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ベートーベン:交響曲第2番 ニ長調, Op.36

クレメンス・クラウス指揮:ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 1929年9~10月録音



Beethoven:Symphony No.2 in D major ,Op.36 [1.Adagio Molto; Allegro Con Brio]

Beethoven:Symphony No.2 in D major ,Op.36 [2.Larghetto]

Beethoven:Symphony No.2 in D major ,Op.36 [3.Scherzo]

Beethoven:Symphony No.2 in D major ,Op.36 [4.Allegro Molto]


新しい道を進みはじめた第一歩が記された交響曲

ベートーベン関連の作品解説はこういうサイトを始めた頃に書いたものが大部分です。今から読みかえせばあまりに簡素であり、正確さに欠ける部分も目について冷や汗ものです。
例えば、交響曲の2番に関してはこういう事を書いていました。

ベートーベンの交響曲は音楽史上、不滅の作品と言われます。しかし、初期の1番・2番はどうしても影が薄いのが事実です。
それは3番「エロイカ」において音楽史上の奇跡と呼ばれるような一大飛躍をとげたからであり、それ以後の作品と比べれば確かに大きな落差は否めません。しかし、ハイドンからモーツァルトへと引き継がれてきた交響曲の系譜のなかにおいてみると両方とも実に立派な交響曲です。

交響曲の1番は疑いもなくジュピターの延長線上にありますし、この第2番の交響曲はその流れのなかでベートーベン独自の世界があらわれつつあります。


今の私なら、「交響曲の1番は疑いもなくジュピターの延長線上にあります」ではなくて、「交響曲の1番は疑いもなくハイドンのザロモン・セットの延長線上にあります」と書くでしょうね。(^^;
まあ、そう言う細かい話は脇におくとしても、それでも「初期の1番・2番はどうしても影が薄い」という風に、この2つの交響曲を同列に論ずるのはやはり粗雑に過ぎたようです。

ベートーベンという人の作曲家としての道筋を辿るときに、重要な目印になるのが32曲のピアノソナタだと言うことが、ピアノ・ソナタの解説を書き直している中でよく分かってきました。
ベートーベンという人はクラシック音楽の世界を深く掘り下げた人であるのですが、驚くほど多方面にわたって多様な音楽を書いた人でもありました。流石に、オペラは彼の資質から見ればそれほど向いている分野ではなかったようなのですが、それでも「フィデリオ」という傑作を残しています。
特定の分野に絞って深く掘り下げた人はいますし、多方面にわたって多くの作品を書き散らした人もいますが、ベートーベンのように幅広い分野にわたって革命的と言えるほどに深く掘り下げた人は、他にモーツァルトがいるくらいでしょう。

そんなベートーベンが、その生涯にわたって創作を続けた分野がピアノソナタであり、それ以外では交響曲と弦楽四重奏の分野でしょうか。
そして、この3つの中でもっとも数多くの作品を残したのがピアノソナタですから、ピアノソナタこそがもっとも細かい目盛りでベートーベンという男を計測できるのです。

この計測器を使って初期の1番と2番の交響曲を計測してみれば、それが同列に論じてはいけないことは一目瞭然です。


  1. ベートーベン:交響曲第1番 ハ長調 作品21 [1799年~1800年]

  2. ベートーベン:交響曲第2番 ニ長調 作品36 [1801年~1802年]



時間的に見れば相接しているように見えるのですが、ピアノソナタで計測してみれば、この二つの交響曲の間には明らかに大きな飛躍が存在していることに気づかされます。


  1. ピアノ・ソナタ第8番「悲愴」 ハ短調 Op.13 [1797-98年]

  2. ピアノ・ソナタ第9番 ホ長調 Op.14-1 [1797~99年]

  3. ピアノ・ソナタ第10番 ト長調 Op.14-2 [1797~99年]



ベートーベン:交響曲第1番 ハ長調 作品21 [1799年~1800年]


  1. ピアノ・ソナタ第11番 変ロ長調 Op.22 [1800年]

  2. ピアノ・ソナタ第12番「葬送」 変イ長調 Op.26 [1800-01年]

