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ショルティ(Georg Solti)|スッペ:「スペードの女王」序曲
スッペ:「スペードの女王」序曲
ゲオルク・ショルティ指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 1959年5月録音
Suppe:Pique Dame, Overture
今もそれなりに聞かれる機会のあるオペレッタのようです
存命中はウィーンを中心に指揮活動を展開し、100を超えるオペレッタやバレエ音楽を作曲しました。
実はウィーンでオペレッタを作曲した最初の人はこのスッペであって、「ウィーンオペレッタの父」と呼ばれることもあります。しかし、彼の死後、それらの作品のほとんどは忘れ去られ、現在では演奏される機会はほとんどありません。
おそらくは、「詩人と農夫」や「軽騎兵」序曲などで一般によく知られているくらいです。
しかしながら、日本では歌劇「ボッカチオ」の中の「恋はやさし野辺の花よ」が浅草オペラのスター歌手だった田谷力三によって歌われて有名になった過去があります。
また、喜劇役者だった榎本健一がこの歌劇の中の「ベアトリーチェ」を「ベアトリ姐ちゃん」とタイトルを変えて大ヒットしますから、多くの人に好まれる旋律を生み出す能力はあった人なのでしょう。
さらに言えば、「軽騎兵」序曲に代表されるように、オーケストラの威力を誇示するにはピッタリの音楽もたくさん書いているので、大衆受けする能力にも溢れていたと言うことです。
彼の経歴を少し調べてみると、最初は音楽家になることを反対されて法律の勉強をイタリアのパドヴァで行ったようです。しかし、反対していた父親が亡くなると母方の祖父の住むウィーンに移り住んで音楽院で学び始めます。そして、1840年から新設されたばかりのヨーセブ・シュタット劇場の指揮者となると同時に作曲活動も始めます。
その後はとんとん拍子だったようで、ウィーンの名門劇場であるアンデアウィーン劇場でイタリア・オペラの指揮を始めると同時に、民族劇「詩人と農夫」の付随音楽で大成功をおさめます。
さらに、当時パリで大人気だった、オッフェンバックのオペレッタがウィーンで上演されると、それに刺激を受けてオペレッタ「寄宿学校」を作曲します。一般的にはこれがウィーン最初のオペレッタだと言われています。
そして、その後もオッフェンバックの「美しきヘレナ」に対抗して「美しきガラテ」を作曲したり、また「軽騎兵」や「ファティニッッァ」などの数多くのオペレッタを作曲して莫大な報酬を得るようになります。
しかしながら、「ファティニッッァ」の大成功以降はあまりパッとしなかったようで、やがて現役を引退していレクイエムなどの宗教音楽の創作に没頭したと言うことです。
しかし、哀しいことに、それらの作品の大部分は今日では殆ど忘れ去られ、幾つかの序曲だけがコンサートのプログラムにのるだけになってしまっているのです・・・と言うのが、スッペの締めとしてよく書かれるのですが、実際はヨーロッパの劇場ではけっこうしぶとく上演される機会があるようなのです。この喜歌劇「スペードの女王」も21世紀に入ってからもユロフスキ指揮、ケルン放送管弦楽団という組み合わせで録音も出ています。なお、「スペードの女王」と言えばチャイコフスキーの歌劇が有名ですが、あちらはプーシキンの小説をもとにした立派なもので(^^;、このスッペの喜歌劇とは何の関係もありません。
おそらくは、気楽に一夜の楽しみとして聞く分は今の時代に置いても十分なクオリティは持っていると言うことなのでしょう。
最後の名残とばかりに思いっきり自らの流儀をぶつけてみた
1958年にショルティはウィーンフィルと「ラインの黄金」を録音し、これが営業的にも大成功をおさめます。
クラシック音楽の録音というものは短期的に大きな売り上げを記録するものではなくて、その代わりに著作隣接権が消失するまでの長きにわたって売り上げを積み上げていくものです。とりわけ、オペラの全曲盤のような「大物」となれば、発売と同時に馬鹿売れするなどと言うことは考えられないことでした。
ところが、その「考えられない」事がショルティ&ウィーンフィルによる「ラインの黄金」では起こったのです。
それは、この金と手間のかかるプロジェクトを渋々ながら認めたDeccaの経営陣だけでなく、その録音プロジェクトを推し進めたカルショーでさえも想像しないような売れ行きだったのです。そして、その録音はパブリック・ドメインになるまでの長きにわたって売れ続けて、レーベルに多大なる利益をもたらしたのでした。
この事に自信を持ったのがショルティでした。
彼はこの指輪のプロジェクトだけでなく、ベートーベンの交響曲をウィーンフィルと録音することを要求したのでした。
驚いたのはカルショーでした。
