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リスニングルームによせられたコメント
リスニングルームによせられたコメントをまとめたコーナーです。多くの方の熱いコメントを期待しています。(2008年3月10日記)
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- むつかしいことはわかりませんが、楽しく聞かせていただきました。40年でこの音!楽しんで演奏しているように感じられ、それぞれの楽器の音色も楽しめます。前へ前へ進んでいく感じも好きです。何しろ楽しい!
- 2021-01-24:コタロー
- 先日、子ども時代の私にオーケストラを聴く楽しさを最初に教えてくれた恩人がオーマンディだということを申し上げました。その中でも「くるみ割り人形」の「花のワルツ」は大のお気に入りで、何度も繰り返し聴いていました。しかし、当時家にあったオーマンディのLPは、通常の「組曲」の曲目しか収録されていませんでした。
今回のハイライト版はバレエの進行順に演奏され、しかも「雪片のワルツ」「パ・ド・ドゥ」「終幕のワルツ」といった、組曲にはない「おいしい部分」が収録されているのがとてもいいですね。
アップありがとうございました。
- 2021-01-18:コタロー
- 私の手元にはピエール・モントゥーが1961年に、珍しくシカゴ交響楽団を指揮したこの曲のCDがあります。
基本的なアプローチはサンフランシスコ響の演奏と大きな変化はありませんが、ステレオ録音ということで、音質は飛躍的に向上しています。また、シカゴ交響楽団を採用したことで、より緻密なアンサンブルを実現しており、クライマックスの部分では壮絶ともいえるような表現を見せています。
それまで私にとって、フランクの交響曲はどちらかというと苦手な音楽でしたが、モントゥーのCDを聴いて払拭できました。まさに目から鱗が落ちたといってもいいでしょう。
そんなわけで、モントゥーがシカゴ交響楽団を指揮した演奏がアップされると良いですね。
- 2021-01-17:クライバーファン
- 第1楽章だけ聞きました。大変優れた演奏ですが感銘を受けませんでした。演奏に何か欠けたものがあるのかというとそんなことは全くありません。
単に私が、フルトヴェングラーの1954年のウィーンでやった録音のような重々しいロマンティックな解釈に毒されているからです。ああいうものを好むのが本当に良いのかということを考えされられました。
ここでのセルの演奏にはフルトヴェングラーのような余計な味付けは一切ありません。ただ楽譜に書いてある通りに弾いているだけです。そして思ったのですが、ベートーヴェン本人が聞いたらセルの演奏の方をよっぽど好むのではないかと思いました。そういう意味ではフルトヴェングラーよりセルの演奏の方がよっぽど正しいのです。正しくて優れた演奏を私がなぜ楽しめないのか考えされられました。
単純に私に音楽性がなく、正しいものを素直に良いと思えない可能性が高ですね笑
何回か聞いて、自分はなぜ、フルトヴェングラーの1954年のウィーンでやった録音のようなものを好むのか考えてみたいと思います。
- 2021-01-14:コタロー
- クラシック音楽を聴き始めたころの私にとって、ジョージ・セルがオーケストラの何たるかを教えてくれた指揮者だとすれば、純粋にオーケストラを聴く楽しさを教えてくれた指揮者がユージン・オーマンディであるといえるでしょう。
そういう意味で、この2人の指揮者は、自分がクラシック音楽に関わってきた過程で、欠かすことのできない恩人といえます(偶然ですが、ともにハンガリー出身ですね)。
オーマンディの「白鳥の湖」では、とりわけ第4幕の「小さな白鳥たちの踊り」など、何とも言えない哀愁を感じさせて印象深いです(これは組曲版には入らない曲ですね)。
なお、「白鳥の湖」のハイライト版では、ピエール・モントゥー指揮ロンドン交響楽団のものが選曲も妥当で、演奏にもエレガンスが感じられて、私の中では高評価です。
- 2021-01-14:yk
