クラシック音楽へのおさそい~Blue Sky Label~




Home|ルートヴィヒ・ヘルシャー(Ludwig Hoelscher)|ベートーヴェン:チェロ・ソナタ第4番 ハ長調, Op.102-1(Beethoven:Cello Sonata No.4 in C, Op.102 No.1)

ベートーヴェン:チェロ・ソナタ第4番 ハ長調, Op.102-1(Beethoven:Cello Sonata No.4 in C, Op.102 No.1)

(Cell)ルートヴィヒ・ヘルシャー:(P)エリー・ナイ 1956年録音(Ludwig Hoelscher:(P)Elly Ney Recorded on 1956)



Beethoven:Cello Sonata No.4 in C, Op.102 No.1 [1.Andante - Allegro vivace]

Beethoven:Cello Sonata No.4 in C, Op.102 No.1 [2.Adagio - Allegro vivace]


チェロの新約聖書

チェロという楽器はヴァイオリンやヴィオラと比べると独奏楽器として活躍する作品は多くはありません。
例えば、モーツァルトはチェロを独奏楽器とした作品は一つも残していません。これは、チェロを飯の種にする演奏家にとってはかえすがえすも残念なことでしょう。

そんな中で、ベートーベンが5つのチェロソナタを残してくれたことは、バッハの6つの無伴奏組曲とならんで、チェリストに対する福音となっています。
また、ベートーベンのチェロソナタはベートーベンの初期に2つ、中期に1つ、そして後期に2つという具合に、その全生涯にわたって実にバランスよく作曲されたために、1番から順番に5番まで聞き通すと、ベートーベンという偉大な音楽家の歩んだ道をミニチュアを見るように俯瞰できるという「特典」がついてきます。(^^)

俗な言い方になりますが、バッハの無伴奏組曲がチェロの旧約聖書とするなら、ベートーベンのチェロソナタは新約聖書と言っていい存在です。

(1)二つのチェロソナタ 作品5

1796年にベルリンで完成されたこの二つのソナタは、プロイセン国王フリードリヒを念頭に置いて作曲されたと言われています。
よく知られているように、フリードリヒはチェロの名手として知られており、この二つのソナタを献呈する事によって何らかの利益と保証を得ようとしたようです。
初演は宮廷楽団の首席チェリストだったデュポールとベートーベン自身によって国王の前で行われました。

この二つのソナタは、明るくて快活な第1番、感傷的な第2番というように性格的には対照的ですが、ともに長大な序奏部を持っていて、そこでたっぷりとチェロに歌わせるようになっているところは、明らかにフリードリヒを意識した作りになっています。
また、至る所に華やかなピアノのパッセージが鏤められていることも、国王のまでベートーベン自身がピアニストとして演奏することを十分に意識したものだと思われます。

(2)チェロソナタ第3番 作品69

ベートーベンのチェロソナタの中では最もよく知られている作品です。
傑作の森と言われるベートーベン中期を代表するソナタだといえます。第1楽章冒頭の、チェロに相応しいのびのびとしたメロディを聞くだけで思わず引き寄せられるような魅力を内包しています。
全体としてみると、チェロはかなり広い音域にわたって活躍し、とりわけ高音域を自由に駆使することによってピアノと同等に渡り合う地位を獲得しています。

この作品は、ベートーベンの支援者であったグライヘンシュタイン男爵に献呈されています。
当初、男爵にはピアノ協奏曲第4番を献呈するつもりだったのが、ルドルフ大公に献呈してしまったので、かわりにチェロの名手でもあった男爵のためにこの作品を書いたと言われています。

(3)二つのチェロソナタ 作品102

ベートーベンの後期を特徴づける幻想的な雰囲気がこの二つのソナタにもあふれています。
とりわけ、第5番のソナタは第2楽章に長大なアダージョを配して、深い宗教的な感情をたたえています。

この作品は、ラズモフスキー家の弦楽四重奏団のチェロ奏者であったリンケのために書かれ、エルデーディ伯爵夫人に献呈されています。
伯爵夫人はベートーベンの良き理解者であり、私生活上の煩わしい出来事に対しても良き相談相手としてあれこれと尽力してくれた人物でした。

リンケと伯爵夫人の関係については諸説があるようですが、ピアノの名手でもあった伯爵夫人がリンケとともに演奏が楽しめるようにと、夫人への感謝の意味をこめて作曲したと言われています。


