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モーツァルト:交響曲第40番 ト短調 K.550

ウィリアム・スタインバーグ指揮 ピッツバーグ交響楽団 1957年10月29日録音

Mozart:Symphony No.40 in G minor, K.550 [1.Molto Allegro]

Mozart:Symphony No.40 in G minor, K.550 [2.Andante]

Mozart:Symphony No.40 in G minor, K.550 [3.Menuetto]

Mozart:Symphony No.40 in G minor, K.550 [4.Allegro assai]




これもまた、交響曲史上の奇跡でしょうか。

モーツァルトはお金に困っていました。1778年のモーツァルトは、どうしようもないほどお金に困っていました。
1788年という年はモーツァルトにとっては「フィガロの結婚」「ドン・ジョヴァンニ」を完成させた年ですから、作曲家としての活動がピークにあった時期だと言えます。ところが生活はそれとは裏腹に困窮の極みにありました。
原因はコンスタンツェの病気治療のためとか、彼女の浪費のためとかいろいろ言われていますが、どうもモーツァルト自身のギャンブル狂いが一番大きな原因だったとという説も最近は有力です。

そして、この困窮の中でモーツァルトはフリーメーソンの仲間であり裕福な商人であったブーホベルクに何度も借金の手紙を書いています。
余談ですが、モーツァルトは亡くなる年までにおよそ20回ほども無心の手紙を送っていて、ブーホベルクが工面した金額は総計で1500フローリン程度になります。当時は1000フローリンで一年間を裕福に暮らせましたから結構な金額です。さらに余談になりますが、このお金はモーツァルトの死後に再婚をして裕福になった妻のコンスタンツェが全額返済をしています。コンスタンツェを悪妻といったのではあまりにも可哀想です。
そして、真偽に関しては諸説がありますが、この困窮からの一発大逆転の脱出をねらって予約演奏会を計画し、そのための作品として驚くべき短期間で3つの交響曲を書き上げたと言われています。
それが、いわゆる、後期三大交響曲と呼ばれる39番?41番の3作品です。

完成された日付を調べると、39番が6月26日、40番が7月25日、そして41番「ジュピター」が8月10日となっています。つまり、わずか2ヶ月の間にモーツァルトは3つの交響曲を書き上げたことになります。
これをもって音楽史上の奇跡と呼ぶ人もいますが、それ以上に信じがたい事は、スタイルも異なれば性格も異なるこの3つの交響曲がそれぞれに驚くほど完成度が高いと言うことです。
39番の明るく明晰で流麗な音楽は他に変わるものはありませんし、40番の「疾走する哀しみ」も唯一無二のものです。そして最も驚くべき事は、この41番「ジュピター」の精緻さと壮大さの結合した構築物の巨大さです。
40番という傑作を完成させたあと、そのわずか2週間後にこのジュピターを完成させたなど、とても人間のなし得る業とは思えません。とりわけ最終楽章の複雑で精緻きわまるような音楽は考え出すととてつもなく時間がかかっても不思議ではありません。
モーツァルトという人はある作品に没頭していると、それとはまったく関係ない楽想が鼻歌のように溢れてきたといわれています。おそらくは、39番や40番に取り組んでいるときに41番の骨組みは鼻歌混じりに(!)完成をしていたのでしょう。
我々凡人には想像もできないようなことではありますが。

許さざらんは、人の誤りなり


この録音などは、今となって思い返す人は殆どいないでしょう。
もちろん、それは思い返すに値しないようなつまらない録音だというわけではありません。また、今さら顧みるに値しないほどの「古いスタイル」の録音だというわけでもありません。

イヤ、もしかしたら、そう言う「古いタイプの演奏」ならば、骨董品としての魅力とレア感があるので思い出す対象になったのかもしれません。
そうではなくて、今という時代からこの録音と演奏を聴き直してみると、「ああ、いつもいつも聞かされるよくあるモーツァルト演奏だよね」という感じがするのです。

細かく見ていっても、気になるような部分はなく、実に丹精に、そしてかっちりと造形されたモーツァルトです。
モダン楽器を使ったモーツァルト演奏としては、セルとクリーブランド管との演奏を思い出せるほどの完成度はあります。しかし、思い出させはしても及んでいないことも厳然たる事実です。

スタインバーグという人はあのセルのように「狂」的なまでにオケを締め上げることはしない人でした。そのあたりが「職人」と言われる所以であり、そこそこの完成度のいい仕事をするのですが、それ以下でもなければそれ以上でもないのです。
その意味では、このモーツァルトは、スタインバーグという指揮者の特徴をよくあらわしていると言えます。

ナチスに負われてパレスチナに移住し、その後はアメリカで活躍した指揮者です。そう言う意味では、彼もまた多くのユダヤ系音楽家の一人として戦争に翻弄された一人です。
しかし、スタインバーグという人からはそう言う「戦争の影」のようなものを感じることはあまりなく、何となく始めからアメリカで活動をしていたような気がするほどです。それは、アメリカにおけるポストがバッファロー・フィル(1945年~1953年)やピッツバーグ交響楽団(1952年~1976年)という地方のオケの音楽監督であり、そう言う地方のオケと一緒に苦楽をともにしてきたというイメージがあるからでしょう。

そして、その間に、ラインスドルフとオザワのつなぎとしてボストンの音楽監督(1969年~1972年)も務めています。しかし、それでも彼はピッツバーグでの仕事は投げ出していないのです。
残された写真を見ても穏やかな表情の人で「いい人」だったんだろうなと思わせるのですが、「いい人」だけではトップになれないのも「芸の世界」です。

しかし、そんなことはスタインバーグ自身が一番よく分かっていたことでしょうし、おそらくスタインバーグにしてみればそう言う形で好きな音楽と向き合えることが幸せだったのでしょう。

そう言えば、兼好先生はこんなことを言っていました。(徒然草131段)

己が分を知りて、及ばざる時は速かに止むを、智といふべし。許さざらんは、人の誤りなり。分を知らずして強ひて励むは、己れが誤りなり。

まさに「許さざらんは、人の誤りなり。」なのでしょう。



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