クラシック音楽へのおさそい~Blue Sky Label~




Home|ジョージ・セル(George Szell)|バルトーク:管弦楽のための協奏曲 Sz.116

バルトーク:管弦楽のための協奏曲 Sz.116

ジョージ・セル指揮 クリーブランド管弦楽団 1965年1月15日&16日録音

Bartok:Concerto for Orchestra Sz.116 [1st movement "Introduzione"]

Bartok:Concerto for Orchestra Sz.116 [2nd movement "Giuoco delle coppie"]

Bartok:Concerto for Orchestra Sz.116 [3rd movement "Elegia"]

Bartok:Concerto for Orchestra Sz.116 [4th movement "Intermezzo interrotto"]

Bartok:Concerto for Orchestra Sz.116 [5th movement "Finale"]


ハンガリーの大平原に沈む真っ赤な夕陽

 この管弦楽のための協奏曲の第3曲「エレジー」を聞くと、ハンガリーの大平原に沈む真っ赤な夕陽を思い出すと言ったのは誰だったでしょうか?それも、涙でにじんだ真っ赤な夕陽だと書いていたような気がします。
 上手いことを言うものです。音楽を言葉で語るというのは難しいものですが、このように、あまりにも上手く言い当てた言葉と出会うとうれしくなってしまいます。そして、この第4曲「中断された間奏曲」もラプソディックな雰囲気を漂わせながらも、同時に何とも言えない苦い遊びとなっています。ユング君はこの音楽にも同じような光景が目に浮かびます。

 バルトークが亡命したアメリカはシェーンベルグに代表されるような無調の音楽がもてはやされているときで、民族主義的な彼の音楽は時代遅れの音楽と思われていました。そのため、彼が手にした仕事は生きていくのも精一杯というもので、ヨーロッパ時代の彼の名声を知るものには信じがたいほどの冷遇で、その生活は貧窮を極めました。
 そんなバルトークに援助の手をさしのべたのがボストン交響楽団の指揮者だったクーセヴィツキーでした。もちろんお金を援助するのでは、バルトークがそれを拒絶するのは明らかでしたから、作品を依頼するという形で援助の手をさしのべました。
 そのおかげで、私たちは20世紀を代表するこの傑作「管弦楽のための協奏曲」を手にすることができました。(クーセヴィツキーに感謝!!)

 一般的にアメリカに亡命してから作曲されたバルトークの作品は、ヨーロッパ時代のものと比べればはっきりと一線を画しています。その変化を専門家の中には「後退」ととらえる人もいて、ヨーロッパ時代の作品を持ってバルトークの頂点と主張します。確かにその気持ちは分からないではありませんが、ユング君は分かりやすくて、人の心の琴線にまっすぐ触れてくるようなアメリカ時代の作品が大好きです。
 また、その様な変化はアメリカへの亡命で一層はっきりしたものとなってはいますが、亡命直前に書かれた「弦楽四重奏曲第6番」や「弦楽のためのディヴェルティメント」なども、それ以前の作品と比べればある種の分かりやすさを感じます。そして、聞こうとする意志と耳さえあれば、ロマン的な心情さえも十分に聞き取ることもできます。
 亡命が一つのきっかけとなったことは確かでしょうが、その様な作品の変化は突然に訪れたものではなく、彼の作品の今までの延長線上にあるような気がするのですが、いかがなものでしょうか。
<追記>
一度アップしてあったのですが、その後作品そのものの著作権が切れていないことが判明したので急遽削除した音源です。ところが、最近調べてみると、なぜか著作権が消滅していることが判明しました。
バルトークに関わる戦時加算の適用はきわめて複雑なようです。(よく分かりません^^;)
でも、無事にこの作品もパブリックドメインの仲間入りをしたようなので、再びアップしておきます。


終楽章のカット

ご存じのように、オケコンは貧窮に喘ぐバルトークを助けるべく、クーセヴィツキーが作曲を依頼したものです。初演は44年の12月1日、クーセヴィツキー指揮のボストン交響楽団によってなされています。
セルはこの初演には立ち会わなかったようです。なぜなら、前月の29日には「ドン・ジョヴァンニ」、そして12月2日には「ワルキューレ」の指揮をメトで行っているからです。