- バレー音楽をクラッシックの中でどのように位置づけるのか・・・と言うのは人によるのでしょうね。バレー音楽と言うのはyungさんも指摘するように当然「(踊りの)舞台との融合によって成り立つ音楽」であり、バレー無しの音楽だけで聴くと言うのは作曲の本来の目的から外れた変則的な・・・恐らく何らかの要素の欠落した・・・状況には違いありません。
私は、バレー音楽を・・・特にチャイコフスキー・・・を愛するモノですが、それでも「白鳥の湖」の音楽をその舞台(及び物語)と切り離して聴いているか・・・と言うと(恐らく)ソウではなくて何らかの形で舞台を頭で思い浮かべ物語を追いながら聴いている。そのバレーの舞台と言うのは勿論バレリーナたちの洗練され研ぎ澄まされた”舞踏芸術”を楽しむものに違いありませんが、同時に何といっても視覚的に美しいバレリーナがいてこその舞台であり、そこには所謂”脂粉の香り”漂う艶やかさ、バレリーナに憧れる女の子たちの憧れの吐息、必ずしも”高尚”だけとも言えないスノッブも入り混じった男性ファンの熱い視線、etc. etc. の入り混じった独特の雰囲気をもったもので、それは同じクラッシックの範疇の舞台芸術であるオペラの舞台とも大きく異なるところがある。おそらくyungさんが言うバレー音楽の”薄さ”はバレーのそう言った雰囲気とも不可分なものなのだと思いますが、逆に言えばそう言ったバレーの舞台・劇場の雰囲気の薄い演奏はバレー音楽としてはその魅力が半減するようにも(私には)感じられところがあります。その意味では、オーマンディの演奏はいかにも彼らしい鮮やかなものですが、どこか物足りないところもある演奏でした(もっとも、オーマンディ自身はバレー音楽に纏わりつく”脂粉の香”など余計なものとして意図的に排除した・・・・と言うことのようにも思いますが・・・)。
- 2021-01-13:コタロー
- 私とネヴィル・マリナーとのファースト・コンタクトは1970年代初頭に録音されたヴィヴァルディの「四季」でした。このレコード、当時の価格で2300円もしていたので、ダブルジャケットで、なんと全曲スコア付きという豪華なものでした。演奏の方は実に奇想天外、ソロ・ヴァイオリンはあちらこちらで即興演奏を繰り広げ、通奏低音が前面にしゃしゃり出るといったあんばいでした。でもとてもファンタスティックで面白い演奏だったです。
それに比べるとこの時代のマリナーはまだおとなしくて端正ですね。音楽の素の美しさをストレートに表していて、これまたとても魅力的です。
そういえば、マリナーの指揮の師匠は、かのピエール・モントゥーでした。
それがマリナーの如才ない指揮ぶりを築き上げていった原因なのかもしれませんね。
- 2021-01-11:joshua
- この曲はご多分に漏れずCBSソニーのモノラル廉価盤LPで知ったのですが、ちょっと昔話をさせて頂くと、中学校の音楽の聴き取りテストの開始時テーマ曲でもありました。試験前の受験生心理と、出だしの神秘的かつ不安な情緒が共鳴していたものです。
そのテストでは、和音の指摘問題はからきし駄目でしたが、曲名を答える問題はスピーカー不調時も先生に褒めてもらえるほどでした♪。
冒頭のソニーのLPはフランチェスカッティのソロ、その後Arthur Grumiaux(フルネ指揮フォンタナレーベル)、マイケル・レビンと聴いていき、ラジオでハイフェッツにであったときはなんと速い・上手い・正確と思ったものです。
でもトスカニーニじゃありませんが、録音のせいか、音色が乾いていて曲芸的に聞こえ、当時併せてよく聴いていたオイストラフのような豊かな音色で弾けないものか、とcry for the moon したものでした。
その後、同演奏が音の良いCD(RCAです)で再登場すると、両者の差は縮まっていきました。とはいえ、当初の印象は消えたわけではありません。
ちなみに、オイストラフのサンサーンスは記憶にないですねえ。
同じ、ソ連で佐藤陽子の師匠レオニード・コーガンがミュンシュ伴奏でしたか、弾いていますが、いいですねえ。ミュンシュもラレードのご紹介であったように実に合わせが上手い!
