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シベリウス:交響曲第2番 ニ長調 Op.43

渡辺暁雄指揮 日本フィルハーモニー交響楽団 1962年録音(杉並公会堂)

Sibelius:Symphony No.2 in D major Op.43 [1.IAllegretto]

Sibelius:Symphony No.2 in D major Op.43 [2.Tempo andante, ma rubato]

Sibelius:Symphony No.2 in D major Op.43 [3.Vivacissimo]

Sibelius:Symphony No.2 in D major Op.43 [4.Finale: Allegro moderato]


シベリウスの田園交響曲

シベリウスの作品の中ではフィンランディアと並んでもっとも有名な作品です。そして、シベリウスの田園交響曲と呼ばれることもあります。
それはベートーベンの第6番を念頭に置いた比喩なのですが、あちらがウィーン郊外の伸びやかな田園風景だとすれば、こちらは疑いもなく森と湖に囲まれたフィンランドの田園風景です。

しかし、その背景にはフィンランドではなく中部イタリアの保養地(ラパッロ:Rapallo)の風景も反映していますから、シベリウスには例外的に暖色系の世界もひろがります。
その「暖色系」の彩りがあるからこそ「シベリウスの田園交響曲」と呼ばれるのでしょう。

シベリスウスは友人のカルペラン男爵達の援助もあって1901年の2月から家族を伴ってイタリアに向かいます。
写真からも分かるように、このラパッロは風光明媚な地ですから、そう言う風土が音楽に反映していることは確かです。

中部イタリアの保養地(ラパッロ:Rapallo)
ラパッロ:Rapallo

さらに、フィンランドでは考えられないような温暖な地であり、冬になっても多くの花々が咲き乱れる環境は彼に多くのインスピレーションを与えました。
それはシベリスにとっては「魔法のかかった国」と映じたようであり、冬でも咲き乱れる花々の上に「ドン・ファン伝説」や「神曲」のイメージが重なって様々なインスピレーションが飛翔していったのです。

ただし、この第2楽章に「ドン・ファン伝説」が反映していると解説している書が多いのですが、どこがどのように反映しているのかさっぱり分かりませんし、実感も伴いません。私のイメージにひろがるのはのどかで暖かいフィンランドの風景だけです。

しかし、ラパッロでの滞在が長くなるにつれて家族を伴った生活に鬱屈を感じるようになり、ある日、置き手紙を残して一人ローマに行ってしまいまいます。(しでかしてしまいます^^;)
シベリウスというのは常にこのような精神的不安定さがつきまとったようで、奥さんは随分大変だったろうと思われます。

Aino Sibelius
Aino Sibelius

シベリウスはこの交響曲を完成させた後にヘルシンキという都会を離れてヤルヴェンパーという田舎に隠棲をします。そして、そこに建てた山小屋風の家を妻の名(アイノ)にちなんで「アイノラ」と名づけます。
つまりは、シベリウスという音楽以外には何も出来ない男にとって、妻アイノは常に彼を護り続ける「アイノラ」だったのでしょう。

そして、結局はこのイタリア滞在中には交響曲は完成せず、6月にはフィンランドに舞い戻って、ヘルシンキ近郊のロヨという小さな村で再び書き始めることで完成にこぎ着けました。そして、年末にかけてもう一度大幅な改訂を行って、翌1902年の3月に初演にこぎ着けます。
おそらく、このフィンランドの小さな村に舞い戻って完成させたことで、さらには年末に大幅な改訂を行ったことで、この交響曲は「イタリア交響曲」にはならずにフィンランドの「田園交響曲」になったのでしょう。

息の長い旋律線がもたらす静謐な世界と突き刺さるような金管の響きは、厳しいフィンランドの風土が反映した響きになっています。
しかし、その様な静謐さと峻厳さだけではなく、イタリアの風土が彼に与えたインスピレーションも豊富に取り入れられていることによって、この作品の田園的雰囲気を魅力あるものにしています。

しかしながら、この作品は極めて少ない要素で作られています。そのため、全体として非常に見通しのよいすっきりとした音楽になっているのですが、それが逆にいささか食い足りなさも感じる原因となっているようです。

その昔、この作品を初めて聞いた私の友人は最終楽章を評して「何だかハリウッドの映画音楽みたい」とのたまいました。
先入観のない人の意見は意外と鋭いものです。

さらに、この作品にはフィンランドの解放賛歌としての側面もあります。

重々しい第2楽章と荒々しい第3楽章を受けた最終楽章が壮麗なフィナーレで結ばれるところが、ロシアの圧政に苦しむフィンランド民衆の解放への思いを代弁しているというものです。
この解釈はシベリウスの権威と見なされていたカヤヌスが言い出したものだけに広く受け入れられました。

