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ドヴォルザーク:交響曲第9番 ホ短調 作品95「新世界より」

トスカニーニ指揮 NBC交響楽団 1953年2月2日録音



Dvorak:交響曲第9番 ホ短調 作品95 「新世界より」 「第1楽章」

Dvorak:交響曲第9番 ホ短調 作品95 「新世界より」 「第2楽章」

Dvorak:交響曲第9番 ホ短調 作品95 「新世界より」 「第3楽章」

Dvorak:交響曲第9番 ホ短調 作品95 「新世界より」 「第4楽章」


望郷の歌

ドヴォルザークが、ニューヨーク国民音楽院院長としてアメリカ滞在中に作曲した作品で、「新世界より」の副題がドヴォルザーク自身によって添えられています。

ドヴォルザークがニューヨークに招かれる経緯についてはどこかで書いたつもりになっていたのですが、どうやら一度もふれていなかったようです。ただし、あまりにも有名な話なので今さら繰り返す必要はないでしょう。
しかし、次のように書いた部分に関しては、もう少し補足しておいた方が親切かもしれません。

この作品はその副題が示すように、新世界、つまりアメリカから彼のふるさとであるボヘミアにあてて書かれた「望郷の歌」です。

この作品についてドヴォルザークは次のように語っています。
「もしアメリカを訪ねなかったとしたら、こうした作品は書けなかっただろう。」
「この曲はボヘミアの郷愁を歌った音楽であると同時にアメリカの息吹に触れることによってのみ生まれた作品である」


この「新世界より」はアメリカ時代のドヴォルザークの最初の大作です。それ故に、そこにはカルチャー・ショックとも言うべき彼のアメリカ体験が様々な形で盛り込まれているが故に「もしアメリカを訪ねなかったとしたら、こうした作品は書けなかっただろう」という言葉につながっているのです。

それでは、その「アメリカ体験」とはどのようなものだったでしょうか。
まず最初に指摘されるのは、人種差別のない音楽院であったが故に自然と接することが出来た黒人やアメリカ・インディオたちの音楽との出会いです。

とりわけ、若い黒人作曲家であったハリー・サンカー・バーリとの出会いは彼に黒人音楽の本質を伝えるものでした。
ですから、そう言う新しい音楽に出会うことで、そう言う「新しい要素」を盛り込んだ音楽を書いてみようと思い立つのは自然なことだったのです。

しかし、そう言う「新しい要素」をそのまま引用という形で音楽の中に取り込むという「安易」な選択はしなかったことは当然のことでした。それは、彼の後に続くバルトークやコダーイが民謡の採取に力を注ぎながら、その採取した「民謡」を生の形では使わなかったののと同じ事です。

ドヴォルザークもまた新しく接した黒人やアメリカ・インディオの音楽から学び取ったのは、彼ら独特の「音楽語法」でした。
その「音楽語法」の一番分かりやすい例が、「家路」と題されることもある第2楽章の5音(ペンタトニック)音階です。

もっとも、この音階は日本人にとってはきわめて自然な音階なので「新しさ」よりは「懐かしさ」を感じてしまい、それ故にこの作品が日本人に受け入れられる要因にもなっているのですが、ヨーロッパの人であるドヴォルザークにとってはまさに新鮮な「アメリカ的語法」だったのです。
とは言え、調べてみると、スコットランドやボヘミアの民謡にはこの音階を使用しているものもあるので、全く「非ヨーロッパ的」なものではなかったようです。

しかし、それ以上にドヴォルザークを驚かしたのは大都市ニューヨークの巨大なエネルギーと近代文明の激しさでした。そして、それは驚きが戸惑いとなり、ボヘミアへの強い郷愁へとつながっていくのでした。
どれほど新しい「音楽的語法」であってもそれは何処まで行っても「手段」にしか過ぎません。
おそらく、この作品が多くの人に受け容れられる背景には、そう言うアメリカ体験の中でわき上がってきた驚きや戸惑い、そして故郷ボヘミアへの郷愁のようなものが、そう言う新しい音楽語法によって語られているからです。

「この曲はボヘミアの郷愁を歌った音楽であると同時にアメリカの息吹に触れることによってのみ生まれた作品である」という言葉に通りに、ボヘミア国民楽派としてのドヴォルザークとアメリカ的な語法が結びついて一体化したところにこの作品の一番の魅力があるのです。
ですから、この作品は全てがアメリカ的なもので固められているのではなくて、まるで遠い新世界から故郷ボヘミアを懐かしむような場面あるのです。

