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ブラームス:交響曲第2番 ニ長調 作品73


サー・トーマス・ビーチャ指揮 ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団 1958年11月28日,12月1,5,12日 & 1959年5月7日~8日,4月7日,11月19日録音

Brahms:Symphony No.2 in D major , Op.73 [1.Allegro non troppo]

Brahms:Symphony No.2 in D major , Op.73 [2.Adagio non troppo]

Brahms:Symphony No.2 in D major , Op.73 [3.Allegretto grazioso (quasi andantino) ]

Brahms:Symphony No.2 in D major , Op.73 [4.Allegro con spirito]


ブラームスの「田園交響曲」



ブラームスが最初の交響曲を作曲するのに20年以上も時間を費やしたのは有名な話ですが、それに続く第2番の交響曲はその一年後、実質的には3ヶ月あまりで完成したと言われています。ブラームスにとってベートーベンの影がいかに大きかったかをこれまた物語るエピソードです。

第2番はブラームスの「田園交響曲」と呼ばれることもあります。それは明るいのびやかな雰囲気がベートーベンの6番を思わせるものがあるかです。

ただ、この作品はこれ単独で聞くとあまり違和感を感じないでのですが、同時代の他の作品と聞き比べるとかなり古めかしい装いをまとっています。この10年後にはマーラーが登場して第1番の交響曲を発表することを考えると、ブラームスの古典派回帰の思いが伝わってきます。
オケの編成を見ても昔ながらの二管編成ですから、マーラーとの隔絶ぶりはハッキリしています。
とは言え、最終楽章の圧倒的なフィナーレを聞くと、ちらりと後期ロマン派の顔がのぞいているように思うのは私だけでしょうか。


  1. 第1楽章 Allegro non troppo:冒頭に低弦が奏する音型が全曲を統一する基本動機となっている。静かに消えゆくコーダは「沈みゆく太陽が崇高でしかも真剣な光を投げかける楽しい風景」と表現されることもあります。

  2. 第2楽章 Adagio non troppo - L'istesso tempo,ma grazioso:冒頭の物憂げなチェロの歌がこの楽章を特徴づけています。

  3. 第3楽章 Allegretto grazioso (Quasi andantino) - Presto ma non assai - Tempo I:間奏曲とスケルツォが合体したような構成になっています。

  4. 第4楽章 Allegro con spirito:驀進するコーダに向けて音楽が盛り上がっていきます。もうブラームスを退屈男とは言わせない!と言う雰囲気です。


忍耐のたまもの


ビーチャムと言えばバッハ、ベートーベン、ブラームスのことを「三大退屈男」と呼んだ指揮者です。ただし、これはビーチャム一流の屈折した物言いであって、本当に彼らを「退屈な音楽を書いたつまらぬ作曲家」などとは思っていませんでした。
その証拠に、そんな退屈男たちの作品もたくさん演奏し,録音も残しているのです。

これは全くの想像にしか過ぎませんが,そうやって彼らの作品を頑張ってコンサートで取り上げても聴衆は退屈をしたのでしょうね。そう言う聴衆への皮肉もこめて「三大退屈男」などと言ったのかもしれません。
とは言え、彼の本線がディーリアスに代表されるイギリスの音楽であり、ある種の華やかさに溢れているロシアものやフランスものであったことは事実です。

しかし、独襖系の音楽に関して言えばベートーベンやブラームスを全く取り上げなかったわけではありませんし、ヘンデル(うーん、半分以上イギリスの音楽かな?)やハイドン、モーツァルトは積極的と言えるほど取り上げています。
それに、なんと言ってもこのブラームスの交響曲第2番の録音クレジットを見れば、「退屈な音楽」と本音で思っていたらこんな苦労は出来るはずがありません。

なお、Wikipediaのビーチャムの項に「ブラームスも交響曲第2番や悲劇的序曲を戦前にレコーディングしている。」と書いているのは間違いですね。
ここで紹介しているように交響曲の2番は戦後も録音していますし、大学祝典序曲や運命の歌等も録音しています。

それにしても、一体何があったのでしょう。

1958年11月28日,12月1,5,12日 & 1959年5月7日~8日,4月7日,11月19日録音

普通は考えられないような録音日程です。
そう言えば、録音嫌いで有名だったピアニストのアニー・フィッシャーもこういう細切れで何度も録音のやり直しをしていました。レーベル側からすればいい加減にしてほしいとは思うのでしょうが,ピアニストのような職種ならば自分一人だけの都合をつければ何とかなります。
しかし、この場合はオケのメンバー全員を拘束しないと録音は出来ないわけですから,たかがブラームスの交響曲を1曲録音するだけでこんな事をやっていれば,「採算」などと言う二文字はどこかに吹っ飛んでいます。

そう言う意味では、「手兵」ならぬ「マイ・オケ」のビーチャム&ロイヤルフィルでしかあり得ぬ「贅沢」なのでしょう。
演奏の方は、一言で言えば出来る限り「退屈」にならないように、あっけらかんとした明るいブラームスになっています。特に最終楽章のコーダに突入してからの明るさは他ではちょっと聞けない類の音楽になっています。

しかしながら、ここで一つの疑問がわき起こってきます。
こんな演奏で(失礼^^;)、どうしてこんなにも何度も何度も,そしてさらに何度も録りなおす必要があったのでしょう。

それが実に不思議に思ったのですが,最後まで聞き終えてみて何となく事情が見えてきました。

録音が少しヘンなのです。一言で言えば、オケのバランスが微妙に不自然で、ヴァイオリン群の高域が妙に刺激的で乾いていて薄味なのに,低弦楽器は実にたっぷりとなっているのです。管楽器の高域も同様の傾向があります。

59年のEMI録音なのでおそらくはワンポイント録音だと想像されます。
ワンポイント録音というのは後からバランスなどを調整するのが基本的に不可能なスタイルなのですが、どうしても上手く録れなかったので後から無理をして編集で誤魔化そうとしている雰囲気が伝わってくるのです。

この時期のEMI録音はツボにはまったワンポイント録音では素晴らしい音質を実現しているときもあれば、ツボを思いっきり外してモノラルでしかリリースできないという悲劇に見舞われることもありました。モノラルからステレオへの移行に出遅れたがために苦労をしている時期でした。
そして、この録音もかなりツボを外したようで、その結果としてプロデューサーが3名、エンジニアが2名クレジットされています。

普通に考えれば「船頭多くして船山にのぼる」ですから、その5名で協力して録音したのではなくて,あまりにも上手くいかない録音に業を煮やしたビーチャムと衝突して次々と交代していったと考えるのが妥当でしょう。
それでも、途中で投げ出さずに最後まで仕上げたビーチャムの忍耐力には敬意を表します。(もちろん、これは想像にしか過ぎず、丹那ルビーチャムの我が儘だった可能性も否定できません。)

しかし、この事は、彼が本心ではブラームスのことを退屈男などとは絶対に思っていなっかた証拠にはなるでしょう。たとえ我が儘であったとしても、退屈な音楽だと思ってここまでの苦労が出来るものではありません。

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