さて、ミルシテインのこの曲は、私的には今回初めてです。「ハバネラ」も聴きたいですね。昨年末来、スタインバーグを度々紹介頂いてますが、ミルシテインとつながってきますね。60年代のミルシテインはスタインバーグと協奏曲の共演を実にたくさん残してますね。
有名どころは全部じゃないでしょうか。
フィストラーリとの共演を物色した昔でしたが、スタインバーグ伴奏で十分満足どころか、スタインバーグは交響曲でもブラームスの名演を残している。
フィストラーリはやはりバレー音楽。これを推薦していたのは、故志鳥栄八郎・42でスモン病を患い視力低下の中、クラシックの啓発本を書いてくれました。
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昨日のコメントで、ミュンシュの伴奏でレオニード・コーガンの演奏と書いていましたが訂正します。メインはハチャトリアンの協奏曲で、伴奏は同じボストン・シンフォニーでもピエール・モントゥーが指揮。この顔合わせで、コーガンはサンサーンスの「ハバネラ」を弾いていたのでした。それも、カプリチオーソでオイストラフを聴いたことがないなどと書いた後で、何気なくYUNGさんの演奏家別をのぞいてみると、有るではないですか。ミュンシュ指揮ボストン伴奏でオイストラフの序奏とロンドカプリチオーソが!でも「ハバネラ」はなく、この二曲セットで見かけることが多かった自分の勘違いによる混同でした。でも、けがの功名でオイストラフに会えて良かったです。鮮やかさには欠けますが、想像どおり「豊かな音色」で丁寧に弾いてくれていました。手遊び(てすさび)で入れた録音とページの終わり際に書かれていますが、オハコ(十八番)ではないにせよ、オイストラフ、その人が弾いてくれること自体が、わたくし聴く者の幸せです。
- 2021-01-10:コタロー
- モーツァルトの交響曲K.134は愛すべき音楽ですね!若書きの魅力満載の作品だと思います。
ゴールドベルクの演奏は、音楽そのものが活気にあふれているうえに、主旋律だけでなく内声部をしっかりと響かせることによって、音楽的な充足感がもたらされているのが素晴らしいと思います。
ゴールドベルクは、バッハのブランデンブルク協奏曲は全曲録音してくれましたが、モーツァルトの交響曲の録音がたった3曲なのは残念です。
でも、この素敵なK.134が入ってくれたのは、せめての幸運なのかもしれませんね。
アップありがとうございました。
- 2021-01-09:コタロー
- この演奏は、私淑する某音楽評論家が絶賛したものですね。アップしていただき、ありがとうございました。
ハイドシェックの演奏は、何ものにもとらわれず、生き生きとした自由闊達なもので、大変魅力的です。とりわけ、詩情あふれる第2楽章と、得も言われぬ愉悦を感じさせる第3楽章が素晴らしいです。
それにしても、ハイドシェックを発掘して紹介したこの音楽評論家は慧眼の持ち主ですね。
なお、彼の父親は、昭和を代表する漫談家の牧野周一氏であることをご存知でしたか?
