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リスニングルームによせられたコメント
リスニングルームによせられたコメントをまとめたコーナーです。多くの方の熱いコメントを期待しています。(2008年3月10日記)
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- とても荒々しく、デリカシーが無い、と言えなくもないですが、「七人の侍」での三船敏郎のような、どこか無邪気なところも感じられて、7点をつけました。
ドボルザークの8番はどうしてもセル&クリーヴランド管弦楽団の超絶的な演奏が頭にあり、比較してはいけないと思いつつも幾分かマイナスしてしまいました。
でも、第1楽章からドラティの唸り声が聞こえ、気迫もやる気も十分で、非常に満足しました。
音質も59年とは思えないほどみずみずしく、堪能しました。
- 2014-10-22:Joshua
- あらためて、FLACモノラルをWAVになおして聴かせていただきました。
以前イアフォンで聞く程度ならフルヴェンの中では聞きやすいほうだと思って、
mp3からCD化してみました。で、大スピーカーで聴いてみると、やはり画素数の低さに
がっくりしました。今回大スピーカーは試していないですが、理屈では、ロスレスなわけですから、音質は上がっているはずです。そのためではありませんが、これはすべての人にとって、ブルックナーの聴体験のピークとなるものだと確信します。
言葉を尽くすのが馬鹿らしくなる素晴らしさです。
- 2014-10-21:ヨシ様
- この録音と、ほぼ同時期にマルケヴィッチが同じロンドン響とチャイコフスキーの交響曲を録音しています。
私的には、マルケヴィッチの方が好きです。
ドラティの演奏としては、やはりハイドンの交響曲、バルトーク、コダーイ、後はコンセルトヘボウ管を指揮した録音が好きです。
- 2014-10-21:ろば
- 自分には5点でした。
ドラティのものは後年のロイヤル・フィルのものも聞いてみましたが、そちらもいまいち。
精緻な表現、と言えなくもないですが、私にはぶっきらぼうに聞こえました。
ハイドンの交響曲ではあれほど多彩な表現だったのに、ベートーヴェンでは魂が抜けたような印象。
私にはドラティのベートーヴェンは相性が悪いようです。
- 2014-10-20:ろば
- 自分には5点でした。
ドラティのものは後年のロイヤル・フィルのものも聞いてみましたが、そちらもいまいち。
精緻な表現、と言えなくもないですが、私にはぶっきらぼうに聞こえました。
ハイドンの交響曲ではあれほど多彩な表現だったのに、ベートーヴェンでは魂が抜けたような印象。
私にはドラティのベートーヴェンは相性が悪いようです。
- 2014-10-19:原 響平
- メンゲルベルクの面目躍如の演奏。先ずは音質だが、この演奏が録音されてたのは1929年と、とても高音質を望むべくもないが、非常にクリーアーな音質で、聴きやすい。特に金管(ホルン)の響きは、ゾクゾクする程のリアル感がある。演奏は、メンゲルベルク特有のリタルダントの多用と、甘美なポルタメントの連続で、とてもクラシック音楽の初心者には進められないが、メロディーを熟知した、中級者以上の人々に取っては、極上の演奏になるはずです。後年に、似たような演奏で、ストコフスキー指揮・アメリカ響の演奏も有るが、スケールが明らかに違います。私は、この演奏に出会ってからメンゲルベルクワールドにのめり込みました。今思えば、聴かなければ良かったと後悔してももう後戻りできない程のインパクトがあった演奏です。蚊の泣くようなSP音源と知りながら、どうしてもメンゲルベルクの演奏を聴きたくて、多くのCDを買い漁りました。これは、麻薬のようなものです。皆さんも、騙されたと思ってこの演奏を是非聴いて下さい。
- 2014-10-14:benetianfish
- 待ってました!と、思わず叫んでしまいました。yung 君のサイトのおかげでドラティの演奏に出会えて以来、彼のチャイコフスキーがたいそう気に入っております。ただ、この交響曲集の CD はなかなか入手困難で、Universal Music が配信する FLAC で我慢していたのですが(しかし、そのうち第3番第1楽章は途中で切れるという代物!)、とうとう yung 君のサイトでも出てまいりましたね。特に第4番は、個人的には「one of the best」だと思います(ムラヴィンスキーの演奏をまだ聴いてないので、「The best」とは言い切りませんが...)。
ドラティの演奏は、この4?6番ももちろんすばらしいと思いましたが、'65年に録音された1?3番の方が、精巧さとスペクタクル度がより高い次元で両立されているように感じられ、これら前期の交響曲を見直す良い機会を与えてくれました。と、ここまで書いて気づいたのですが、「スペクタクル度」がアップしたように感じるのは、1965年にはもうコザートが現場から去ってしまって録音方法が変わったから...?どちらにしても、この交響曲全集は忘却の彼方に追いやってしまうにはあまりにも惜しいと思います。
あと2、3年で1?3番の方もパブリック・ドメインになると思いますが、そのときは是非よろしくお願いします!
