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ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第1番 嬰ヘ短調 作品1


(P)バイロン・ジャニス キリル・コンドラシン指揮 モスクワ・フィルハーモニー 1962年6月録音


忘れてしまいたかった作品

忘れてしまいたかった作品
この作品はラフマニノフにとっては作品番号1番です。彼にとっては規模の大きな作品としてはこれが一番最初のに完成させたものであり、初演においてもそれなりの評価がなされて作曲家としての順調な船出を飾った作品でもあります。
通常このような作品は作曲家にとっては感慨深いものでありそれなりに大切にしたい作品だと思うのですが、なぜかラフマニノフは「できることなら忘れてしまいたい3つの作品」の中の一つにあげています。
残る二つは交響曲第1番とジプシーの主題による奇想曲なのですが「それらの作品を全て書き直したいと思っています。」と友人宛の手紙の中で述べています。

ただし、実際にラフマニノフが書き直したのはこの第1協奏曲だけで、ロシア革命の混乱を避けて亡命する直前の1917年のことです。
とりわけ第1交響曲に関してはかなりつい意欲を持っていたようなのですが、革命の混乱の中で自筆スコアを失ってしまいその思いは果たすことができませんでした。

さてその改訂作業なのですが、部分的な手直しと言うよりは「改作」と言った方がいいようなものだったそうです。この辺はあまり詳しくもないし興味もないので他のウェブサイトからの受け売りなのですが、第3楽章などは全くの別物になってしまっているそうです。
こういうことを書くとラフマニノフファンには怒られそうなのですが、どうも彼の音楽はとりとめもなく茫漠とした雰囲気を持っています。その事は彼自身も気にしていたようで、例えば自作の第4協奏曲を評して「この作品は恐らく『指環』のように何晩かに分けて演奏しなければならないでしょう」などとぼやいているほどです。

ですから、改訂作業というのは基本的に整理とカットです。
その結果、改訂をすればするほどコンパクトで引き締まってくるのですが、そのダイエット作業の中で何か大切なものもそぎ落としているような気がしてなりません。これは、手つかずで発見された第1交響曲の何とも言えない異形のたたずまいと比べてみればその辺のニュアンスは了解していただけるのではないでしょうか?

結局はこの忘れてしまいたかった作品は、ラフマニノフ自身の手によって入念なダイエットと美容整形で美しくよみがえり、現在ではほとんどその形で演奏されるようになりました。
私としては原典版による演奏は私自身も聞いたことがないので、一度は整形前の姿も拝見したいものだと思います。

(追記:第1・4協奏曲の原典版の録音としては以下のものがあるようです。私は残念ながら未聴です。

Alexander Ghindin(Pf)
Vladimir Ashkenazy(Cond)
Helsinki Philharmonic Orchestra
録音:2001年3月、ヘルシンキ、フィンランディア・ホール)

パワープレイの世界がもたらす爽快感


ラフマニノフのコンチェルト3番と言えば難曲中の難曲と言うことになっているのですが、その難曲を唖然とするほどのテンポで弾ききっているのがこのジャニス盤です。かつて、彼のコンチェルト2番の録音に対して「誰も彼もが暗い憂愁や甘美なメランコリックに憂き身をやつしているなで、こんな風にまで吹っ切れた演奏をしていた奴がいたなんて楽しいじゃないですか。」なんて書いたのですが、それが3番となれば何の不都合も感じません。

とにかく、冒頭の出だしから尋常ではなくて、かつて「肉体的限界に挑むような怒涛の迫力」と言われたアルゲリッチ&シャイー盤(82年ライブ録音)よりも凄まじいような気がするのです。そう言う凄まじさは単純なタイム比較だけでは表現しきれないのですが、第1楽章をアルゲリッチが15分27秒で弾き言っているのに対して、ジャニスは15分を切る14分40秒で弾ききっているのです。そして、アダージョの第2楽章からアタッカで突入するファイナルも12分48秒で走り去っています。

もちろん、この時代のヴィルトゥオーソとは「限られた時間の中でより多くの音符を音に変換すること」だったという時代の亡霊が残っていましたから、この演奏もその様な価値観を幾ばくかは反映したものになっている事は否定できません。基本的には歌うよりはひたすら前に突き進んでいくような演奏なので、その辺りのバランスをもう少し欲する人は後年のドラティ&ロンドン響との録音をとる方がいいかもしれません。
しかしながら、ジャニスならではの強靱な打鍵から繰り出されるパワープレイの世界がもたらす爽快感は他では変えがたいものなので、個人的にはこのミュンシュ盤をおしたいなとは思います。

それから、同じ時期にジャニスはライナー&シカゴ響とのコンビでコンチェルト1番も録音しています。
おそらく、ジャニスとライナーは音楽感が近しかったのでしょうか、非常に馬が合うような雰囲気が漂っています。

録音の数もそれほど多くなく、パブリックドメイン音源としてはラフマニノフ盤(オーマンディ指揮 フィラデルフィア管弦楽団 1939録音)しかアップしていなかったので、その意味では非常に貴重な一枚だとも言えます。

<追記>
バイロン・ジャニスと言えばもう一つ語られるのは60年と62年に行われたロシア公演の大成功です。ただし、その「歴史的」と言われた大成功は、58年の第1回チャイコフスキー国際コンクールでのクライバーンの優勝のまえではいささか影の薄いものにとどまらざるを得なかったようです。
ただし、米ソ雪解けの時代にあって、その大成功はジャニスを抱えるマーキュリー・レーベルにとっては見逃すことのできない好機でした。彼らは62年の2回目のロシア公演に録音機材を一式抱え込んで帯同し、公演の合間を縫ってセッション録音を行います。


  1. ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第1番 嬰ヘ短調 作品1:キリル・コンドラシン指揮 モスクワ・フィルハーモニー

  2. プロコフィエフ:ピアノ協奏曲第3番 ハ長調 作品26:キリル・コンドラシン指揮 モスクワ・フィルハーモニー



この2つの録音が残ったおかげでジャニスのロシア公演が、米ソ雪解けの雰囲気を盛りあげるための作られた成功でもなければ、鉄のカーテンの向こうからやってきた物珍しい「人寄せパンダ」への興味がもたらしたものでもなかったと言うことが証明されます。
そして、何よりも驚くのはコンドラシンとモスクワフィルの凄さです。とりわけ、ラフマニノフのコンチェルトでは、その冒頭を聞いただけで頭をガツンとやられたような凄みがあります。
おそらく、こんな演奏でこのコンチェルトを聴いてしまうと、ライナー&シカゴ響との録音でさえいささか影が薄いものとなってしまいます。

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