- 2021-01-08:コタロー
- リストのピアノ協奏曲第1番というと、1960年代にはなかなかの人気曲で、リヒテルやアルゲリッチなどの大御所が競って録音していたものです。
それが1970年代以降になると何故か人気が落ち始めたのです。それは私なりに考えてみると、全曲で約20分という規模の小ささもあるでしょうが、やはり音楽的に深みがやや乏しいのが大きな原因ではないでしょうか。それはこのハイドシェックの優れたピアノをもってしても払拭できていない気がします。
- 2021-01-07:toshi
- ハイドシェックは私の友人が大ファンで知りました。
ちなみに友人はハイドシェックを評価する評論家とも懇意にしていたので、私が洗脳されているかもしれませんが^^
ハイドシェックは良いと思いますが、フランス系の演奏家に共通することですが、日本人は馴染みが薄くレコードやCDも余り売れないのでどうしてもマイナーになる傾向があります。
だから宇和島の方のように熱烈なファンがハイドシェックを呼んで演奏会を開催するなんてことが起きます。
フランスものなんて洒落ていて良いですよ!
師のコルトーのことですが、ある評論家の分析ではコルトーの弟子は皆それぞれタイプが違い、各人の個性を伸ばすタイプの師匠だったのではないかという事です。
それにしてもハイドシェックの音は色があって良いですね。
- 2021-01-07:tks
- 余計なお世話のような気もしますが、この録音のフルートソロがマルセル・モイーズであることを申し添えておきます。この録音とブランデンブルクの第5をカップリングしたLPがあり(東芝EMIのGRシリーズ)、ジャケットはモイーズの写真でした。SP時代からモイーズの名演として、名高いものでした。
(ちなみに、合奏団にメニューインがいたかどうかは分かりませんでした。ブランデンブルクの時はいなかったようです。)
- 2021-01-05:コタロー
- これは私が高校生のとき、初めてモーツァルトの交響曲のレコードを買った演奏です。ジャケットに用いられた1970年の万博公演の写真が印象に残っています。当時、私は家庭用の普及型のステレオ(三菱「ダイヤトーン」)を使っていたため、幾分金属的な録音だと思いました。しかし、緊張感のなかに程よい歌心を感じさせるセルの演奏には感銘を受けました。また、もう一方の面には「交響曲第39番」が収録されていました。これは古典的均整美を感じさせるクール・ビューティな演奏で大いに満足しました。録音はこちらの方が古いにも関わらず、マイルドで聴きやすい音質でした。そのためか、聴く頻度は「交響曲第39番」の方が断然多かったです。
ところで、レコードに「交響曲第40番」の録音データが「1967年、ロンドン」と記載されているのに当時意外な感じを受けましたが、これは要するに、かのビートルズで有名になったアビー・ロード・スタジオにおける録音だったのですね。
- 2021-01-02:omori satoru
- いつも楽しく聞いてます。この録音昔から好きです。ベートーヴェンに正面から向き合った力みなぎる演奏と思います。特に一楽章のティンパニ強打、終楽章再現冒頭でのシカゴの輝き、ベートーヴェンの勝利ここにあり。
- 2021-01-01:ナルサス
- 晴らしい音源をアップしていただきありがとうございます。
個人的にはクレンペラーに対して苦手意識みたいなものがありましたが、80分超の長丁場を一気に聞き通せました。
近年のブル5の演奏は、音楽の流れに重きを置いた機動的な演奏が増えてきていて、分厚くゆっくり演奏するスタイルは過去の産物になりつつありますが、そのような旧スタイルの中でも代表的な演奏に感じました。
それにしても(セッション録音ということを含む必要はあるでしょうが)当時のフィルハーモニア管弦楽団は素晴らしいです。
(大フィルを悪く言いたくありませんが)朝比奈も本当はこのような演奏を志向していたのでしょうか。
- 2020-12-30:joshua
