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ホロヴィッツ(Vladimir Horowitz)|シルヴァー・ジュビリー・コンサート(1)~シューベルト:ピアノ・ソナタ 第21番 変ロ長調, D.960他
シルヴァー・ジュビリー・コンサート(1)~シューベルト:ピアノ・ソナタ 第21番 変ロ長調, D.960他
(P)ウラディミール・ホロヴィッツ:1953年2月25日 録音
Schubert:Piano sonata in B flat major, D.960 [1.Molto moderato]
Schubert:Piano sonata in B flat major, D.960 [2.Andante sostenuto]
Schubert:Piano sonata in B flat major, D.960 [3.Scherzo: Allegro vivace con delicatezza]
Schubert:Piano sonata in B flat major, D.960 [4.Allegro ma non troppo]
Chopin:Nocturne for piano No.19 in E minor, Op.72-1
Chopin:Scherzo No.1 in B minor, Op.20
突然のドロップ・アウト

ホロヴィッツのアメリカ・デビュー25周年を記念したカーネギー・ホールでのリサイタルの完全録音です。そして、このコンサートのすぐ後に突然すべてのリサイタルをキャンセルし、公の演奏会からは姿を消してしまいます。
グールドは演奏会には[Take2」がないといって1964年3月28日のシカゴ・リサイタルを最後に演奏会から完全にドロップ・アウトしてしまい録音活動に専念する事になるのですが、ホロヴィッツの場合は12年後の1965年に再び演奏会に復帰することになります。
おそらく、ホロヴィッツは何処までいっても劇場の人であり、その劇場での拍手喝采を受ける魅力からは逃れられなかったのでしょう。つまりは、グールドが「寄席芸人に身を落としてしまう」として否定した演奏家としてのあり方こそがホロヴィッツの本質だったのかもしれません。
そして、1953年の突然の演奏会からのドロップ・アウトは、常にトップで引っ張り続ける事を宿命づけられる事がいかに過酷であり、同時に残酷であったかと言うことに気づかされるのです。
なお、この25周年記念コンサートのプログラムは以下の通りです。
まず肩慣らしにシューベルトの長大なソナタを持ってくるのも驚きですが、その後も実に多彩なプログラムで、ホロヴィッツに強いられる「義務」の過酷さに思いを致さざるを得ません。
- シューベルト:ピアノ・ソナタ 第21番 変ロ長調, D.960
- ショパン:夜想曲 第19番 ホ短調, Op.72-1
- ショパン:スケルツォ 第1番 ロ短調, Op.20
- スクリャービン:ピアノ・ソナタ 第9番, Op.68「黒ミサ」
- スクリャービン:練習曲 変ロ短調, Op.8-11
- スクリャービン:練習曲 嬰ハ短調, Op.42-5
- リスト:ハンガリー狂詩曲 第2番
- ドビュッシー:人形へのセレナード(アンコール)
- ショパン:ワルツ 第3番 イ短調 Op.34-2(アンコール)
- プロコフィエフ:ピアノ・ソナタ 第7番 変ロ長調 Op.83 第3楽章「プレチピタート」 (アンコール)
「情事」の共有
グールドは常に演奏会という行為に疑問を持っていましたし、その事を常に口にしていました。その中で有名なのは、演奏会は「ノン・テイク・ツーネス」であり、録音技術の登場によりライヴ・コンサートはその意義を失ったというものです。
しかし、それ以上に私の心に残っているのは「演奏行為は競争ではなく情事である」という言葉です。
おそらく、グールドはその様な「情事」を人前でさらしつつづける事が耐えられなかったのでしょう。
それに対して、ホロヴィッツのピアノ演奏こそはまさに「情事」そのものです。つまりは、ホロヴィッツの演奏が「情事」だというのは、それが徹頭徹尾、ホロヴィッツという人の内面をさらけ出したものになっているからです。
それを人前にさらすことに悩むこともあったのでしょうが、それでもそれを曝す「快感」からは逃れられなかったのでしょう。
ホロヴィッツにとって「全集」を作るなどと言うことは全く無縁なことです。
今時こんな発言をすればどこかの国オリンピック組織委員会の会長のように非難を浴びるのを覚悟しなければいけないかもしれませんが(^^;、彼は徹頭徹尾「好きな女」しか抱かない人であり、世間体を気にして「好きでもない女」を抱くようなことはしませんでした。
まあ、あからさまに言えばそう言うことであり、もう少し上品に表現すれば、自分の好きな作品を自分の好きなようにしか演奏しない人だったのです。
おそらく多くのピアニストにはそこまで自分をさらけ出す勇気はないでしょう。
その多くは、演奏する前に作曲家の人生や彼が生きた時代背景、そして彼に影響を与えた作曲家や楽曲、そしてそう言う全てのことを背負った上でその作品で彼が何を成し遂げようとしたのかを分析して、その成果を問うという、ある意味では「誠実」な、悪い意味では「山ほどの言い訳の種」を用意して演奏会にのぞむのです。
しかし、ホロヴィッツはそんな言い訳の種は一切用意せず、「好きな女の美点」を情事という形で公衆の前でさらけ出すだけなのです。ですから、著名な評論家から「ネコほどの知性もない」と言われてもそんな事は痛くも痒くもなく、この美しい女との情事の素晴らしさが分かりもしない朴念仁くらいにしか思わなかったはずです。
ですから、彼の演奏を聞くときにはいかなる「蘊蓄」も必要がありません。
それは、プログラムの最後のリストの「ハンガリー狂詩曲 第2番」のあとの拍手大喝采を聞けば、ホロヴィッツも聞き手も同じようにいっちゃっていることがあからさまに伝わってきます。
おそらく、ホロヴィッツをテクニック的に上回るピアニストは今の時代ならば存在します。しかし、彼のように演奏会で己の「情事」をあからさまにさらけ出し、さらには聴衆とその「情事」を共有しようとしたピアニストはほとんどいません。
そう考えれば、演奏行為は「情事」だと言い切ったグールドはその後の方向性はホロヴィッツとは全く異なったものとなったのですが、おそらく演奏という行為が持つ本質をホロヴィッツと同じほどにつかみ取っていたのでしょう。
そして、その後のピアニストの何人がその事に気づいたことでしょう。
そして、そこにこそ、今もってホロヴィッツやグールドを越えることができない最大の壁があるのだと確信した次第です。
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