- 2014-10-13:フラヴィウス
- ドラティって、ガタピシで録音の機会などなかった、デトロイトのオーケストラの常任に就任したことを思い出します。
本当に晩年でしたが、ストラヴィンスキーを三大バレエを、録音しました。
ご本人が、やりたいと言っても思っても、実現する物ではありませんよ。
同時期に発売された、コリン・デービスのコンセルトヘボウのレコードは、世評の高い物ものでしたが、ドラティのも中々だったと思います。
人事に口を出すわけでもなく、トレーニングでオケを立て直すのは、大変なお仕事だと思います。
指揮者の姿のある一面である、教育者的な面だと感じます。
解釈は、特に面白い物ではありませんが、音楽家としての実力を示しています。
チェリビダッケみたいに、ご本人が居なくなれば、立ち所に元も黙阿弥だった、ミュンヘンフィルとは異なり、オケの実力をアップするのです。
ビッグなスター性はありませんが、音楽が面白いわけでは無いですが、実力を感じます。
きっちりと縦の線を合わせ、音程を正しく直し、音色を整え、表情に統一感を与え、常識的な解釈をして、平凡にならず、そしてオーケストラ自体の基礎的な実力を向上させる。
客演指揮者たちの演奏すら、少しずつレベルアップを施していく。
こういう人をプロと言わずして、オケの性能を落としながら、自分の名前を売っていくのとは、異なり、実際にバレエで使える素材を作る。
自分的には、ストラヴィンスキーの三大バレエは、ブーレーズがクリーブランドを振った古い方の春の祭典に、魅了されているのですが・・・。
未だにそうです。
マーキュリーは、録音が良くて、ヘッドフォーンで聴くと、各楽器の表情が明確に出ていますね。
アンサンブルが悪い訳ではありませんが、ちょっとした揃わなかった部分にも、音色上のズレを感じさせます。
生々しいです。
BGM的に聴くのと、大きな違いがあり、フレージングなども余りに明確です。
直接音と間接音を上手に混ぜて、何となく上手に聞こえるのとは、異なっていて逃げも隠れもしません。
「悲愴」の演奏としてどうか?