- プラハの劇的表現は、若い頃聴き込んだせいもあって、このシューリヒト、パリだからこそと思っていました。最近、ヘルマン・パウル・マクシミリアン・アーベントロートのプラハを聴いて、似てるな!と思いました。それほど歳の違いはなく、キャリアも地方都市のオケを振りたまにメジャーなオケから呼ばれたのも似ています。アーベントロートはヘビースモーカーでしたけど、自転車でまち往来したのも両者の共通点。ドイツの小都市で、こんな風にモーツァルトを演奏する流行りがあったのかも?と勝手な類推も、楽しいものです。
- 2020-12-30:コタロー
- この演奏に関連する文章を見つけましたので、紹介いたします。参考になれば幸いです。
彼は、「海」について、ドビュッシーに面と向かってこういったそうだ。
『この曲はオーケストレーションがまずいですね。これではすっきりといきません。しかしながら、かく申す私、トスカニーニはあなたの望んでおられたことをよく存じております。それで、私はもっとよいようにと、オーケストレーションを変えたのです』
ドビュッシーはことのほかトスカニーニの演奏が気にいったということである。事実、トスカニーニの録音した「海」は彼の最大の業績の一つである。
「アルトゥーロ・トスカニーニ」『分析的演奏論:人間の光と影』ヒューエル・タークイ著、三浦淳史訳、音楽之友社、昭和48年:p.16 より
- 2020-12-29:コタロー
- この教会カンタータの1曲目の「合唱」は、のちに「ミサ・ブレヴィス(キリエとグローリアのみからなる、簡略化されたミサ曲)ト長調」の「キリエ」に転用されています。
私自身、独身時代にバッハの合唱曲だけを歌う合唱団に所属していたことがあり、そこで最初に歌ったのがその「ミサ・ブレヴィス」だったのです。
そのため、実に懐かしい思い出が込み上げてきて、感慨深いものがあります。
- 2020-12-27:ナルサス
- ユング様のシゲティ評には大いに納得いたしかねます。
多くを語らずとも、このシャコンヌこそ、イコール理由と言ってもよいくらいです
ハイフェッツのシャコンヌは冒頭20秒で聞くのをやめたのに、この演奏は冒頭の一音から金縛りにあいました。
間違いなく、人類が録音として手に入れられる最高のシャコンヌはシゲティによるこの演奏です。
私はこの演奏でシゲディと出会い、シャコンヌと出会いました。
シャコンヌは一挺のヴァイオリンで全宇宙を描きあげたとまで語られますが、針小棒大でないことはこの演奏が最も良く示してくれていると思います。
これぞ「魂に響く音楽」です。
- 2020-12-26:豊島行男
- 素晴らしい演奏だと思います。
柴田先生の評論は私も昔読みましたが、やはり相当な偏りがあるように感じました。
ショルティ&ロンドン響のマーラーには、とてつもない情熱を感じるのです。
決して単なる楽譜の再現ではないと思います。
ショルティ&ロンドン響との録音をご紹介くださりありがとうございました(^^)
溜飲が下がりました。
- 2020-12-25:joshua
- スタインバーグ、第9にしろ、この1番にしろ、ジャケットを伏せずとも、音が演奏の良いことを雄弁に物語ってますねえ。このところ、録音年代もあって、ここを回顧趣味の場にしていた感がありましたが、音楽産業、評論家の影響を受けずに、こういう演奏に触れるのは爽やかな感覚であり、嬉しい発見です。スタインバーグ、若くして神童と騒がれ、1965年には若き日に学んだケルンの放送オケを振ってマーラー復活を残しています。これが、素晴らしい。凱旋です♪♪、これは。5番や9番が残って無いのがまことに惜しい。そう思わせる演奏をする人です。有名でない、話題に上がらない、売れ行きが芳しくないとか払い退けると、欧州にはこんな人がたくさんいそうな気がします。吉井亜彦流に言うと、層の厚さですかね。上記の復活のジャケットが、スタインバーグの顔の大アップ。しかも表情は自信に満ちています。
- 2020-12-24:toshi
- yungさんのショルティのマーラー評を興味深く読ませてもらいました。
確かに現代の演奏はスコアに忠実に正確に、がモットーでショルティも正確な演奏を目指していたことは、ショルティはインタビューでも言っています。
でも、単にスコアに忠実で正確なだけでは音楽に色がなくなるのが困ります。無味無臭な水は不味くはなくても美味しい水ではないと思います。