矛盾に満ちた安らぎ

ルートヴィヒ・ヘルシャーとエリー・ナイという、ある意味では凄い組み合わせによるベートーベンのチェロソナタ全曲と3つの変奏曲の録音です。
何が凄いのかと言えば、分かる人は分かると思うのですが、ともに元ナチス党員だった過去を持っている二人による録音なのです。
ルートヴィヒ・ヘルシャーについてはすでに少しふれました。彼の場合はナチス政権下で公職に就くために「手段」として入党した雰囲気が濃厚です。戦時下のベルリンフィルにおいてフルトヴェングラーを支えた人物だったようですから、おそらく、基本的にはナチスに対して面従腹背だったのかもしれません。

しかし、エリー・ナイは異なります。

彼女は徹底した反ユダヤ主義の家庭で育ちました。何しろ、彼女の一族はユダヤは人にあらずと考える程の反ユダヤ主義者だったのです。そして、彼女は自分が正しいと信じたことは断固として押し通す生真面目さと強さを持っていましたから、その反ユダヤ主義は彼女という人間の骨格を形成していました。
ですから、11歳でケルン音楽院に進学してイシドール・ザイスのクラスで9年間学ぶのですが、ザイスがユダヤ人だとわかると、彼を心の底から軽蔑して師の元を去っていきました。
そして、ピアニストとしての活動をはじめるようになっても、コンサートであろうと録音であろうと、スタッフにユダヤ人がいないことを絶対の条件としていました。
こういう信念を持ったピアニストが反ユダヤ主義をかかげるナチスに接近するのは当然のことであり、ナチスもまた彼女の才能と名声を最大限に利用して「総統のピアニスト」に祭り上げたのです。そして、困ったことに、そう言われるだけの音楽的才能を持っていたのです。

そんなエリー・ナイは当然の事ながら戦後は演奏活動を禁止され、再び演奏活動が再開できたのは1952年のことでした。この年は、西ドイツが独立を果たし、新しく成立した政府機関を維持するためにナチス時代の官僚などを復帰させる必要に迫られて彼らの公職追放を解除した年でした。
しかし、表だった言動は控えたものの、彼女は己の反ユダヤ種的な信念は決して曲げることはなかったようで、そのため戦後の演奏活動は極めて不遇なものでした。とは言え、それは仕方のない事というか、当然とも言うべき事だったのでしょう。

ところが、心底驚いたのは、そう言う二人によって演奏されたチェロ・ソナタはこの上もなく穏やかで心安らぐ音楽だったことです。
誤解を招く言い方かもしれませんが、ベートーベンの音楽というのは何らかの緊張を聞き手に強いるものです。しかし、この二人の手になるチェロ・ソナタは穏やかで、静かで、そしてリー・ナイのピアノもまた静かで透明感に溢れているのです。

あの骨の髄までの反ユダヤ主義とこのベートーベンの音楽の安らぎに満ちた演奏が私の中ではどうしても上手く結びつかないのです。
そして、もしかしたらナチズムの真のの恐ろしさはこういう矛盾の中にこそ存在していたのかもしれません。

良き市民であり、良き父親である人物が昼間は任務に従ってユダヤ人や反体制派の人々の大量殺戮を行い、家に帰ってからは微笑みを浮かべてモーツァルトの音楽を聞いていたのです。
そんな恐ろしい矛盾がこの二人の演奏の中にも潜んでいると言えば、あまりにも穿ちすぎでしょうか。

NHKはテレビ放送70周年の企画として、1995年に放映した「映像の世紀」をまとめて深夜帯に放送しています。そのドキュメンタリーは淡々とした語りとあるがままの映像が流れるだけなのですが、それ故に見るものに人間の愚かしさを嫌というほど思い知らされます。
昨日は第5集の「人類は地獄を見た」を見ました。その時に頭の中をよぎったのがこの二人の手になるベートーベン演奏でした。

この演奏を評価してください。

  1. よくないねー!(≧ヘ≦)ムス~>>>1~2
  2. いまいちだね。( ̄ー ̄)ニヤリ>>>3~4
  3. まあ。こんなもんでしょう。ハイヨ ( ^ - ^")/>>>5~6
  4. なかなかいいですねo(*^^*)oわくわく>>>7~8
  5. 最高、これぞ歴史的名演(ξ^∇^ξ) ホホホホホホホホホ>>>9~10



