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ラヴェル:ボレロ


コンスタンティン・シルヴェストリ指揮 パリ音楽院管弦楽団 1958年2月21日録音

Ravel:Bolero


変奏曲形式への挑戦

この作品が一躍有名になったのは、クロード・ルルーシュ監督の映画「愛と哀しみのボレロ」においてです。映画そのものの出来は「構え」ばかりが大きくて、肝心の中味の方はいたって「退屈」・・・という作品でしたが(^^;、ジョルジュ・ドンがラストで17分にわたって繰り広げるボレロのダンスだけは圧巻でした。
そして、これによって、一部のクラシック音楽ファンしか知らなかったボレロの認知度は一気に上がり、同時にモダン・バレエの凄さも一般に認知されました。

さて、この作品なのですが、もとはコンサート用の音楽としてではなく舞踏音楽として作曲されました。ですから、ジョルジュ・ドンの悪魔的なまでのダンスとセットで広く世に知れ渡ったのは幸運でした。なにしろ、この作品を肝心のダンスは抜きにして音楽だけで聞かせるとなると、これはもう、演奏するオケのメンバーにとってはかなりのプレッシャーとなります。
嘘かホントか知りませんが、あのウィーンフィルがスペインでの演奏旅行でこの作品を取り上げて、ものの見事にソロパートをとちってぶちこわしたそうです。スペイン人にとっては「我らが曲」と思っている作品ですから、終演後は「帰れ」コールがわき上がって大変なことになったそうです。まあ、実力低下著しい昨今のウィーンフィルだけに、十分納得のいく話です。

この作品は一見するとととてつもなく単純な構造となっていますし、じっくり見てもやはり単純です。
1. 最初から最後まで小太鼓が同じリズムをたたき続ける。
2. 最初から最後まで少しずつレッシェンドしていくのみ。
3. メロディは2つのパターンのみ

しかし、そんな「単純」さだけで一つの作品として成り立つわけがないのであって、その裏に、「変奏」という「種と仕掛け」があるのではないかとユング君は考えています。変奏曲というのは一般的にはテーマを提示して、それを様々な技巧を凝らして変形させながら、最後は一段高い次元で最初のテーマを再現させるというのが基本です。

そう言う正統的な捉え方をすれば、同じテーマが延々と繰り返されるボレロはとうていその範疇には入りません。
でも、変奏という形式を幅広くとらえれば、「音色と音量による変奏曲形式」と見れなくもありません。

と言うか、まったく同じテーマを繰り返しながら、音色と音量の変化だけで一つの作品として成立させることができるかというチャレンジの作品ではないかと思うのです。
ショスタの7番でもこれと同じ手法が用いられていますが、しかしあれは全体の一部分として機能しているのであって、あのボレロ的部分だけを取り出したのでは作品にはなりません。

人によっては、このボレロを中身のない外面的効果だけの作品だと批判する人もいます。
名前はあげませんが、とある外来オケの指揮者がスポンサーからアンコールにボレロを所望されたところ、「あんな中身のない音楽はごめんだ!」と断ったことがありました。
それを聞いた某評論家が、「何という立派な態度だ!」と絶賛をした文章をレコ芸に寄せていました。

でも、私は、この作品を変奏曲形式に対する一つのチャレンジだととらえれば実に立派な作品だと思います。
確かにベートーベンなんかとは対極に位置する作品でしょうが、物事は徹すると意外と尊敬に値します。

好き勝手に演奏するコンセルヴァトワールのオケが華々しく砕け散っていく爆裂演奏


おそらく、良くも悪くもコンセルヴァトワールのオケの特徴が出た演奏です。
このオケのボレロと言えば、音楽家得であるクリュイタンスと録音した61年盤が思い浮かびます。あれは、ボレロの決定盤と評価され続けてきたのですが、その反面として「オケが下手すぎる」という声も消えることはありませんでした。

それにしても、このコンセルヴァトワールのオケというのは不思議なオケです。
おそらく、一人ひとりのプレーヤーの能力はそれほど低くはないのでしょうが、どにかく「やる気」がないのです。

ただし、この「やる気」というのは真面目に取り組まないという意味での「やる気」ではなくて、オーケストラという全体に奉仕しようとする気がないという意味での「やる気」なのです。

例えば、このボレロの前半部分では管楽器が次々とソロを披露するのですが、一言で言えば好き勝手に吹いています。
音楽全体の方向性を全体で共有して、それにあわせて自分のソロパートを演奏するなどという気持ちは微塵もないようです。
ですから、ソロ楽器が入れ替わるたびに音楽のテイストが微妙に変わってしまうので、それが面白いと思える人はいいのですが、そうなでなければ結構気持ちの悪いことになっています。

これが鬼の指揮者ならば、その性根を一からたたき直すのでしょうが、音楽監督であるクリュイタンスのもとでもそれで通っていたのですから、ポッとやってきた客演指揮者ごときが何を言っても聞くはずもないのです。
ただし、そう言う気質のフランスのオケの性根を一からたたき直した指揮者がいましたね。

イゴール・マルケヴィッチ!!

彼が手兵のラムルー管と残した録音は、これは本当にあのラムルー管なのかと耳を疑うほどの素晴らしいアンサンブルを聴かせてくれたものです。
しかし、その様な素晴らしい成果を残しながらも、それを実現するための厳しいトレーニングに耐えきれなくなって、結局はマルケヴィッチを追い出してしまいました。

労働とは神から与えられた罰であり、人としての本当の生活はそれが終わった後から始まると固く信じているフランス人にとって、人生の楽しみを犠牲にして労働の成果を高めるなどと言うことは考えられないことなのです。
それでも、マルケヴィッチが一定の成果を収めることが出来たのはオケのシェフという地位にあったからです。
それを思えば、ただの客演指揮者でしかなかったシルヴェストリに何が出来たでしょう!!

彼はラストに向けて音楽を盛りあげていくことに全力を注いだのでしょうが、それでも好き勝手に演奏するコンセルヴァトワールのオケをコントロールするのは難しく、オケのバランスが崩壊していく中で華々しく砕け散っていき、結果として爆裂指揮者というラベルが貼られることになったのです。

ただ困るのは、そうやって爆裂した演奏でありながら、聞き終わってみればそれはそれで他では絶対に聴けない音楽としての面白さを持ってしまっていることです。
音楽とは実に不思議なものです。

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