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ベーム(Karl Bohm)|ベートーヴェン:交響曲第7番 イ長調 Op.92
ベートーヴェン:交響曲第7番 イ長調 Op.92
カール・ベーム指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 1958年4月17日録音
Beethoven:Symphony No.7 in A major , Op.92 [1.Poco Sostenuto; Vivace]
Beethoven:Symphony No.7 in A major , Op.92 [2.Allegretto]
Beethoven:Symphony No.7 in A major , Op.92 [3.Presto; Assai Meno Presto; Presto]
Beethoven:Symphony No.7 in A major , Op.92 [4.Allegro Con Brio]
深くて、高い後期の世界への入り口
「不滅の恋人」は「アマデウス」と比べるとそれほど話題にもなりませんでしたし、映画の出来そのものもいささか落ちると言わなければなりません。しかし、いくつか印象的な場面もあります。(ユング君が特に気に入ったのは、クロイツェル・ソナタの効果的な使い方です。ユング君はこの曲が余りよく分からなかったのですが、この映画を見てすっかりお気に入りの曲になりました。これだけでも、映画を見た値打ちがあるというものです。)
それにしても、「アマデウス」でえがかれたモーツァルトもひどかったが、「不滅の恋人」でえがかれたベートーベンはそれに輪をかけたひどさでした。
第9で、「人類みな兄弟!!」と歌いあげた人間とは思えないほどに、「自分勝手」で「傲慢」、そしてどうしようもないほどの「エキセントリック」な人間としてえがかれていました。一部では、あまりにもひどすぎると言う声もあったようですが、ユング君は実像はもっとひどかったのではないかと思っています。
偉大な音楽家達というものは、その伝記を調べてみるとはっきり言って「人格破綻者」の集まりです。その人格破綻者の群の中でも、とびきりの破綻者がモーツァルトとベートーベンです。
最晩年のぼろ屑のような格好でお疾呼を垂れ流して地面にうずくまるベートーベンの姿は、そのような人格破綻者のなれの果てをえがいて見事なものでした。
不幸と幸せを足すとちょうど零になるのが人生だと言った人がいました。これを才能にあてはめると、何か偉大なものを生み出す人は、どこかで多くのものを犠牲にする必要があるのかもしれません。
この交響曲の第7番は、傑作の森と言われる実り豊かな中期の時期をくぐりぬけ、深刻なスランプに陥ったベートーベンが、その壁を突き破って、後期の重要な作品を生み出していく入り口にたたずむ作品です。
ここでは、単純きわまるリズム動機をもとに、かくも偉大なシンフォニーを構築するという離れ業を演じています。(この課題に対するもう一つの回答が第8交響曲です。)
特にこの第2楽章はその特徴のあるリズムの推進力によって、一つの楽章が生成発展してさまをまざまざと見せつけてくれます。
この楽章を「舞踏の祝祭」と呼んだのはワーグナーですが、やはり大したものです。
そしてベートーベンはこれ以後、凡人には伺うこともできないような「深くて」「高い」後期の世界へと分け入っていくことになります。
満開の梅の花のような潔さと剄さを持った音楽
ベームに関してはどこか奥歯に物が挟まったような物言いをしてきました。
しかし、50年代のモノラル録音からステレオ録音黎明期の彼の演奏を聴き直してみると、そう言う「留保条件」は吹き飛んでしまいます。
ベームは1894年生まれですから、50年代というのは50代後半から60代中頃までの時期をカバーします。
この時代の指揮者というのはどういう形にしろ戦争の影響を受けずにはおれませんでしたから、その影響を逃れ出て本格的に音楽に取り組めるようになった時代とも重なります。ベーム自身は1930年代のドレスデンの時代をもっとも幸福な時代だったと回顧しているのですが、ウィーンの国立歌劇場の音楽監督に再び就任した1954年は、彼のキャリアにおける頂点だったはずです。
そう言う意味でも、50年代こそは十分な経験を積み重ね、さらには精神的にも肉体的にももっとも充実した時期だったと言えるはずです。
ざっとそのようなことを、彼のリヒャルト・シュトラウスの録音を聞いたときに感じたはずなのですが、その後、なぜかそれ以外の録音を放置してしまっていました。
そして、20世紀前半の録音を掘り起こしている別のコーナーでベームの録音を聞き直しているうちに、彼が50年代に録音したベートーベンやブラームス、シューベルトというドイツ・オーストリア系のど真ん中の音楽を全く取り上げていないことに気付いたのです。
この事実には私自身もいささか驚いたのですが、それらの録音を久しぶりに聞き直してみて、なぜにリヒャルト・シュトラウスの録音を取り上げたときに同時に取り上げなかったのかの理由が思い出されました。
簡単に言えば、それらの演奏に対して、どういう言葉を呈すればいいのかがよく分からなかったのです。
もう少し分かりやすく言えば、聞き手の耳にある種のエモーショナルな感情を引き起こす事の少ない演奏なので、それを言葉に置き換えようとすると、どれもこれもがありきたりのつまらないものになってしまうのです。それならば、その演奏はそんなにもありきたりでつまらないのかと言えば、最初はそう言う感情が起こるかもしれないのですが(^^;、最後まで聞き通せば疑いもなく「立派な音楽」が鳴り響いていたことを確信させてくれるのです。
こういう音楽を言葉で表現するのは難しいですね。
