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ショルティ(Georg Solti)|モーツァルト:交響曲第38番 ニ長調 「プラハ」 K. 504
モーツァルト:交響曲第38番 ニ長調 「プラハ」 K. 504
ゲオルク・ショルティ指揮 ロンドン交響楽団 1954年4月21日~22日録音
Mozart:Symphony No.38 in D major, K.504 "Prague" [1.Adagio, Allegro]
Mozart:Symphony No.38 in D major, K.504 "Prague" [2.Andante]
Mozart:Symphony No.38 in D major, K.504 "Prague" [3.Presto]
複雑さの極みに成立している音楽
1783年にわずか4日で「リンツ・シンフォニー」を仕上げたモーツァルトはその後3年にもわたってこのジャンルに取り組むことはありませんでした。40年にも満たないモーツァルトの人生において3年というのは決して短い時間ではありません。その様な長いブランクの後に生み出されたのが38番のシンフォニーで、通称「プラハ」と呼ばれる作品です。
前作のリンツが単純さのなかの清明さが特徴だとすれば、このプラハはそれとは全く正反対の性格を持っています。
冒頭部分はともに長大な序奏ではじまるところは同じですが、こちらの序奏部はまるで「ドン・ジョバンニ」を連想させるような緊張感に満ちています。そして、その様な暗い緊張感を突き抜けてアレグロの主部がはじまる部分はリンツと相似形ですが、その対照はより見事であり次元の違いを感じさせます。そして、それに続くしなやかな歌に満ちたメロディが胸を打ち、それに続いていくつもの声部が複雑に絡み合いながら展開されていく様はジュピターのフィナーレを思わせるものがあります。
つまり、こちらは複雑さの極みに成り立っている作品でありながら、モーツァルトの天才がその様な複雑さを聞き手に全く感じさせないと言う希有の作品だと言うことです。
第2楽章の素晴らしい歌に満ちた音楽も、最終楽章の胸のすくような音楽も、じっくりと聴いてみると全てこの上もない複雑さの上に成り立っていながら、全くその様な複雑さを感じさせません。プラハでの初演で聴衆が熱狂的にこの作品を受け入れたというのは宜なるかなです。
伝えられた話では、熱狂的な拍手の中から「フィガロから何か一曲を!」の声が挙がったそうです。それにこたえてモーツァルトはピアノに向かい「もう飛ぶまいぞ、この蝶々」を即興で12の変奏曲に仕立てて見せたそうです。もちろん、音楽はその場限りのものとして消えてしまって楽譜は残っていません。チェリが聞けば泣いて喜びそうなエピソードです。
54年の4月に集中的に録音されたモーツァルトの2曲とハイドンの1曲には揺り返しのようなものが感じられます
この頃のショルティの交響曲録音などと言うものは殆ど話題にもならないし、そして、その事に問題があるとは思わないのですが、それでも時代を追って聞いていくといろいろと興味深い事実に突き当たります。
ショルティの50年代前半までの交響曲録音をピックアップすると以下のようになります。
- ハイドン:交響曲第103番 変ホ長調「太鼓連打」:ゲオルク・ショルティ指揮 ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団 1949年8月録音
- ベートーベン:交響曲第4番 変ロ長調 作品60:ゲオルク・ショルティ指揮 ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団 1950年11月録音
- ハイドン:交響曲第102番 変ロ長調:ゲオルク・ショルティ指揮 ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団 1951年11月録音
- メンデルスゾーン:交響曲 第3番 イ短調 作品56「スコットランド」:ゲオルク・ショルティ指揮 ロンドン交響楽団 1952年11月録音
- モーツァルト:交響曲第38番 ニ長調 「プラハ」 K. 504:ゲオルク・ショルティ指揮 ロンドン交響楽団 1954年4月21日~22日録音