その典型的な例が、第3楽章のスケルツォのトリオの部分でしょう。それは明らかにボヘミアの冒頭音楽(レントラー)を思い出させます。
そして、そこまで明確なものではなくても、いわゆるボヘミア的な情念が作品全体に散りばめられているのを感じとることは容易です。

初演は1893年、ドヴォルザークのアメリカでの第一作として広範な注目を集め、アントン・ザイドル指揮のニューヨーク・フィルの演奏で空前の大成功を収めました。
多くのアメリカ人は、ヨーロッパの高名な作曲家であるドヴォルザークがどのような作品を発表してくれるのか多大なる興味を持って待ちかまえていました。そして、演奏された音楽は彼の期待を大きく上回るものだったのです。

それは、アメリカが期待していたアメリカの国民主義的な音楽であるだけでなく、彼らにとっては新鮮で耳新しく感じられたボヘミア的な要素がさらに大きな喜びを与えたのです。
そして、この成功は彼を音楽院の院長として招いたサーバー夫人の面目をも施すものとなり、2年契約だったアメリカ生活をさらに延長させる事につながっていくのでした。


鋼鉄の響き

トップページで新世界よりのアンケートをしている最中にこういう録音をアップするのはもしかしたら「反則」なのかもしれません。
実は、このアンケートに誰をノミネートしようかと考えているときに、最後の最後まで悩んだのがトスカニーニでした。何故ならば、トスカニーニが最晩年に録音したレスピーギの3部作やメンデルスゾーンのイタリアなどは「絶対的名演」として君臨しているのに、同時期に録音されたこの「新世界より」は世間的にはあまり評価が高くないからです。
これは実に不思議なことで、トスカニーニにとって「新世界より」は若い時代から積極的に取り上げていた作品でもあり、NBC交響楽団ともコンサートでも何回も取り上げている(識者によると5回とか・・・)得意レパートリーだったからです。
しかし、世間の評判はいまいち芳しくありません。

そんなわけで、取り上げるべきか否か、久しぶりに聴き直してみました。
そして、結論から言えば、やはり素晴らしい!と思うと同時に、嫌いな人は嫌いだろうな・・・とも納得した次第です。
この録音には土の香りは全く存在しません。
その意味ではセルなどに代表されるコスモポリタンな演奏なのですが、その徹底ぶりはセル以上です。そして、何よりも一番の違いは、オケの響きがセルは陶磁器だとすればこれはまさに鋼鉄だと言うことです。
非情な近代社会としての「新世界より」の便りは聞きたくないという人にとってはお気に召さないことは明らかです。

さて、ここからはユング君の全くの独断による話です。
もしも、この作品にセルのようなアプローチを求める人ならこの録音は二重丸のはずです。しかし、セルの新世界よりを評価している人でも、このトスカニーニの録音に言及している人は多くはありません。
これは考えてみると実に不思議なことなのですが、その最大の原因はかつてのトスカニーニ盤のお粗末きわまる復刻に起因しています。
おそらくかつてのお粗末な復刻盤で聞くと、「骸骨のダンス」と揶揄されたギスギスした音楽に聞こえたはずです。例えば、私の手もとにシベリウスの2番の古い国内盤のレコードがあります。これこそまさに骸骨のダンスと言うべき代物で、とてもじゃないが心穏やかに聞けるものではありません。おそらく、かつての新世界よりのレコードも似たような悲惨な状態だったはずです。

しかし、90年代の終わりにまとまった形でかなり良質な復刻がリリースされたことでトスカニーニの再評価が加速しました。それらのシリーズでは骸骨のダンスと思えた音楽の上にうっすらと筋肉がついていて、音楽の姿は見違えるほど生気に満ちたモノとなっていました。
しかし、かつてが遺骨のダンスを聞かされた人にしてみれば、もう一度大枚はたいて新しい復刻盤を聴き直す気にはなれず、トスカニーニに対する評価も改善されることもなかったのではないでしょうか。
ですから、かつてのあの粗悪な復刻盤を作って売り続けてきた連中の罪は万死に値します。と、同時に、この辺が、すでに物故していて実演でその真価を確かめる術のない人を評価するときの悩ましい問題だといえます。
<追記>
日本ビクターはこの年末に「XRCD24」のシリーズとしてこの録音を復刻する予定のようです。骸骨の上に筋肉がうっすらとつくだけで音楽の印象がかくも大きく変わったのですから、本来の姿にほぼ等しい状態の筋肉をまとえば、どれほど素晴らしいモノとなるのかと今から楽しみなのです。
しかし、今になってやれるなら、最初からもう少しまともな状態でリリースできなかったのかと恨み言の一つも言いたくなります。

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