よく分かりませんが、生を聞くのと感覚的に似ていて、繰り返して何となく聴くのが、怖い世界です。
ちっとも格好良くないですが、潔良いので、ミスが誰にでもばれます。
でも、クラシック音楽って、そんなもので、ウイーンフィルだってベルリンフィルだって、ライブではミスしてます。
- 2014-10-12:Joshua
- この時期のロンドン交響楽団というのはただ者ではありません。>>
その通りだと思います。ホルンは、若き頃オーストラリア・メルボルンから渡ってきた名奏者Barry Tuckwellがいましたしね。Peter Markが伴奏したホルン協奏曲はすでにアップロードしていただいていますね。他の管や弦もいいですけど。ケルテスもこのドボ8を聴いたのか、3?4年後に同じ顔合わせで、ドヴォルザーク全集を作っています。ウィーンの新世界交響曲の演奏がやたら有名ですが、LSOともケルテスはドヴォルザークを再録してるんです。同じごろ、ハレにいくとバルビローリがドヴォルザークやってますね。ドラティは肩を並べる名演です。
さて、ドラティDiscographyがこの数週間でたいそう充実して、ありがたく感じています。(長らく1812年、一本だった)ドラティは伴奏指揮でよく見かけていたのですが、JUNGさん上述のチャイコの4番など高校生の折聴いたときは「ひょっとしてこの人は・・・」と思ったものです。職人技、だけではない名匠ですね。文字通りの「強面(顔がコワイ)」で、N響に法外なギャラを請求した噂もありますが、さておき。世界初のハイドン交響曲全集(フィルハーモニア・フンガリカ)も近いうちにPDに入るわけでしょう。アップロードが大変かと察します。小生は、CDを手に入れて長々と愛聴してきました。オケはメジャーではないですが、文句なく上手いですよ。ピリオド楽器登場前の貴重な遺産ですよ。
このドボ8、理屈なく、とても楽しく聞かせていただきました。
私とこのサイトの出会いである、セル・コンセルトヘボウの1951年ドボ8を思い出す
名演です。
- 2014-10-07:石川幸雄
- 何度聞いてもワルターの未完成は良いですね。最初に聞いたのが約50年前の中学生の時代で裏面がワルターの運命のレコードでした。この二曲がクラシックの入り口で色々と聞いてきましたが一番最初に聞いた演奏が脳裏に焼きついてます。最初に聞いたのがワルターだった為にワルターファンになりました。
- 2014-10-07:Sherlock
- この演奏は不思議ですね。
確かに技術的にうまいとは言えないですよね。一本のヴァイオリンで何ができるかを追い求めているような曲なので,もっと技術がないと聞こえてこない音なんかもあるでしょう。もっと滑らかに弾いてほしいところもあります。ですから,いくら名盤と言われてきたからといっても,シゲティしか聴かないなら,この曲の魅力をすべて理解したとは言えないでしょう。わたしもこれが一番好きな演奏とは言えません。
しかし一度聴き始めると耳が離せなくなってしまうんですよね。ぐいぐい心に入ってくるんですよね。他の演奏では絶対に味わえない迫力があります。すごい歌を感じます。バッハはすごいなと感じさせてくれます。
よく精神性が技術を凌駕した演奏の代表として語られることが多いと思うんですが,それだけでもないと思うんですよね。確かに技術的にはイマイチに思えるんですが,よく聴いてみると,構造を明らかにするための間の取り方とか,音色の変化とか,大切なところは決して落としていない。もっと「上手く」てもそこまでこだわっていない演奏はたくさんありますよね。
この演奏は,ただ一生懸命弾いてるからすごいんじゃないんですよ。シゲティは技術が衰えてもこの曲を伝える術を会得していて,それはこの曲を愛して,よほど突き詰めないと得られないものなんじゃないでしょうか。その成果が十全に発揮されているから心に迫るんじゃないですかね。
そういう意味でこの演奏は「上手い」んだと思うんです。芸術における「上手い」とは何か考えさせてくれる演奏だと思います。
- 2014-10-06:半世紀前の小学生
- 小学校の音楽の授業で「未完成」を聴いたのがきっかけで、生まれて初めて買ったレコードがこれでした。
<ジョージ・セル指揮/クリーヴランド管弦楽団>
コロムビア・ステレオ・セブン (17cmのステレオLPのことだと書いてあります)
黒田恭一氏の解説付きで、当時500円もしました。
親に買ってもらったポータブルのレコードプレーヤーでよく聴いたものです。
今回は、MP3 と FLAC 両方でダウンロードさせて頂きました。
あの頃簡素なプレーヤーで聴いていたこの曲を、今、こんなにいい音で聴くことができて、懐かしさと嬉しさで感激しています。
- 2014-10-04:さとちゃん
- この時代のルービンシュタインは、テクニックともに品性、高貴、ともに最高です。
後年のステレオ録音の、円熟もいいですが、この演奏もまたすばらしい。
- 2014-10-04:Dr335
- 第3楽章第二主題のVPOの弦楽器が絶美と思います.DECCAのffrr録音のマジックかもしれませんが,ここだけは他のどの演奏よりも飛び抜けて美しく,ここが聴きたいがために,つい手を伸ばしてしまう演奏です.大学入試の一芸入試ならぬ,演奏の一芸評価というのがあれば,是非押したい演奏です.こんな音を聴かせるオケは,本当に無くなってしまいました.
