどうかと思って聞きましたが、第1楽章のテンポが速すぎてイマイチです。といっても私は、ピアノ・トリオというと第1番、第2番と大公トリオぐらいしか曲の良さが分かっていないというのもあるとおもいます。
このピアノ・トリオ「幽霊」も聞きこんでいけばボザール・トリオの良さもだんだんわかってくると信じて、もう少し聞いてみようと思います。
- 2023-10-16:アドラー
- R.シュトラウスは昔から苦手な作曲家でした。なので、このアップされた演奏も聞いてなかったのですが、ちょっと聞いてみたところ、何ともチャーミングな音楽ですね。古い音なのに、音もいい。クレメンス・クラウスという指揮者も、ゲテモノ指揮者みたいなイメージがあったのですが(ファンの方ごめんなさい)、この演奏でこの作曲家も指揮者もイメージ変わりました。これはいい!
- 2023-10-16:joshua
- 吉田秀和が98歳で2012に亡くなってまだ10年余。その間、宇野功芳も2016年に旅立って7年。ChatGPTなるものが現れて、生成AIとして社会への影響を問われるようになりました。昭和半ば辺りまでの「教養主義」などどこかへ吹っ飛んだ感じです。それでも、教養を積むと世間に貢献しいい人生を送れる、というのは嘘じゃないと思いますし、機械に征服されないからこそ残されたものは、そこそこあるように思います。速さ・正確さでは絶対負けます。でも、「間を置く・沈黙を味わう」「黙って微笑する・しぐさでわかる」「音楽ならミュンシュの様に本番で大裏切りをする」・・・なんて人間の編み出した楽しい「変化球」。
音楽演奏の微妙な違いを楽しむという、何の得にもならないにせよ、飛び切り贅沢な「しあわせ」を味わえるんでしょう。亡きパバで言えば、6分前後の手軽さで、聴き漁りましたが、オッテルローが私の趣味でした。ホルンの上手さでは、このフィラデルフィアのメーソン・ジョーンズ。ただ、どれも本番で聴けば大いに感動して、「これだけ!」と思えたでしょう。教養主義の頃は、何となく楽観性があり、幸福感が見つけやすかったように思います。
蛇足ですが、教養主義の権化的指揮者がフルトヴェングラーだとすると、ラヴェルの演奏はどうだったんでしょう?録音は残っています。ただ、音を録ったまま聴いておりません。このページを読んで、改めて聞きたくなってきました。
- 2023-10-12:アドラー
- この曲、この演奏で初めて知りました。ユングさんの仰る通り、音がいいですね。ドイツがポーランドに侵攻する前というすごい古い時代なのに驚きです。
淡いのに豊かな色彩の音と、音楽によって自分の中に起こる気分もエンドレスに揺れ続けるこの演奏はいいなあ。笑枝さんの「この時期にはまだ米国に亡命していないはず」というコメントと、ユングさんの「この録音の当日に米国に向けて出国した」という説明を読ませてもらい、どちららが本当なのか分かりませんが、色々考えました。
この演奏もHMVで行われたというのだから、ドイツの弦楽四重奏団が英国で録音していたんですよね。
1939年には英国はドイツと戦いはじめたのだから、1937年とはいえ、HMVスタジオの英国人スタッフとブッシュSQとの間には微妙な雰囲気があったのではないか、と思います。
同じドイツ人の米国亡命でも例えばブルーノワルターはユダヤ人なので、米国は歓迎してくれるだろうと予想があったかもしれない。しかし、ブッシュSQは同じ米国への亡命でもだいぶ違う思いを抱えていたかもしれない。ユングさんの、第2楽章のブッシュのヴァイオリンには万感の思いがあっただろう、というコメントですが、まさに万感の思いがずっと揺れ動き続けている、素晴らしい演奏だと思います。
- 2023-10-07:joshua
- ゴメンナサイ。これもいいけど、やっぱりモノのミトロプーロス伴奏がいいです。
掃き清めたような伴奏に、フランチェスカッティがお行儀よく弾いているという、イメージです。厳しさはあるのですが、熱さがもっとほしい。ロマン派の音楽にそれを求める人はいると思うんです。それに、1902年に生まれたフランチェスカっティは、ここでは、還暦になりかかってる頃。50に入ったころがヴィルトゥオーゾとしては弾き納めだったかもしれません。伴奏者との相性も良かった。ブルッフも同じようにモノがいいです。そう思うと、ブラームスやシベリウスも、もうちょっと早く録音してほしかった。ベートーヴェン、モーツァルトはワルター伴奏でしたしね。