ですから、リヒャルト・シュトラウスの録音に対しても「こうしてベームの録音をまとめて聞いてみると、一つの特徴が浮かび上がってきます。それは、どの録音を聞いても、オケの響きが透明で、なおかつしなやかな剄さを持っていることです。「つよさ」というのは「強さ」ではなくて「剄さ」という漢字を当てたくなるような「つよさ」です。」と書くのが精一杯だったわけです。
そして、それがベートーベンやブラームス、シューベルトみたいな音楽だとそこに積み重なってきている演奏と録音の数は膨大な量になりますから、その中でベームならではの特徴を適切な言葉で見つけ出すのはとんでもなく困難なのです。
確かに、こういうベームのような演奏を聞いていると、これに変わりうるものはいくらでもあるような気がします。
もちろん、だからといってそれは凡庸な演奏だというわけではなくて、それは疑いもなくベートーベンやブラームスを強く感じさせてくれる立派な音楽になっているのですが、それでも膨大に積み重なった落ち葉の中から自己を主張することの少ない音楽であることも事実です。
しかし、もう少し注意深く聞いてみると、「しなやかな剄さ」と書いたものの正体が少しずつ見えてきます。
口幅ったい言い方になるのですが、この世界には聞けばすぐに了解できる強い個性と、ある程度経験を積んだ耳でなければ気付きにくい個性とが存在します。ベームは典型的な後者の立場にある指揮者です。そして、この国でフルトヴェングラーやカラヤン、バーンスタインなどの人気が高いのは、彼らが典型的な前者の立場にある指揮者だからでしょう。
ベームという指揮者は徹底的に実務的な指揮者です。
それを「職人」という言葉に置き換えてもいいのかも知れませんが、個人的には「実務的な指揮者」の方がしっくりと来ます。
吉田大明神もベームの「ザ・グレイト」の録音でふれていたと思うのですが、ベームという人はオーケストラの前に立つ前から確固とした音楽のイメージが頭の中に存在している人だったようです。そして、そのイメージというのは実に細かい部分までクリアだったようで、ホンのちょっとしたアクセントやデュナーミク、そしてテンポの揺れのようなものまでが一切の曖昧さもなしに存在していたようです。
ですから、ベームのリハーサルは実にねちっこいものでした。
ベームという人は、目の前で鳴り響いているオケの音楽と、頭の中の音楽とを正確に比較検証できる並外れて優れた耳を持っていました。モネが「目」であり、ドビュッシーが「耳」だとするならば、ベームもまた「耳」だったのです。
彼は些細な部分の齟齬も見逃さず、執拗に指示を出し続けます。
その指示は一切の精神的な言葉は含まれず、ひたすら実務に徹したものだったようです。
ですから、練習嫌いで有名なウィーンフィルのなかにはそう言うリハーサルに反発するものもいたようですが、しかし、その指示は常に明確でありクリアであり、さらに言えばその結果として仕上がる音楽は立派なものだったのですから、その事を高く評価するものも少なくなかったのです。
おそらく、ベームの音楽の魅力として真っ先に数え上げられるのは、ドイツ古典派の真髄とも言うべき強固な構築性を土台としていることです。それがそれがもっとも効果を発揮するのはフィナーレの作り方で、その頂点に向けた歩みに内包された強い説得力は見事としか言いようがありません。
しかし、ベームが本当に素晴らしいのは、そこにしなやかな歌心をさりげなく、しかしこの上もなく効果的に忍び込ませたことでしょう。それは一見すれば何もしていないように見えながら、音楽にしなやかな生命力を与えています。
最晩年のベームがつまらなくなってしまったのは、おそらくは脳卒中によって身体の自由がきかなくなったためだと思うのですが、そう言う細部のしなやかさをオケに伝えることが出来なくなってしまったからでしょう。
それは、ほんの些細なことのように思えます。
しかし、そのちょっとしたテンポの上げ下げのようなものが実現できなくなった途端に音楽は明らかに硬直していくのが残酷なまでによく分かります。
大袈裟な身振りや強いエモーショナルというものは、年を重ねて衰えてきても、それがまた別の個性のように感じてもらえる「強み」があります。
しかし、ベームのような徹底的な「実務」によって成り立っている音楽は、その「実務」の些細な欠落は「音楽」そのものを大きく損なってしまうのです。
桜という花は満開を過ぎて散り始めた頃がもっとも美しいのに対して、梅の花は散り始めると痛々しいまでの欠落を感じさせます。
ベームという指揮者もまた、そう言う「梅の花」のような音楽家だったのでしょう。
そう考えれば、この50年代の録音こそは満開の梅の花のような潔さと剄さを持った音楽だっと言えます。
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よせられたコメント
2020-11-20:コタロー
- 五十年も前の話で恐縮ですが、これは私が中学1年生の時、初めてこの曲のレコードを買った時の演奏です。
過日、ベームがウィーン交響楽団を指揮した「第九」について投稿しました。これはそれからほぼ一年後の録音ということになります。しかし、こちらはさすがにドイツ・グラモフォンだけあって、ステレオ初期とは思えない優秀な録音です。
この時期のベームの演奏は、強靭さの中にしなやかな美しさをたたえていて魅力的だと思います。またベルリン・フィルも、カラヤンが就任してまだ日が浅いだけに、ドイツ的な素朴さが随所に感じられるのがいいですね。とりわけ、木管楽器群の素晴らしさは特筆もので、大いに耳を楽しませてくれます。
ベートーヴェンの交響曲第7番についてこの演奏で入門できたのは、今となっては大変良かったと思っています。そんな懐かしい演奏がこのサイトで自由に聴けるようになったのですから、何ともいい時代になったものですね。