- 2014-10-03:nakamoto
- やはり、そうでしたか。長い間私はこの曲が理解できす、人知れず悩んでいました。完成度の高い、傑作ばかりのブラームスの作品の中にあって、ピアノ四重奏曲は、良くなかったのです。嫌いでは全然ありませんが、イマイチというやつで、私ってダメな人と落ち込んでいました。この演奏は、流石に素晴らしいですが、ブラームスの中での壱番駄作という地位は、私の中で変わりません。私という人間は、同じ作品の違う録音は、あまり買わない人間ですが、理解できない曲は、何枚も買ってしまう病気で、でもこれがベストです。流石です。
- 2014-09-30:nakamoto
- 演奏家に対する造詣のない私にとって、この音は、演奏家の表現力の素晴らしさを、教えてくれました。クラリネットがこんなにも、様々な幸福な音を奏でるなんて、正直予想もしていなかったことです。
サンサーンスについては、吉田秀和がボロクソに、名曲300選で書いていました。
それは、当時サンサーンスの評価が、ベートーヴェン以後の、ブラームス、チェイコフスキーと並んで、三大作曲家のように言われていて、そんな関係で、ボロクソ表現になったのだと思っています。
個人的には、1835年生まれ、という事と、神童であり、作風の確立が少年時代にったことが、サンサーンスの評価を、時代遅れにしたのであって、サンサーンスの甘くて鮮烈な作風は、誰も真似のできない、彼独自の偉大な音造型があって、偉大な作曲家であったと、私は評価してます。
メンデルスゾーンも神童であったので、保守的と考えられやすい作曲家で、サンサーンスと同様です。
神童で活躍した作曲家の、創作スタイルは、10歳から15歳ぐらい年上の作曲家達と同じようになってしまい勝ちで、全く、保守的な後ろ向きの作曲家なのでは無いということであると、私は、認識しています。
- 2014-09-30:benetianfish
- 私も25年以上ピアノを弾いていますが、彼の弾くラ・カンパネッラやグランデ・ギャロップ・クロマティック(ハンガリー狂詩曲も)を聴くと、どこをどうすればあんな恐ろしいテンポで弾くことができるのかと、思わずにはいられませんね。その反面、エステ荘の噴水や愛の夢のように音楽を美しく奏でることもいとも簡単に...私はまだまだ修行が足りません(笑)。
- 2014-09-30:Sammy
- ヘタウマって(苦笑) 確かにそれが一番ぴったりくる感じですね。ふつうの合唱団が一世一代の心のこもり切った演奏をしてしまったような、素朴な叙情があふれていて、不思議な感動に誘われます(ただ、それはアンセルメの淡泊なようでいてよく見通された指揮によって音楽の美しさが巧まずに導き出された故でもあるのでは、と思いますが)。そういうのもまた、歴史的名演と呼んでよいのではと思います。さすがに最終曲のざらつき具合は「これでいいんだろうか?」とちょっと思いますが… フォーレ「レクイエム」と言えば、少年合唱団を用いたささやかなデビューのはずが、ご本人もびっくりの大ヒットをあてたかの名盤、コルボ盤もここまでではないけれども、今聞いてみると結構「一世一代のヘタウマ系」かもしれません。
- 2014-09-28:原 響平
- ライナー指揮のベートーベンの交響曲はどれも素晴らしい。特に奇数番号の交響曲は、屈指の名演奏ばかりである。この交響曲第7番は、弦楽器と金管楽器、そして打楽器の絶妙なバランスと、適度なホール感も相まって、極上の録音となった。時に第4楽章は、ホルンとティンパニーの上手さが際立っている。最近の指揮者は、どれも第4楽章にクライマックスを築くため、過度なトランペットの強奏や、テンポの動かしをする演奏が多いいが、ライナーの演奏は、楽譜に過度な色付を施さずに、しかも、超えてはいけない限界を維持しつつ、しかも音色のバランスを守りながらオーケーストラに集中を求め続け、それを実現させる力量は、神業に近いものを感じる。更に、ライナーの凄いところは、メロディーラインを重視するのは当然だが、それ以外の音が色々と聞こえてくる。例えが悪いが、カラヤンの演奏が12色で描かれる絵とすれば、ライナーの演奏は36色で描く絵ぐらいの差がある。