とはいっても、こんなことは、両方揃ったところではじめて思えることで、かくの如き感想を言えるのは、それ自身、幸せのバロメーターになってるのでしょう。
セルについては、例えば、マーラーの4番など「掃き清めた」感じが、異色の魅力に感じられ、繰り返して聞いてきました。
- 2023-10-05:アドラー
- 第1楽章の冒頭を聴いた瞬間、痺れて金縛りのようになりました。この演奏を聞けば感動するということが分かってしまったというか、いや、もう冒頭だけで感動していました。その後数日間、じっくり腰を据えて聴きたい/聴くべきだ、と思いながらも、そんな時間がなく、ちょこちょこと断片を聞いたりしていたのですが、今、ようやく全体を聴きました。ありきたりの言葉の繰り返しなのが情けないのですが・・・感動しました・・・。
自分が息をひきとる時はこの演奏を流して欲しいと思いました。
素晴しい宝物をアップロードしていただきありがとうございます。
- 2023-10-03:yk
- ドイツのカルメン受容・・・・と言うのもニーチェ以来独特のニュアンスがありますが、フリッチャイの「カルメン」も(LPのジャケット・デザイン共々)なかなか楽しいですね。
で、第4曲まではフンフン・・・と、聴いていたのですが、第5曲でファランドールが出てきて・・・????? タイトルを見ると「4幕へのバレー曲」とあります。カルメンの4幕に”バレー”・・・って、あったっけ?・・・これは、カルメンじゃなくて誰か(フリッチャイ?)が適当にビゼーの曲を見繕って(恐らくLP裏面用に)でっち上げた別のビゼー抜粋バレー曲(と称するモノ)じゃないのかしらん?・・・と思っていたら、最終第8曲はれっきとした「カルメン」に戻っていました。
ソウいえば、シチェドリンのバレー「カルメン組曲」には「アルルの女」も「美しきパースの娘」も引用されていて、このフリッチャイ版はその”先駆的先取り版”なんでしょうか?
1956年当時、ベルリン・オペラあたりでは第4幕に”ビゼー抜粋バレー”を入れて上演していたんじゃないかしら・・・?と、楽しい想像を巡らせながら聴かせていただきました。
- 2023-10-02:大串富史
- セルとオケの皆様に、ブラームスに、そして管理人様への感謝をまずここに。
#最初に余談でごめんなさい、マーラーの第3番の出だしの短調メロディーのそっくりさんは、(大学)祝典序曲ではなくて、こっちの第1番の第4楽章の長調メロディーでしたねすっかり忘れておりました(聴いて思い出しました)… それにしても、どっちがどっちのパロディなのか、それとも何のつながりもなくそっくりさんなのかが不明です誰か教えてください…
セルとオケの皆様、なんだかすっきりですんすん進んでいいですね。その場にいたなら、一緒にブラボー!なんでしょうか。
#チリチリ音さえなければ流すのに(まてまて
最後に管理人様への感謝なのですが、後述するように拠所なくサイト訪問をお休みさせていただいてからまた来させていただいたのですが、それでも2曲の新譜がアップされていて驚愕しました… どうぞご自愛ください、そしてこの意義あるサイト運営をこれからもお続けくださいますよう。
#最後に管理人様とクラシック音楽ファンの大先輩である皆様へ:やはりというか、わたしもいささか平衡を欠いてしまい家族からのクレーム噴出の兆しが見えましたので、こちらのサイト訪問はしばしお休みさせていただき、またサイト制作やHTML手打ち手直しの時などにちょこっとお邪魔させていただきます。ではではー
- 2023-09-25:アドラー
- メッセージは送っておりませんが、マルケヴィッチ指揮による同曲のロンドン交響楽団の演奏は好きで今まで何度も聴かせてもらっています。ですので、今回アップして頂いたフランス国立放送管の演奏がどういうものか興味津々です。
全体をよく聞けている訳でもありませんので部分的な感想です。当然、録音がよく、オーケストラも良いロンドン響の演奏のほうが優秀なことはある意味では分かっているので、比較のために緩徐楽章の第2楽章を何度か聞いてみました。
特に終わりの1~2分くらいの静かに消えていく辺りは、ロンドン響のほうが郷愁というか哀しさ(と一言で言えるようなものではないのですが)の感じや次の楽章に向けての衝動のようなものとか、色々なものが沢山込められていることが目に見えるように感じられて濃い感じがします。
フランス国立菅のほうはその点、さらっとしていますが、人工的に詰め込んでないという感じの演奏で、純粋な感じがあって、惹かれます。
