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ベートーベン:ピアノ・ソナタ第29番「ハンマークラヴィーア」 変ロ長調 Op.106

(P)フリードリヒ・グルダ 1954年1月11日録音



Beethoven: Piano Sonata No.29 In B Flat, Op.106 "Hammerklavier" [1. Allegro]

Beethoven: Piano Sonata No.29 In B Flat, Op.106 "Hammerklavier" [2. Scherzo (Assai vivace - Presto - Prestissimo - Tempo I)]

Beethoven: Piano Sonata No.29 In B Flat, Op.106 "Hammerklavier" [3. Adagio sostenuto]

Beethoven: Piano Sonata No.29 In B Flat, Op.106 "Hammerklavier" [4. Largo - Allegro risoluto]


30年にわたって取り組んできた音楽体験の全てを統合しようとしたソナタ

とんでもなくザックリとした切り分け方なのですが、ベートーベンのピアノ・ソナタ創作の軌跡を眺めてみるならば、それは概ね3つの時期に分かれるように見えます。
まず最初の時期は、ハイドンやモーツァルトと言う先人達の18世紀的ソナタから多くのことを学び、それを自らの血肉としていった時期です。それは言葉をかえれば「古典的均衡」の時期とも言えるのですが、それでも、そう言う初期の時代からでもそこに人間的感情の発露を表現しようとする意志が垣間見られました。

ナンバリングで言えば、8番「悲愴」において中間のまとめを行い、14番「月光」と15番「田園」において総仕上げを行ったと言えるでしょうか。
ベートーベンのキャリアと重ね合わせてみるならば、そう言う一連のソナタにおいて新進気鋭の人気ピアニストとしての地位を築き上げていった時代でもありました。

そして、それに続くのが、その様な18世紀的な「古典的均衡」から抜け出して、人間的感情という行方しれぬものを表現しようとする「新しい道」への時代でした。
しかし、ここで注意が必要なのは、ベートーベンというのはその様な新しい表現を実現するために伝統を破壊したと言われることについてです。

「革命=破壊」というのは分かりやすい図式ではあるのですが、目の前にある現実の上に立脚しない限り新しい価値観というのは現実の力を持つことは出来ないものです。
つまりは、破壊だけでは何も新しいものは生み出せず、破壊の後の建設は古い切り株の上でしか芽吹かないのです。

ベートーベンが模索した「新しい道」を支えたのも「伝統の破壊」だけではなくて、まさに彼がそこに至るまでに身につけた「18世紀的伝統」という古い切り株だったことは正確に見ておく必要があります。
ですから、ベートーベンは新しい一歩を踏み出すと必ず後戻り、もしくは収縮をすることによって、その新しい一歩と過去の伝統との間で折り合いをつけようとします。
この「新しい道」においても行きつ戻りつを繰り返しながら、それでもナンバリングで言えば17番「テンペスト」から21番「ワルトシュタイン」、そして23番「アパショナータ」へと駆け上がっていきます。
そして、この「新しい道」が「アパショナータ」によって行き着くところまで行き着いたように見えながらも、その後にそれを確かめるように「テレーゼソナタ」や「告別ソナタ」によって収縮してしまうのがベートーベンなのです。

しかしながら、この収縮によっても、それに続く全く新しい方向性を見いだすことが出来なかったことは事実です。
告別ソナタを1810年に完成させた後に、ポツンと1814年に27番とナンバリングされたホ短調のソナタを作曲するのですが、それは次の方向性を模索する作品ではありませんでした。
彼が本当に最後の試みにチャレンジするようになるのは、その2年後に作曲された作品101のソナタ(28番)においてでした。

この作品101のソナタは、その傍らに「ハンマークラヴィーアソナタ」がたたずんでいるので過小評価されることが多いのですが、彼の創作の軌跡を辿ってみるならば、それこそが「深くて高い」と言われる後期の世界、つまりは第3の時期への入り口となったチャレンジでした。

中期のベートーベンが目指したのは、行方もしれずとらえどころもない「人間的感情」というものを、「デュナーミクの拡大」という手法によって、それが持つ「たぎるような力の発現」として表現してみせることでした。
しかし、作品101のソナタではその様な力の発現は影をひそめて、その代わりに、人間の内面を描き出すための繊細な手法を模索しはじめているのです。
そして、その模索は最後の3つのソナタへと結実していくことはここで指摘するまでもないことです。

