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Home|アルフレッド・ブレンデル(Alfred Brendel)|ベートーベン:ヴィンターの歌劇「妨げられた奉納式」より四重唱「子供よ、静かにお休み」の主題による7つの変奏曲 WoO 75(Beethoven:7 Variations on the Quartet Kind, willst du ruhig schlafen from Winter's Das unterbrochene Opferfest, WoO 75)

ベートーベン:ヴィンターの歌劇「妨げられた奉納式」より四重唱「子供よ、静かにお休み」の主題による7つの変奏曲 WoO 75(Beethoven:7 Variations on the Quartet Kind, willst du ruhig schlafen from Winter's Das unterbrochene Opferfest, WoO 75)

(P)アルフレッド・ブレンデル 1958年&1960年録音(Alfred Brendel:Recorded on 1958 & 1960)



Beethoven:7 Variations on the Quartet Kind, willst du ruhig schlafen from Winter's Das unterbrochene Opferfest, WoO 75


ベートーベンのピアノ変奏曲

ベートーベンは若い頃を中心に数多くの「ピアノのための変奏曲」を作曲しているのですが、その後も折に触れてこの形式によるピアノ曲を残しています。その中でも、とりわけ重要であり、しかしながら最後まで聞き通すにはかなりの忍耐を強いられるのが「ディアベリ変奏曲」でしょう。
しかしながら、あれはベートーベンの「ピアノのための変奏曲」の中においてみればモンスター的に異形なる存在であって、その大部分は当時の聴衆に人気のあったオペラなどの一節をテーマにしたものが大部分でした。

「変奏」とは一般的には「ある旋律のリズム、拍子、旋律、調子、和声などを変えたり、さまざまな装飾を付けるなどして変化を付けること」とされています。しかし、ベートーベンの「変奏曲」というジャンルにおける探求を跡づけていくと、「変化をつける」などと言う範疇に留まらないことに気づかされます。
いや、確かに最初は、オペラなどから拝借した旋律を面白おかしく変化させて聴く人の耳を楽しませる所からスタートしています。しかしながら、その到達点である「ディアベリ変奏曲」を聴くとき、そこには面白おかしく変化をつけて聴く人の耳を楽しませるなどという姿勢は吹き飛んでいます。
それでは、そこでベートーベンは何をしようとしたのかといえば、それは主題が内包する可能性を徹底的に汲み尽くすことでした。
よく知られているように、ディアベリによって示された「テーマ」は実に単純で陳腐なもののように見えました。しかしながら、外面的には「陳腐で単純」に見えたテーマの中に豊かな可能性をかぎつけたのがベートーベンの天才でした。
そのテーマが単純であるがゆえに、それを様々な音楽的スタイルの中においてみることが可能であり、そのスタイルによってはディアベリのテーマはほとんど姿を消しているように見えながらも、それもまた主題の可能性を最大限に追求した結果であるような音楽になっているのです。
そして、その最後の到達点と若い頃の作品を並べてみれば、ベートーベンという音楽家がその生涯においてどれほど長い距離を歩いたかが分かるのです。

ベートーベンにとって「ピアノ・ソナタ」という形式は常に実験の場であったのですが、「ピアノのための変奏曲」はそれ以上に実験的な場だったのかも知れません。そして、その実験的性格ゆえに、例えば「ハ短調変奏曲」と呼ばれることもある中期の作品などには作品番号を与えなかったのかも知れません。
そう考えれば、ベートーベンのこのジャンルにおける歩みを辿ってみることも意味あることなのかも知れません。

ベートーベン:ヴィンターの歌劇「妨げられた奉納式」より四重唱「子供よ、静かにお休み」の主題による7つの変奏曲 WoO 75


ペーター・ヴィンターのオペラ主題となったのは、当時ウィーンで一世を風靡していた作曲家ペーター・ヴィンター(Peter von Winter, 1754?1825)の歌劇(コミック・オペラ)「妨げられた奉納式」(Das unterbrochene Opferfest)の第18曲に登場する四重唱「子供よ、静かにお休み(Kind, willst du ruhig schlafen)」です。
このオペラは1796年にウィーンのケルントナートーア劇場で初演され、大ヒットを記録しました。このオペラは1796年にウィーンのケルントナートーア劇場で初演され、大ヒットを記録しました。
当時のウィーンでは、人気のオペラのアリアや合唱の主題を用いてピアノ変奏曲を仕立てて演奏するスタイルが流行しており、ベートーヴェンもそのトレンドを捉えて本作を作曲しました。

楽曲の構成と展開主題は穏やかで親しみやすい旋律です。16小節からなる簡素で素朴なテーマをもとに、ベートーヴェンはピアノの色彩感あふれる多彩な7つの変奏を展開します。


