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ベートーベン:ピアノ協奏曲第5番 変ホ長調 作品73 「皇帝」(Beethoven:Piano Concerto No.5 in E flat Op.73 "Emperor")

(P)マルグリット・ロン シャルル・ミュンシュ指揮 パリ音楽院管弦楽団 1944年6月11日&18日録音((P)Marguerite Long:(con)Charles Munch Paris Conservatory Concert Society Orchestra Recorded on June 11 & 18, 1944)

Beethoven:Piano Concerto No.5 in E flat Op.73 "Emperor" [1.Allegro]

Beethoven:Piano Concerto No.5 in E flat Op.73 "Emperor" [2.Adagio un poco mosso]

Beethoven:Piano Concerto No.5 in E flat Op.73 "Emperor" [3.Rondo. Allegro]


演奏者の即興によるカデンツァは不必要

ピアノ協奏曲というジャンルはベートーベンにとってあまりやる気の出る仕事ではなかったようです。ピアノソナタが彼の作曲家人生のすべての時期にわたって創作されているのに、協奏曲は初期から中期に至る時期に限られています。
第5番の、通称「皇帝」と呼ばれるこのピアノコンチェルトがこの分野における最後の仕事となっています。

それはコンチェルトという形式が持っている制約のためでしょうか。
これはあちこちで書いていますので、ここでもまた繰り返すのは気が引けるのですが、やはり書いておきます。(^^;

いつの時代にあっても、コンチェルトというのはソリストの名人芸披露のための道具であるという事実からは抜け出せません。つまり、ソリストがひきたつように書かれていることが大前提であり、何よりも外面的な効果が重視されます。
ベートーベンもピアニストでもあったわけですから、ウィーンで売り出していくためには自分のためにいくつかのコンチェルトを創作する必要がありました。

しかし、上で述べたような制約は、何よりも音楽の内面性を重視するベートーベンにとっては決して気の進む仕事でなかったことは容易に想像できます。
そのため、華麗な名人芸や華やかな雰囲気を保ちながらも、真面目に音楽を聴こうとする人の耳にも耐えられるような作品を書こうと試みました。(おそらく最も厳しい聞き手はベートーベン自身であったはずです。)
その意味では、晩年のモーツァルトが挑んだコンチェルトの世界を最も正当な形で継承した人物だといえます。
実際、モーツァルトからベートーベンへと引き継がれた仕事によって、協奏曲というジャンルはその夜限りのなぐさみものの音楽から、まじめに聞くに値する音楽形式へと引き上げられたのです。

ベートーベンのそうのような努力は、この第5番の協奏曲において「演奏者の即興によるカデンツァは不必要」という域にまで達します。

自分の意図した音楽の流れを演奏者の気まぐれで壊されたくないと言う思いから、第1番のコンチェルトからカデンツァはベートーベン自身の手で書かれていました。しかし、それを使うかどうかは演奏者にゆだねられていました。自らがカデンツァを書いて、それを使う、使わないは演奏者にゆだねると言っても、ほとんどはベートーベン自身が演奏するのですから問題はなかったのでしょう。
しかし、聴力の衰えから、第5番を創作したときは自らが公開の場で演奏することは不可能になっていました。
自らが演奏することが不可能となると、やはり演奏者の恣意的判断にゆだねることには躊躇があったのでしょう。

しかし、その様な決断は、コンチェルトが名人芸の披露の場であったことを考えると画期的な事だったといえます。

そして、これを最後にベートーベンは新しい協奏曲を完成させることはありませんでした。聴力が衰え、ピアニストとして活躍することが不可能となっていたベートーベンにとってこの分野の仕事は自分にとってはもはや必要のない仕事になったと言うことです。
そして、そうなるとこのジャンルは気の進む仕事ではなかったようで、その後も何人かのピアノストから依頼はあったようですが完成はさせていません。

ベートーベンにとってソナタこそがピアノに最も相応しい言葉だったようです 。


野暮な音楽なんて演奏したくない

マルグリット・ロンとベートーベンというのはいかにも相性が悪いように見えます。

マルグリット・ロンといえば「ハイ・フィンガー・テクニック」による「ジュー・ベルレ(真珠をころがすようなタッチ)」が持ち味です。
この「ハイ・フィンガー・テクニック」は昨今は至って評判の悪いテクニックであり、とあるピアニストなどは次のように述べています。

僕の育った世代では、その有効性を理解した上で、いわゆる「ハイフィンガー奏法」を教えている人もまだ多くいたようだが、指を器械体操のように上げ下げして音を出すこの奏法は、指を鍛えるという点においての効果はあるものの、実際の曲の中ではあまり使う奏法ではない。僕自身はそういう習い方も弾き方もしていないが、かつて日本でこの奏法がもてはやされていた頃に海外に留学したら、欧米の先生に基礎からやり直されたという話がよくあったように、あくまでも「指を訓練するためのもの」ととらえるべきだと思う。


この「基礎からやり直された」というのはおそらく中村紘子のことでしょう。
しかし、マルグリット・ロンにとって重要なことは「ジュー・ベルレ(真珠をころがすようなタッチ)」によって一音一音が真珠の一粒一粒のように並んでいるかのようなフレーズを作り出すことでした。
しかし、この美しい響きをもたらす演奏法はその見返りとして大きな音を出すには不向きだという弱点を持っています。
もちろん、微妙なタッチにも敏感に反応する昨今のピアノでは、真珠の響きどころかかえって音割れなどをもたらす弊害を克服するのが難しいというもっとわかりやすい問題もあります。しかし、それは個々の技量の問題です。基本的に指の力に頼るマルグリット・ロンの演奏法では大きな音を出すのは難しかったようです。

それに対して、ベートーベンの音楽の重要な肝の一つが「デュナーミクの拡大」でした。とはいえ、これだけでは何のことかわからないですよね。
ベートーベンの特徴は構成要素が執拗に反復、変形される過程で次々と楽器を追加していき、その頂点で未だかつて聞いたことがないような巨大なクライマックスを作りあげることでした。
結果として、ハイドンやモーツァルトの時代には考えられないような、未だかつてない大きさをもった音楽が聴衆の前に現れたのです。そして、その「大きさ」を実現しているのが「デュナーミクの拡大」だったのです。

はい、と言うことで、、このマダム・ロンによるベートーベンのコンチェルトは、聞いているうちに何だかモーツァルトのピアノ・コンチェルトを聞いているような錯覚に陥ります。ですから、こんなのベートーベンじゃない、という声が上がっても全く否定はしません。
しかし、そんなことは言われなくっても、マダム・ロン自身が百も承知のことです。

ベートーベンの音楽はそれ以前の音楽と比べれば「粋」ではないです。それに対して、モーツァルトの音楽は「粋」です。そして、その「粋」はそのままオーストリア帝国が持っていた「粋」そのものでした。
そういう「粋」な世界から見ればベートーベンは「野暮」です。
それは、おかしな例えですが、「江戸の粋」を最後まで理解できなかった「明治の野暮」を思い出させます。
そうなんです、マダム・ロンはその「ジュー・ベルレ」によってベートーベンの中にある野暮をきれいさっぱり洗い流して、オーストリア帝国の「粋」に仕立て直してしまったのです。

でも、それじゃもうベートーベンではなくなってしまうって?
マダム・ロンはきっと言うでしょう、「私は野暮な音楽なんて演奏したくない」って。

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