彼の目から見れば、ショルティはベートーベンの交響曲に取り組むには準備が整っていないように見えました。さらに言えば、指揮者とオケが直接向き合わざるをえない交響曲のような作品に取り組むと、ショルティとウィーンフィルの間に不和が生じることも懸念されました。
そして、その不和によって肝心の指輪のプロジェクトが頓挫してしまえば元も子もないわけですから、ベートーベンの録音を要求するショルティからの申し出に関しては慎重にならざるを得なかったのです。
言うまでもなくウィーンフィルというのは世界でもっともプライドの高いオーケストラです。そのプライドの高いオーケストラに対しても、ショルティは徹底的に己の流儀を押し通そうとするはずです。
その流儀はコンセルヴァトワールのオケやコヴェントガーデンのオケのような「怠け者」に対するときは有効にはたらいたのですが、誇り高い自らのスタイルを持つウィーンフィルが相手では深刻な軋轢を生むことは容易に想像がつきます。
最大の問題は指揮者の棒に対するオケの反応の遅さでした。
ヨーロッパの伝統的なオケというのは指揮者の棒に対して少し遅れて音が出てくるのが普通でした。しかし、それでは自らが求めるアンサンブルの精度は実現できないと言うのがショルティの考えで、ショルティはオーケストラに対して、自らの指示に対してすぐに音を出すように要求したのです。
驚くのは、この録音に関しては、その我慢ならないショルティの指示にウィーンフィルが従っているように聞こえることです。
このスッペの序曲集では驚くべきアンサンブルの精度が実現しています。ショルティらしいエッジの立ったリズムで軽快に音楽は進んでいくのですが、その速いテンポ設定のもとでも素晴らしいアンサンブル精度が実現しているのです。さらに驚くのは、そのテンポから煽り立てるようにアッチェレランドをしていっても一糸乱れぬアンサンブルに破綻はないのです。
当然の事ながら、その様なスタイルには好き嫌いはあるでしょうが、時代の先を突き進む音楽であったことは否定できません。そして、それ故に、それはウィーンフィルのスタイルとはかけ離れたものでした。
おそらく、ショルティにとってはご機嫌だったと思うのですが、ウィーンフィルにしてみればフラストレーションがたまる録音だったことでしょう。
そして、おそらくはこれと同じ流儀でベートーベンの録音にも臨んだようなので、両者の関係が次第に険悪なものになっていくのは当然でした。
そして、その事を誰よりも敏感に感じとっていたのはカルショーでした。
彼はショルティの流儀でベートーベンの交響曲を録音し続けたら両者の関係は破綻を来たし、指輪のプロシェクト自体が破綻してしまう事は容易に想像できました。
そこで、彼が持ち出した折衷案は、3番、5番、7番だけを録音して、その録音が商業的に成功すれば残りの作品も録音しようというものでした。そして、後の時代から振り返ってみれば、これは絶妙な折衷案でした。
何故ならば、この録音によって、ショルティはウィーンフィルとはどのようなオケであるかを知ることが出来たからです。
一番最初に録音された「運命」の録音を聞けば、アンサンブル重視の極めてエッジの立った造形が為されているのですが、それが7番になると次第に緩和されて、最後のエロイカになるとショルティならではの鋭角的表現が少しずつウィーン・フィルのなかに包摂されていくのです。
そして、そのベートーベン録音はカルショーが期待したように売り上げも伸びなかったので(^^;、めでたく中止と言うことになったのです。
ショルティはその3曲の録音で、己とウィーンフィルとの間にある問題点の本質を知ることが出来るほどに利口でしたし、ウィーンフィルの側も3曲だけならば決定的な破綻にまでは至ることがなかったのです。
ショルティという指揮者が偉いなと思うのは、過ちを素直に受け入れて自らをかえることが出来ることです。いや、彼が要求したことは決して「過ち」ではなかったのですが、それでもウィーンフィルという特殊なオーケストラとの間ではかえざるを得ないことを学び、その学びに従ってかえることが出来たのです。
とは言え、その方向転換は、今度はショルティにとってフラストレーションのたまるものだったはずです。
なので、そう言う自らに踏ん切りをつけるために、スッペの序曲集という気楽な作品を俎上に上げて、それを最後の名残とばかりに思いっきり自らの流儀をぶつけてみたのがこの録音だっのかもしれない、等と思ってしまうのです。
そして、最後と思えばこそ、ウィーンフィルもそう言うショルティの言い分を100%聞いているように聞こえるのは最初に述べたとおりです。
さらに加えて、「詩人と農夫」ではウィーンフィルらしい美しい瞬間も披露していたりもするので、まあこれで両者は手打ちが出来たのでしょう。
これ以後、ショルティがウィーンフィルを相手にするときは全く違った姿勢で臨むことになるのです。
そして、指輪のプロジェクトも順調に進んでいくのですが、この一連の出来事が大きく寄与した事は間違いないようです。
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