チャイコフスキーというと大体どれも濃い音楽で、それがチャイコフスキーの魅力ですけど、フランス放送オケのこの楽章の演奏はそういうのと違う感じがして新鮮です。
第1楽章や、第2楽章でも前半の大きく盛り上がる部分などは、フランス国立放送管の方が、やや尖っているというか、せかせかとした感じもするのですが、もしかしたら、マルケヴィッチは第2楽章の終わりの辺りのような、自然な流れを作ろうとしていたのかもしれないと思いました。
私の耳では分からないのですが。
せめてロンドン響くらいのオケで、録音がもう少し良ければ、それが伝わってくるかもしれないと思うと残念です。
ところで、この曲に限りませんが、この指揮者のことは、Blue Sky Labelではっきりと関心をもつようになりました。有難うございます。
- 2023-09-24:大串富史
- 今回ばかりは、カラヤンとベルリン・フィルに、そしてチャイコフスキーに、そしてもちろん、管理人様への感謝と共に。
カラヤンとベルリン・フィルの「芸」術を、また見せて違う違う聴かせてもらいました。
#というか、このグラモフォンのジャケットを見ていると、うーん、もしかしてもしかすると、この演奏こそが中二病のあの日に学友の家で聴いた(つまり彼のイチ押しだった)あのチャイ4?なのかも?などとも思います。彼のお父さんというのがどうやらクラシック音楽ファンであったらしいことからしても、このサーカス違う違う演奏こそが、中二病たるスタンダードなのではと思えてなりません(違
でチャイコフスキーへの感謝なのですが、実際、ヴァイオリン協奏曲とピアノ協奏曲、そして第5番とこの第4番と、4つものバックグラウンド・ミュージックを提供していただきました。ありがとうございます(「り」ではなく「ざ」にアクセントが来る「ありがとうございます」)。
#以前に仕事で小籠包店のサイト制作をさせていただいた時のキャッチが「子どもの舌は正直です」だったのですが(日本人の舌に合わせて、豚肉ではなく、なんと魚肉を使った小籠包でしたが)、中二の違った子どもの耳は正直ですという話であれば、これは確かに中国人の学生向けのバックグラウンドミュージックとしてよさげなのではなかろうか、と思い直しました… 今回の第4番のアップにつられて再度チャイコに舞い戻り、偶然とはいえカラヤンのこれを見つけてしまったことですし。
管理人様への感謝は絶えません。どうぞご自愛くださいますよう。
#というか、魚肉小籠包なのに(日本人であれば)食べてみると全然違和感がないんですよね(当時は楽天で相応に売れていました)。このチャイ4も、好き嫌い以前に自分にとって違和感がないという… 中二病って、やっぱり怖い(まて
- 2023-09-19:大串富史
- サン=サーンスへのお詫びと感謝、ソリストのミルシテインと指揮者またオケの面々への、そして何より、管理人様への感謝と共に。
#この曲は… 正直、サン=サーンスを見直しました(まて)。というか、ハバネラとか、序奏とロンド・カプリチオーソとか、ちょっとサン=サーンスさん!このベクトルでもう一歩踏み込むだけで後世の、というか凡人のわたしの評価が全然違いましたよー(まてまて
それで管理人様の解説なのですが、面白過ぎます… 悶絶死しそうです…
#まあわたしも、どっちが高尚かなどという話は、当時もそうでしょうが、今はなおさら意味がないように思います。正直言わせてもらえば、俺たちは皆やっぱり駄目だったバカだったぐらいの話になるのでなければ、俺はこれが好き、僕はこれ、わたしはこっち、で話はおしまいなんだと思うのです。つまりは、西洋文明なるヘレニズムの結論でしょうか。涅槃に行きつくのが野望だというのと同じように(これは私の意見ではなくて、熱心な仏教徒の知り合いの意見です)、人は人であって超人ではなく、高尚な芸術を生み出せても自分自身さえコントロールが困難で、原爆を開発しておいて、科学者としての自分たちの役目は終わりましたのであとはご自由に、というのが、我々人類の歴史の現実なんだなーという。だから、美しきモーツァルトや力強いベートーヴェンではなく、なんかこう、場末のスナック違ったオンライン・クラシック音楽喫茶(つまりこのサイト)でバルトークを一人聴いてにやにやというのは、自分はやっぱり(以下略
#それにしても、もう一歩踏み込んでくれれば流すのになー(違
- 2023-09-18:大串富史
- 管理人様へのエール、また深い感謝と共に。