もっとも、シベリウス本人はその様な解釈を否定しています。

言うまでもないことですが、この作品の暗から明へというスタイルはベートーベン以降綿々と受け継がれてきた古典的な交響曲の常套手段ですから、シベリウスは自分の作品をフィンランドの解放というような時事的な作品としてではなく、その様な交響曲の系譜に連なるものとして構築したと受け取って欲しかったのかもしれません。

しかし、芸術というものは、それが一度生み出されて人々の中に投げ込まれれば、作曲家の思いから離れて人々が求めるような受け入れ方をされることを拒むことはできません。
シベリウスの思いがどこにあろうと、カヤヌスを初めとしたフィンランドの人々がこの作品に自らの独立への思いを代弁するものとしてとらえたとしても、それを否定することはできないと思います。


世界最初のステレオ録音によるシベリウス交響曲全集

1962年に録音された「世界最初のステレオ録音によるシベリウス交響曲全集」です。
さらに、日本国内で録音されたクラシック音楽が世界的なメジャーレーベル(Epic Records)からリリースされたのもおそらく初めてだろうと言われています。

渡邉暁雄の名前は日本におけるシベリウス受容の歴史と深く結びついています。その業績は朝比奈とブルックナーの関係と較べればいささか過小評価されている感じがするのですが、60年代の初めにこれだけの録音を行い、それが世界市場に向けてリリースされたのは「偉業」と言わざるを得ません。

ただしこの録音の初出年を確定するのには手間取りました。
62年に録音されて、その後「Epic Records」からリリースされたのですから、常識的に考えればぼちぼちパブリック・ドメインになっていても不思議ではありません。しかしながら、どうしてもその初出年が確定できなかったのです。
しかし、漸くにして、1966年に「Epic SC 6057」という番号でボックス盤の全集としてリリースされたことが確認できました。
おそらく、この全集盤の前には分売でも発売されたと思われます。

ボックス盤による全集「Epic SC 6057」
「Epic SC 6057」

ただし、不思議なのは「作曲家別洋楽レコード総目録」の67年版や68年版にはこの全集が記載されていないことです。
渡邉暁雄と日フィルによるこの「偉業」が1966年に「Epic Records」からりリースされたのであれば、当然国内でも発売されたと思うのですが67年版にも68年版にも記載されていません。しかし、ここで確認を打ち切っていたのが私のミスで、69年版の総目録を調べてみると記載されていて、発売が1966年12月となっているのです。
この記載漏れが何に起因するのかは分かりませんが、もしかしたら舶来品を尊び国産品を蔑むこの業界の体質が呈したのかもしれません。

と言うことで、国内でも1966年に発売されているので、この録音は間違いなくパブリック・ドメインの仲間入りをしたことが確認された事はめでたいことです。

この全集はクレジットを見る限りは1962年に集中的に録音されたように見えます。


  1. シベリウス:交響曲第1番 ホ短調 Op.39:1962年5月7,8日録音(東京文化会館)

  2. シベリウス:交響曲第2番 ニ長調 Op.43:1962年録音(杉並公会堂)

  3. シベリウス:交響曲第3番 ハ長調 Op.52:1962年8月7,8日録音(東京文化会館)

  4. シベリウス:交響曲第4番 イ短調 Op.63:1962年6月20,21日録音(東京文化会館)

  5. シベリウス:交響曲第5番 変ホ長調 Op.82:1962年2月18日録音(文京公会堂)

  6. シベリウス:交響曲第6番 ニ短調 Op.104:1962年音(文京公会堂)

  7. シベリウス:交響曲第7番 ハ長調 Op.105:1962年3月7日録音(杉並公会堂)



しかし、録音プロデューサーの相澤昭八郎氏は1961年から1962年にかけて録音は行われたと語っています。別のところではおよそ1年半をかけてこのプロジェクトを完成させたとも述べていますので記憶違いではないでしょう。
おそらく、1962年という極めてザックリとしたクレジットしか残っていない2番と6番に問題があったのでしょう。

相澤は録音の編集に関しては渡邊からの注文が詳細を究めたので、お金のかかるスタジオではなくて渡邊の自宅で行ったと証言しています。
渡邊の注文は演奏上の細かいミスを潰していくというのではなく、オーケストラのバランスが適正に表現されているか否かに集中していたそうです。

しかし、ワンポイント録音ではそう言うバランスの調整というのはほとんど出来ません。ワンポイント録音で可能なのは左右のチャンネルのバランスを調整するくらいですから、録音現場で拾ったバランスがほぼ全てです。
渡邊もその事は承知していたと思われるます。
何回かのテイクの中からもっとも適正と思えるバランスのものを選びだしてはテープに鋏を入れ、最後のつめとして可能な範囲でバランスの調整を行ったのです。