その様にとらえてみると、この「ハンマークラヴィーアソナタ」は作品101のソナタで新しい一歩を踏み出したベートーベンが、その踏み出した一歩を確かめるための収縮だったと言うことになります。
もちろん、こんな事を書くと、「おい、おい、この巨大なソナタを前にして収縮だなんて、お前は気は確かか!」と言われそうなのですが、おそらく、ここのところの捉え方がこの作品を理解する上できわめて重要なポイントだと思われます。

一般的にこのソナタは、それまでに例をみないほどの巨大さを持っているので、ベートーベンの32のピアノソナタの中でも記念碑的な音楽だと思われてきました。
そして、多くのピアニスト達も、この作品が持っている技術的困難を克服しながら、記念碑的作品に相応しい演奏を追求してきていました。

しかし、この作品の構造をじっくりと眺めてみると、特異な要素が少なく、作品101のソナタと較べればはるかに伝統に則した内容になっているとローゼン先生は述べています。
そして、スランプと言われた時期においてもベートーベンは様々な形式の問題に取り組んでいたのであり、この巨大なソナタにおいて、彼が30年にわたって取り組んできた音楽体験の全てを統合しようとしていると指摘しています。

例えば、このソナタは、ベートーベンによってメトロノームによるテンポ設定が為されている唯一のピアノソナタ作品なのですが、その指定によれば第1楽章は「Allegro」で「二分音符 = 138」という数値が指定されています。
交響曲においても同様なのですが、ベートーベンがメトロノーム指定した数値はどれもこれもがかなり速いのですが、これもまたこの作品を記念碑的なソナタにするにしては「速すぎる」数値指定なのです。

もちろん、このような数値指定に感情を込めることは出来ないので、その指定は最初の数小節にのみ有効だとベートーベン自身も語っているのですが、それでも彼がこの第1楽章をかなり速めのテンポで演奏することを望んでいたことは事実です。
しかしながら、その様な速いテンポはこの「記念碑的」な性格を持つソナタには相応しくないというので、それよりはゆっくりめに演奏されるのが「伝統」となっています。
ワインガルトナーは「80!!」、ハンス・フォン・ビューローは「112」、モシュレスは「116」、スコダは「120~126」と言う数値を提案していたようです。もっとあからさまに、「138」という指示はベートーベンのミスだとして否定して、「オレはオレの道を往く」事を公言する人も少なくありません。

確かに、その様な遅いテンポでこのソナタの演奏をはじめれば、この第1楽章は記念碑的なソナタに相応しい壮大な性格を持つようになります。
しかし、ベートーベンは出版社宛の手紙の中で「Allegroのみでassaiを消してほしい」と書き、「138」という数値を指定しているので、それは当時の常識に従えばモーツァルトのソナタにおけるAllergoと同じようなテンポを想定していたことになります。
そして、その様な速いテンポでこの楽章を演奏すれば、それは記念碑的な壮大さよりは中期のソナタに通ずるエネルギーの爆発が前面に出てきます。そう考えれば、このソナタにおいて、ベートーベンはいつものように、作品101で踏み出した一歩をもう一度過去に戻って確かめているように聞こえるのです。

そして、その様な姿勢はこれに続く第2楽章のスケルツォを見ればよりはっきりとします。この楽章は、きわめて真っ当なメヌエットの形式で書かれていることは明らかであり、ローゼン先生によれはこれまでのどのソナタにもあらわれるメヌエットやスケルツォよりも何の変哲もないスタイルになっているからです。
つまりは、ここでベートーベンは18世紀的な伝統に厳格に従いながら、その伝統の中で次の新しいステップにおいて大きな力となるものが何なのかを吟味しているのです。
ちなみに、この楽章に指示したベートーベンの数値は「二分音符 = 80」となっていて、これもまた多くのピアニストを戸惑わせるのに十分なほどの速さです。

さらに、第3楽章のAdagio sostenutoで注目すべきは、出版譜の校正段階で追加された第1小節です。
この追加された小節はくぐもった響きであり、それに続く小節においても感情が極度に抑制されています。にもかかわらず、ベートーベンが与えたメトロノーム指定は「8分音符 = 92」という、これまたかなり速いものです。

