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パウル・ヒンデミット:交響曲「画家マティス」


ウィリアム・スタインバーグ指揮 ピッツバーグ交響楽団 1956年10月15日~16日録音


ヒンデミット事件の引き金

ヒンデミットのようにナチスの迫害によってアメリカなどに亡命をした人の著作権を判断するのはとても難しいです。
よく知られているように、ナチスによる「画家マティス」の上演差し止めを巡って、フルトヴェングラーも巻き込んだ大事件となり、結果としてヒンデミットは38年にスイスへ、そして40年にはアメリカへ亡命します。

こういう経歴の人の場合は、アメリカ市民としての権利がどの作品にまで及ぶのかが微妙です。普通に考えれば、アメリカに亡命し市民権を得てから作曲された作品にのみ「アメリカ市民としての権利」が付与されるはずなのですが、そこへ出版社の権利なども絡んできて複雑なことになっている場合がよくあります。
こうなってしまう背景は、いわゆる敗戦国日本に対するペナルティとしての「戦時加算」が存在するからです。

あちこちで触れているので今さらという感じもするのですが、知らない人は知らないのですからもう一度簡単に振り返っておきます。

日本における著作権は一般的に50年で、著作権者の死後50年を経過した翌年の1月1日をもって保護期間が消滅します。
ヒンデミットの場合は1963年12月28日に亡くなっていますから、50年後の2013年12月28日を経過した翌年の1月1日、つまりは2014年1月1日をもって保護期間が終了します。
しかし、彼は1940年にアメリカに亡命をして市民権を得ていますから、ここに戦時加算が上乗せされる可能性があります。

アメリカの戦時加算は3794日ですから、ざっくり言えば10年と5か月22日分が上乗せされるので、この戦時加算が適用されると2024年5月22日まで保護期間が継続されることになるのです。
しかし、「画家マティス」はドイツ時代の作品ですから、一般的にはこの戦時加算の対象にならないと考えるのが一般的なのですが、ナチスの迫害によって彼の作品の出版や演奏はドイツ以外の国で行われたケースが多いので、そのあたりの権利関係の判断は個人で行うのは不可能です。
そこで、判断の決め手になるのはJASRAC「作品データベース検索」ということになります。

しばらく検索をかけていなかったのですが、久しぶりに調べてみると「画家マティス」は歌劇のほうも交響曲のほうもパブリック・ドメインになっていました。ただし、パブリック・ドメインになっていない作品も数多くあって、その線引きもよくわからないのですが、とりあえずこの作品に関しては大丈夫なようです。

なお、この「画家マティス」がナチスから弾圧の対象とされたのは、ヒンデミット自身がユダヤの血統に属することと、ユダヤ人の演奏家との共演を続けたこと、そして、ドイツ農民戦争の時代を舞台として、画家マティスが権力者のために絵を描くことをやめて農民と共に戦う道を選ぶという内容が「反ナチ的」だと思われたからです。
このナチスのヒンデミットへの攻撃に公然と異を唱えたのがフルトヴェングラーでした。

多くの音楽家がナチスの意をくんで(忖度して^^;)ヒンデミットを攻撃する中で、フルトヴェングラーはそういう輩のことを「どんな手段を取ろうが恥とも思わなくなっている」と批判し、同時に創造的な作曲家がほとんどいなくなった今の世界の中で、ヒンデミットの存在がいかに重要であるかを主張したのです。
この一文は「音と言葉」の中に「ヒンデミットの場合」として収録されていますから、興味のある方はご一読ください。

しかし、この騒動は結果的には宣伝相のゲッペルスによって押しつぶされてしまい、ヒンデミットはドイツから実質的に追放され、フルトヴェングラーもまた公職から追放されます。その意味では、この「ヒンデミット事件」はナチスによる思想統制と弾圧がどのようにして始まったのかを知る上で避けては通れない出来事であり、同時に今の日本においても「他山の石」とすべき出来事なのです。

それにしても分からないのがフルトヴェングラーという人です。
ここまで決定的に決裂してしまえば最後までナチスと距離をとればいいと思うのですが、少し間をおいてゲッペルスからの要望によって再びベルリンフィルに復帰するのです。おそらく、自分がやらなければ誰がドイツの音楽を守るのかという思いはあったのでしょうが、世界はそれをナチスへの屈服ととらえたことは事実です。