- 2014-09-27:Joshua
- 音のことを忘れて聴き入ってしまうことではフルトヴェングラーと双璧なのでは?
このワルトシュタインは本当に凄い!!!
- 2014-09-27:Joshua
- ロザリン・トゥーレック
女性だったんですね。かっちりと弾いた「まじめ」な演奏と聴きました。
ピアノでのゴールドベルグは、実は1942年アラウの録音が最初ではないでしょうか?ライナーノートによると、ランドフスカの録音が出たSPの折、お蔵入りしたそうです。アラウは80歳になって(なくなる8年前)、リマスターしたこの演奏を聴き、ピアノのゴールドベルグの有効性を確信したそうです。(でも再録音はなかったんです)これを聴く限り、グールドは録音時期を得た分、得をしてはいないか?と思ってしまいます。上手いし、じゅうぶん変化にも富んでいる。音さえも少し良ければ、アラウは対等です。今日のペライアやシフの名演の布石はここにあったのか、と思えます。ちなみに、このサイトでも確認しましたが、ベートーベンのソナタ・協奏曲、その他ショパン・チャイコフスキーで聴けるアラウの素晴らしさは確かなものです。KOUHOU評論家の影響もあり、アラウは愚鈍と決め込んでいたわたしの考えは変わりました。さて、トゥーレックさん。はっきりくっきりで、直球投手ですね。こんなのも、あれこれ手の入った演奏を聴いた後ではいいものです。
- 2014-09-26:HIRO
- この楽曲の有名な第2楽章の背景と構成についてはワルターのところに書かせてもらいましたが、それをロジンスキーが忠実に再現しているのに出会って驚きました。親分格に当たるトスカニーニが、この曲で新即物主義の底の浅さを露呈しているのに…。第3楽章でもティンパニの音色がインディアンの太鼓を連想させ、スケルッツオがこれほど「インディアンが踊り狂っている」イメージを想起させる演奏はありません。
クラシックの演奏というのは、楽譜という「聖典」があるので、美しい音を持っていて、素晴らしい演奏テクニックがあり、楽譜を読む法則を覚えてしまうと、その作品の内容に対する理解がいい加減でも、それなりに聞こえるように演奏できてしまうもので、ほとんどの人をそれで騙すことができてしまいます。最近の演奏家が面白く無いのも、その辺に理由があるのかも知れませんが、そうした無知が顕著に露呈してしまう楽曲があって、この第2楽章などはその典型だろうと思います。
ですから、この楽章を聴き比べるだけで、指揮者のランキングを付けても、ほとんど間違いがないだろうとさえ私は思っています。
私が知っている演奏だけでも、さすがにクーベリックやバーンスタインはちゃん内容を理解して演奏しているのが分かりますが、一部で熱狂的ファンがいるチェリビダッケなんかは、ただゆっくりと丁寧に演奏しているだけで、楽譜面だけでやっているのが見て取れます。
演奏家の変化も分かりやすく、セルがアメリカに来て何かを掴んだのも、チェコフィルとクリーブランドのこの楽章の違いを聞けばはっきり分かるし、一方、いつまでたっても同じことしかやらない、成長のない方々のことも…。
ともあれ、ロジンスキーはユングさんがおっしゃるように「ただ者ではない」と思います。
- 2014-09-26:Sammy
- 「左手のため」という一見地味になるはずに見えるこの曲の持つ、すっきりしていながらも実はかなり華やかな美感を、この演奏はよくとらえているように思います。確かにYungさんの仰るような精緻さはラヴェルの美質ですが、そこに濃密な華やかさを封じ込めたところもまたラヴェルらしいと思います。この演奏では精緻さという封印を解いて開放したら、絵具がばらまかれて鮮やかな色絵巻になった、というような艶やかさを感じさせます。好きなようにやった!というオンリーワン的な名演と言ってよいのではと思います。