それでも、どうしても納得できない場合は場をあらためてセッションを組んだものと思われます。
相澤が1961年からプロジェクトをはじめたといいながら録音クレジットは62年だけで完結したように見えるのは、そう言う録音での苦闘が水面下に隠れてしまったからでしょう。

アメリカやイギリスのメジャーレーベルであれば、62年と言えば既にステレオ録音の経験を充分に積んできた時代です。Deccaのようなレーベルであれば「録音に適した会場」を既に見つけ出していて、さらにはそう言うホールの録音特性を知り尽くしていました。
しかし、日本におけるステレオ録音となると、おそらくは手探り状態だったはずです。
その差は歴然としていました。

文京公会堂では会場の前半分の椅子を撤去することが可能でした。その撤去した空間を平戸間にすることでマイクセッティングの自由度を上げることが可能だったようです。
しかし、杉並公会堂や東京文化会館ではそう言うわけにもいかなかったので苦労は随分と多かったようです。

しかしながら、そう言う苦労を乗り越えて実現したこの録音は極めてクオリティの高い優秀なものに仕上がっています。

確かに、時代相応の限界があるので、楽器の響きなどはいささか「がさつ」なところがあるかもしれません。しかし、その「がさつ」さは録音ではなくて、そこで鳴り響いていたオケのものかもしれません。
人によっては強奏部分では音がつまると指摘する人もいますが、それほど気になるほどではありません。
それよりは、渡邊が徹底的に腐心した、オケの理想的なバランスがもたらす自然な響きが非常に見事です。

おそらく、この成果の手柄は録音エンジニアの若林駿介氏に帰すべきでしょう。
若林はこの録音の前にアメリカに渡って、ワルターとコロンビア響の録音現場に参加して学ぶ機会を持っています。ですから、この録音のクオリティをそう言うアメリカでの経験に求める人もいます。
確かに、それは若林にとっても貴重な経験だったことは疑いはないのでしょう。しかし、この録音はそう言う一連のワルター録音と較べると方向性が少しばかり違う事に気づきます。

この録音におけるオケのバランスとプレゼンスの良さは、あるはずのない「理想」を「録音」という技術によって生み出したと言うべきものになっています。
それはあるがままのものをレコード(記録)したと言うよりは、ある種の創作物になっていると言った方がいいかもしれません。言葉をかえれば、プロデューサーの相澤、録音エンジニアの若林、そして指揮者の渡邊の3人によって生み出された「芸術」というべきものになっているのです。

その意味では、この録音を「人為的」と感じる人がいるかもしれません。しかし、こういう事が可能なのが「スタジオ録音」の魅力でもあるのです。

また、丁寧にテイクを積み重ねた結果だとは思うのですが、日フィルの合奏能力も見事なものです。
いわゆる欧米のメジャーオーケストラでも、来日のライブなんかだとこれよりも酷い演奏を平気で聴かせてくれます。
もちろん、個々の楽器にもう少し艶があってもいいとは思う場面はあるのですが、おそらくは貧弱な楽器を使っていた60年代のことですから、そこまで言えば人の能力を超えたレベルの注文になってしまいます。

シベリウス:交響曲第2番 ニ長調 Op.43:1962年録音(杉並公会堂)

この録音は「62年録音」というザックリとしたクレジットと相澤氏の話を照らし合わせてみると、おそらくは1961年に録音され、その後もう一度62年になってから録りなおされた可能性があります。
おそらく、そのせいもあるかと思うのですが、この全集の中では上手くいっていない部類にはいるかと思われます。

ただし、この作品がフィンランドのヒンヤリとした雰囲気だけでなく中部イタリアの風土も反映した作品だと考えれば、この暖色系の演奏もありかなとは思えます。もっとも、「暖色系」というのは取りようによっては「荒い」と置き換える人がいるかもしれません。
しかし、渡邊が編集の過程で些細なミスよりは演奏の勢いとオケのバランスを重視したと言うエピソードを考えれば、これはこれなりに渡邊の意志を反映したスタイルだと言えます。
それがもっとも顕著に表れているのは、最終楽章のコーダで鳴り響く金管のファンファーレでしょう。

ボレロ的に盛り上がって頂点を築いた音楽が一度静まり、それがコーダに突入して鳴り響く金管のファンファーレは下手をすれば安っぽい映画音楽のように響いてしまうのですが、渡邊の指揮はそう言う愚には陥っていません。
しかし、その圧倒的な迫力には敬意を表するものの、いかにも荒っぽいアンサンブルです。

そこに、この時代の日本のオーケストラの限界がさらけ出されていることも事実です。

この演奏を評価してください。

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