5283 Rating: 4.6/10 (71 votes cast)

  1. 件名は変更しないでください。
  2. お寄せいただいたご意見や感想は基本的に紹介させていただきますが、管理人の判断で紹介しないときもありますのでご理解ください。
名前*
メールアドレス
件名
メッセージ*
サイト内での紹介

 

よせられたコメント




【リスニングルームの更新履歴】

【最近の更新(10件)】



[2026-10-27]

ディエゴ・オルティス:レセルカーダとその基となった歌曲およびマドリガル集(Diego Ortiz:Recercadas, Songs And Madrigals)
(Lute)ヴァルター・ゲルヴィッヒ (Vdg)アウグスト・ヴェンツィンガ (harpsichord)エドゥアルト・ミュラー 1953年10月8日~9日録音(Walter Gerwig:(Vdg)August Wenzinger (harpsichord)Eduard Muller Recorded on October 8-9, 1953)

[2026-10-25]

ヴォーン・ウィリアムス:トマス・タリスの主題による幻想曲(Vaughan Williams:Fantasia on a Theme_by Thomas Tallis)
マルコム・サージェント指揮 フィルハーモニア管弦楽団 1959年録音(Sir Malcolm Sargent:The Philharmonia Orchestra Recorded on 1959)

[2026-10-23]

ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第3番 ニ短調 Op.30(Rachmaninov:Piano Concerto No.3 in D minor, Op.30)
(P)モーラ・リンパニー:アンソニー・コリンズ指揮、ロンドン新交響楽団(Moura Lympany:(Con)Anthony Collins New Symphony Orchestra of London Recorded on 1952)

[2026-10-21]

リリ・ブーランジェ:古い仏教の祈り(Boulanger:Vieille Priere Bouddhique)
イーゴリ・マルケヴィチ指揮:ラムルー管弦楽団 エリーザベト・ブラッスール合唱団 (T)レイモンド・アマデ 1958年録音(Igor Markevitch:Orchestre Des Concerts Lamoureux Elisabeth Brasseur (T)Alain Fauqueur Recorded on 1958)

[2026-10-19]

エマヌエル・ポンセ:イ短調組曲(Poncw:Suite In A minor)
(Gt)アンドレス・セゴビア:1930年録音(Andres Segovia:Recorded on 1930)

[2026-10-17]

ベートーベン:ヴィンターの歌劇「妨げられた奉納式」より四重唱「子供よ、静かにお休み」の主題による7つの変奏曲 WoO 75(Beethoven:7 Variations on the Quartet Kind, willst du ruhig schlafen from Winter's Das unterbrochene Opferfest, WoO 75)
(P)アルフレッド・ブレンデル 1958年&1960年録音(Alfred Brendel:Recorded on 1958 & 1960)

[2026-10-15]

メンデルスゾーン:ピアノ協奏曲第1番 ト短調, Op.25(Mendelssohn:Piano Concerto No.1 in G minor, Op.25)
(P)モーラ・リンパニー:ラファエル・クーベリック指揮、フィルハーモニア管弦楽団 1952年録音(Moura Lympany:(Con)Rafael Kubelik The Philharmonia Orchestra Recorded on 1952)

[2026-10-13]

ドヴォルザーク:スラブ舞曲 第2集 作品72(Dvorak:Slavonic Dances Op.72)
クルト・ザンデルリング指揮 レニングラード・フィルハーモニー交響楽団 1952年&1954年録音(Kurt Sanderling:Leningrad Philharmonic Orchestra Recorded on, 1952 & 1954)

[2026-10-11]

ヴィオッティ:ヴァイオリン二重奏曲 ト長調(Viotti:Duet for Violin Solo in G minor)
(Vn)ジョコンダ・デ・ヴィート:(Vn)イェフディ・メニューイン 1955年12月4日&6日録音(Gioconda de Vito:(Vn)Yehudi Menuhin Recorded on Decembr 4&6, 1955)

[2026-10-09]

ヴィヴァルディ:ヴァイオリン協奏曲 ハ長調 「喜び」 Op. 8, No. 6, RV 180(Vivald:Violin Concerto in C Major, Op. 8, No. 6, RV 180, "Il piacere")
(Vn)フェリックス・アーヨ:イ・ムジチ合奏団 1961年9月20日~28日録音(Felix Ayo:Musici, I Recorded on September 20-28, 1961)