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ベートーベン:ピアノ・ソナタ第18番 変ホ長調 Op.31-3(Beethoven:Piano Sonata No.18 In E Flat, Op.31 No.3 "The Hunt")

(P)クララ・ハスキル:1956年9月7日録音(Clara Haskil:Recorded on September 7, 1956)

Beethoven:Piano Sonata No.18 In E Flat, Op.31 No.3 "The Hunt" [1. Allegro]

Beethoven:Piano Sonata No.18 In E Flat, Op.31 No.3 "The Hunt" [2. Scherzo (Allegretto vivace)]

Beethoven:Piano Sonata No.18 In E Flat, Op.31 No.3 "The Hunt" [3. Menuetto (Moderato e grazioso)]

Beethoven:Piano Sonata No.18 In E Flat, Op.31 No.3 "The Hunt" [4. Presto con fuoco]


18世紀的なソナタから抜け出して独自の道を歩み始めたベートーベンの姿が明確に刻み込まれている

作品を6つ、もしくは3つにまとめて発表したり出版するのはバロック時代から古典派の時代における一つの特徴でした。それは、バッハの組曲やパルティータなどにもよくあらわれています。
おそらくは、そういう風にセットにすることで「お得感」もあったでしょうし、作曲家にしても自らの多様な姿を示す(誇示する?)のに都合がよかったのでしょう。

ベートーベンもまた同様なのですが、彼の場合は6つではなくて3つにまとめることが多かったようです。
ピアノ作品だけを例にしてみれば、作品2(1番~3番)、作品10(5番~7番)、作品31(16番~18番)がそれにあてはまります。


  1. Piano Sonata No.1 in F minor, Op.2-1

  2. Piano Sonata No.2 in A major, Op.2-2

  3. Piano Sonata No.3 in C major, Op.2-3



  1. Piano Sonata No.5 in C minor, Op.10-1

  2. Piano Sonata No.6 in F major, Op.10-2

  3. Piano Sonata No.7 in D major, Op.10-3



  1. Piano Sonata No.16 in G major, Op.31-1

  2. Piano Sonata No.17 in D minor, Op.31-2

  3. Piano Sonata No.18 in E-flat major, Op.31-3



作品14や作品27のように3つではなくて2つをまとめているものもありますし、当然の事ながら単独で作品番号を与えているものが全体の半数を占めています。
しかし、最後の3つのソナタ(Op.109~Op.111)のように、本来は3つにまとまった作品と考えられるのですが、ばらして出版した方が金になると判断したので異なる作品番号が与えられることになった作品も存在します。
そして、重要なことは、このようにまとまった形で発表された作品は、そのまとまりとして眺めないと見落としてしまう面があると言うことです。

明らかなのは、このようにまとまりを持った作品というのは、それぞれに対して明確な性格の違いが与えられていると言うことです。
例えば、作品10の3曲を例に挙げればハ短調のソナタはその調性に相応しく英雄的であり、続くヘ長調ソナタは諧謔的な雰囲気を漂わせます。そして、最後のニ長調のソナタは3曲の中では最も規模が大きくて雄大な広がりを持った作品として全体を締めくくります。

ベートーベンはこの3つの作品をまとめて発表することで、英雄的であり、諧謔的であり、そして雄大な世界をも提示できる自らの多様性をアピールすることが出来たのです。

そして、「作品31」においてはその様な性格付けはさらに際だっていて、それぞれが「諧謔的(ト長調)」であり「悲劇的(ニ短調)」であり、最後は規模の大きな「叙情的(変ホ長調)」な性格で締めくくられます。
そして、それは若手の人気ピアニストとして売り出していたベートーベンの姿が「作品10」の3曲に刻み込まれていたとすれば、そう言う18世紀的なソナタから抜け出して独自の道を歩み始めたベートーベンの姿が「作品31」には明確に刻み込まれているのです。

ピアノソナタ第18番 変ホ長調 Op31-3


  1. 第1楽章:Allegro
    ローゼン先生はこの冒頭部分はこれまでに作曲したソナタの中で最も不安定な感情を表していると述べています。繰り返される問いかけに対して音楽は一瞬停止して応答があらわれるからです。そして、その呼びかけと応答にはある種の哄笑が含まれているとも述べています。

  2. 第2楽章:Scherzo. Allegretto vivaceひそやかな哄笑はこの楽章において爆発します。スタッカートを多用した進行や極端なダイナミックスの交錯はその笑いに悪魔的な雰囲気を忍び込ませてくるようです。

