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バルトーク:ピアノ協奏曲 第3番 Sz.119

(P)アニー・フィッシャー イーゴリ・マルケヴィチ指揮 ロンドン交響楽団 1955年11月14日~15日録音

Bartok:Piano Concerto No.3 in E major, Sz.119 [1.Allegretto]

Bartok:Piano Concerto No.3 in E major, Sz.119 [2.Adagio religioso]

Bartok:Piano Concerto No.3 in E major, Sz.119 [3.Allegro vivace]




たった3曲でバルトークの創作の軌跡をおえるコンチェルト

バルトークについては、彼の弦楽四重奏曲をアップするときに自分なりのオマージュを捧げました。そして、その中で「バルトークの音楽は20世紀の音楽を聞き込んでいくための試金石となった作品でした。とりわけ、この6曲からなる弦楽四重奏曲は試金石の中の試金石でした。」と書いています。
その事は、この一連のピアノ協奏曲にも言えることであって、とりわけ1番と2番のコンチェルトは古典派やロマン派のコンチェルトになじんできた耳にはかなり抵抗感を感じる音楽となっています。

その抵抗感のよって来たるところは、まず何よりも旋律が気持ちよく横につながっていかないところでしょう。ピアノやオケによって呈示されるメロディはどこまで行っても「断片」的なものであり、「甘さ」というものが入り込む余地が全くありません。さらに、独奏ピアノは華麗な響きや繊細でメランコリックな表情を見せることは全くなく、ひたすら凶暴に強打される場面が頻出します。こういう音楽は、聞き手が「弱っている」時は最後まで聞き通すのがかなり困難な代物なのです。

弦楽四重奏曲については、「すごく疲れていて、何も難しいことなどは何も考えずに、ただ流れてくる音楽に身を浸している時にふとその音楽が素直に心の中に入ってくる瞬間がある」みたいなことを書きましたが、このコンチェルトに関しては、そう言う状態で向きあうと間違いなくノックアウトされてしまいます。
そうではなくて、このコンチェルトに関しては、気力、体力ともに充実し、やる気に満ちているようなときに向きあうべき音楽なのです。そうすると、この凶暴なまでに猛々しい姿を見せる音楽が、ある時不意に「快感」に変わるときがあります。
そして、バルトークの音楽の不思議は、単独で聞けばかなり耳につらい不協和な音があちこちで顔を出すのに、音楽全体は不思議なまでの透明感を保持していることにも気づいてきます。

さて、ここから書くことは全くの私個人の感慨です。
バルトークの創作の軌跡を追っていて、イメージがダブったのは画家のルオーです。
彼は「美しい」絵を拒否した画家でした。若い頃のルオーが描く題材は「売春婦や娼婦」が中心であり、そう言う「醜い存在」を徹底的に「醜く」描いた画家でした。
専門家は彼のことを「醜さの専門家」と言って攻撃しましたが、その攻撃に対して彼は「私は美ではなく、表現力の強さを追求しているのです」と主張しました。

そんなルオーなのですが、その晩年において、天国的とも言えるような「美しい」絵を描きました。
茨木のり子が「わたしが一番きれいだったとき」という詩の中で

だから決めた できれば長生きすることに
年取ってから凄く美しい絵を描いた
フランスのルオー爺さんのように

と書いたように、本当に美しい絵を描きました。

バルトークもまた、若い頃は、どうしてそこまで不協和音を強打するんだと思うほどに、猛々しい音楽を書きました。
それは、第1番のコンチェルトに顕著であり、第2番は多少は聞きやすくなっているとは言え、依然として手強いことは否定できません。それは、作曲者自身が「聴衆にとってもっと快い作品としてこの第2番を作曲した。」と語ってくれたとしても、古典派やロマン派の音楽に親しんだ耳には到底聞きやすい音楽とは言えません。

しかし、そんな彼も晩年になると、音楽の姿が大きく変化します。
第6番の弦楽四重奏曲やオケコンのエレジーなどは、古典派やロマン派の音楽とは佇まいがかなり異なりますが、それでも素直に「美しい」と思える姿をしています。
それは、彼の白鳥の歌となった第3番の協奏曲ではさらに顕著となります。
そして、その「美しさ」は、晩年のルオーとも共通する「天国的」なものにあふれています。
いわゆる「専門家」と言われる人の中には、このようなバルトークの変化を「衰え」とか「退嬰」だと主張する人がいますが、私は全くそうは思いません。
彼もまた、ルオーと同じように、その晩年にいたって「凄く美しい絵」をかいてくれたのだと思います。

