Home|
レナード・ペナリオ(Leonard Pennario)|アンリ・リトルフ:交響的協奏曲第4番 ニ短調, Op.102~第2楽章:Scherzo(Litolff:Concerto symphonique No.4 in D major, Op.102 [2.Scherzo. Presto])
アンリ・リトルフ:交響的協奏曲第4番 ニ短調, Op.102~第2楽章:Scherzo(Litolff:Concerto symphonique No.4 in D major, Op.102 [2.Scherzo. Presto])
(P)レナード・ペナリオ:アーサー・フィードラー指揮 ボストン・ポップス 1963年5月24日録音
Litolff:Concerto symphonique No.4 in D major, Op.102 [2.Scherzo. Presto]
ピアニストによるピニストのための音楽

「アンリ・リトルフ」なんて言う作曲家は全く知りませんでした。いつ頃の人かも想像がつかず、調べてみれば「1818年8月7日 - 1891年8月5日」らしいです。
イギリスのロンドンで生まれたものの、様々な理由で音楽活動の拠点はフランスだったので、セザール・フランクとほぼ同じ時代の人と言うことになります。ただし、知名度という点では較べるまでもないほどの差があります。
それは、彼が基本的に作曲家ではなくて演奏家だったからでしょう。
彼はヴァイオリニストであった父から音楽教育を受け、その後はイグナツ・モシュレスに師事しています。そして、14歳でコヴェント・ガーデンでデビューしていますから、彼もまた早熟の天才の一人だったのでしょう。
そして、その後はピアニストから指揮活動に転身し作曲活動も行い、出版業でも成功したようです。生きているときはそれなりに知られた存在だったようです。
しかし、作曲家としては5曲の「交響的協奏曲」くらいしか知られておらず、それもまた演奏される機会はほとんどありません。
その中で、ごく稀に、第4番の第2楽章スケルツォだけが演奏されることガルようです。
聞いてみれば、まさにピアニストによるピニストのための音楽で、言ってみればオーケストラ助奏つきのピアノ曲という雰囲気です。
おそらく、オケストラなしでのピアノ・パートだけでも一つの作品として成り立つのではないでしょうか。
- 第1楽章:Allegro con fuoco
全体を貫く1つの中心的な主題(アイデア)に基づいており、これを反転・変容させることで、複数のテーマがあるかのような錯覚を聴き手に与えます。
ピアノとオーケストラが一体となって響く「交響的」な手法が際立っています。
- 第2楽章:Scherzo
この作品で最も有名な楽章です。軽快なリズムと華やかなピアノの超絶技巧が特徴で、ピッコロやトライアングルが効果的に使用され、色彩豊かな響きを生んでいます。
アンコール曲としても独立して非常に人気があります。
- 第3楽章:Adagio religioso
荘厳で宗教的な雰囲気を持つ緩徐楽章です。前後の急速な楽章とは対照的に、ピアノによる叙情的なカンタービレが展開されます。
- 第4楽章:Finale: Allegro impetuoso
第1楽章と同様に、1つの主要なアイデアを変容・展開させながら進みます。
ピアノの極めて高い技巧が要求され、オーケストラと激しく火花を散らすような圧倒的なクライマックスで全曲を締めくくります
常に「軽み」を失わない
「レナード・ペナリオ」というピアニストは小澤征爾が伴奏を務めた時のソリストとして一度取り上げたことがあるのですが、その時の興味はあくまでも「若き日の小澤征爾」でした。
その時は、恥ずかしながら「レナード・ペナリオって、誰れ?」というかんじでした。
しかし、実際に聞いてみると、派手ではないものの難しいことをサラリとやってのける人だなと感じ、その事を、「100メートル×4」の4継リレーの第3走者のような存在だと、分かったような分からないような妙な喩えで表現しました。