日本人指揮者のO氏の音楽とも共通しますが、無味無臭の音楽は一見綺麗ですが、私は直ぐ飽きてしまいます。
もっとも、色がある演奏が故に好き嫌いがはっきりするということもあるでしょう。音楽ビジネスでは好き嫌いが少ない方が歓迎されるという側面もあると思います。
飽くまで、これは私の主観(好み)でyungさんの主観(好み)を批判している訳ではないので、ご理解下さい。
- 2020-12-24:コタロー
- 吉田秀和氏は「世界の指揮者」(ラジオ技術社、昭和48年)という著書のなかで、ショルティのマーラーを「最もテンペラメントに富んだ演奏」と絶賛していました。
一方私自身はどうかと言えば、叙情性にはやや欠けるが、明快でダイナミックな演奏だと感じました。もし、初めてこの曲を聴く人がいれば、おおいに推薦したいと思います。
そういえば、この演奏が録音された1964年2月というと、まだピエール・モントゥーがロンドン交響楽団で活躍していた時期ですね。実際、フィリップスでラヴェルの「ボレロ」「ラ・ヴァルス」などのレコーディングも行われていました。しかし、モントゥーはその年の7月に世を去ってしまいました。なにか世代交代を象徴して感慨深いですね。
- 2020-12-22:コタロー
- 私のような「戦争を知らない子供たち」でも、フォイアマンの小曲集を聴くと郷愁をそそられます。中には、もっと情緒纏綿と歌わせてほしいナンバーもありますが、これはSP盤の片面に収めるには、仕方がなかったのかもしれませんね。
ところで、ストコフスキー指揮フィラデルフィア管弦楽団の演奏とか、クライスラーの自作自演がアップできないのは、まさしく「戦時加算」の問題ですかね。ほんとうに厄介な制度ですね。
- 2020-12-21:コタロー
- 新型コロナに振り回された2020年もあと10日ほどになりました。そんな中にあって、バッハの教会カンタータを聴くことは一服の清涼剤ですね。そのため、ラミンのカンタータ演奏がアップされることを毎回楽しみにしております。
話はそれますが、バッハはあの謹厳そうな風貌とは裏腹に、子どもを20人つくった艶福家だったのですね。しかし、そのなかで成人したのは7人だけで、あとの子供たちは4歳以下で亡くなっているのです。この事実に、当時のバッハはなにを想っていたのでしょうかね。
- 2020-12-17:セル好き
- 最後の最後2分弱のほかで聴けないふわっとした感じのところが、ステージいっぱいに登場人物が思いおもいに並んで歌っているオペラの大団円のような絵が浮かんでほほえましい。
- 2020-12-16:コタロー
- この演奏、第1楽章の最初のオーケストラの提示部がスッポリ割愛されていますね。
聞くところによると、昔はこの部分が冗長だとみなされてカットされるのが通例だったそうですね。この演奏は1961年の録音ですが、同年に録音されたルービンシュタインや、1960年録音のポリーニの演奏ではオーケストラの提示部はしっかり演奏されています。そうするとこの時代がちょうど分水嶺だったのでしょうかね。それにしても、この決定権はピアニストと指揮者のどちらが持っていたのでしょうか?
試しにこのサイトにあるルービンシュタインの3種類の演奏を調べてみました
1937年録音(バルビローリ指揮)→カットされている
1953年録音(ウォーレンスタイン指揮)→通常に演奏されている
1961年録音(スクロヴァチェフスキ指揮)→通常に演奏されている
してみると、1960年前後が分水嶺という推理はちょっとあやふやになってきますね。
勝手に推測してみると、戦前はカットするのが慣例になっていて、戦後徐々に通常の演奏が浸透していったというところでしょうか。
- 2020-12-15:アイドシック
- ベートーベンのテンペストソナタでしたっけ?CD持ってました。15年ほど前にヤフオクでどなたかに譲った記憶があります。音源バックアップしていたはずですが、見当たりません。ただいまショパンのコンチェルト緩徐楽章聴取中です。どうもありがとうございます。
- 2020-12-15:joshua
- ピエール・デルヴォー伴奏、懐かしい!
