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マルコム・サージェント(Malcolm Sargent) |ヴォーン・ウィリアムス:トマス・タリスの主題による幻想曲(Vaughan Williams:Fantasia on a Theme_by Thomas Tallis)
ヴォーン・ウィリアムス:トマス・タリスの主題による幻想曲(Vaughan Williams:Fantasia on a Theme_by Thomas Tallis)
マルコム・サージェント指揮 フィルハーモニア管弦楽団 1959年録音(Sir Malcolm Sargent:The Philharmonia Orchestra Recorded on 1959) Vaughan Williams:Fantasia on a Theme_by Thomas Tallis
交響曲は知らなくても・・・
ヴォーン・ウィリアムスについては既に
ボールト指揮による「交響曲全集」 をアップしてあります。交響曲という形式が終焉を迎えた20世紀という時代に9曲もの交響曲を残したと言うことで「隠れたシンフォニスト」などと言われたりします。
しかし、そう言う彼の本線である交響曲を聞いたことがなくても、この弦楽合奏を主体とした二つの幻想曲なら聴いたことがあるという人も多いのではないでしょうか。
ヴォーン・ウィリアムズは20世紀の作曲家としては珍しく穏やかで美しい旋律ラインを持った音楽を書いた人というイメージがあります。そう言うイメージにピッタリなのがこの二つの幻想曲であり、とりわけ「トマス・タリスの主題による幻想曲」は彼に作曲家としての成功をもたらした作品です。
トマス・タリスの主題による幻想曲
トマス・タリスとは16世紀のイングランドで活躍した作曲家でありオルガン奏者でした。ロンドンの小さな教会のオルガン奏者からたたき上げて最後は王室礼拝堂のオルガン奏者にまで上りつめた人で、テューダー朝のヘンリー8世、エドワード6世、メアリー1世とエリザベス1世という歴代の王に仕えました。
ヴォーン・ウィリアムスがこの幻想曲のもとにした「トマス・タリスの主題」とは、彼が1567年に書いた「大主教パーカーのための詩編曲」の第3曲の旋律です。
ヴォーン・ウィリアムスはこの偉大なオルガン奏者に敬意を表したのか、単純な弦楽合奏としてこの作品を仕上げるのではなく、二組の弦楽合奏(一組は通常の弦楽合奏、もう一つは少し離れた場所に各パート二人からな小規模の弦楽合奏と指定)と、一組の弦楽四重奏によってオルガン的な響きを実現しています。
グリーンスリーヴスによる幻想曲
おそらく、ヴォーン・ウィリアムスにとっては不満でしょうが、彼の作品の中ではもっとも有名な作品です。何故ならば、その「有名」さの大部分がイングランドの古い歌「グリーンスリーヴス」に依存しているからです。
この作品はもともとはオペラ「恋するサー・ジョン(Sir John in Love)」の第3幕の間奏曲としてかかれたものであり、さらにその間奏曲をラルフ・グリーヴズ(Ralph Greaves)が編曲して独立させたのが「グリーンスリーヴスによる幻想曲」です。楽器編成は弦楽合奏を主体としながらそこにハープとフルートが追加されています。
とは言え、その編曲はヴォーン・ウィリアムス自身も気に入ったようで、1934年に本人の指揮で初演されています。
と言うことで、この作品の著作権関係が心配になったのですが、調べてみると編曲者である「ラルフ・グリーヴズ」の権利も既に消滅していました。
イギリス音楽の発展に尽くした功績は大きなものがありました
サージェントという人はイギリスの作曲家の良き理解者であり支持者でもありました。エルガー、ホルスト、ブリテン等というそれなりに認知度のある作曲家だけでなく、ウォルトンやヴォーン=ウィリアムズ、さらにはアフリカ系イギリス人のサミュエル・コールリッジ=テイラー等の作品も熱心に取り上げています。
また、合唱の指揮者としてスタートしたこともあって、合唱を伴った作品の扱いは得意としていました。
