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モーツァルト:ピアノ協奏曲第20番 ニ短調

P:クララ・ハスキル パウムガルトナー指揮 ウィーン交響楽団 1954年10月11日録音


こににも一つの断層が口を開けています。

この前作である第19番のコンチェルトと比べると、この両者の間には「断層」とよぶしかないほどの距離を感じます。ところがこの両者は、創作時期においてわずか2ヶ月ほどしか隔たっていません。

 モーツァルトにとってピアノ協奏曲は貴重な商売道具でした。
 特にザルツブルグの大司教との確執からウィーンに飛び出してからは、お金持ちを相手にした「予約演奏会」は貴重な財源でした。当時の音楽会は何よりも個人の名人芸を楽しむものでしたから、オペラのアリアやピアノコンチェルトこそが花形であり、かつての神童モーツァルトのピアノ演奏は最大の売り物でした。
 
1781年にザルツブルグを飛び出したモーツァルトはピアノ教師として生計を維持しながら、続く82年から演奏家として活発な演奏会をこなしていきます。そして演奏会のたびに目玉となる新曲のコンチェルトを作曲しました。
 それが、ケッヘル番号で言うと、K413〜K459に至る9曲のコンチェルトです。それらは、当時の聴衆の好みを反映したもので、明るく、口当たりのよい作品ですが、今日では「深みに欠ける」と評されるものです。

 ところが、このK466のニ短調のコンチェルトは、そういう一連の作品とは全く様相を異にしています。
 弦のシンコペーションにのって低声部が重々しく歌い出すオープニングは、まさにあの暗鬱なオペラ「ドン・ジョヴァンニ」の世界を連想させます。そこには愛想の良い微笑みも、口当たりのよいメロディもありません。
 それは、ピアノ協奏曲というジャンルが、ピアノニストの名人芸を披露するだけの「なぐさみ」ものから、作曲家の全人格を表現する「芸術作品」へと飛躍した瞬間でした。

 それ以後にモーツァルトが生み出さしたコンチェルトは、どれもが素晴らしい第1楽章と、歌心に満ちあふれた第2楽章を持つ作品ばかりであり、その流れはベートーベンへと受け継がれて、それ以後のコンサートプログラムの中核をなすジャンルとして確立されていきます。

 しかし、モーツァルトはあまりにも時代を飛び越えすぎたようで、その様な作品を当時の聴衆は受け入れることができなかったようです。このような「重すぎる」ピアノコンチェルトは奇異な音楽としかうつらず、予約演奏会の聴衆は激減し、1788年には、ヴァン・シュヴィーテン男爵ただ一人が予約に応じてくれるという凋落ぶりでした。
 早く生まれすぎたものの悲劇がここにも顔を覗かせています。


伸びやかで安心して聴くことのできる演奏

ハスキルはいかにも彼女に相応しいと思える21番のハ長調コンチェルトを一度も演奏していません。録音どころか、コンサートにおいても一度も取り上げていないのです。一説によると、師であるコルトーが「君にはこの曲は演奏できない」と言ったとか言わなかったとか、それでハスキルはこの曲を断念したという話が伝わっています。それが事実なら、コルトーもつまらぬことを言ったものです。
それに対して、ある意味ではハスキルとは少しミスマッチかと思えるデモーニッシュなニ短調コンチェルトの方は何度も取り上げていますし、録音も正規のスタジオ録音も何種類も残されています。
実に不思議な話ですが、まあ、それが人生というものなのでしょう。ハスキルの手になるハ長調コンチェルトなんて想像するだけで胸が躍る話なのですが、私たちには残されたものを味わうしか手がありません。

このパウムガルトナーとの録音はオケが出しゃばることもなく、ハスキルも肩の力を抜いて伸びやかに演奏しています。凄味はありませんが安心して聴くことのできる一枚です。
ただし、意外と低域の深々とした響きが印象的な録音です。ハスキルと言えば真珠を転がすようなと称される音色が特徴なのですが、ここで思いの外たくましい姿を見せています。ただし、こういう古い時代の録音というのは、演奏そのものがそう言う音色だったのか、それともマスタリングによって色づけされているのか、その辺の判断が難しいので軽々に音色に関わる話はすべきでないのかもしれません。さらに、欲を言えば54年の録音にしては少しばかり録音に冴えが無いのも残念です。

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