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ゲオルグ・ショルティ(Georg Solti)|ハイドン:交響曲第103番 変ホ長調「太鼓連打」
ハイドン:交響曲第103番 変ホ長調「太鼓連打」
ゲオルク・ショルティ指揮 ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団 1949年8月録音
Haydn:Symphony No.103 in E-Flat major "The Drum Roll" Hob.1:103 [1.Adagio - Allegro con spirito]
Haydn:Symphony No.103 in E-Flat major "The Drum Roll" Hob.1:103 [2.Andante piu tosto allegretto]
Haydn:Symphony No.103 in E-Flat major "The Drum Roll" Hob.1:103 [3.Minuet - Trio]
Haydn:Symphony No.103 in E-Flat major "The Drum Roll" Hob.1:103 [4.Finale. Allegro con spirito]
ティンパニーの独奏でロール打ち

フランス革命による混乱のために、優秀な歌手を呼び寄せることが次第に困難になったためにザロモンは演奏会を行うことが難しくなっていきます。そして、1795年の1月にはついに同年の演奏会の中止を発表します。しかし、イギリスの音楽家たちは大同団結をして「オペラ・コンサート」と呼ばれる演奏会を行うことになり、ハイドンもその演奏会で最後の3曲(102番~104番)を発表しました。
そのために、厳密にいえばこの3曲をザロモンセットに数えいれるのは不適切かもしれないのですが、一般的にはあまり細かいことはいわずにこれら三作品もザロモンセットの中に数えいれています。
ただし、ザロモンコンサートが94年にピリオドをうっているのに、最後の三作品の初演が95年になっているのはその様な事情によります。
このオペラコンサートは2月2日に幕を開き、その後2週間に一回のペースで開催されました。そして、5月18日まで9回にわたって行われ、さらに好評に応えて5月21日と6月1日に臨時演奏会も追加されました
- 第102番 変ロ長調:94年作曲 95年2月2日初演
- 第103番 変ホ長調「太鼓連打」:95年作曲 95年3月2日初演
- 第104番 ニ長調「ロンドン」:95年作曲 95年5月4日初演
103番の交響曲に「太鼓連打」と標題がついているのは、第1楽章の導入部にティンパニーの独奏でロール打ちがあるからなのですが、当然の事ながらハイドン自身のあずかり知らぬ事です。おそらく、この標題は19世紀の初め頃につけられたものだと思われます。
なんと言っても、純粋器楽の交響曲というのはオペラなどと較べれば取っかかりが内容に思えるので「驚愕」とか「奇蹟」とか「軍隊」みたいなあだ名がついている方が何となく安心できるという面があります。
この「太鼓連打」も最初のたった1小節だけのティンパニー連打が聞き手にとってはその部分が非常に印象的だったと言うことでしょう。
なお、この作品がはじめ演奏されたときは第2楽章が好評でアンコールされたようです。この音楽はハイドンの音楽としては不思議な感覚が漂っていて、ハ短調なのですが、どこか「虚画化された悲劇」みたいな雰囲気が漂っています。
ハイドン自身にはそんな気はなくても、当時のイギリスの人々はそこにフランス革命の混乱に陥っているフランスを見たのかもしれません。
交響曲第103番 変ホ長調「太鼓連打」
- 第1楽章 Adagio - Allegro con spirito - Adagio
- 第2楽章 Andante piu tosto allegretto
- 第3楽章 Menuetto - Trio
- 第4楽章 Finale. Allegro con spirito
ここにはどちらに進むべきかという「模索」のようなものが感じられてしまう
ショルティと言えばDeccaの表看板であり続けたのですが、そのショルティが指揮者として始めて本格的に取り組んだ録音がこのハイドンの交響曲103番「太鼓連打」でした。
しかし、すでに紹介しているように、これに先立つ形でショルティはベートーベンのエグモント序曲とコダーイのハーリ・ヤーノシュ組曲を録音しています。
ところが、その後ショルティと深い関係を結ぶようになるジョン・カルショーはその自伝の中で「ヴィクター・オロフとの最初の一枚以外は、何か理由があったり多忙だったりしたときを除いて、すべて私が彼と一緒に仕事をしていた」と述べているのです。
この「ヴィクター・オロフとの最初の一枚」というのが、このハイドンの録音のことなので、つまりは、カルショーにしてみれば、そしておそらくはDeccaにしてみても、それに先行するエグモント序曲やハーリ・ヤーノシュ組曲などは数の内には入っていないと言うことなのです。
しかしながら、そんな数の内に入らない録音で指揮者としての能力を試験されながらも、その実質的なデビューに際してはヴィクター・オロフが録音を担当しているのですから、それなりに期待されていたことは間違いないようです。
言うまでもないことですが、優秀録音で名を馳せたDeccaの屋台骨を築き上げたのはヴィクター・オロフでした。
人々はヴィクター・オロフのことを「Deccaの音を作った人」と呼びました。
Deccaが録音で使用する会場はヴィクター・オロフがOKを出したところに限られていて、それ以外の会場を録音に使用することはなかったというのはよく知られた話です。
そんなオロフも50年代にはいると実際の録音会場に足を運ぶことは少なくなっていくので、駆け出しの新人指揮者のデビュー録音に御大が乗り出してきたというのは、先に述べたように期待の大きさの表れだったのかも知れません。
ただし、この後にカルショーとのコンビで録音されるスッペの序曲集などと較べると、ここにはどちらに進むべきかという「迷い」のようなものが感じられます。
いや、そう感じてしまうのは、すでにスッペの序曲集を知ってしまっているからであって、それは「迷い」ではなくて「模索」とすべきなのかも知れません。
虚心坦懐にこの録音だけを聞けば、歌うべき所はしなやかに歌っていますし、オケの鼻面を引き回すような手荒なまねもしていません。
ですから、決して悪い演奏ではないのですが、しかし、ショルティがこの後もこのような演奏を続けていたならば、これと同じような数多の「佳演」の中に埋没して、手堅い指揮者の一人として終わってしまっていたでしょう。
ショルティの回顧録によれば、二人の間には意見の違いもあって衝突すること事も多かったようなのですが、そう言う衝突も繰り返しながらも、二人三脚のようにして世間に溢れている数多の「佳演の海」の中から抜け出るための「模索」を繰り返していったのでしょう。
カルショーはショルティのことを「私と同世代の指揮者たちで、うわべでなく本物の賞賛を勝ち取るために、ショルティ以上に懸命に働き、彼以上にそれを得た人物はいないと思う」と述べています。
ショルティもカルショーも頑張ったわけです。
と、ここまで書いてきて、このハイドンの録音はカルショーがプロデュースし、ケネス・ウィルキンソンが録音エンジニアとして参加していたとなっている資料を見つけてしまいました。
その資料では、私が数の内に入らなかったのかと書いてしまったベートーベンのエグモント序曲とコダーイのハーリ・ヤーノシュ組曲を担当したのがヴィクター・オロフとなっています。
もしもそれが正しいとすると随分と景色がかわってしまいます。
実は、「ヴィクター・オロフとの最初の一枚以外は、何か理由があったり多忙だったりしたときを除いて、すべて私が彼と一緒に仕事をしていた」というのはネット上からの孫引きなので、一度きちんとカルショーの自伝に当たってみないといけないですね。
やはり手抜きは駄目みたいです。(^^;
<さらに追記>
やはり、このハイドンの交響曲はカルショーとケネス・ウィルキンソンのコンビによる録音のようです。そのあたりの詳しい経緯は項を改めて書いてみたいと思います。
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