- 2014-09-22:HIRO
- この「新世界から」の第二楽章が一種のレクイエムだということをどれだけの人が知っているのでしょうか。インディアンの英雄叙事詩『ハイアワサの歌』のハイアワサの妻ミネハハの死(餓死)と雪中の埋葬…。演奏家でさえ、そのことを知らずに演奏しているとしか思えないものが多いように思います。その点でこのワルターの「第二楽章」は素晴らしいと言えます。(全曲が素晴らしいですが)3回出てくる7音のコラールは「むかしむかし、あるところに…」の意味だそうですが、私にはアメリカの大草原と森林の広大さ、荘厳な雰囲気の表現に聞こえます。あの有名なメロディーは、ハイアワサのミネハハへの哀惜と雪の大自然の静けさを表しています。夜明け、風が吹いてきます。風が大雪原を渡っていきます。やがて鳥達が鳴いて太陽が昇ります。そしてまた、もとの静けさに戻り、途切れ途切れの音の中にミネハハの魂は静かに昇天していきます…。それにしても、この名曲に、ドボルザークの死後、様々な歌詞によって付けられてしまった(特に日本の「家路=夕方」)俗なイメージは、いつになったら払拭されるのでしょうか。
- 2014-09-22:フラヴィウス
- 充実した良い演奏ですね。
如何に演奏するかと言う意味で、規範となるし、本当に感心しました。
未完成って、ピアニシモの所では楽器の数が多くて、指揮者の締め付けが弱いとダイナミクスの指示が混乱しますね。
近隣の大学のオーケストラで聴くと、そんな印象ばかりです。
熱演で何とかなるのとは異なる種類の音楽だと感じます。
そんな意味は、はるかに凌駕されていて、当然ですが、聴けて良かったと思いました。
アファナシェフの演奏する、シューベルトのピアノソナタの様な、脳性梅毒の進行と30歳代での死が迫る、作曲家シューベルト感とは、距離が遠いです。
無関係な健康的な演奏です。
もちろん、ワルターのウイーンでの演奏とも距離があります。
第一楽章がゆったりとした四分の三拍子。
第二楽章の方が優れているような気もしますが、冒頭の旋律と低音との組み合わせなんか天才以外の何物でもない着想。
そして、同じ程度の長さの、やはりゆったりとした四分の三拍子。
第三楽章のスケッチが、やっぱり四分の三の舞曲。ワルツやメヌエットというよりも、レントラー舞曲かな・・・。
その為に、残された二つの楽章で充実感が出るように、第二楽章に重きを置いて、よりゆったりと演奏する。
もしも、少し早目のテンポでやると、交響曲が途中でブチ切れたように終わった感じでしょうね。
多分。
自分も、名曲と信じ込んでいるし、聴き慣れていて、こんな物だと思っているのですが・・・。
- 2014-09-18:nakamoto
- この演奏も、さすがとしか言いようがありません。セルファンの方々には、ホント申し訳ないのですが、理解できない曲をセルで解決させて頂いております。挙げたらキリはありませんが、随分セルに助けてもらっています。それは、セルが、きっと楽器奏者としても作曲家としても、一流の腕前を持っているからにほかなりません。指揮者を超えた指揮者ぶりが、演奏から見えてきます。楽団員には、暴君であっても、作品には、朝貢しひざまずいている姿を感じます。そしてもうひとつは、協奏曲指揮者として一流であることが、挙げられます。兎に角、理由は分からないのですが、セルの協奏曲は、素晴らしいのです。独奏者が、誰であろうと、セルを感じさせてくれます。この曲も、言われてみれば影が薄いと言えるのでしょうが、この録音を聴いて、尚且つ影が薄いと感じる人がいるとすれば、それは何かが、偏見になっているという事なのだと思います。
- 2014-09-17:ヨシ様
- セルのシューベルト「未完成」素晴らしいですね。