  1. 主題(Theme)
    穏やかで子守歌のような親しみやすい4部唱の旋律。

  2. 第1変奏
    右手の細かなアルペッジョや音階装飾が軽快に駆け巡るフィギュレーション。

  3. 第2変奏
    左手主導のアジリティやスタッカートを効かせた軽妙な変奏。

  4. 第3変奏
    和声音の広がりと音域の跳躍を生かした躍動感あるスタイル。

  5. 第4変奏
    ヘ短調に転調。悲哀を帯びた対位法的な表情を見せる静かな対比。

  6. 第5変奏
    長調へ復帰。和声的な響きを強調し、繊細なトリルやダイナミクスが際立つ変奏。

  7. 第6変奏
    拍子やテンポの緊張感を高めた動き。

  8. 第7変奏(コーダ)
    テンポを上げ、即興演奏の妙味を感じさせる自由なカデンツァ風展開や装飾を交えつつ、華やかに楽曲を締めくくります。



当時のベートーヴェンはウィーン最高のピアノ即興奏者として名を馳せていました。この変奏曲にも、彼の自由で創意あふれる即興演奏のニュアンスが惜しみなく注ぎ込まれています。
装飾的変奏(旋律に装飾音を施すスタイル)の枠組みを守りつつも、中間部での短調(第4変奏)の劇的なコントラストやコーダでの自由な展開など、後の大作変奏曲(エロイカ変奏曲やディアベリ変奏曲など)へと通じる和声感や対位法的アプローチの萌芽が見られます。


後年のブレンデルと較べれば、はるかに勢いの良さが前に出ている

ブレンデルは1958年と1960年の二度にわたってベートーベンの「ピアノのための変奏曲」をまとめて録音してくれました。
「ピアノのための変奏曲」というのは、ベートーベンのピアノ作品の中では傍流ですから、名のあるピアニストならば取り上げても精々が「ディアベリ変奏曲」か「エロイカ変奏曲」あたりまでです。それが、若い時代の作品番号が与えられていない作品まで触手を伸ばして数多く録音してくれたというのは、「ピアノのための変奏曲」を跡づけてみたいものにとっては有り難い話です。と言うか、実は順序が逆であって、こういう録音が存在していることに気づいたので、跡づけてみる気になったのです。

それにしても、ベートーベンの変奏曲というのは子供達のピアノ発表会などでもよく演奏されるような気がするのですが、ああいうのを聴くとまるでつまらない「練習曲」のように聞こえます。ところが、そう言う作品がブレンデルのようなピアニストの手にかかると魔法の如く別の姿が立ちあらわれるのです。
そう、まさに「魔法のごとき」です。
そして、練習曲風の変奏曲を聴かされてきた頻度が高ければ高いほど、その魔法の力には魅入られるはずです。そう思えば、「練習曲風の変奏曲」を聞かされ続けた労苦も報われるというものです。

ブレンデルの録音活動は「Philips」と強く結びついているのですが、それは1970年からスタートします。
この一連の変奏曲はアメリカの新興レーベルである「Vox」で録音されたものです。調べてみると、ブレンデルの若い頃の録音の大部分はこの「Vox」で行われています。そして、この一連の変奏曲の録音の後に、ブレンデルはこのレーベルでピアノソナタを次々と録音していきます。
つまりは、ブレンデルは「Vox」にとっても重要な位置を占めるピアニストになっていくのであり、そして、その事を踏み台として「Philips」というメジャー・レーベルとの契約にたどり着くのです。

そして、この「Vox」時代の録音を若い頃から順番に聞き続けていくと、最初は一刀彫りのような荒々しさが残っていたものが、次第に丁寧に作品を彫琢していくように変化していくのが分かります。そして、その変化は「変奏曲」のようなジャンルでは、作品の構造が実によく分かるので非常に好ましく思えるのです。
おそらく、「変奏曲」という形式は知的で真面目なピアニストにとってはもっとも相性のよいジャンルなのかも知れません。とは言え、後年のブレンデルと較べれば、はるかに勢いの良さが前に出ていることも事実であり、それもまたそれで魅力的です。

それから、余談ながら、ブレンデルという人は80年代から90年代にかけては、疑いもなく時代を代表するピニストだったのですが、その名前を聞かなくなってから随分と時が経ちます。ですから、すでに鬼籍には入られたのかと思っておられる方も多いかと思うのですが、実は今も存命です。
音楽家というのは、とりわけ指揮者とピアニストは「死ぬまで現役」という人が多いのですが、ブレンデルは珍しくも77歳で現役を引退したのです。2008年12月18日のウィーン・フィルとの公演がラスト・コンサートだったそうです。
そして、その後は教育活動に力を入れることになり、今も元気にレクチャーを行っているようです。(残念なことに、2025年の6月に鬼籍に入られました)
ブレンデルのピアノの特徴を一言で言えば、徹底的に考え抜かれた解釈によって繊細極まる造形を行うことにあります。それ故に、その様な完璧性が保持できなくなった時に、潔く撤退するだけの鋭い自己批判力があったと言うことなのでしょう。
引退した後のブレンデルのレクチャーを聴いた人の話によると、90歳を目前にした今もピアノの腕前はそれほど衰えていないように感じたというのですが、それもまた気楽な聞き手ゆえに言える言葉なのでしょう。

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