  3. ピアノ・ソナタ第13番 変ホ長調 Op.27-1 [1800-01年]

  4. ピアノ・ソナタ第14番「月光」 嬰ハ短調 Op.27-2 [1801年]

  5. ピアノ・ソナタ第15番「田園」 ニ長調 Op.28 [1801年]




  1. ピアノ・ソナタ第16番 ト長調 Op.31-1 [1802年]

  2. ピアノ・ソナタ第17番「テンペスト」 ニ短調 Op.31-2 [1802年]

  3. ピアノ・ソナタ第18番 変ホ長調 Op.31-3 [1802年]



ベートーベン:交響曲第2番 ニ長調 作品36 [1801年~1802年]

ピアノソナタを3つのグループに分けたのはベートーベンという男が辿ったステップに基づいてグループ分けをしたからです。
ピアノソナタ全体のおよそ3分の1を占める10番までの初期ソナタは、ハイドンやモーツァルトが確立した18世紀のソナタを学んでそれを血肉化し、それをふまえた上で前に進もうと模索した時期でした。そう言う模索の先に第1番の交響曲が生み出されたことは、ベートーベンという男の「歩み方」のようなものが暗示されているように思えます。

彼にとってピアノソナタは常に新しい道を切り開くアイテムであり、そこで切り開いた結果を集大成するのが交響曲だったのではないでしょうか。
その意味では、この第1番の交響曲もまた18世紀の交響曲の集大成であり、その手本は明らかにハイドンだったのです。

そして、ここで集大成した結果を彼はウィーンでの人気ピアニストとしての腕を振るためのピアノソナタに盛り込んで、作品22から28までのソナタを生み出します。
ですから、それらは若き人気ピアニストの作品群と言えます。

しかし、それはやがて彼のわき上がるような創作意欲をおさめるものとしては、あまりにも小さく、そしてあまりにも古いものであることに気づかざるを得なくなります。
そして、その事に気づいたベートーベンは、未だ誰も踏み出したことがないような世界へと歩を進めていくのです。

それが、「私は今後新しい道を進むつもりだ」と明言して生み出された「テンペスト」を含む作品31のソナタだったのです。

交響曲2番は、まさにその様な新しい道へと踏み出した時期に生み出された音楽なのです。ですから、「初期の1番・2番」などとセットにして語ってはいけないのです。
交響曲の1番が18世紀の総括だとすれば、第2番は明らかに19世紀への新しい一歩を踏み出した音楽なのです。

そして、彼はピアノソナタの分野ではこのすぐ後に「ワルトシュタイン」を生み出し、その後に、ついに音楽史上の奇蹟とも言うべき「エロイカ」が生み出されるのです。


  1. ピアノ・ソナタ第21番「ワルトシュタイン」 ハ長調 Op.53 [1803-04年]

  2. ピアノ・ソナタ第22番 ヘ長調 Op.54 [1804年]



ベートーベン:交響曲第3番「エロイカ(英雄)」 変ホ長調 op.55 [1803年~1804年]

その意味では、この第2番の交響曲は18世紀的な第1番よりはエロイカの方に近しいのです。

ベートーベン:交響曲第2番 ニ長調 作品36

第2番の交響曲を特徴づけるものの一つは、第1楽章の冒頭に長い序奏を持つことです。
それが深い感情を表出するようになるのは後年のベートーベンの一つの特徴となっているのですが、ここでも軽い悲劇性が滲み、その終わり近くで登場するファースト・ヴァイオリンによる急速な下行句は強い印象を与えます。
その下行句に続いてて弦楽器が勢いよく第1主題を提示するのですが、それもまた、18世紀の交響曲にありそうでなかったスタイルです。

