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VERDI

<イタリア:1813〜1901>

経歴


1813年、10月10日、パレルモ近郊の農村に生まれる。父は、街道筋でささやかな食料品店と宿屋を営んでいた。7才の時から、教会のオルガニストに音楽を学びはじめ、10才の時に初級中学に入るためにブッセートに移る。
 このブッセートで、町の有力者であったアントーニオ・バレッジに認められ、楽友協会の仕事や彼が主宰するオーケストラのための編曲などに携わる。
 ヴェルディの才能を高く評価していたバレッジは、奨学金を受けてミラノで学ぶことをすすめた。1832年、ついにヴェルディはミラノに向かうが、希望していたミラノ音楽院からは入学を拒否されたために、やむなく声楽の大家であったヴィンチェンツォ・ラヴィニャからソルフェージュを学ぶ。この事が、後のオペラ作曲に大きな影響を与えることになる。

 1833年、プロヴェッジが亡くなると町の人の要望でブッセートに戻り市の音楽監督に就任する。36年には恩人であるバレッジの娘と結婚し、二人の子どもに恵まれる。しかし、この幸せは伝染病によって愛する妻と二人の子供を失うという悲劇で幕を下ろしてしまう。また、スカラ座のために作曲した作品はどれも成功はおさめず、自分には喜劇は向いていないことを悟る。
 そして、旧約聖書に材料を得て「ナブッコ」の作曲に取り組み、1842年、ついに圧倒的な成功を勝ち取る。

 その後、劇場側の要望で愛国的な内容を持った作品を次々と発表するが、次第にその地位が固まってくるにつれて、ヴェルディが望んでいた文芸的作品に取り組むようになっていく。この時期、ユゴーの「エルニナ」やシェークスピアの「マクベス」などのすぐれた作品を次々と送り出すようになり、外国からも作品の依頼が舞い込むようになる。

 50年代にはいると、この傾向はますます顕著となり、「リゴレット」「トロヴァトーレ」「椿姫」などの傑作が生み出される。1859年には、イタリア独立運動が燃え上がり、その盟主と目されていたヴィットリオ・エマヌエーレ2世の頭文字が偶然にもヴェルディの綴りと同じだったこともあり、ヴェルディの音楽こそは統一の象徴と考えられるようになっていく。
 そのため、1961年に統一イタリア王国が生まれたときには国会議員にも選ばれるようになる。

 62年にはペテルブルグの依頼で「運命の力」、パリオペラ座のために「ドン・カルロ」など作曲する。ワーグナーの音楽がヨーロッパを席巻する中で、あくまでも自分の音楽のスタンスをかえることなく、71年には「アイーダ」、86年に「オテロ」、そして92年には最後の作品となる「ファルスタッフ」を生み出す。これら3つの作品はまさにイタリア・オペラの頂点をなすものであり、同じ時期に作曲されたレクイエムとともに傑作の名に相応しい作品である。

 このように、栄光と名声に包まれたなかで、1901年1月27日、旅行先のミラノでこの世を去る。

ユング君の一言


音楽史上、一番いやな奴はおそらくワーグナーでしょうが、逆に一番いい奴はと聞かれれば、おそらくヴェルディの名前があがることだと思います。19世紀を代表する二人のオペラ作曲家は、人間的にも、そして作り出した音楽においてもこれほども対照的だと言うことは実に興味深いことです。

 ユング君は、ワーグナーの作品からは人間が持つ「闇」の部分を感じます。逆にヴェルディの作品からは「光」の部分を感じます。
 この差がどこからくるのかと聞かれれば、おそらくは二人の前半生に思い至ります。
 ヴェルディは理解者に恵まれました。ブッセートの有力者であるバレッジは彼を息子のようにかわいがり、その才能が羽ばたくのを手助けしました。また、ブッセートの町の人もこの天才を愛し、その成長を我がことのようによろこびました。ヴェルディの作品で描かれる人間の影の部分は、その暗さによって、逆に人間の偉大さを浮き彫りにする働きをする、そう言う性質の暗さです。
それこそは、友と理解者に恵まれたもののみが持ち得る健全さの発露です。

 ただ、時はワーグナーが持つ「悪の凄み」みたいなものにひかれることがあるのは事実ですが、日常的にはユング君はヴェルディをこそ愛します。

 それから、余談ですが、ヴェルディは長生きをして20世紀まで活躍しましたから、ずいぶんと現代に近い人のような気がしていたのですが、生まれは19世の初頭なんですね。
 ショパンやシューマン、メンデルスゾーンなんかとあまり違わないという事実に驚かされます。
 それは同時に、ロマン派の天才たちがいかに短命だったかと言うことの裏返しとも言えます。

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