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ベッリーニ:歌劇「ノルマ」


(S)マリア・カラス セラフィン指揮 ミラノ・スカラ座管弦楽団 フィリッペスキ、スティニャーニ、他 1954年4月23日〜5月3日録音


ベルカント・オペラの代名詞

物語の舞台はローマ人が支配するガリアという事になっているようです。主な登場人物はガリア人の中で絶対的な影響力を持っている巫女ノルマと、ガリアを支配するローマ総督のポリオーネです。
ガリアはローマの支配から脱することを願い、ローマは逆にそのガリアを力で押さえつけようとしているのにも関わらず、この両勢力を代表する存在である二人はひそかに愛し合い、二人の子どもまで儲けているというのがこのオペラの前提となっています。

<主な登場人物>
ノルマ:ドルイド教徒の巫女長
アダルジーサ:イルミンスルの神殿に仕える若き巫女
ポリオーネ:ガリアを支配するローマの総督
オロヴェーゾドルイド教徒の長
クロティルデ:ノルマの次女
フローヴィオ:ポリオーネの友人

<第1幕第1場>
物語はドルイド教徒の長であるオロヴェーゾがローマからの解放を祈る場面から始まります。そして、その祈りが終わると入れ替わるようにローマ総督のポリオーネが登場して、ノルマへの愛が覚めたことと、今ではその愛が若き巫女であるアダルジーサに向けられていることを語ります。そして、この「不倫」がばれたらノルマの怒りがガリア解放への反乱へと向かうかもしれないことを恐れます。
まあ、こんな事を人前で延々と語り続けるような奴は普通はいないと思うのですが、まあ舞台ではこうやって説明してもらわないと物語の前提が分からないので、まあ「変」は承知で延々と語り続けるのがオペラの「お約束」みたいなものなで、このあたりは我慢して聞き続けましょう。
そして、この長話で物語の前提が理解できたところで、このオペラの一番の聞き所かもしれない『清らかな女神』が歌われます。ガリア人達は巫女ノルマのもとへやってきてローマ攻撃の神託を得ようとする場面で歌われるのが『清らかな女神』です。しかし、ポリオーネへの愛を捨てきれないノルマはその「背徳の愛」の苦しさを打ち明けながらも時期が早いとして彼らの願いを受け入れません。落胆して人々はその場を去るのですが、アダルジーザだけは背徳の愛に悩みながらその場に残ります。すると、再び総督のポリオーネが現れて、このままでは不倫がノルマにばれて大変なことになるから二人でローマに逃げようとアダルジーザを説得し、アダルジーザもついに「駆け落ち」を受け入れます。

オペラというのは基本的に男女のドロドロの愛憎劇を描くと天下一品の芸術様式だと思います。ですから、それを描く上で物語の設定が少々不自然でも文句を言ってはいけません。いや、思いっきり不自然でも突っ込んではいけません。ガリアを支配するローマ総督が、不倫がばれたときの仕返しが怖くて任務を放棄してローマに逃げ帰るなどありないだろー!等と突っ込んではいけないのです。(^^;
楽しむのはそんな「細部」ではなくて、これから繰り広げられる愛憎劇なのです。

<第1幕第2場>
舞台はノルマが二人の子どもをひそかに隠して育てている住居に変わります。そこに突然アダルジーサが現れて、己の背徳の愛を打ち明けます。ノルマはその告白に驚きながらも、そこにかつての自らの姿を見ないわけにはいかず、結局はアダルジーサを赦すとともにその愛を貫くようにと励ましてしまいます。
まさに、「あわや!」というハラハラドキドキの場面ですが、そんなところにのこのこと姿を表したのがポリオーネです。総督にしては何と腰が軽いのか!などと突っ込んではいけません。愛憎劇にこのシチュエーションは必要不可欠です。
三角関係の当事者が一堂に会して全ての事情が明らかとなります。そして、ノルマはこの事態の全ての責任はポリオーネにあるとして彼は激しく詰るところで第1幕の幕がおります。

<第2幕第1場>
思わぬ事態の展開に絶望したノルマは自らの手で二人の子どもを殺し、自らも命を絶とうとします。しかし、子どもの安らかな寝姿を見ているとその決意も鈍ってしまいます。そんなところに再び姿を表したのがアダルジーサです。
実はこの場面は非常に興味深い場面であり、ノルマという女性とアダルジーサという女性の違いが際だちます。
ノルマは口では激しくポリオーネを詰りながらも、二人の子どもの母親として父親としてのポリオーネが自らのもとに戻ってくることを心の底では願っています。ところが、アダルジーサの方はポリオーネの「不実」を知ると彼への愛は一気に覚めてしまったようにうつります。
ある人は、ノルマの「母性」としての大きな包容力と、アダルジーサの強烈な「処女性」が浮き彫りになる場面と語っていましたが、まさに同感です。ですから、アダルジーサは自らは身を退いて、ポリオーネがノルマのもとに戻るように説得するというのは当然の成り行きでした。ここで歌われる「お願い、子どもたちを一緒に連れて行って」はノルマではもっとも美しいナンバーです。