それは地味ではあっても難しい役割を確実にミスなくこなしていく能力を持ったピアニストだと思った故のたとえでした。
と言うことで、このレナード・ペナリオ」というピアニストをある程度まとめて聞いてみたいと思いあれこれ探し出してきました。
調べてみれば、12歳でグリーグのピアノ協奏曲をダラス交響楽団と共演して神童として名を馳せたピアニストらしいです。さらに、「ラフマニノフ追悼演奏会」で協奏曲の第2番も演奏し、その後は彼の「ピアノ協奏曲全曲」と「パガニーニの主題による狂詩曲」の録音を初めて成し遂げた人物として記憶されています。
確かに、すでに紹介しているリヒャルト・シュトラウスの「ブルレスケ」の最後のカデンツァなどを聞けば、大変なテクニックを持ったピアニストであることが分かります。20歳前後にしてその才能を全面的に開花させ、その後も「只の人」になることなく長く活動を続けてきたことがよく分かる録音でした。
しかし、何故か今のこの国から眺めてみれば、少なくない人(私も含めて)にとっては「レナード・ペナリオって、誰れ?」というかんじになっているのですから不思議です。
それも、早くに指揮者に転向したとか、教育活動に舵を切ったとか、さらには早くして燃え尽きたというわけでもなく1990年代まで精力的に活動していたらしいので、不思議と言えば不思議です。
ただし、今回彼の残された録音をある程度まとめて聞いてみて、何となくその理由が分かりました。それは、ソリストとして必要な「オレがオレが!」という我欲が非常に少ない人だったと言うことです。
特に、室内楽などになるといつも一歩引くような感じで全体のバランスをとることに力を尽くし、自分が目立とうという気持ちは全くなかったことがよく分かります。
ハイフェッツが室内楽のパートナーとして彼をよく指名したらしいのですが、「なるほど、さもありなん」と思わさせられたものです。まさに、4継リレーの第3走者のような存在です。
そして、それは協奏曲のソリストとしてもスタンスは変わらず、己のテクニックを「どうだ!」と言わんばかりに誇示することはなく、常にどこか飄々とした感じで、難しいところもさも簡単そうにサラリと演奏してしまうのです。
言葉をかえれば、常に軽み(「かろみ」と読んでください)を失わないのです。
とりわけ、このアーサー・フィードラーとボストン・ポップスと組んで録音した一枚などは、そう言う特徴が見事に洗われています。
- ラフマニノフ:パガニーニの主題による狂詩曲, Op.43
- フランク:交響的変奏曲, FWV 46
- アンリ・リトルフ:交響的協奏曲第4番 ニ短調, Op.102
それは、重々しいクラシックの音楽と言うよりはどこかポップス的な音楽のように聞こえます。そして、それはフィードラー&ボストン・ポップスと組むことによって実に上手くいっていて、これほど聞いていて気持ちのよくなる演奏は極めて貴重です。
また、アンリ・リトルフの交響的協奏曲なんてのは極めてレアな作品なのですが、これもまた実に軽やかに演奏していて、マイナー曲につきものの「修行」的な雰囲気を持って聞く必要は全くありません。
しかしながら、こういう楽しい演奏をしてくれる人というのは何故か軽く見られてしまうようです。それだけに、こういう人こそせっせと発掘しなければいけませんね。
もちろん、何を今頃になって「発掘」などと言ってるんだ、と言う言葉も聞こえてきそうですが・・・(^^;)
この演奏を評価してください。
- よくないねー!(≧ヘ≦)ムス~>>>1~2
- いまいちだね。( ̄ー ̄)ニヤリ>>>3~4
- まあ。こんなもんでしょう。ハイヨ ( ^ - ^")/>>>5~6
- なかなかいいですねo(*^^*)oわくわく>>>7~8
- 最高、これぞ歴史的名演(ξ^∇^ξ) ホホホホホホホホホ>>>9~10
5849 Rating: 5.5/10 (6 votes cast)
よせられたコメント