確かに、今日のコンサート会場においてこのテンポで感情を抑制して演奏するというのはかなり不都合なように思われるのですが、小さな集まりで囁くように演奏することが出来るならば、それはかなり感動的な場面になります。おそらく、多くの人がこの楽章に捧げた讃辞、「全世界のすべての苦悩の霊廟」であるとか「人が魂の最も深い所から出てくる何か特別の訴えには、囁きにまで声を落とす」などと言う言葉は、その様な親密な場における親密な演奏においてのみ実現できるのかもしれません。

それは、これに続く巨大な終楽章と並び立つときに何とも言えず不思議な組み合わせになるのですが、それは、この時点においてベートーベン自身がこの作品がどのようにして演奏されるのかと言うことはほとんど頭の中には去来していなかったことの証左になるのかもしれません。
確かに、そう考えれば、このソナタを締めくくる最後のLargoとfugaが、とんでもない混乱の中から一つの秩序を探り当てようとするような音楽であり、それ故にそれが演奏者に対してどれほどの困難を強いるものかを全く考慮していないことにも分かるような気がするのです。

しかし、終楽章はそう言う混乱の中を彷徨うに見えながら、導入のLargoはローゼン先生によれば対位法の誕生であり、それに続くfugaはロンド形式に一連の変奏を結びつけた形式であり、それらはともに終楽章における伝統的な形式の枠から出るものではない事に気づきます。
そう言う意味では、彼がどれほど既存の伝統の破壊者のように見えたとしても、その根っこは頑ななまでに18世紀的伝統の上に絡みついているのです。

そして、ベートーベンが他の作曲家と較べて飛び抜けて偉大だったのは、その様な18世紀的な伝統を決して安易に放り出さずに、その伝統と自らの新しいチャレンジとの間で希有のバランスをとり続けたことです。
そう考えてみれば、この巨大なソナタは作品101のソナタという新しい実験を受けての一つの収縮だったと言うのは、それほど突飛な把握の仕方ではないと言えるのです。
そして、その様にとらえることは、エドウィン・フィッシャーのように「この曲の意味をすっかり汲み尽くすことは誰にでも出来ることではない。そのためには我々はベートーヴェンの全生活を彼と共に遍歴し、 彼の精神の世界創造の働きをみまもらねばならない」みたいに神棚に祭り上げてしまうよりは役に立つと思うのです。


見晴らしのいい爽快で新鮮でしかも深いベートヴェン

ブレンデルのソナタ全集を紹介したときにグルダの全集に関しても少しばかりふれました。
一般的にグルダによるベートーベンのピアノ・ソナタ全集は1967年に集中的に録音されたAmadeoでのステレオ録音と、1954年から1958年にかけてモノラル・ステレオ混在で録音されたのDecca録音の二つが知られていました。しかし、最近になってその存在が知られるようになったのがここで紹介しているた1953年から1954年にかけてウィーンのラジオ局によってスタジオ収録された全曲録音です。

この録音は、きちんとセッションを組んで以下のような順番で全曲が録音されたようです。

  1. 1953年10月8&9日録音:1番~3番

  2. 1953年10月15&16日録音:4番~7番&19番~20番

  3. 1953年10月22日録音:8番~10番

  4. 1953年10月26日録音:11番

  5. 1953年10月29日録音:12番~13番&15番

  6. 1953年11月1日録音:14番

  7. 1953年11月6日録音:16番~18番&21番

  8. 1953年11月13日録音:22番&24番~25番

  9. 1953年11月20日録音:23番&27番

  10. 1953年11月26日録音:30番~31番

  11. 1953年11月27日録音:26番&32番

  12. 1954年1月11日録音:28番~29番


グルダは年代順にベートーベンのピアノ・ソナタを全曲録音するという構想を立てていて、それを実際に行ったのは1953年のことでした。その年に、グルダはなんとオーストリアの6都市でベートーベンのピアノ・ソナタ全曲演奏会を行うことになるのですが、おそらくはその集大成として1953年10月8日から1954年1月11日にかけて、セッション録音を行ったのでしょう。

しかしながら、その全曲録音が終了した1954年からグルダはDeccaで同じような全曲録音を開始するのです。
この1953年から1954年にかけて録音を行ったウィーンのラジオ局は、当時は依然としてソ連の管理下にあったこともあってか、結局は一度も陽の目を見ることもなく「幻の録音」となってしまったようなのです。

