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エルガー:愛の挨拶, Op.12

(Vn)ヴァーシャ・プシホダ:シャルル・セルネ 1925年録音



Elgar: Love Greetings Op.12


アリスへの結婚プレゼント

エルガーの父は楽器店の経営をしながら、ローマ・カトリック教会のオルガン奏者を兼業してました。母もまた音楽を愛する人で、そんな両親の影響を受けて音楽への愛情を深めたエルガーはドイツへの留学を志します、しかし、裕福とはいえない庶民階級であったエルガーには、それをかなえる経済的余裕などはあるはずもなかったのです。
しかし、学校を卒業して弁護士事務所で事務員として働くものの音楽への愛情を捨てきれず、16歳でその職を辞し、音楽家として生きる決意を固めたのでした。
そして、ほとんど独学で楽器の演奏や音楽理論を学んだエルガーは、音楽演奏や編曲、そしてピアノやヴァイオリンのレッスンを行いながら糊口を凌ぐ日々が続くのですが、それでも音楽への愛情を失うことはありませんでした。

そんな無名の音楽家であったエルガーの大きな転機となったのが、彼が29歳の時に彼のもとにピアノのレッスンに通うようになったキャロライン・アリス・ロバーツという女性との出会いでした。
アリスはナイトの称号を持つ海軍少将の娘であり、上流階級の女性のたしなみとしてピアノをエルガーに習い始めたのでした。
しかし、このアリスという女性は窮屈な上流階級の生活に反発を感じていたようで、エルガーと知り合うまでに2冊の小説を執筆して出版をするほどの才女でした。そして、そんな彼女がエルガーのもとにレッスンに通ううちに、そのエルガーの音楽的才能に惚れ込んでしまい、やがて結婚を約束するようになるのでした。

しかし、それは当時の(そして今も基本的には変わらない)階級社会のイギリスでは考えられない「格差婚」でした。さらに、宗教的にもエルガーはカトリックであるのに対して、アリスの一族はイギリス国教会でした。経済的にも、身分的にも、さらには宗教的にも違いがありすぎるこの結婚をアリスの一族は絶対に許しませんでした。
しかし、そんな反対を押し切ってアリスはエルガーとの結婚を貫き、その結果として一族からは絶縁を言い渡されます。

周囲の反対を押し切った二人の結婚式に参列したのはエルガーの両親と友人一人、アリスに至っては仲の良かった従兄弟とその妻のみだったと伝えられています。しかし、エルガーはこのアリスの支えによって、20世紀のイギリスを代表する世界的な作曲家として羽ばたいていくことになるのです。
このアリスの存在なくしては、決してエルガーという才能が花開くことはなかったのです。

天才の面倒を見るというのは、いかなる女性にとっても生涯の仕事として十分なものです。

これはアリスが残した言葉であり、時には「夫の創作のために愛人を自ら選定した」というエピソードも伝わっているほどです。
そして、このあまりにも有名な「愛の挨拶」は、エルガーがアリスとの結婚に際してプレゼントした音楽でした。

「A-B-A」の三部形式の最後にコーダが来るという分かりやすい構成と、あまりにも有名な美しい旋律によって誰もが一度は聞いたことがある作品です。しかし、その分かりやすさの中に半音階進行の効果的な使用によって愛の幸せを彩り豊かに表現しているのはさすがにエルガーだと思わせるものがあります。


「麻薬」的なヴァイオリンの世界

プシホダは第一次世界大戦後の1919年から本格的に演奏活動をするも評判はあまり良くなかったようです。そこで、生活費を稼ぐためにイタリアに向かい、ミラノのいくつかのカフェでヴァイオリン弾きのアルバイトをすることになります。
ところが、そのアルバイトが彼に思わぬ幸運を運んでくることになります。それは、有名なエピソードなのですが、彼がヴァイオリンを演奏していたカフェにたまたまトスカニーニが客としてきていたのです。
そして、その無名のヴァイオリニストの演奏にトスカニーニはすっかり魅了されてしまい、「現代のパガニーニだ!」と激賞したのです。
このエピソードは瞬く間に世に広がり、その後は「現在のパガニーニ」というトスカニーニの「お墨付き」のおかげでパガニーニの遺品の一つであるグァルネリ・デル・ジェズを貸与され、主にドイツ語圏を中心に活動することになります。

