クラシック音楽へのおさそい~Blue Sky Label~





マーラー

Home|作曲家で選ぶ|マーラー

カテゴリで絞り込む



新着順(50件)

マーラー:交響曲第7番 ホ短調 「夜の歌」...2017-02-17に追加


マーラー:交響曲第8番 「千人の交響曲」...2017-01-22に追加


マーラー:交響曲第10番...2016-10-23に追加


マーラー:交響曲第4番...2016-10-17に追加


マーラー:交響曲第9番...2016-04-10に追加


マーラー:交響曲第2番 「復活」ハ短調...2015-09-19に追加


マーラー:「さすらう若人の歌」...2015-05-23に追加


マーラー:「さすらう若人の歌」...2015-05-23に追加


マーラー:大地の歌...2015-05-23に追加


マーラー:「さすらう若人の歌」...2015-05-22に追加


マーラー:交響曲第5番 嬰ハ短調...2015-01-04に追加


マーラー:交響曲第4番 ト長調...2013-12-30に追加


マーラー:交響曲第4番 ト長調...2013-07-04に追加


マーラー:交響曲第5番 嬰ハ短調...2013-06-30に追加


マーラー:交響曲第7番 ホ短調 「夜の歌」...2013-06-29に追加


マーラー:交響曲第1番 ニ長調 「巨人」...2013-06-23に追加


マーラー:交響曲第1番 ニ長調 「巨人」...2013-06-23に追加


マーラー:交響曲第1番 ニ長調 「巨人」...2013-06-23に追加


マーラー:交響曲第3番 ニ短調...2013-02-24に追加


マーラー:交響曲「大地の歌」 イ短調...2012-03-20に追加


マーラー:交響曲第9番 ニ長調...2012-03-19に追加


マーラー:交響曲第1番 ニ長調 「巨人」...2012-03-13に追加


マーラー:交響曲第4番...2012-01-06に追加


マーラー:交響曲第1番 ニ長調 「巨人」...2011-11-06に追加


マーラー:交響曲第4番...2011-04-03に追加


マーラー:交響曲第2番 ハ短調 「復活」...2010-06-13に追加


マーラー:交響曲第6番イ短調「悲劇的」...2010-05-16に追加


マーラー:大地の歌...2009-12-16に追加


マーラー:交響曲第1番 「巨人」...2009-02-09に追加


マーラー:交響曲第8番「千人の交響曲」...2005-10-29に追加


マーラー:交響曲第3番...2005-10-13に追加


マーラー:交響曲第7番「夜の歌」...2005-10-13に追加


マーラー:交響曲第9番...2005-01-26に追加


マーラー:交響曲第5番...2004-01-09に追加


マーラー:交響曲第4番...2004-01-08に追加


マーラー:交響曲第3番...2003-03-15に追加


マーラー:大地の歌...2002-10-13に追加


マーラー:交響曲第2番「復活」...2002-08-19に追加


マーラー:交響曲第1番 「巨人」...2002-02-10に追加


マーラー:交響曲第4番...2002-01-20に追加


マーラー:交響曲第2番「復活」...2001-09-15に追加


マーラー:交響曲第9番...2001-05-03に追加


MAHLER...0000-00-00に追加




経歴


1860年7月7日、ユダヤ人の商人の子としてウィーンとプラハの中間に当たるカリシュトという小さな町に生まれる。
 幼くして音楽的才能を発揮したため、父は息子の才能に期待をかけて6歳からピアノを学ばせる。1869年から高等学校に在学し、75年からはウィーンにおもむいて音楽を専門的に学びはじめる。
 また、大学でブルックナーの音楽論の講義を聴講して感銘を受け親しく交際を始めるとともに、フーゴー・ヴォルフとも親交を深める。
 1888年にはブダペスト王立歌劇場の正指揮者に就任し、その後ハンブルグの歌劇場を経て、1897年からはウィーン宮廷歌劇場の指揮者へとキャリアを積み上げていく。
 このような指揮活動の間に作曲活動を行い、第1交響曲、第2交響曲などが初演されるようになって作曲家マーラーとしても認められるようになっていく。
 しかし、1898年からはウィーンフィルの指揮も行うようになってその演奏活動は多忙を極め、作曲活動はオフシーズンの夏に行われるようになっていく。このような生活が1900年から1907年まで続き、この間に第5から第7までの交響曲が生み出される。
 1907年には劇場との不和が頂点に達してウィーンを去り、また今後作曲活動に専念する経済的基盤を築くために、有利な条件を提示されたニューヨークに向かう。
 ニューヨークでは冬のシーズンは演奏活動に専念し、夏は作曲活動に専念するという生活をおくり、第8、大地の歌・第9交響曲を完成させる。
 しかし、1910年には心臓発作が激しくなったため、医師の進めで4月にはヨーロッパに帰国してパリで静養につとめる。しかし、治療の甲斐もなくウィーンに移って5月18日になくなる。

ユング君の一言


昔はクラシック音楽にふれる第一歩はモーツァルトかベートーベン、ピアノをやる人はバッハかショパンあたりと相場が決まっていたものです。
 マーラーなんてのはよほどのマニア(?)でもない限り聞かなかったものです。
 ところが最近は少し下火になったようですが、一時は大変なマーラーブームで、はじめて聴いたクラシック音楽がマーラーの9番(!)なんて言う大変な人も現れてきました。

 「とにかくなんだか訳の分からない人!」というのが長年のマーラー評価でした。
 映画「ヴェニスに死す」で描かれた音楽家はマーラーがモデルだといわれていますが、あの醜悪きわまる音楽家のイメージがそのまま当時のマーラーのイメージでもありました。おそらくマーラーを愛する多くの善良なクラシック音楽ファンは、あの映画を見れば怒りで身が震えることを100%保証できます。(^^)

 それが、今やベートーベンやブラームスと肩を並べるコンサートの定番プログラムになったのですから、時代も変われば変わるものです。
 その複雑で巨大な音楽ゆえになかなか理解されなかったマーラーですが、それでも彼は「いつか私の時代が来る!」と言い続けていました。
 そして、彼は生前このようにも語っていました。
 「私は三重の意味で異邦人だった。チェコではボヘミア人、ドイツではオーストリア人、そして世界の中ではユダヤ人だった。私は成功を得るためにはどこへでも顔をつっこんでいった。そしてどこでも歓迎されなかった。」
 「私の時代」を引き寄せるというのも大変なことです。


同時代の作曲家を選択する



【リスニングルームの更新履歴】

[2017-03-27]

[2017-03-26]

[2017-03-25]

[2017-03-24]

[2017-03-23]

[2017-03-22]

[2017-03-21]

[2017-03-20]

[2017-03-19]

[2017-03-18]

[2017-03-10]

[2017-03-09]

[2017-03-08]

[2017-03-07]

[2017-03-06]

[2017-03-05]

[2017-03-04]

[2017-03-03]

[2017-03-02]

[2017-03-01]

[2017-02-28]

[2017-02-27]

[2017-02-26]

[2017-02-25]

[2017-02-25]