また、第2楽章のラルゲットの美しさも、ここに至るピアノソナタの緩徐楽章で試行錯誤を繰り返してきた結果が実ったものではないでしょうか。18世紀のピアノは楽器の限界もあって、どちらかと言えば歯切れの良いテクスチャが主流だったのですが、それをベートーベンはレガートでカンタービレすることに腐心していました。このラルゲットで聞くことのできる美しいロマン性は第1番の交響曲では聞くことが出来なかったものですし、そこには「歌う」事への試行錯誤が結実していると言えます。
確かにベートーベンが最もベートーベンらしいのは驀進するベートーベンです。
交響曲の5番やピアノソナタの熱情などがその典型でしょうか。
しかし、瞑想的で幻想性あふれる音楽もまたベートーベンを構成する重要な部分であり、その特徴が一つの形として結実したのがこのラルゲット楽章なのです。

さらに、第3楽章はメヌエットからスケルツォへと変貌を遂げていますが、これもベートーベンの交響曲を特徴づけるものです。
確かに、ベートーベンは初期ソナタの時からメヌエットではなくてスケルツォと記す作品を書いていました。しかし、そう書かれていても、実際は通常の3部形式のメヌエットの域を出るものではなかったので、途中でメヌエットともスケルツォとも記すのをやめている作品もありました。
しかし、ここでは、自信を持ってスケルツォと記していますし、音楽もまたそれに相応しいものに進化しています。

中間部のトリオは主調のニ長調で書かれていてメヌエット的な穏やかさを残してはいますが、それでもフォルトとピアノを突然に交代したりすることで、歌謡性を前面に押し出したメヌエットとは異なる音楽を構築しています。

とは言え、それでも3番とそれ以降の作品と併置されると影が薄くなってしまうのがこの作品の不幸です。
もっと聞かれてしかるべき作品だと思います。


今の時代においても全く古さを感じさせない

1929年の録音と言えばまさに「化石時代」の録音です。しかし、これが聞いてみると、実に良好な音質であり、音楽を楽しむには何の問題もないレベルなので驚かされます。
そして、そう言う音質で「古き良き」時代の響きが堪能できるのですからこれほど嬉しいことはありません。

そして同時に、それまではニューイヤー・コンサートでのシュトラウス作品くらいでしかクレメンス・クラウスという指揮者を認識していた先入観を根本から改めなければいけないことにも気づかされました。それは、余り大きな期待も抱かずに、いってみれば資料を確認するようにして聴いた彼のベートーベンの田園を聞いたときにも感じたのですが、その時の直感は決して間違いではなかったことに少しずつ確信が持ててきました。

クレメンス・クラウスと言えば常に「貴族的指揮者」というイメージがつきまといます。
確かに彼は、バレエ・ダンサーである母親と、恐れを知らない奔放な騎手を父として生まれました。そして、その母の父親は著名な外交官であり、父方もまた有名な資産家でした。つまりは極めて恵まれた環境の中で自由に育った両親の間に生まれたのがクラウスだったのです。そう言う環境で育ったからでしょうか、彼は自分の信念というものを絶対に曲げない人物だったそうです。
そして、その態度は例え高い地位にある人物であっても全く変わることはなかったので、それへの中傷として彼の秀でた容姿や育ちなどをあげつらって「貴族的な自惚れ」と批判され、その事が大きな要因となって負の意味も込めて「貴族的指揮者」というイメージが一人歩きしてしまったようなのです。

しかし、そう言う一面はあったものの、それはあくまでも音楽への誠実さのあらわれであり、その証拠として彼のリハーサルは常に入念をきわめたことは余り知られていません。そして、その「入念」さが時には軋轢を生じることもあって、それが上で述べたような中傷にもつながったようなのです。
とは言え、彼は間違っても雰囲気だけで音楽を流す人ではありませんでした。それは、この29年の録音が良好なこともあって、リズムの処理や声部のバランスなどが完璧にコントロールされていることがよく分かります。そして、そこにウィーン・フィルやウィーン響の持つ響きの美質を最大限にひきだしているのです。
戦後になると、かなり自由な雰囲気で演奏することもあったようなのですが、戦前の若き時代は形式感と勢いを見事にバランスさせた、今の時代においても全く古さを感じさせない音楽を演奏した人だったようです。
なお、ハイドンの交響曲第31番「ホルン信号」 には2カ所ほど大きく音が歪む部分があるのですが、音楽的には非常に魅力のある響きなので残念と言えば残念です。

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