フランクと同時代のフランス、しかも接点がないわけでもなく、まあそれなり定評?もあるという、この交響曲の解説を拝読させていただき、相応に期待してこちらを聴かせていただきました。
#えっ?結果はどうだったかって?ええっとあのその、うーん… サン=サーンスに余りに申し訳なくて言えませんー(まて
わたしも自分がこの年になって、自分は凡人でよかった、凡人でない皆様は本当に大変だとの思いを日々強くしているのですが、「動物の謝肉祭」別にいいんじゃないですか?その気持ち分からないでもないですよー、と思う一方、こちらはなんだか、どうだ文句付けられるんだったら付けてみなさいハッハッハみたいに言われてもなー、と思ってしまうわけです。正直もうそんな音楽志向の時代ではないし、それ以上に時間も暇もない凡人の現代人なものですから、ただただ申し訳ない…
#これは自論めいてしまうのですが、人の能力の差というのはとどのつまり脳内のシナプス連結の差であって、そうであれば筋肉の鍛錬と同様にシナプス連結の生成のため相応に時間とエネルギーが必要で、結果的に人は70年80年の寿命内であれやこれをどれも完璧にすることはできず、あれかこれを、自分能力の範囲内で、まあ相応程度にできるのみなので、実際に一途に作曲に取り組んだ(というかそうする衝動に駆られてそうした)作曲家の大先生の皆様には、ただただ感謝しかありません。
もっともこの曲のネット鑑賞も曲の解説の拝読も、管理人様のご苦労がなければ実現しなかったでしょう(まあそれ以前に、バックグラウンドミュージック探しのためのクラシック音楽総聴き巡りという大義があってそうなるわけですが)。エールと謝意を再度お送りしつつ。
#実は残念ながら、マーラーの復活とシャルル=マリー・ヴィドールのオルガン交響曲(違)は、特定宗教の宣伝とみなされかねないと悟り、急きょ外させていただきました… まずこのフィルター(宗教曲や復活云々やオルガン曲等)に、現代人にとってあまりにクラシックなクラシック音楽はNGというフィルターをかけ、人をびっくりさせたり(あちらがかり?のもの?)注意を過度にそらせたり(歌曲等)もNGというフィルターをかけ、プチプチもクレームが来るのでNGというフィルターをかけ、現代音楽過ぎて「怖い音楽」もNGというフィルターをかけ(それでも自分はバルトークを聴きますし、たまにちょろっと流してしまったりもするわけですが)、その中から自分がこれはと思うものを流させていただいているわけですが、まあ相応に手ごたえを感じています(ある中国人の生徒さんはフランクを聴いて相応に感動していました)。されどクラシック音楽、でしょうか。現代人にとって、やっぱり隅には置けませんね、この音楽ジャンル(とこちらのサイト)は。
- 2023-09-14:大串富史
- マーラー違ったチャイコフスキーとバーンスタインまたニューヨークフィルの面々、そして管理人様への感謝と共に。
このマーラー違う違うチャイコフスキーなら、中国人の学生たちをなんとか繋ぎ止められるのではなかろうかと期待しつつ。
#本来ならチャイ5はスキップのはずが(まて)、チャイコフスキーの聴き巡りでこの第5番に行き当たり、相応の勝算のもとバックグラウンドミュージックで流すことにしました。
#もっとも実際どう出るかは、まあ、お楽しみではあるのですが…
とはいえ、わたしはやっぱりこの第5番が一番しっくりなんですよね。第4番や第6番より、いまだにしっくりです。というか、こういう部分はリストの前奏曲の時にも書きましたが、中二病なのかなあとも思います(まてまて
#今となっては昼休みに校内放送で流されていたスッペやロッシーニの序曲は(まあ小学校時分のいい思い出ではあります)もういいですなんですごめんなさい、でも中二病は怖いなあと、この年になってつくづく思います。もっともこれは、このチャイ5がバックグラウンドミュージックによさげだという話なのであって、じゃ中二に逆戻りしてこれを毎日のように聴くかというと、うーん、うーん、あり得ない(ごめんなさい
管理人様がクラシック音楽鑑賞にどれほどの時間を費やしてこのサイトを構築されたかを思うと、ただただ頭が下がります… こんな貧乏暇なしの弟分オヤジのバックグラウンドミュージック探しにさえ助けになってくださっていることに、深い感謝を申し述べつつ。