バルトークの生涯はルオーの生涯に包含されます(ルオー爺さんはホントに長生きしました)から、この二人は同時代人と言っていいでしょう。もちろん、こんな関連づけは「こじつけ」の誹りは免れがたいとは思いますが、それでもジャンルは違え、同じ芸術家としてその創造の根底において共通する何かがあったような気がしてなりません。

かなりの困難を伴うかもしれませんが、できることならばこの3曲のコンチェルトを聞き通すことで、そんなバルトークの軌跡をたどっていただければ、いろいろと感じることも多いのではないでしょうか。

バルトークの中にモーツァルト的な透明な哀しみを見いだしたのはフィッシャーだったのでしょうか


マルケヴィッチによる指揮とアニー・フィッシャーによるピアノですから悪かろうはずがありません。
カッチェンとアンセルメという組み合わせで、驚くほど土俗的な演奏を最近聞いたのですが、これは方向性としてはほぼ反対側にある演奏です。そして、それこそが、この作品に対する一般的な受け取られ方とフィットしています。

冒頭のピアノの響きは明らかに彼岸的な世界から聞こえてきます。
もちろん、フィナーレに向かって大きく盛り上がっていく部分ではマジャールの血を感じるのですが、それはこの楽章が民族舞曲的な主題が用いられているのですから、当然と言えば当然です。
しかし、音楽的にはモーツァルト的な透明感に貫かれていて、それを支えるマルケヴィッチの指揮はいつもの通りの精緻で美しい響きを保障しています。

しかし、ここでふと、自分の勘違いと言うか、間違いのようなものにに気づいてしまったのです。

この作品のスタンダードとしての地位を長きにわたって保持したのはアンダとフリッチャイによる全曲録音でした。

バルトーク:パピアノ協奏曲全集 (P)ケサ・アンダ フリッチャイ指揮 ベルリン放送交響楽団 1959~60年録音

この演奏の特徴を一言で言い表せば「マジャールの魂を炸裂させた演奏」と言うことになります。
ですから、これよりもさらに土臭い演奏がカッチェンとアンセルメという、全く民族的な共感のない組み合わせから聞こえてきたことに脅かされてしまったのです。

しかしながら、さらに振り返ってみれば、リパッティのピアノによる録音(1948年)が存在します。
リパッティと聞くだけで「彼岸的」なのですが、その録音では意外なことにロマン派協奏曲であるかのようにピアノをばりばり鳴らしていました。
さらに、それをサポートするオケも結構分厚い響きでキャンパスを塗りつぶしていました。

つまりは、私がフィッシャーの録音を聞いて、これがこの作品に対する一般的な受け取られ方に一番近いと書いたのですが、どうやらそれは今という時代から眺めたときの判断であって、この50年代という時代においてみれば、このフィッシャーのスタイルの方が異質だったようなのです。

考えてみれば、この時代のバルトークは民族主義の代表選手みたいに思われていたのです。
そのことを思えば、彼の作品ではマジャールの魂を炸裂させる方が「正しいお作法」であって、この作品に込められた純音楽的な精緻さと、その精緻さゆえに生み出される透明感にあふれた哀しみのようなものをあぶり出すスタイルの方こそが異質だったのです。

そう思えば、バルトークの中にこのような精緻で透明感のある世界を見いだしたのはもしかしたらフィッシャーだったのかもしれないのです。
もっとも、最初かどうかは断定できませんが、このような解釈に基づくバルトーク演奏というのは、当時にあってはかなり異質で新しいアプローチであったことは間違いなかったことでしょう。

そして、彼女がそのような方向性でバルトークに共感を抱いていたのだとすれば、彼女がより民族主義的な色合いの濃い1番と2番を録音しなかったのは十分に納得がいきます。

ただし、かなうならば、マルケヴィッチは残りの2曲も録音はしたかったでしょうね。
もちろん、そんなことを言ったところで、どうなるものでもないのがフィッシャーというピアニストではあったのですが・・・。(^^;

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