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ランドフスカ(Wanda Landowska) |モーツァルト:ピアノソナタ第12番 ヘ長調 K.332/300k(Mozart:Piano Sonata No.12 in F major, K.332/300k)
モーツァルト:ピアノソナタ第12番 ヘ長調 K.332/300k(Mozart:Piano Sonata No.12 in F major, K.332/300k)
(P)ワンダ・ランドフスカ:1938年1月10日~11日&4月14日録音(Wanda Landowska:Recorded on January 10-11&April 14, 1938)
Mozart:Piano Sonata No.12 in F major, K.332/300k [1.Allegro]
Mozart:Piano Sonata No.12 in F major, K.332/300k [2.Adagio]
Mozart:Piano Sonata No.12 in F major, K.332/300k [3.Allegro assai]
モーツァルトの人生におけるもっとも幸福な時代の作品
第1楽章: Allegro
第2楽章:Adagio
第3楽章Allegro assai
K.330からK.333までのソナタはウィーン時代の初期の作品であり、1783年のごく短い期間に集中して作曲されたと考えられています。しかし、凡な作曲家ならば、そういう風に作曲された一連の音楽というものは似たような雰囲気になってしまうことが多いのですが、モーツァルトの場合はその様な「具」に陥ることはありません。
このK.332のソナタの特徴は何よりも旋律的なラインに富むことであり「モーツァルトは自分の時代の堅苦しさ、寡黙さに背くことなく到達した表現の頂点」と評した人もいました。
また、この作品で注目すべき事は、第2楽章の初版譜には細かく装飾音譜が書き込まれているのに対して、自筆譜にはその様な装飾音は一切記されていないことです。
これを見て、原理主義的ピリオド楽派の連中が自筆譜の通りに演奏したならばそれは大きな誤りです。その辺りの経緯についてはこちらに詳しく知りしたことがありますので、
興味のある方はご一読ください 。
ポイントだけ指摘すれば、モーツァルトの時代においては、ピアノというものは楽譜通りに淡々と演奏するものではなくて、「趣味よく」装飾をほどこして演奏するものだったと言うことです。
ですから、初版譜に記された装飾音は、おそらくはモーツァルトが実際に演奏したときの装飾の仕方を反映したものであり、そう言う演奏の姿を楽譜という形で残したものはほとんど残っていないので、それが印刷された楽譜として残っているのは極めて貴重なのです。
その辺りの事情が分かってきたことによって、新モーツァルト全集では自筆譜とアルタリア社の初版譜の両方が収録されるようになりました。
モーツァルトの人生におけるもっとも幸福な時代の作品
ソナタ第10番 ハ長調 K 330・・・1783 <ヴィーンorザルツブルク>
ソナタ第11番 イ長調 K 331・・・1783 <ヴィーンorザルツブルク>
ソナタ第12番 ヘ長調 K 332・・・1783 <ヴィーンorザルツブルク>
ソナタ第13番 変ロ長調 K 333・・・1783?< リンツ?>
K330からK333までの連続した番号が割り当てられている4つのソナタを一つのまとまりとしてとらえることが可能です。
従来は、K310のイ短調ソナタとこれら4つのソナタはパリで作曲されたものと信じられていて「パリ・ソナタ」とよばれてきました。この見解にはあのアインシュタインも同意していていたのですから、日本ではそのことを疑うものなどいようはずもありませんでした。
例えばあの有名な評論家のU先生でさえ若い頃にはハ長調k330のソナタに対して「フランス風のしゃれた華やかさに彩られているが、母の死の直後に書かれたとは思えない明るさに支配されており、ここにもわれわれはモーツァルトの謎を知らされるのだ。」などと述べていました。しかし、これは決してU氏の責任ではないことは上述した事情からいっても明らかです。何しろ、モーツァルトの大権威ともいうべきアインシュタインでさえその様に書いていたのですから。
しかしながら、現在の音楽学は筆跡鑑定や自筆譜の紙質の検査などを通して、K330からK333にいたる4つのソナタはパリ時代のものではなくて、ザルツブルグの領主であるコロレードとの大喧嘩の末にウィーンへ飛び出した頃の作品であることを明らかにしています。さらに、K333のソナタはザルツブルグに里帰りをして、その後再びウィーンに戻るときに立ち寄ったリンツで作曲されたものだろうということまで確定しています。