#それにしても、チャイコのマンフレッドの存在も、こちらで初めて知りました。ベルリオーズもホルストもそうだと思うんですが、あっちに作曲のインスピレーションを求めるのは、あのその、宮崎駿氏?がポニョ?であっちを全開して、人間はあっちからの助けが必要ですとまで言い切ってしまうのと、まあ、同じような気がしないでもないです…
- 2023-09-13:大串富史
- この歌と、第9番と、チェロ協奏曲へのドヴォルザークに対する謝意をまずここに。
#ドヴォルザークの聴き巡りを終えて思うに、自分はやはりクラシック音楽にいわゆる万人が求めるクラシック音楽らしさというものをあまり求めていないのかもしれない、との感を新たにしました… もっとも言い訳を言わせてもらえば、今はスラブ舞曲が大当たりみたいな時代ではなくなってしまっているので、現代人にとってそれでも残るのはこの3曲なのかなあ、とも思います。
でも不思議なのは、上述の3曲以外にも、自分にとっての青春の思い出みたいな曲があるにもかかわらず(例えば第8番とか)、自分の中では他は残らないんですよねごめんなさい… それにいわゆる他のスタンダードなクラシック音楽とかも(チャイコの第5番とかベートーヴェンとか)、やっぱり残らなかったり最初からあまり引き付けられなかったりしてしまうあたり、正直な話、これがクラシック音楽のネック(現代でも愛好家は一定数いるものの好みが相応に分かれてしまう)なのではと思わざるを得ません…
まあだからこそ、クラシック音楽の全方位なサービスを提供しようておられる管理人様の多大のご足労が光るわけですが。いつもながら、深い感謝をエールと共に。
#まあだからこそ、クラシック音楽の次の音楽が必要なように思うんですよね… ただ鑑賞しているだけだと好みが分かれてしまいますが、合唱に加わるなり手拍子足拍子で盛り上げるなりできれば(えっと説明が必要ですね… アフリカの彼らが自然とするような、あれのことです)、相当数の聴衆なり愛好家なりが集まるはずなんですが。この歌なんかも、自分で歌うのであれば、嫌いな人はまずいないと思ったりするわけです。えっ?もっと刺激の強い曲を歌わせろって?そーかよしよし、そんな君は僕と一緒に、まずはバルトークの聴き巡りを(まて
- 2023-09-12:豊島行男
- youtubeでいつも聴いていたのですが、こちらでアップされていたのは今日気がつきました。感謝感激。このルーデルの編曲版がまったく他に演奏が無く、またCD化されていないのは不思議でしょうがありません。はたまた他の演奏家たちもカノンばっかりで・・・。
凄く良い曲であり編曲だと思います。
- 2023-09-11:大串富史
- まずは管理人様に座布団を一枚(違
後期ロマン派の「厚化粧」の限界の例え、面白過ぎます(思わずイメージしてしまいますね)… 生の演奏会でないと本当のドビュッシーは聴けないのではないかという洞察も非常に興味深く感じました。逆に言えば、それこそがクラシック音楽鑑賞なのであって、レコード芸術というのは、あのその、やっぱり別物なのかもしれない(五味さんでしたか、完全な再現を目指すのは違うのではないかという)。
実はアップしてくださったマルケヴィチ+:ラムルー管を聴いて、これは…と思い海を聴き直そうと思っていた矢先、グリーグのピアノ協奏曲第一楽章をレッスン後のバックグラウンドミュージックで流したところ、不評ではなかったものの、あまりにクラシック過ぎという意見もあり、やはりそうかそうなのか…と思い直し、再度海の聴き比べをさせていただき、結果として今回はセルではなくカラヤンの採用に至った次第です。こってりとした厚化粧で「美しく」仕上げていただいて、何の不都合もございません(まて
#というか、中国の学生さんはそのほとんどがタブレットかスマホでレッスンを受けているわけで、わたしはわたしで片耳だけのイヤホンマイク(つまりモノラル)でレッスンをしている中、厚化粧でないとそもそも見えない違う違う聴こえないのです…
聴き巡りのさなかでルービンシュタインの3つのオレンジへの恋の行進曲を聴いて、プロコフィエフを見直していた(まてまて)ところ、こちらの再採用を決定しました。うーん、現代人ってやっぱりこんな感じなのか。思うに、小学校?中学校?の音楽鑑賞でビゼーの闘牛士を聴かされるより、3つのオレンジへの恋の行進曲を聴かされた方が受けがよさそうなのは確かじゃないのかなと。
最後になりましたが、カラヤンとベルリン響の面々への感謝、あとドビュッシーへの感謝も添えて。
前のページ/
次のページ
[2026-02-25]