メンデルスゾーンの「エリヤ」、ヘンデルの「メサイア」という定番だけでなく、エルガーの「ゲロンティアスの夢」やウォルトンの「ベルシャザールの饗宴」などと言うレアな作品もよく取り上げています。
そして、そう言うレアではあるけれども「手の内」に入った音楽では、非常にアグレッシブな演奏を聴かせてくれます。
言葉をかえれば、自信満々に「自分の音楽」を展開してくれていて聞きごたえは十分にあります。
ところが、それが一転してベートーベンやシューベルトみたいな、いわゆるドイツ・オーストリア系の正統派の音楽になると、急に行儀良くなるのです。
例えば、1960年に録音したベートーベンの3番「エロイカ」やシューベルトの「未完成」になると、いわゆる楷書風のさらっとした音楽になってしまっています。それを趣味の良い外連味のない音楽と評することも出来るのでしょうが、こういう二つの顔を見せつけられると「内弁慶」という言葉が頭の上を過ぎらざるを得ません。
そして、クラシック音楽の世界というのは、辺境部分でどんなに素晴らしい演奏を聴かせても、ドイツ・オーストリア系の正統派の部分でそれなりの実績を残さないと、早晩その存在は忘れ去られるという「悲しい現実」に行き当たることになるのです。
そこで、ふと気づいたのはサージェントの「合唱指揮者としての顔」と「オーケストラ指揮者としての顔」が随分異なっていたと言うことです。
サージェントは、ハダースフィールド合唱協会やロイヤル・コーラル・ソサエティといったイギリス伝統のアマチュア合唱団を長年率いました。
彼はアマチュア合唱団に対しては常に優しく熱心でした。
そして、彼の華やかでカリスマ的な指導は、アマチュア歌唱者たち強くひきつけ、彼らに「自分たちは最高の音楽を作っている」という自信と誇りを持たせました。
しかし、それがプロのオーケストラを相手にすると雰囲気がガラリと変わってしまうのがサージェントという指揮者でした。
何しろ、「サージェントの下では演奏したくない」とボイコットに近い動きまで引き起こすほどに嫌われてしまっていたのです。
その背景にあったのは「スター意識」と「厳しい規律」、そして何より「不用意な発言」だったと言われています。
なかでも極めつけの「不用意な発言」が「インタビュー事件」でした。
1936年に彼が新聞のインタビューでこんな事をいってしまったのです。
オーケストラ奏者は、終身雇用を保証されるべきではない。なぜなら、生活が安定しすぎると、演奏から情熱や必死さが失われ、ただの「公務員」のような仕事になってしまうからだ
この発言は、世界恐慌の余波で生活に苦しんでいた当時の楽員たちの感情を激しく逆なでしました。
特に、サージェント自身が華やかな生活を送り、「フラッシュ・ハリー(派手なハリー)」というあだ名で社交界のスターとして振る舞っていたこともあり、楽員からは「自分は贅沢をしながら、我々にはハングリー精神を強いるのか」と猛烈なバッシングが巻き起こしてしまったのです。
また、彼の完璧主義と「上から目線」の指導も反発を招きました。
彼は楽員を「音楽を作るパートナー」というよりは、「自分のビジョンを具現化するための駒」として扱う傾向があったのです。
つまりは、アマチュアの合唱団員には熱心で優しい「導師」として振る舞う一方で、プロのオーケストラ奏者に対しては高圧的な態度を取ることが多く、その落差が軋轢を生んだのでした。
なるほど、これでは、ドイツ・オーストリア系の正統派音楽では楷書風のさらっとした音楽にならざるを得なかったのも納得です。
とはいえ、それでも、サージェントがイギリス音楽の発展に尽くした功績は大きなものがありました。
癌に冒された死の直前にサージェントがプロムスのステージに姿を見せた際、かつて彼を嫌った楽員たちも、観客と共にスタンディングオベーションで迎えました。
オーケストラ奏者にとって、彼は「鼻持ちならない上司」ではありましたが、同時に「イギリスの音楽界を格上げした功労者」であることは認めざるを得なかったのでしょう。
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