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パウル・バドゥラ=スコダ(Paul Badura-Skoda)|ベートーベン:ピアノ三重奏曲第5番 ニ長調 「幽霊」 Op.70-1(Beethoven:Piano Trio No.5, Op.70 No.1 in D major "Ghost")
ベートーベン:ピアノ三重奏曲第5番 ニ長調 「幽霊」 Op.70-1(Beethoven:Piano Trio No.5, Op.70 No.1 in D major "Ghost")
(P)パウル・バドゥラ=スコダ (Cello)アントニオ・ヤニグロ (Violine)ジャン・フルニエ 1952年発行(Antonio Janigro:(P)Paul Badura-Skoda (Violine)Jean Fournier Released on 1952)
Beethoven:Piano Trio No.5, Op.70 No.1 in D major "Ghost" [1.Allegro vivace e con brio]
Beethoven:Piano Trio No.5, Op.70 No.1 in D major "Ghost" [2.Largo assai ed espressivo]
Beethoven:Piano Trio No.5, Op.70 No.1 in D major "Ghost" [3.Presto]
中期の「傑作の森」に属する時期の作品なのですが・・・。
「作品70」としてまとめられている2つのピアノ・トリオは1808年に作曲されました。時期にて見れば、まさに中期ベートーベンの絶頂期とも言うべき時期で、交響曲で言えば5番と6番、協奏曲で言えばヴァオリン協奏曲や4番や5番のピアノ協奏曲が生み出された時期です。それに連れて、室内楽作品の比重は小さくなっていく時期なのですが、それでもラズモフスキー四重奏曲などが生み出された時期なのですから、まさに気力・体力ともに充実しきった時期だったと言えます。
にもかかわらず、この2曲のピアノ・トリオの評判はあまりよろしくありません。
特に第6番とナンバリングされる変ホ長調のトリオは明るい感じで全体が統一された軽い感じの音楽になっています。それは、冒頭はやや緩やかで長めの序奏で始まるものの、主部にはいると音楽はアレグロに変わり、第2楽章以降もアレグレット-アレグレット-アレグロと続くからでしょう。それでいながら、ベートーベンらしい盛り上がりにも乏しいので、結果としては「軽い」感じになってしまっています。
それと比べると、「幽霊」というあだ名が付いているニ長調のトリオの方は、第2楽章のラルゴが特徴的です。憂鬱であり不安定な気分が続くのですが、その奥にはどこか神秘的な雰囲気も漂う音楽は極めて独創的です。この楽章の不思議な雰囲気ゆえにこの作品には「幽霊」というあだ名が付いたのですが、その両端楽章は変ホ長調のトリオほどではないにしても、その明るさには軽さがつきまといます。
この原因としては、この2つの作品はもともとがピアノソナタとして計画されたことと、さらにはもとは1曲であったピアノソナタを2つのピアノ・トリオに仕立て直したためだと言われています。
ベートーベンの作品であれば全てが傑作ではないというのは当然のことなのですが、それでも第5番のトリオにはこの時期のベートーベンらしい独創性が表れているのも事実です。
ピアノ三重奏曲第5番 ニ長調 「幽霊」 Op.70-1
- 第1楽章:Allegro vivace e con brio
- 第2楽章:Largo assai ed espressivo
- 第3楽章:Presto
ピアノ三重奏曲第6番 変ホ長調 Op.70-2
- 第1楽章:Poco sostenuto - Allegro ma non troppo
- 第2楽章:Allegretto
- 第3楽章:Allegretto ma non troppo
- 第4楽章:Finale: Allegro
3人の独奏者による三重奏
アントニオ・ヤニグロ、パウル・バドゥラ=スコダ、ジャン・フルニエによる三重奏団はあまり話題になることはありません。この手の三重奏団と言えば、古くはカザルス、ティーボー、コルトーによるカザルス・トリオ、その後はハイフェッツ・ルービンシュタイン、フォイアマン(後にピアティゴルスキー)による100万ドルトリオなどが思い浮かびますから、どうしても影は薄くなるのかもしれません。
それに、「カザルストリオ」とか「100万ドルトリオ(何というアメリカ的なネーミング)」みたいなトリオ名は持たなかったようで、意外とそう言うことも影響しているのかもしれません。
例えば、彼らの少し後の時代を代表するトリオとしては「ボザール・トリオ」がありますが、もしもあのトリオもメナヘム・プレスラー、ダニエル・ギレ、バーナード・グリーンハウスによる三重奏団だったらどこまで認知度が上がったかは疑問です。何しろ、ネームバリュー的にはヤニグロ、スコダたちの方がはるかに上です。3人の中ではジャン・フルニエの知名度が若干低いようですが、名前からも分かるようにチェロの貴公子と言われたピエール・フルニエの弟です。
録音を聞けば分かるように、出るべき時はしっかりと前に出てきて美しい響きを堪能させてくれます。
しかし、トリオとしてならば「ボザール・トリオ」の方がヤニグロ、スコダたちの三重奏団よりも認知度は明らかに上です。考えてみれば不思議な話ですが、意外とニックネームというのは大切なようです。
例えば、ショパンの「革命のエチュード」が「練習曲 ハ短調, 作品10-12」だけだったらあそこまで有名な作品にはならなかったはずです。
そう考えてみれば、彼らが自分たちの三重奏団にトリオとしての名前をつけなかったのは、トリオという一つの有機体としての演奏ではなく、3人の独奏者による三重奏という意識があったのかもしれません。
臨時の組み合わせでこの三人がトリオを組んで録音しただけならトリオとしてのネーミングをしなかったのも分かりますが、彼らは明らかに三重奏団を結成して数多くの録音を残しています。さらに、残した録音の数はかなりの数になることは事実ですし、そのレパートリーもハイドンから始まってモーツァルト、ベートーベン、シューベルト、ドヴォルザーク等までカバーしています。
レコード会社にしても「○○・トリオ」みたいにした方が売りやすかったはずですから、あくまでも推測の域を出ませんが、一人ひとりを独奏者として尊重し合うという意識が根底にあったのでしょう。
そして、もう一つ不幸だったのは、彼らが録音を残した「Westminster」は60年代以降はいくつものレーベルに買収、売却が繰り返されて「さまよえるレーベル」になったことも不幸の一つだったでしょう。
。おかげで、録音年さえ不明になっているものが数多く存在しますし、一時はマスター・テープの行方さえ不明となっていました。
しかし、常に誰かが主導権を握ると言うことのないトリオであるが故に、この形式の演奏としては一つのスタンダードとも言うべき信頼度があります。
また、スコダは「ウィーン三羽烏」とよばれた若手のピアニストですし、ヤニグロはイタリア、フルニエはフランス出身の音楽家です。結果として、どこかのスタイルに拘束されることなく彼らは演奏を繰り広げています。
そして、こういう演奏というのは聞き手からすれば「これでなければ」という熱い支持は得にくいという宿命を持ちます。しかし、それは逆に言えば癖の少ない、そして精度の高い演奏は作品を知る上では得難い存在です。
ある方から、このサイトはすでに「アーカイブ」としての役割を持つようになってきていると言われたことがあります。なるほど、私としては自惚れるつもりはありませんが、そう考えればこういう録音をしっかりと残しておくことも重要です。こういう地味な室内楽は苦手という人も多いのですが、まあ、そう言うことでご寛恕あれ。
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