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シベリウス:交響曲第5番 変ホ長調, Op.82

ロリン・マゼール指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 1966年3月録音



Sibelius:Symphony No.5, Op.82 [1.Tempo molto moderato]

Sibelius:Symphony No.5, Op.82 [2.Andante mosso, quasi allegretto]

Sibelius:Symphony No.5, Op.82 [3.Allegro molto]


影の印象派

この作品はよく知られているように、シベリウスの生誕50年を祝う記念式典のメインイベントとして計画されました。
彼を死の恐怖に陥れた喉の腫瘍もようやくにして快癒し、伸びやかで明るさに満ちた作品に仕上がっています。

しかし、その伸びやかさや明るさはシベリウスの田園交響曲と呼ばれることもある第2番のシンフォニーに溢れていたものとはやはりどこか趣が異なります。

それは、最終楽章で壮大に盛り上がったフィナーレが六つの和音によって突然断ち切られるように終わるところに端的にあらわれています。

そう言えば、「このシベリスの偉大な交響曲を、第3楽章で中断させて公開するという暴挙は許し難い、今すぐ第4楽章も含む正しい姿に訂正することを要求する」、みたいなメールをもらったことがありました。(^^;
あまりの内容に驚き呆れ果てて削除してしまったのですが、今から思えばこの交響曲の「新しさ」を傍証する「お宝級」のメールだったので、永久保存しておくべきでした。

さらに、若い頃の朗々とした旋律線は姿を消して、全体として動機風の短く簡潔な旋律がパッチワークのように組み合わされるようになっています。

また、この後期のシベリウスとドビュッシーの親近性を指摘する人もいます。
シベリウスとドビュッシーは1909年にヘンリー・ウッドの自宅で出会い、さらにドビュッシーの指揮する「牧神の午後」などを聞いて「われわれの間にはすぐに結びつきが出来た」と述べています。

そして、ドビュッシーを「光の印象主義」だとすれば、シベリウスは「影の印象主義」だと述べた人がいました。
上手いこというもので、感心させられます。

まさにここで描かれるシベリウスの田園風景における主役は光ではなく影です。
第4番シンフォニーではその世界が深い影に塗りつぶされていたのに対して、この第5番シンフォニーは影の中に光が燦めいています。

シベリウスは日記の中で、この交響曲のイメージをつかんだ瞬間を次のようにしたためています。
それは1915年の4月21日、午前11時10分前と克明に時刻まで記した出来事でした。

シベリウスの頭上を16羽の白鳥が旋回しながら陽光の照る靄の中に消えていったのでした。その銀リボンのように消えていく白鳥の姿は「生涯の最も大きな感銘の一つと」として、次のように述べています。
日はくすみ、冷たい。しかし春はクレッシェンドで近づいてくる。
白鳥たちは私の頭上を長い間旋回し、にぶい太陽の光の中に銀の帯のように消えていった。
時々背を輝かせながら。白鳥の鳴き声はトランペットに似てくる。
赤子の泣き声を思わせるリフレイン。
自然の神秘と生の憂愁、これこそ第5交響曲のフィナーレ・テーマだ。

この深い至福の時はこの交響曲のフィナーレの部分に反映し、そしてその至福の時は決然たる6つの和音で絶ちきられるように終わるのです。


歌謡性を極限までひきだしている

マゼールとウィーンフィルによるシベリウスの交響曲に関してはすでに1番と2番を紹介しています。その時に「暖色系」の響きに違和感を覚えたと書いたのですが、そのあとにトマス・イェンセンとデンマーク国立放送交響楽団による「カレリア」組曲やヤッシャ・ホーレンシュタインによる第2番の交響曲を聞いてしまうと、さすがに「暖色系」は言い過ぎだったかもしれません。

しかし、1番と2番と同じようにこの5番と7番もウィーンフィルの美音全開ですし、それを押さえ込もうという無理は一切行っていないことは同様です。ですから、マゼールとウィーンフィルによるシベリウスの交響曲全集の特徴は、その美音によってシベリウスの音楽がもっている歌謡性を極限までひきだしているところにあるのかもしれません。

ここで今さら指摘するまでもないのですが、初期作品の範疇に入る1番と2番はチャイコフスキーの影響下にあるので、その歌謡性を引き出すのは自然なアプローチです。しかし、シベリウスは次第にそう言う音楽から離れていき、一つの旋律を息長く歌うのではなく、どこかパッチワークのように短い旋律を組み合わせていくような雰囲気に変わっていきました。
それを少し厳密に表現すれば、「交響曲は形式の厳格さと堅固なロジックがすべてのモティーフに内的関連を与えなければならない」と言うことになるのでしょう。

しかし、その一つの旋律として息長く歌うことが難しい交響曲であるにもかかわらず、マゼールはその一つ一つのパッチワークを実に上手くつなぎ合わせてその歌謡性を実現させてしまっています。
おそらく、これほど優雅に歌い上げた第7番の交響曲は他には思い当たりません。さらに言えば、それがこの上もなく美しいウィーンフィルの響きによって歌われているのですから、交響曲は形式の厳格さと堅固なロジックが必要などと言う小難しいことを考えなければ十分に魅力的な音楽に志賀っています。

そして、その事は5番にも言えて、7番ほどにはパッチワーク化していなくても、どこか歌いきれるところを意図的に回避しているように聞こえる部分でもマゼールは上手くつなぎ合わせて歌謡性にあふれる音楽に仕上げています。そして、唐突に終わる様な感じがいつも拭いきれない終結部分も何となく納得がいくように上手く仕立て上げています。

とは言え、それがシベリウスの一つの解釈として楽しむことは出来ても、やはりこれをスタンダードというには躊躇いは覚えざるを得ないでしょう。そして、ウィーンフィル自体もその事をこの全集によってあらためて認識したのでしょうか、結局はこれが最初にして最後のウィーンフィルによるシベリウス交響曲全集となってしまいました。

なお、残る3番と6番は残念ながら1968年のリリースなので、ギリギリのところでパブリック・ドメインの手の中からこぼれ落ちてしまいました。残念なことです。

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