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モーツァルト:ピアノ協奏曲第27番 変ロ長調 K595

アニー・フィッシャー:エフレム・クルツ指揮 ニュー・フィルハーモニア管弦楽団 1966年5月14日,16日,17日,20日,24日&6月17日,20日録音



Mozart:Piano Concerto No.27 in B-Flat major, K.595 [1.Allegro]

Mozart:Piano Concerto No.27 in B-Flat major, K.595 [2.Larghetto]

Mozart:Piano Concerto No.27 in B-Flat major, K.595 [3.Allegro]


最後に残された孤独な2作品

モーツァルトのウィーン時代は大変な浮き沈みを経験します。そして、ピアノ協奏曲という彼にとっての最大の「売り」であるジャンルは、そのような浮き沈みを最も顕著に示すものとなりました。その浮き沈みの最後にポツンと2つの作品が残されることになります。
この2作品はどのグループにも属さない孤独な2作品です。

  1. ピアノ協奏曲第26番 ニ長調「戴冠式」 K537:1778年2月24日完成

  2. ピアノ協奏曲第27番 変ロ長調 K595:1791年1月5日完成


この時代のモーツァルトは演奏会を行っても客が集まらず困窮の度合いを深めていくと言われてきました。しかし、これもまた最近の研究によると少しばかり事情が異なることが分かってきました。
たとえば、有名な39番~41番の3大交響曲も従来は演奏される当てもなく作曲されたと言われてきましたが、現在でははっきりとした資料は残っていないものの何らかの形で演奏されたのではないかと言われています。確かに、予約演奏会という形ではその名簿に名前を連ねてくれる人はいなくなったのですが、当時の演奏会記録を丹念に調べてみると、依然としてウィーンにおけるモーツァルトの人気は高かったことが伺えます。
ですから、人気が絶頂にあった時代と比べれば収入は落ち込んだでしょうが、世間一般の常識とくらべれば十分すぎるほどの収入があったことが最近になって分かってきました。

この時代にモーツァルトはフリーメイソンの盟友であるプフベルグ宛に泣きたくなるような借金の依頼を繰り返していますが、それは従来言われたような困窮の反映ではなく、生活のレベルを落とすことのできないモーツァルト一家の支出の多さの反映と見るべきもののようです。

ですから、26番の「戴冠式」と題された協奏曲もウィーンでだめならフランクフルトで一旗揚げてやろうという山っ気たっぷりの作品と見るべきもののようです。借金をしてまでフランクフルトで演奏会をおこなったのは悲壮な決意で乗り込んだと言うよりは、もう少し脂ぎった思惑があったと見る方が現実に近いのかもしれません。
そして、己の将来を切り開くべく繰り出した作品なのですから、モーツァルトとしてもそれなりに自信のあった作品だと見ていいでしょう。ですから、ここでは、一度開ききった断絶が再び閉じようとしているように見えます。

しかし、残念ながらこの演奏会はモーツァルトが期待したような結果をもたらしてくれませんでした。そして、人気ピアニストとしてのモーツァルトの活動はこれを持って事実上終わりを告げます。
ロマン派の音楽家ならば演奏されるあてがなくても己の感興の赴くままに作曲はするでしょうが、モーツァルトの場合はピアニストとしての活動が終わりを告げれば協奏曲が創作されなくなるのは理の当然ですから、この後にモーツァルトは再び交響曲に戻っていくことになり、39番からの最後の3大交響曲を残すことになるわけです。

そんなモーツァルトが死の1年前の1791年に突然一つのピアノ協奏曲を残します。
K595の変ロ長調の協奏曲です。

作品はその年の1月に完成され、3月4日のクラリネット奏者ヨーゼフ・ベーアが主催する演奏会で演奏されました。そして、それがコンサートピアニストとしての最後の舞台となりました。

アインシュタインはこの作品について「この曲は・・・永遠への戸口に立っている。」「彼がその最後の言葉を述べたのはレクイエムにおいてではなく、この作品においてである。」と述べています。