しかし、この「現代のパガニーニ」というトスカニーニの評価は色々な意味で、このヴァイオリニストの本質を言い当てたものだといえます。

コンサートホールに足を運ぶ聴衆は今も昔も行儀が良くて、最初はどんなにつまらなくても辛抱強く聞き続けてくれるものです。そして、その傾向は時代が下がるに連れてより強くなっていきます。そして、演奏家の多くはそう言う聴衆の行儀良さに甘えて、最初だけでなく最後までつまらない演奏を繰り広げても生卵をぶつけられるような目にあったのを残念ながら私は見たことがありません。
ヨーロッパの劇場では時々ブーイングを聞いたことがあるのですが、日本の劇場ではそれもほぼ皆無です。私にしても、せいぜいが、アンコールを無視してそそくさと席を立つくらいが関の山ですから偉そうなことはいえません。

しかし、カフェや酒場で演奏する芸人となると、勝負は最初の一瞬で決まりますし、その一瞬を上手くとらえても、その興味を最後まで維持させるには大変な努力が必要です。そして、その努力の質は、立派なコンサートホールで芸術的な演奏を成し遂げるのとは全く別の努力とスキルが必要なのです。
そして、パガニーニに代表される名人芸が持て囃された時代のコンサートは、本質的にはカフェうあ酒場の客を相手にするのと本質的には同じだったはずです。おそらく、トスカニーニがプシホダの演奏を聞いて「現代のパガニーニ」と賞賛したのは、彼の中にその様な資質が見事なまでに備わっていることを感じとったからでしょう。

そう言えば、SP盤の時代に野村あらえびすが彼のことを「普通のヴァイオリンから出る音とは、どうしても想像することのできない妖艶極まる音色が、エルマンやクライスラーをレコードで聴き慣れた我々にとっては、全くひとつの驚きにほかならなかった。」と評していたのは、プシポダの中にあったパガニーニ的な魅力を見事に言い当てたものだったと言えます。
まさに、そのヴァイオリンから発せられているとは思えないような音色の魅力が、聞くものの心を一瞬にしてとらえたことでしょう。

それは、もはや「妖艶」などと言う言葉では追いつかないほどの響きであり、まさに「麻薬」的な魅力を持った響きであり、歌い回しでした。
そして、その事は、ヴァイオリンという楽器がいかに広くて底深い世界を内包しているかということを教えてくれるのです。

そして、そう言うプシポダの魅力が存分に味わえるのが1920年代に録音された小品たちです。

1929年に録音されたフォイアマンによるドヴォルザークのチェロ協奏曲を紹介するときは「こんな化石のような録音をアップしなくてもいいだろうという声が聞こえてきそうですが、クラシック音楽の録音の歴史を考える上で非常に貴重な資料だからです」という言い訳が必要でした。
しかし、それよりもさらに古いこれらの録音は、まさに「聞くべき価値」のあるであり、さらにもっと強くいえば、こういう演奏を聞かずして人生を終わるとしたら、それはクラシック音楽を聞くものとしては「悔やんでも悔やみきれない」ことだと言い切ってもいいと思います。もっとも、このエルガーとシューベルトはそんなプシホダの「麻薬的な演奏」の中でも最も「麻薬」的な要素が強いので拒絶反応を示す人もいるかもしれません。

しかし、この20年代の「麻薬」的な演奏をまずは心に刻みつけてから、それ以降のプシポダの演奏を聞けば、やがて彼が突き当たるであろう「壁」についてもトスカニーニの言葉は見すえていたことにも気づかされるはずです。
ただし、その事に関して然るべき時代の録音を紹介するときに詳しく述べたいと思います。

まずは何よりも、この「麻薬」的なヴァイオリンの世界を堪能してください。

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