「ヒンデミットの場合」という一文で、ヒンデミットを擁護するときに、彼がいかにゲルマン的でありドイツ的な音楽かと言うことを前面に押し出して擁護しています。それは、ナチス政権下という時代背景を十分に考慮して言葉を選んだ主張でした。そして、そこまでの配慮を出来る人物が、ベルリンフィルへの復帰がどのような政治的影響力を持つのかが分からなかったはずはないと思うのです。

ちなみに、この交響曲の初演者はフルトヴェングラーとベルリンフィルです。
それがどのような演奏であったかは知るよしもありませんが、結果としてフルトヴェングラーはこの作品を二度と取り上げる事はありませんでした。そして、この交響曲だけでなく、戦後の47年になるまで、彼がヒンデミットの作品を取り上げることはなかったのです。

ちなみに、ナチス党員だったカラヤンはこの作品がお気に入りだったのか、生涯に13回も取り上げています。
歴史というのは皮肉なものです。

抑圧され、強制された勝利


こう言うのを聞かされる、スタインバーグというのはただ者ではなかったと事に気づかされます。音楽を文学的に解釈することを嫌う人は多いのですが、かといって、音楽という芸術だけが時々の時代背景から幽体離脱して中空に浮かんで存在してるはずもなく、ナチス政権下での抑圧された社会状況と何の関係もなくこの音楽が生み出されたと考える方がはるかに不自然なはずです。

このスタインバークの演奏から見えてくるこの作品の形は、先に紹介したカラヤンの1957年盤とは全く異質です。

カラヤンはこの作品を極めて流麗な美しい音楽として構築しましたが、そこからはこの作品が内包しているであろう抑圧されたものの呻きや叫びのようなものは希薄です。その音楽はただただ美しく、とりわけ第2楽章「埋葬」の弦楽器群の美しさは秀逸です。
その意味では、この作品がもっている時代背景からは最も遠い位置にある演奏であり、ある意味では幽体離脱しかかっている演奏家もしれません。(^^;

そして、その様な形で数多くの音楽を生み出したがために、長きにわたって「カラヤン=軽薄」というレッテルを貼り続けられたわけなのですが、それはあまりにも一面的解釈だと言うことは既に何度も述べてきたので繰り返しません。

それと比べれば、このスタインバーグの演奏は、スタインバーグ自身がどれほど意識をしたのかは分かりませんが、背景として存在したであろう抑圧されたものの感情が痛いほどに聞き手の側に迫ってきます。聞くものの心臓に突き刺さってくるようなトライアングルの響きがあちこちに明滅する光景は、それはそのまま、苛立ちと不安にさいなまれつつあるナチス政権下のドイツにおけるユダヤ人の日常であるかのようです。

ただし、スタインバーグが行っているのはその様なドラマとしての演出ではなくて、あくまでも新即物主義的な解釈であることも事実です。
彼はヒンデミットがスコアに託した思いを、何も足さず何も引かず、またオーケストラにも余分な響きを盛ることもせず、ひたすらまっすぐにヒンデミットの代弁者であろうとしています。そして、その音楽を通して聞き手が様々な感情を抱いてくれるとしたら、それは演奏者である自分ではなくて、音楽を生み出したヒンデミットの貢献だと主張しているような音楽です。

そして、この作品を聞くときに一番気になるのが最後のファンファーレなのですが、カラヤンはあっけらかんと勝利の凱歌として鳴らしていたのに対して、ここではそれは明らかに抑圧された、ある意味では「強制された勝利」であるかのように聞こえます。
また、このファンファーレを聞いていると、なんだかブラームスをおちょくっているように聞こえなくもありません。
その「おちょくり方」は、マーラーの3番の冒頭ほど分かりやすくはなく、それ故に、この最後のファンファーレがより抑圧的に響くのです。

あまり「名盤」などと言う言葉は使いたくなのですが、この作品の演奏史を振り返る上では絶対に外せない一枚であることは事実です。


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