しかし、これもまた最近の研究により、この作品の素材が1778年頃にほとんどできあがっていたことを示唆するようになり、アインシュタインの言葉はその根拠を失おうとしています。
実際、この時代のモーツァルトは交響曲作家としてイギリスに渡る道があったにもかかわらずそれを断り、ドイツ語によるドイツオペラの創作という夢に向かって進み始めていたのです。ですから、アインシュタインのようなモーツァルト理解は幾分かはロマン主義が支配した19世紀的バイアスがかかったものとしてみておく必要があるようです。

ただし、コンサートピアニストとしての活動が終わったことは自覚していたでしょうから、その意味ではこれは「訣別」の曲と言っても間違いないのかもしれません。
しかし、はたしてアインシュタインが言ったように「人生への訣別」だったのかは議論の分かれるところでしょう。


天空の銀河を仰ぎ見るような透明感に満ちたモーツァルト

50年代から60年代にかけてモーツァルト弾きの女性ピアニストと言えば、真っ先に思い浮かぶのはクララ・ハスキルであり、リリー・クラウスと言うことになるでしょう。少なくとも、アニー・フィッシャーの名前が思い浮かぶという人は殆どいないでしょう。
もちろん、フィッシャーはハスキルやクラウスと違って、その主たる活躍の場がベートーベンのソナタだったという事情はあるでしょう。彼女にとって、もちろんモーツァルトというのは大切な作品ではあったでしょうが、ハスキルやクラウスのようにその活動の中核を為すものでなかったことは事実です。

ですから、彼女が残したモーツァルト作品は決して多くはありません。もともとが、それほど録音の数が多くないピアニストですからそれは仕方のない事です。
そして、聞くところによると(真偽のほどは確かではありませんが)、レーベルはフィッシャーを使ってモーツァルトのピアノ協奏曲の全曲録音を計画したのですが、結果的にはバレンボイムに取って代わられて、それは実現しなかったというのです。
そして、レーベルがピアニストをフィッシャーからバレンボイムにかえた理由はこの24番と27番の録音クレジットを眺めてみれば何となく納得がいきます。

オケ伴はエフレム・クルツ指揮のニュー・フィルハーモニア管弦楽団がつとめているのですが、この2曲を録音するだけで1966年の5月14日から開始して6月20日までかかっているのです。もちろん、そのすべての期間を費やしたわけではないのですが、それでも5月14日、16日、17日、20日、24日、そして6月の17日と20日の計7日間も要しているのです。
クルツもニュー・フィルハーモニア管もよくぞ辛抱したものだと感心するのですが、辛抱できなかったのはレーベル側の方でしょう。
こんな調子で録音していたのではいつになったら全曲録音が完成するのか目処もつきませんし、それ以上にコスト的には「あり得ない」ペースだったはずです。モーツァルトのコンチェルトを2曲録音するのに7日間も使われたのはたまったものではなかったでしょう。
ですから、ピアニストをすげ替えたのでしょう。

ただし、この完璧主義の権化のようなフィッシャーが、取りあえずが納得がいくまで録音を繰り返したことは間違いな様で、この2曲の協奏曲に関してはその執念がいい方にあらわれたようです。
彼女の執念は、時によっては音楽の勢いのようなものを殺ぐ方に出てしまうこともあるのですが、モーツァルトのように「勢い」だけで何かが成し遂げられるようなものではない音楽ではそう言う懸念はなかったようです。

この2曲でとりわけ素晴らしいと思えたのはともに第2楽章です。
それは、たとえてみれば天空の銀河を仰ぎ見るような静謐感と透明感に満ちています。おそらく、フィッシャー以外のピアノでは絶対に聞けない類の響きでしょうから、これが良いとなってしまうと、後は何を聞いて物足りなくなってしまうという「危険性」を内包しています。(^^v
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