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シューマン:ピアノ協奏曲 イ短調 作品54

(P)ヴィルヘルム・ケンプ ヨゼフ・クリップス指揮 ロンドン交響楽団 1953年9月録音を再生する

Schumann:Piano Conserto in A minor Op.54 [1.Allegro affetuoso]

Schumann:Piano Conserto in A minor Op.54 [2.Intermezzo]

Schumann:Piano Conserto in A minor Op.54 [3.Allegro vivace]


私はヴィルトゥオーソのための協奏曲は書けない。

 クララに書き送った手紙の中にこのような一節があるそうです。そして「何か別のものを変えなければならない・・・」と続くそうです。そういう試行錯誤の中で書かれたのが「ピアノと管弦楽のための幻想曲」でした。

 そして、その幻想曲をもとに、さらに新しく二つの楽章が追加されて完成されたのがこの「ピアノ協奏曲 イ短調」です。

 協奏曲というのは一貫してソリストの名人芸を披露するためのものでした。
 そういう浅薄なあり方にモーツァルトやベートーベンも抵抗をしてすばらしい作品を残してくれましたが、そういう大きな流れは変わることはありませんでした。(というか、21世紀の今だって基本的にはあまり変わっていないようにも思えます。)

 そういうわけで、この作品は意図的ともいえるほどに「名人芸」を回避しているように見えます。いわゆる巨匠の名人芸を発揮できるような場面はほとんどなく、カデンツァの部分もシューマンがしっかりと「作曲」してしまっています。
 しかし、どこかで聞いたことがあるのですが、演奏家にとってはこういう作品の方が難しいそうです。
 単なるテクニックではないプラスアルファが求められるからであり(そのプラスアルファとは言うまでもなく、この作品の全編に漂う「幻想性」です。)、それはどれほど指先が回転しても解決できない性質のものだからです。

 また、ショパンのように、協奏曲といっても基本的にはピアノが主導の音楽とは異なって、ここではピアノとオケが緊密に結びついて独特の響きを作り出しています。この新しい響きがそういう幻想性を醸し出す下支えになっていますから、オケとのからみも難しい課題となってきます。
 どちらにしても、テクニック優先で「俺が俺が!」と弾きまくったのではぶち壊しになってしまうことは確かです。


これほど雄弁に語りかかけてくるケンプのピアノというのも珍しいのではないでしょうか

当然の事ながら、この録音でまず最初に言及すべきはケンプであるべきでしょう。
しかし、それはひとまず脇において(^^;、クリップスのあわせ上手について一言触れておきたいと思います。

クリップスのあわせ上手と言うことで真っ先に思い浮かぶのは、ルービンシュタインと録音したベートーベンのコンチェルトです。

何しろ、ルービンシュタインという人は「自分が弾くピアノの音はくまなく聞き手の耳に届かなければいけない」と宣言して憚らない人だったのです。そして、その宣言は協奏曲においても持ち込まれるのですから、それにあわせる指揮者はたまったものではありません。
しかし、その難儀な仕事を見事にやり遂げていたのがクリップスだったのです。

ルービンシュタインは自分の興が趣くままに好き勝手、自由に演奏していて、そう言うわがままなピアノに対して「これしかない」と言うほどの絶妙なバランス感覚でオケをコントロールしていたのがクリップスだったのです。
そして、あの録音は1956年に行われたものですから、オケとピアノのバランスを後から調整することは技術的にはほとんど不可能な時代でした。
あの絶妙なバランスはクリップスという指揮者の名人芸が為し得たものだったのです。

そして、何が言いたいのかと言えば、ここでもそう言うクリップスの名人芸が遺憾なく発揮されていると言うことを指摘したかったのです。
ここでのケンプは後年のケンプからは想像も出来ないほどに雄弁です。

ケンプといえばモノローグのようにポツリポツリという感じでピアノを語らせる人でした。
そのポツリポツリという感じが、何となく指が十分にまわっていないように感じられるので、それがテクニックの弱さとして批判されることも多かった人でした。
もちろん、バリバリと指がまわるタイプでないことは確かなので、それはケンプという人の一つの側面を言い当てていることは否定できないのですが、しかし、「それでお仕舞い」と言ってしまうと、その背景にある「美しさ」を見落としてしまうことにつながります。

しかし、そう言うことは、彼が60年代に集中的の録音したベートーベンやシューベルトのソナタを取り上げるときに話題にしましょう。
ここでは、そう言うことはほとんど関係ありません。

そして、ある意味では「我が儘」と言ってもいいほどに「雄弁」なケンプというのは珍しいと思うのですが、それも、おそらくはクリップスという指揮者に対する信頼があってのことだったはずです。
それほどまでに、実に上手くクリップスはケンプのピアノに寄り添っています。

この録音は明らかに主導権はケンプの方にあります。
オケがピアノの響きを妨げるような場面は一瞬として存在しないのですが、オケが前面に出てくる場面ではしっかりと鳴らし切っています。
ケンプは自分の興が趣くままにかなり自由に、そして雄弁に演奏しているのですが、そう言う雄弁なピアノに対して絶妙なバランス感覚でオケをコントロールしているのはクリップスです。

しかしながら、これほどにあわせ上手なクリップスなのですが、指揮者としての評価はそれほど高くはありません。
彼がウィーンフィルから受けた仕打ちの酷さは既に「伝説」となっています。

やはり、こういう世界では、あわせるのが上手と言うだけでは突き抜けるのは難しいと言うことなのでしょう。

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