LP時代、ビゼー真珠採り、耳に残るは君の歌声、ニコライ ゲッダの伴奏が極めてダイナミックで、どんな指揮者だろと思ったものの、そのあと、大してデルヴォーの演奏には出会えませんでした。ハイドシェックの伴奏、ゆっくり聴かせていただきます。
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[2025-04-02]

モーツァルト:セレナーデ第13番ト長調, K.575 「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」(Mozart:Serenade in G Major, K.525 "Eine kleine Nachtmusik")
ヨーゼフ・カイルベルト指揮 バンベルク交響楽団 1959年録音(Joseph Keilberth:Bamberg Symphony Recorded on 1959)
[2025-03-28]

ラヴェル:スペイン狂詩曲(Ravel:Rhapsodie espagnole)
シャルル・ミュンシュ指揮:ボストン交響楽団 1950年12月26日録音(Charles Munch:The Boston Symphony Orchestra Recorded on December 26, 1950)
[2025-03-24]

モーツァルト:セレナード第6番 ニ長調, K.239「セレナータ・ノットゥルナ」(Mozart:Serenade in D major, K.239)
ヨーゼフ・カイルベルト指揮 バンベルク交響楽団 1959年録音(Joseph Keilberth:Bamberg Symphony Recorded on 1959)
[2025-03-21]

シューベルト:交響曲第2番 変ロ長調 D.125(Schubert:Symphony No.2 in B-flat major, D.125)
シャルル・ミュンシュ指揮 ボストン交響楽団 1949年12月20日録音(Charles Munch:The Boston Symphony Orchestra Recorded on December 20, 1949)
[2025-03-17]

リムスキー=コルサコフ:スペイン奇想曲, Op.34(Rimsky-Korsakov:Capriccio Espagnol, Op.34)
ジャン・マルティノン指揮 ロンドン交響楽団 1958年3月録音(Jean Martinon:London Symphony Orchestra Recorded on March, 1958)
[2025-03-15]

リヒャルト・シュトラウス:ヴァイオリンソナタ 変ホ長調 ,Op.18(Richard Strauss:Violin Sonata in E flat major, Op.18)
(Vn)ジネット・ヌヴー (P)グスタフ・ベッカー 1939年録音(Ginette Neveu:(P)Gustav Becker Recorded on 1939)
[2025-03-12]

モーツァルト:弦楽四重奏曲第22番 変ロ長調 K.589(プロシャ王第2番)(Mozart:String Quartet No.22 in B-flat major, K.589 "Prussian No.2")
パスカル弦楽四重奏団:1952年録音(Pascal String Quartet:Recorded on 1952)
[2025-03-09]

ショパン:ノクターン Op.27&Op.37(Chopin:Nocturnes for piano, Op.27&Op.32)
(P)ギオマール・ノヴァエス:1956年発行(Guiomar Novaes:Published in 1956)
[2025-03-07]

モーツァルト:交響曲第36番 ハ長調「リンツ」 K.425(Mozart:Symphony No.36 in C major, K.425)
ヨーゼフ・カイルベルト指揮 バンベルク交響楽団 1960年録音(Joseph Keilberth:Bamberg Symphony Recorded on 1960)
[2025-03-03]

ブラームス:交響曲 第1番 ハ短調, Op.68(Brahms:Symphony No.1 in C Minor, Op.68)
アルトゥール・ロジンスキ指揮:ニューヨーク・フィルハーモニック 1945年1月8日録音(Artur Rodzinski:New York Philharmonic Recorded on January 8, 1945)