それでは、その「幻の録音」が何故に今頃になって陽の目を見たのかと言えば、録音から50年が経過しても未発表だったのでパブリック・ドメインとなったためでしょう。そう考えてみると、著作権というのは創作者の権利を守るとともに、一定の期間を過ぎたものはパブリック・ドメインとして多くの人に共有されるようにすることには大きな意味があるといえるのです。

さて、私事ながら、ベートーベンのピアノ・ソナタ全曲の「刷り込み」はグルダのAMADEOでのステレオ録音でした。つまりは、全曲をまとめて聴いたのがその録音だったのです。
理由は簡単です。その当時、AMADEOレーベルから発売されていたこの全集が一番安かったからです。(それでも1万円ぐらいしたでしょうか。昔はホントにCDは高かった)

ただ、買ってみて少しがっかりしたことも正直に申し上げておかなければなりません。なぜなら、その当時の私の再生装置では、なぜかピアノの響きが「丸く」なってしまって、それがどうしても我慢できなかったからです。
その後、CDプレーヤーは捨ててファイル再生に(PCオーディオ)へと移行していく中で、意外としゃっきりと鳴っていることに気づかされて、そのおかげでグルダの演奏の凄さが少しは分かるようになっていったものでした。音楽家への評価と再生装置の問題は意外と深刻な問題をはらんでいるのです。

当時のHMVのキャッチコピーを見ると「録音から既に長い年月が経過していますが、その間にリリースされた全集のどれと較べても、全体のムラのない完成度や、バランスの見事さ、響きの美しさといった点で、いまだに優れた内容を誇り得る全集だと言えるでしょう。」と書いています。
CDプレーヤーでお皿を回しているときは、この「バランスの見事さ、響きの美しさ」と言う評価には全く同意できなかったです。ただし、今のシステムならば十分に納得のいくものとなっています。

そして、それとほぼ同じ事がこの若き日の録音にもいえるのです。
1953年から1954年と言えば、バックハウスやケンプが現役バリバリで活躍していた時代でした。彼らのようなドイツの巨匠によるベートーベンは、シュナーベルやフィッシャーなどから引き継がれてきたドイツ的なベートーベン像でした・・・おそらく・・・。
そして、それ故に彼らのソナタ全集は多くの聞き手から好意的に受け入れられ、その結果としてメジャーレーベルから華々しく発売されることになったのです。

そう言う巨匠達の演奏と較べれば、このグルダのベートーベンは全く異なった時代を象徴するような演奏でした。
もしもバックハウスの演奏が「絶対的」なものならば、このグルダの演奏は明らかに異質な世界観のもとに成り立っています。
全体としてみれば早めのテンポで仕上げられていて、シャープと言っていいほどに鋭敏なリズム感覚で全体が造形されています。そして、ここぞと言うところでのたたみ込むような迫力は効果満点です。この、「ここぞ!」というとところでのたたき込み方は67年のAMADEOでのステレオ録音よりもこの50年代のモノラル録音の方が顕著です。
つまりは、それだけ覇気にあふれていると言うことなのでしょう。

ですから、バックハウスのようなベートーベンを絶対視する人から見れば、この演奏を「軽い」と感じる人もいることは否定しません。
たとえば、グルダの演奏を「音楽の深さや重さを教えているものではなく、極めて口当たりの良い軽い音で、しかも気軽に聞けるように作り直している」と評価している人もいたほどでした。それは、67年の録音に対してのものでしたから、それとほぼ同じスタンスで演奏した50年代の初頭の録音ならば(それは結局は陽の目を見なかったのですが)、大部分の人がそのような「否定的」な感想を持ったのだろうと思います。

しかし、ベートーベンはいつまでもバックハウスやケンプを模倣していないと悟れば、このグルダの録音は全く新しいベートーベン像を呈示していることに気づかされます。
つまり、シュナーベルから引き継がれてきたドイツ的(何とも曖昧な言葉ですが・・・^^;)なベートーベン像だけが絶対的な「真実」ではないと悟れば、このグルダが提供するベートーベン像の新しさは逆に大きな魅力として感じ取れるはずです。何故ならば、重く暑苦しい演奏は数あれど、ここまで見晴らしのいい爽快で新鮮でしかも深いベートヴェンはこれが初めてかもしれないのです。

そう言う意味で、録音から50年が経過して、著作権の軛から解放されてこの演奏が陽の目をみることが出来たことは喜ばなければなりません。

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