ちなみにセルの最後のスタジオ録音の一つ、シューベルト「ザ・グレート」
同じ最後の録音のドボルザーク、日本公演ライブ盤と共に愛聴盤です。
- 2014-09-16:Sammy
- ブルックナー演奏は、特にこの9番は峻厳至高な世界を目指さねばというなら、この演奏は緩すぎてダメとなるのでしょうか。例えば宇宙の鳴動とすら表現された第2楽章など、不穏な村祭りくらいの感じでしょう。しかし、そういう究極志向は他の演奏に任せて、この巨匠がステレオで残した貴重な演奏なのですし、この演奏ならではのものを聞けばよいと思います。そう構ればここには、一つ一つが伸びやかかつレガート気味にしっとり抒情的に歌い、その結果ほんわりした独特の明るい色彩感とリズム感が不思議な柔和さを生む、独特の雰囲気があると思います。それは特に終楽章の切々と甘く明るく歌う美しさに見事に結実していて、新鮮な感動がありました。
- 2014-09-16:原 響平
- ケンペのドボルザークは、晩年のチューリッヒ・トーンハレと演奏した録音を聴いて、余りにも録音が不鮮明で、しかもメリハリの無い演奏にガッカリしたのを覚えている。しかし、同時にLPに組み合わされていた、ブルックナーの交響曲No8は、ブルックナー特有のホールの響きが、ケンペの充実していた時期の代表盤の誉れ高いもので、流石にブルックナーの演奏はドイツ人に限ると納得したのを思い出した。さて、このケンペのドボルザークは、非常に鮮明な録音で、しかも、当時カラヤンの手兵のベルリンフィルを上手にコントロールした演奏で、1950年代にベルリン・フィルと録音した、ブラームス交響曲No1と同様に推薦に値する演奏だ。当時のEMIの録音スタッフは、カラヤン、ケンペ、シルベストリとこの曲を録音しているが、ハチャメチャで豪快なシルベストリは別として、華麗な響きのカラヤンと、質実剛健なケンペの演奏のどちらをプロパー選択するか悩んだに違いない。でも、他社のRCAは、既にライナーの決定版を所有していたし、グラモフォンはフリッチャイの名演を入手。やはり、残念ながら当時のEMIには勝ち目はなかったのも事実のような気がする。
- 2014-09-15:フラヴィウス
- この演奏を、単に抒情性と言う言葉で語りたくありません。
抒情的でないとは、思いませんが・・・。
確かに曲順が、通常の物とは違っていますね。
ワルツ集14曲のうち、フラット系列は10曲。
その内、変イ長調が4曲もありますね。
シャープもフラットも無いのは、イ短調の独特なワルツ。
シャープ系列は3曲。
調整関係で考えても、論理的に破綻します。
(ヨハンシュトラウスのワルツみたいな、ある意味実用的でもあるワルツを考えると・・・・)
普通に並べてしまうと、いかにもワルツっぽい、踊れそうな1番から始まります。
最後は、ホ短調の14番で、深い精神的・宗教的な内容を感じます。
このワルツっぽくない曲で、拍手喝采して楽屋へバイバイだなんて・・・耐えられません。
演奏会とはこうするもの、そんな常識、いつまでも続きはしませんよ。
平凡な演奏では拍手が可能でしょうが、リパッティの高貴な気品に溢れる演奏。
拍手し辛いと思うのは、フラヴィウスの感性です。
抒情性というよりも、叙事性。
リパッティの師匠筋のピアニストにして文学者のコルトーなら、文章と言うかポエムにして残すでしょう
中身は具体的には分かりません。
身勝手に、イメージしましょう。
語り合いましょう。
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[2025-04-02]

モーツァルト:セレナーデ第13番ト長調, K.575 「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」(Mozart:Serenade in G Major, K.525 "Eine kleine Nachtmusik")