<第2幕第2場>
場面は再び、オロヴェーゾに率いられた兵士達が集う聖域の森に変わります。そして、そこにアダルジーサの説得にポリオーネがイエスと言わなかった事が告げられます。怒りに我を忘れたノルマはついに銅鑼を三度鳴らして人々を招集し、ローマへの戦いを告げます。
うーん、こんな事で戦争が始まっていいものかと思うのですが、それでもこの場面の音楽は「清らかな女神」に代表される叙情的なベッリーニとは全く異なる剛毅な側面があらわれていて非常に興味深いです。
そして、アダルジーサへの思いを断ち切れなかったポリオーネが、彼女を連れ去ろうとしたところをドルイド教徒にとらわれて引き立てられてくると言う「あり得ない」展開で(突っ込まない!!)、物語は一気にクライマックスへと突入していきます。
捕らわれたポリオーネに対してノルマは最後の説得にかかります。アダルジーサの事を忘れて自分の元に戻ってくるなら命だけは助けてやろうと持ちかけるのですが、ポリオーネは断固拒否します。
ノルマは怒りに駆られ「巫女の中に裏切り者がいる。生け贄に。」と叫び火刑台の準備を命じます。そして、ポリオーネもまた彼女の口からアダルジーサの名が語られる事を覚悟しつつ、最後の「あなたが裏切ったこの心」の二重唱が歌われコンチェルタート(幕の最後で主だったソリスト合唱で歌われるアンサンブル)へとなだれ込んでいきます。この中で、ノルマの怒りは次第に影をひそめ、ついに「私こその裏切り者だ」と自らの罪を告白し、父であるオロヴェーゾに二人の子どもの助命とその後を託します。そして、ポリオーネもまたそのノルマの気高さに初めて彼女への崇高な愛に目覚め、二人は手に手を取って火刑台へと向かう中で音楽は壮大なクライマックスを築いて幕を閉じます。
オペラにハッピーエンドは似合わないのです。

マリア・カラスの「ノルマ革命」


マリア・カラスと言えば「歌役者」というイメージがあります。確かに、トスカなどで見せた彼女の見事なまでの役者ぶりは唯一無二の魅力に溢れていました。しかし、彼女が残した最大の業績はと聞かれれば、迷うことなく、19世紀前半のベルカント・オペラの真価を世に知らしめた事だと言わざるをえません。
イタリア・オペラの歴史を振り返ってみると、19世紀の前半はロッシーニやベッリーニなどに代表されるベルカントオペラが全盛期を迎えるのですが、その後はトスカなどに代表されるヴェリズモ・オペラへと時代は移り変わっていきます。実は、この二つのオペラは様式的にはかなり異なるもので、ヴェリズモ風の歌唱ではベルカントオペラの魅力を十分に発揮する事は出来ませんでした。そのため、時たまそれらの作品が舞台で取り上げられても、内容空疎な声だけの作品として低く見られる時代が長く続きました。
ところが、そんな時代の横っ腹に圧倒的な声の威力と細やかな心理描写によって大きな穴を開けたのがマリア・カラスでした。もともと、ベッリーニのノルマは今でも伝説のプリマと呼ばれるジュディッタ・パスタを念頭に置いたものでした。彼女はその圧倒的な声と情熱的な歌唱でいわゆるベルカントオペラの歌い方を作り上げた歌手でした。しかし、その様な「声」の歴史はその後のヴェリズモ全盛の中で次第に忘れ去られていったのです。カラスの功績は、その様な忘れ去られたベルカント風の歌唱を再発見し、その事を自らの声と歌唱で実証して見せた事でした。そして、その事は、長く不当に扱われてきた19世紀前半のベルカントオペラ復興の幕を開ける事にもつながりました。
あまり「歌の世界」には詳しくないので、これはどなたかの受け売りですが、今日ではヴェリズモ風の歌唱とベルカント風の歌唱は様式として厳密に区別されていて、20世紀前半のようにヴェリズモ風のソプラノがノルマやルチアを歌うような事は考えられなくなっているそうです。

カラスは、新旧2種類のスタジオ録音を残しています。54年のモノラル録音と60年のステレオ録音です。一般的には配役のバランスや録音のクオリティなどから60年盤が代表作とされています。おそらく、その評価には大部分の人が同意されると思いますし、ユング君も基本的に同意します。
しかし、ノルマに求められる声の圧倒的な威力という点では、明らかにこの54年盤の方が上回ります。
カラスの最大の功績はベルカントオペラの再発見ですが、その事は同時に彼女の声を酷使するという代償がつきまといました。特に、彼女の代表作とも言うべきノルマは歌手に対してかなりの酷使を要求します。それに加えて私生活での不摂生や数々のスキャンダルは彼女の声を確実に奪っていく事になります。
もちろん、60年のカラスは未だに申し分なく素晴らしいです。しかし、54年盤のカラスを聞くと、長年にわたるのどの酷使は確実に彼女の声を奪ってきている事も認めざるを得ません。
もちろん、オペラは一人の歌手の声だけで成り立っているわけではありませんから、総合点という点で60年盤に軍配が上がる事は当然なのですが、それでも、20世紀を代表する偉大な歌手の絶頂期の声とはいかなるものかを記録しているという点で、この54年盤の価値が失われる事はないでしょう。

<主な配役>
 ノルマ:マリア・カラス
 アダルジーザ:エベ・スティニャーニ
 ポリオーネ:マリオ・フィリッペスキ
 オロヴェーゾ:ニコラ・ロッシ=レメーニ

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