忙しかったセルは初演には立ち会っていませんが、おそらくはその一ヶ月後にニューヨークで行われた同じメンバーによる演奏は聞いたようです。ニューヨークはクリーブランドに招かれるまでの5年間を過ごした町です。
そして、その演奏会から3日後、2週間にわたるボストンでの客演指揮を引き受けていますから、そのときにバルトークのスコアは間違いなくみているはずです。

そして、ここからが肝心なところですが、翌年一月にはニューヨークとクリーヴランドでの客演でオケコンを取り上げ、そこではすでに録音で聞けるようなカット(アレンジ)をしているようなのです。
426小節から555小節までをバッサリとカットし、それでは飽きたらずに、カット前の418小節のフレーズを4回繰り返すというセル独自の改変(暴挙?)を行っているのです。
そして、友人からカットの理由を聞かれたセルは、明確に「弱点の改善」だと答えています。それも、バルトークが本当は改善したかったように改めてやったので、それこそが正しいというスタンスをとっていたようです。

さすがはセルだ。
両者の関係は五分と五分、演奏家サイドが不都合を感じればクレームを付けるのは当然です。
ただ、残念ながら日月をおかず、バルトークは貧窮の中で亡くなってしまいました。
バルトークがその後も元気に活躍を続けていたなら、セルのアレンジを聞いて何と言ったのかは興味のあるところです。しかし、「論外の暴挙」等とは言わなかったように思います。

なぜなら、最初のスコアで演奏をしてみて、いろいろと不都合が目に付いたり、構成上の弱さが露見して大幅にスコアに手に入れると言うことはよくあることです。
逆に言えば、同時代の音楽と言うのは作曲家サイドと演奏家サイドが、そのように作品を絶対化することなく、相互に主張をぶつけ合って磨かれていくものです。

セルがほどこした終楽章の大幅なカットとアレンジは、言葉を変えれば、セルにとってオケコンはまがう事なき同時代の音楽であったことの証左でもあります。
ここで聞ける演奏は65年のものですから初演から20年の歳月が流れています。
この20年の歳月はオケコンを「現在音楽」から「偉大なバルトークを代表する現在の古典音楽」へと変貌させました。しかし、セルは最後までこの作品を「私たちの時代を語る同時代の音楽」というスタンスを崩さなかったようです。

彼は頑固なまでにバルトークとの五分の関係を維持して、自分の信じるやり方でこの作品を再創造しました。
そういう意味で、セルのカットが決してバルトークへの冒涜ではなく、作曲家と演奏家が持ち得た幸福な関係の最後の残照であったと考えます。

そしてつくづくと思うのは、いろんなところでしつこく書いているのですが、クラシック音楽が同時代性を失ってしまったことの「不幸」です。愚にもつかない「原点尊重」が幅を利かせる遠因がここにあることは明白です。

よく、『原典を尊重し、作曲家の意図に忠実な演奏』、などと言うことがよく言われます。
こういう文章を読むたびに、「あほかいな!」と呟くのです。

だいたいが何十年も、何百年も前に死んだ作曲家の作品が、本当に「意図どおりに演奏」されているのかどうして分かるのでしょう。
おまえがあの世に言って話を聞いて帰ってきたのか、恐山のイタコにでも聞いてもらったのか?
正確に書けば、作曲家の意図に忠実だと「私が考える」演奏・・・と言うべきでしょう。

だからそこで問われるのは、あくまでも「私の考え」の正当性であるはずなのに、作曲家の仮面の後ろに隠れて出てこようともしない態度は、あまりにも姑息だと言わなければならないのです。

同様にセルのカットとアレンジも、決してカットとアレンジ自体に問題があるのではなく、重要なのはそのカットとアレンジの正当性です。
中身を何ら検証することなく、「カットがあるからダメ!」ですますなら、これまた愚にもつかない原典尊重主義だと言わなければなりません。そして、そんな主張が無批判でまかり通る現在の状況もまた、「不幸」だと言わねばなりません。

この演奏を評価してください。

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