ヨーゼフ・カイルベルト指揮 バンベルク交響楽団 1959年録音(Joseph Keilberth:Bamberg Symphony Recorded on 1959)
[2025-03-28]

ラヴェル:スペイン狂詩曲(Ravel:Rhapsodie espagnole)
シャルル・ミュンシュ指揮:ボストン交響楽団 1950年12月26日録音(Charles Munch:The Boston Symphony Orchestra Recorded on December 26, 1950)
[2025-03-24]

モーツァルト:セレナード第6番 ニ長調, K.239「セレナータ・ノットゥルナ」(Mozart:Serenade in D major, K.239)
ヨーゼフ・カイルベルト指揮 バンベルク交響楽団 1959年録音(Joseph Keilberth:Bamberg Symphony Recorded on 1959)
[2025-03-21]

シューベルト:交響曲第2番 変ロ長調 D.125(Schubert:Symphony No.2 in B-flat major, D.125)
シャルル・ミュンシュ指揮 ボストン交響楽団 1949年12月20日録音(Charles Munch:The Boston Symphony Orchestra Recorded on December 20, 1949)
[2025-03-17]

リムスキー=コルサコフ:スペイン奇想曲, Op.34(Rimsky-Korsakov:Capriccio Espagnol, Op.34)
ジャン・マルティノン指揮 ロンドン交響楽団 1958年3月録音(Jean Martinon:London Symphony Orchestra Recorded on March, 1958)
[2025-03-15]

リヒャルト・シュトラウス:ヴァイオリンソナタ 変ホ長調 ,Op.18(Richard Strauss:Violin Sonata in E flat major, Op.18)
(Vn)ジネット・ヌヴー (P)グスタフ・ベッカー 1939年録音(Ginette Neveu:(P)Gustav Becker Recorded on 1939)
[2025-03-12]

モーツァルト:弦楽四重奏曲第22番 変ロ長調 K.589(プロシャ王第2番)(Mozart:String Quartet No.22 in B-flat major, K.589 "Prussian No.2")
パスカル弦楽四重奏団:1952年録音(Pascal String Quartet:Recorded on 1952)
[2025-03-09]

ショパン:ノクターン Op.27&Op.37(Chopin:Nocturnes for piano, Op.27&Op.32)
(P)ギオマール・ノヴァエス:1956年発行(Guiomar Novaes:Published in 1956)
[2025-03-07]

モーツァルト:交響曲第36番 ハ長調「リンツ」 K.425(Mozart:Symphony No.36 in C major, K.425)
ヨーゼフ・カイルベルト指揮 バンベルク交響楽団 1960年録音(Joseph Keilberth:Bamberg Symphony Recorded on 1960)
[2025-03-03]

ブラームス:交響曲 第1番 ハ短調, Op.68(Brahms:Symphony No.1 in C Minor, Op.68)
アルトゥール・ロジンスキ指揮:ニューヨーク・フィルハーモニック 1945年1月8日録音(Artur Rodzinski:New York Philharmonic Recorded on January 8, 1945)