- モーツァルト:交響曲第25番 ト短調 K. 183:ゲオルク・ショルティ指揮 ロンドン交響楽団 1954年4月21日~22日録音
- ハイドン:交響曲第100番 ト長調「軍隊」:ゲオルク・ショルティ指揮 ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団 1954年4月録音
こういうデータというものは無味乾燥なものではあるのですが、それでも、ショルティの望みはベートーベンの交響曲全集を録音することだったという事実を思い出せば、そのデータの裏からショルティの苛立ちのようなものが感じ取れます。
見れば分かるように地味なラインナップであり、おそらくはDeccaにしてみればカタログの欠落を埋め合わせることが目的だったのだろうと推測されます。
それと同時に、ショルティという指揮者の力量を見定めるとともに、来るべき時を見すえてお互いの関係を深めていきたいという思いもあったのでしょう。
カルショーがショルティという指揮者を「発見」したのはミュンヘンでのオペラ公演でした。その時の「ワルキューレ」をクナパーツブッシュの壮大な壮大な音楽感に匹敵しうる、数少ない例外だったと述べているのです。
ただし、Deccaの大立て者であるオロフは指揮者としてのショルティの能力を全く認めようとはしなかったので、カルショーは常に自分がショルティを見いだしたのだと自負していたのです。
ですから、カルショーにしてみればこういう管弦楽曲で場数を踏ませ、録音という行為に対する適応力を高めようという思いがあったことは間違いありません。そして、彼がショルティに対して期待していたのはオペラの録音だったのです。
このあたりが実際に音楽をやる人と、音楽をプロデュースする人の違いなのでしょう。
この食い違いが、指輪の録音と同時並行でベートーベンの交響曲を録音したいというショルティの「我が儘」になって現れるのですが、その音楽家が今何をすべきかと言うことに関してはカルショーの方がよく分かっていたと言うことは間違いないようです。
そして、カルショーにしてみればショルティのそれくらいの「我が儘」などは、その他の獰猛な野獣のような音楽家たちと較べれば可愛いものだったのです。
そして、ショルティはいったん納得すれば、録音という行為の中でどれほどの困難が発生しても文句も言わず、誰よりも過酷なハードワークに耐えたのです。
この54年の4月に集中的に録音されたモーツァルトの2曲とハイドンの1曲には揺り返しのようなものが感じられます。
ベートーベンの4番(50年録音)からメンデルスゾーンの3番(52年)では、作品が内包する感情のうねりなどは一切無視をして、無慈悲なまでの直線で造形することを指向していました。しかし、ここでは直線的に造形する姿勢はベースとして保持しているのですが、そこにモーツァルト的なドラマも描き出そうという思いも感じ取れるのです。
しかしながら、結果としてみれば、そう言うドラマなどと言うものに足下が掬われずにすむ25番の小ト短調の方がショルティらしい持ち味が発揮されているように感じられるのです。
もちろん、38番のプラハでも弾むようなリズム感は健在ですし、キリッとオケを引き締めることによってオケが安易に歌出すことを戒めているのですが、それでも、メンデルスゾーンの時ほど無慈悲にはなりきれていないのです。
そして、世間一般はそれをバランスが取れたというのですが、それはまた「悪名は無名に勝る」という事を思い出させてしまうのです。
なるほど、聞き手というものは何処まで行っても勝手で我が儘な存在であり、それ故に指揮者というのは大変な稼業だと言うことなのでしょう。
それから、最後に気づいたのですが、この54年に録音された一連の交響曲のプロデューサーはカルショーではなくて、全てジェームス・ウォーカー(James Walker)が担当していました。
ちなみに、51年に録音されたハイドンの102番もジェームス・ウォーカーが担当しています。
カルショーは特別な事情がない限りはショルティの録音は全て担当したと述べていましたから、こういう交響曲の録音は何らかの事情で他の人に任さざるを得なくなってもそれほど惜しいとは思わない録音だったのでしょう。ここにも、音楽をやる人とプロデュースする人の違いが如実に表れていたのです。
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