これら4つの作品にはイヤでイヤでたまらなかったザルツブルグでの生活にけりを付けて、音楽家としての自由と成功を勝ち取りつつあったモーツァルトの幸せな感情があふれているように思います。それはこの上もなく愛らしくて美しく、それ故にあまりにも有名なK331のソナタにだけ言えることではなくて、この時代のモーツァルトを象徴するような「華」をどの作品からも感じ取ることができます。
そんな中でとりわけ注目したのがK333のロ長調ソナタです。これは音楽の雰囲気としてはK330のソナタと同じようにまじりけのない幸福感につつまれていますが、愛好家が楽しみのために演奏する音楽というよりはプロの音楽家がコンサートで演奏するための作品のように聞こえます。とりわけ第3楽章ではフェルマータで音楽がいったん静まった後に長大なフルスケールのカデンツァが始まるあたりはアマチュアの手に負えるものとは思えません。さらにピアノをやっている友人に聞いてみると、第1楽章の展開部のあたりも全体の流れをしっかり押さえながら細部の微妙な動きもきっちりと表現しないといけないので、これもまたけっこう難しいそうです。
おそらくは、モーツァルトが自分自身がコンサートで演奏することを想定して作曲したものではないかと考えられます。しかし、作品を貫く気分は幸福感に満ちていて、その意味ではこの時代のソナタの特徴をよく表しています。
普遍的なロマンティシズム
ランドフスカと言えば、バッハをロマン主義的歪曲から救い出した演奏家として認知されています。
それだけに、彼女が最晩年に録音した一連のモーツァルト演奏を聞いたときには驚いてしまいました。それは、「自由自在」と言う言葉では言い表せないほどに、心のおもむくままにモーツァルトとの対話を楽しんでいるような演奏でした。
人間は年をとればとるほどに恐いものはなくなっていきます。何故ならば、つまらない世俗的な価値とか評価等というものがどうでもいいものになっていき、それよりは己に正直であることの方に居心地の良さを感じるからです。どうせ先は長くないのですから、つまらぬ事に心を煩わされるのは御免となってくるのです。
しかし、こうしてランドフスカの戦前に録音をしモーツァルトを聴いてみると、さすがに最晩年の演奏ほどには自由ではありませんが、それでも十分すぎるほどにロマンティックな演奏を展開しています。
1937年から1938年の録音ですから、ランドフスカは50代の終わり頃と言えます。まさに気力も体力も充実し、それを裏打ちする経験にも事欠かない時期の演奏です。それだけに、最晩年の演奏にはない力強さが演奏全体に漲っています。そして、いつも言っていることですが、こういう30年代後半のSP盤の録音クオリティは、私たちがSP盤というものにいだいているイメージとは大きくかけ離れるほどに優れているのです。
ですから、ランドフスカが何をしたいのか、何をしているのかはそれらの録音を通してはっきりと聞き取ることが出来ます。
例えば、「幻想曲 ニ短調 K.397」の叙情性にあふれた演奏は、最晩年のモーツァルト演奏と変わりないほどにロマンティシズムに溢れた演奏です。
こうなると、ランドフスカに対して「ロマン主義的歪曲から救い出した演奏家」というイメージが崩れ去るかのように思えてしまいます。
しかし、そこでもう一歩踏み込んで考えてみると、ランドフスカが救い出したのは「ロマン主義的なロマンティシズム」に「歪曲」された音楽だった事に気づかされます。しかし、そのために音楽というものが本来持っている普遍的な叙情性を漂白してしまうようなことはしないどころか、それこそを大切にしたのだと言うことに気づくのです。
考えてみれば、ヴィヴァルディにしてもテレマンにしても、もちろん、バッハやモーツァルトにしても、彼らの作品の中には実に美しい旋律が散りばめられていて、それをわざと無表情に素っ気なく演奏するなどと言うのはおかしな話です。
音楽というものの一つの重要な要素として、人間の自然な感情にそった素直で普遍性のあるロマンティシズムというのは必要不可欠です。そう言う自然で普遍的なロマンティシズムを、「ロマン主義」という一つの鋳型にはめ込んだロマンティシズムが「ロマン主義的歪曲」だったのです。
そして、それを抜け出すことで彼女は普遍的なロマンティシズムを追い求めたのです。
ロマン主義的歪曲から救い出すというのは、決して音楽を素っ気なく演奏することと同義ではないのです。
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