ハイドン:弦楽四重奏曲第60番 イ長調 Op.55, No.1, Hob.3:60(Haydn:String Quartet No.60 in A Major, Op.55, No.1, Hob.3:60)
プロ・アルテ弦楽四重奏団:1936年11月19日録音(Pro Arte String Quartet]Recorded on November 19, 1936)
[2026-02-22]

ベートーヴェン:弦楽三重奏曲 第1番 変ホ長調, Op.3(Beethoven:String Trio in E-flat major, Op.3)
パスキエ・トリオ:1950年代録音(Pasquier Trio:Recorded on 1950s)
[2026-02-18]

ベートーヴェン:弦楽四重奏曲第16番へ長調, Op.135(Beethoven:String Quartet No.16 in F major Op.135)
ハリウッド弦楽四重奏団:1957年4月22日,5月11日&6月1日,3日,12日,20日録音(The Hollywood String Quartet:Recorded on April 22, May 11 & June 1, 3, 12, 1957)
[2026-02-16]

スメタナ:わが故郷より(Smetana:from my hometown)
(Vn)ヴァーシャ・プシホダ:(P)リディア・ベフトルト 1949年録音(Vasa Prihoda:(P)Lydia Beftot Recorded on 1949)
[2026-02-12]

シベリウス:ヴァイオリン協奏曲 ニ短調, Op.47(Sibelius:Violin Concerto in D minor Op.47)
(Vn)ダヴィド・オイストラフ:シクステン・エールリンク指揮 ストックホルム・フェスティヴァル管弦楽団 1954年録音(David Oistrakh:(Con)Sixten Ehrling Royal Stockholm Philharmonic Orchestra Recorded on 1954)
[2026-02-10]

フォーレ:夜想曲第12番 ホ短調 作品107(Faure:Nocturne No.12 in E minor, Op.107)
(P)エリック・ハイドシェック:1960年10月21~22日録音(Eric Heidsieck:Recorded 0n October 21-22, 1960)
[2026-02-08]

ハイドン:弦楽四重奏曲第59番 ホ長調 Op. 54, No. 3, Hob.III:59(Haydn:String Quartet No.59 in E major, Op. 54, No.2, Hob.3:59)
プロ・アルテ弦楽四重奏団:1936年11月19日録音(Pro Arte String Quartet]Recorded on November 19, 1936)
[2026-02-06]

ラヴェル:ピアノ三重奏曲 イ短調(Ravel:Piano Trio in A minor)
(Vn)ジャン・パスキエ:(P)リュセット・デカーヴ (Cello)エティエンヌ・パスキエ 1954年発行(Pierre Pasquier:(Cello)Etienne Pasquier (P)Lucette Descaves Published in 1954)
[2026-02-02]

ベートーベン:ピアノソナタ第28番 イ長調 Op.101(Beethoven:Piano Sonata No.28 in A major, Op.101)
(P)ハンス・リヒター=ハーザー 1956年3月録音(Hans Richter-Haaser:Recorded on March, 1956)
[2026-01-31]

ヴィオッティ:ヴァイオリン協奏曲第22番イ短調 G.97(Viotti:Violin Concerto No.22 in A minor)
(Vn)ジョコンダ・デ・ヴィート:ヴィットリオ・グイ指揮 グラインドボーン祝祭管弦楽団 1953年9月23日~24日&10月10日録音(Gioconda de Vito:(Con)Vittorio Gui Glyndebourne Festival Orchestra Recorded on September 23-24 & Ovrober 10, 1953)