  3. 第3楽章:Minuet. Moderato e grazioso - Trio
    ベートーベンがピアノソナタでメヌエットを用いた最後の音楽です。従来の伝統的なメヌエット形式を踏襲するkとで、先んじるスケルツォ楽章と好対照をなしています。

  4. 第4楽章:Presto con fuoco
    荒々しいエネルギーと高揚感に満ちた楽種です。冒頭の飛び跳ねるようなリズムはタランテランであり、その正確なリズム処理が演奏家には求められます。そして、このリズムが楽章全体を貫いているために「ドイツ人のタランテラン舞曲」とか「狩りのソナタ」というニックネームを奉られることになるのですが、当然の事ながら、それはベートーベンのあずかり知らぬことです。




ベートーベンも結構演奏していたんだ

調べてみると、1960年の録音の前にもベートーベンのピアノ・ソナタを録音しています。1956年にやはりというべきか、なぜにというべきか17番と18番を録音しています。
うーん、このこだわりはどこからきているのでしょうか。あまり興味がない人も多いかもしれませんが、やはり紹介はしておかなければいけないでしょうね。

ハスキルといえばモーツァルト、モーツァルトといえばハスキルというくらいイメージがしみ込んでいるためか、彼女のベートーベン演奏にはほとんど目が向いていませんでした。
しかし、調べてみると結構録音を残していて、コンサートなどでも取り上げる機会は少なくなかったようで、己の思い込みにいささかあきれてしまいました。

とはいえ、すぐに気づいたのは、それなりに録音もしているものの、その取り上げ方が著しく偏っていることです。
ソナタでいえば17番「テンペスト」と18番「狩り」のみ、コンチェルトでいえばほぼ第3番のみで、他の作品は一切ナッシングのようなのです。
コンチェルトに関しては第4番のライブ録音は存在するようなのでレパートリー率は無理やり40パーセントということにするのは可能なのかもしれません。しかし、ソナタに関しては「テンペスト」と「狩り」のみというのはいくら何でも偏りすぎています。レパートリー率でいえば(電卓で計算してみれば)わずか6.25%です。
それでもごく稀にしかベートーベンのソナタを演奏しなかったというならば分からないのではないのですが、この2曲に関してはいくつものスタジオ録音が存在していて、コンサートでもよく取り上げているのですから、この「テンペスト」と「狩り」への偏愛ぶりにかんしては「はて?」と言いたくなってしまいます。

さらに、彼女が亡くなる直前に行われた1960年の録音には以下のようなエピソードが残されています。

ハスキルは1951年からレマン湖のほとりにあるヴヴェイという町に居を構えていました。このヴヴェイの街にはマッカーシー旋風による赤狩りによってアメリカを追放になったチャップリンも居を構えていました。
二人はすぐに親しい仲となり、ハスキルはよくチャップリン宅を訪れて、ピアノ演奏を聴かせていたそうです。そんなハスキルやチャップリンを街の人はとても大切な存在として受け入れていたのです。
ですから、1960年の「テンペスト」と「狩り」の録音はハスキルの自宅で行われたのですが、録音の際はハスキルの自宅周辺は交通が遮断されて、車の雑音が録音の妨げにならないようにヴヴェイの町当局が全面協力したそうなのです。

聞くところによると、吉田秀和氏は「シューマンはよいが、ベートーヴェンは力強さに欠ける」と書いていたそうですが、この二つの録音に関してはそんな弱さは感じません。チャップリンが語ったように「彼女のタッチは絶妙で、表現は素晴らしく、テクニックは並外れていた」という言葉がそのまま当てはまります。
また、そのことはマルケヴィッチとラムルー管と録音した第3番の協奏曲でも同様です。間違っても、マルケヴィッチはハスキルに弱さがあってそれをカバーしようとして助けを出すようなことはしていません。もちろん、火花を散らしてやりあうことまではしていないのですが、お互いの音楽性を尊重して二人して素晴らしいベートーベンを作り上げようとしています。

考えてみれば、ハスキルは病弱ではあったのですが、その突然の死は病によるものではなくて不幸な転倒による事故でした。結果的には最晩年となったこの時期にショパンやファリャのコンチェルトを録音するなど、新しい世界に踏み込もうという意欲に満ちていました。
あの不幸な事故さえなければ、私たちはもっと素晴らしいハスキルのベートーベンを聞けたのかもしれません。

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